表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/402

飫肥

―――――――――1556年3月20日 飫肥城 佐須盛廉―――――――――

「兄上」

城に入るとすぐに盛円が駆け寄ってきた。鎧はかなり汚れている。おそらく前線で槍をふるったのだろう。

「盛円、すまんな。援軍が駆けつけるのが少し遅れてしまった」

「いえ、この城が落ちたわけではありませんので十分早かった方ですよ。むしろ数からいって真幸院の方を優先するかと思っていました」

「あっちは御屋形様が向かっておられる。救援が終わった後はすぐに伊東を叩き潰すおつもりだ」

「御屋形様が直々にですか。では伊東の滅亡も目の前ですね」

む、少し相手を侮っているように感じるな。少し戒めておかねば。


「油断は禁物だぞ。今回は特にそうだ。盛円も聞いているだろう」

「今回の戦に大友が関わっているという噂ですか」

「そうだ。もし今、大友が攻めてきたとしたら我らは九州の半分を敵に回すことになる。そのような状況で油断などしていては勝てる戦も勝てん。盛円の事は御屋形様も期待しておられた。佐須家を継ぐものとしてしっかり頼むぞ」

「はい。肝に銘じておきます」

盛円が神妙な顔で頷く。この辺りでいいだろう。


「さて、説教はこの辺りでよかろう。城の兵糧はどれほど残っている?」

「あと1ヶ月は余裕で籠城できるぐらいはありますよ。兄上が持ってきた兵糧を含めれば3・4ヶ月は大丈夫です」

「そうか。兵たちはどうしている」

「1000人が籠城していましたが討死にしたものは100人ほど、重傷のものは200人ほど、軽傷のものは全員ですね。今は兄上が連れてきた兵たちと交代して休養しています」

「そうか」

城兵を使うことはできんな。そうなると儂が連れてきた8000だけしか使えないな。まぁ、十分だな。この城を救援に来た時に伊東の兵を2・300ほど討ち取った。そのせいで肝付の兵たちの士気はそれほど高くないはず。


「すぐに肝付討伐の軍議を開きたい」

「肝付討伐ですか?しかし御屋形様は伊東の方に行っていると聞きましたが」

盛円が不思議そうに首をかしげる。はぁ、これで佐須家を任せられるのだろうか。

「肝付討伐は我らだけで行うことになっている。だからさっき御屋形様も期待しておられたと言ったであろう」

「それはそういう意味だったのですか。てっきりお世辞か何かかと思っていました」

「そんなわけなかろう。御屋形様がそのような世辞を言うことはそうない。それと御屋形様に今回の戦が上首尾に終われば盛円が佐須家の家督を継ぐことの御許しを得ている。気張れよ」


――――――――――1556年3月30日 立山 東時忠――――――――――

「兄上、よろしいですか」

御屋形様への報告の手紙を書いていると斉時が入ってきた。

「いかがした。たしか兵たちの様子を見てくると言っていなかったか」

「えぇ。その時にお客様がいらしました」

「客?誰かと約束していたかな。待たせるわけにはいかないからすぐにお連れしなさい」

「はい。分かりました」

斉時が一礼して下がる。しまったな、誰がどういう用件で来たのか確認するのを忘れていた。軍議は先程終わって明け方に総攻撃を仕掛けることを決めて終わったはずだからたぶん違うだろうし。


「失礼しますぞ」

そう言って斉時と一緒に入ってきたのは宗運殿であった。御屋形様が一度直臣にならないかと誘われて丁重に断ったと噂が流れるほどの優秀で忠義の厚い将だ。そのような方が一体何の用だろうか。

「これは宗運殿。いかがなされましたかな」

「いえ、大したようではないのですがね。尚久殿の噂を聞いてぜひ御子息の時忠殿に尚久殿や御屋形様の話を聞いてみたいと思いまして」

「そうでしたか。まぁ、おかけ下さい。すぐに酒でも持って来させましょう」

「いえ、水をいただければいいですよ」

「そうですか。斉時、水と何か軽い食べ物でも持ってきてくれ」

「はい」

斉時が一礼して下がる。しかし父上の話を聞きたいというのは本当だろうか。どちらかといえば御屋形様の話の方を聞きたいのだろう。


「さて、話と言われましても何を話せばよいのやら」

「そうですな、やはり尚久殿と御屋形様の御人柄について伺いたいですな」

「父上は優秀な方なのですが謙虚なのか運が良かっただけといつも言っています。昔は千葉家に仕えていましたが当主と仲違いをして出奔しました。その後敵対したりなどいろいろあって御屋形様にお仕えすることになったのですが父上はそのことをかなり恩義に感じていて、今の東家があるのは全て御屋形様の御蔭と酒を飲むたびに言っています」

「なんと、敵対していた時期があったのですか」

宗運殿が意外そうな顔をなさる。確かに今の地位を考えれば意外だろう。斉時も幼かったからか敵対していた時期をあまり覚えておらずその話をすると意外そうな顔をする。


「御屋形様はあまり表情の変化が乏しい方ですが人の心をしっかりと理解しているように感じます。思慮深く、大局的にものを見ることができる方です。それからあまり過去のことは気になされないので優秀な将は敵対していた家の者でも能力に相応しい地位に付けます。手柄をあげればしっかりと評価をしていただけますのでとてもお仕えしやすい方ですよ」

「なるほど」

宗運殿が感心したように頷かれる。なんだか気分がいいな。

「それから新しいものがお好きですな。南蛮や明と交易をしていろいろなものを手に入れては領内で作ろうとなさっています。薩摩を手に入れてからは琉球との交易をしようといろいろ考えておられました。かといって新しいものだけでなく、今あるものをより発展させようともされています。焙じ茶はその一つと言えるでしょうね。戦より領内を富ませることを気にかけておられて内政を顧みない大名の事を軽蔑さえしているように感じます」


「失礼します」

話していると斉時が漬物と水と酒を持って戻ってきた。

「何の話をしていたのですか」

「御屋形様の話よ。そうだ、斉時も話に加われ。小姓をしていたから知っていることも多かろう」

「おぉ、それはよろしいですな。斉時殿の話も聞いてみたいものです」

まだまだ夜は長い。たまにはこういうのも悪くないな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ