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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第5話 人のための鎮魂歌

 歌が止まった。


 修道女たちが清らかな声で歌っていた讃美歌が止まった。


 一人の男が教会へ入ってくるや否や、全ての音が止まった。


 男は、大きかった。鎧から覗く腕は、女性の胴よりも太く、その強靭な脚は丸太を思い起こさせる。


 背負う巨大な鉄の塊。どこか淡く光るそれは、男の巨体をより際立たせる。


 男は笑っていた。凶悪な顔をして、これから起こるであろうことに胸を躍らせて、笑っていた。


「どけ」


 一言、低い低い声で、懺悔の番を待つ人を押しのけ進む。押された者はあっけに取られた顔をして、ただその男の背を見る。


 そして男は祭壇の前に立つ。彼の後ろには自らの死を待つ人の列。男は、死の列の先頭に立ったのだ。


「あ、あの……」


 彼の前に立つ聖職者の男の声は震えていた。壇上に立っていながら、それでも見上げなければ彼の、アルクァードの顔を見ることができない。その圧力は、か弱い聖職者にとっては恐怖でしかなかった。


 上階にいた天使たちが無言で彼らを見下ろしている。人の首を撥ねるため祭壇の横にいた天使は眉間に皺を寄せてアルクァードを見ている。


 沈黙が、教会を包み込む。誰も何も言えない。彼が何かを言うまでは。


 アルクァードが背中から巨大な塊を下ろし、彼の真横に突き立てた。音を立ててその鉄から突き出ていた柄が伸びる。大盾のようだったそれは、一瞬のうちに巨大な槍となった。


 青く、白く、この世の物とは思えない輝きを放つ大槍。人が持つはずがないその輝き。それを地面に突き立て、男は言った。口角を捻じり上げて、笑いながら。


「おい、修道女ども。何故歌うのをやめた?」


 眼を丸くする修道女たち。アルクは続ける。


「お前らの仕事だろうが。歌え。ここで死んだやつらのために歌え。ここで死ぬやつらのために歌え」


 脅すように、言い聞かせるように、アルクは言った。修道女たちは困惑し、左右に、互いに、眼を見合った。


 彼女たちが歌っていたのは讃美歌。決して、人のための歌ではない。


「きょろきょろすんな歌え! てめぇらの仕事だろうが!」


 歌っていいのかと、疑問に思うよりも前に、その勢いに負けた。オルガンの前に座っていた修道女は、音楽を奏で始めた。


 ぽつぽつと、ぽつぽつと、一人ずつ、一人ずつ、修道女たちは歌を歌う。結局は、彼女たちは歌うのだ。言われるがままに、歌うのだ。


「ああ……これでいい。断罪は讃美歌の前で行われるべきだ。さて、神父様。続きだ」


「続き……とは……?」


「断罪だよ。てめぇの仕事だろうが」


「あ、ああ……はい……咎人、よ。己が罪をここに告白し、その命を天に還すの、です」


「ああ、それでいい」


 歌う。修道女たちは讃美歌を歌う。最初はぎこちない歌声だったが、気がつけばいつも通りの美しい歌声となっていて。


 彼女たちは歌う。歌うためにここにいるから、歌う。歌うことだけが、彼女たちの存在意義。


 天使たちは見下ろす。巨大な槍を持つ男が何を言うのか、興味深そうに眼を見開いて。


 そして、男は左手を大腿部に着けていた皮でできたケースの中に突っ込んだ。


 ゆっくりと挙げる左手。日の光を浴びて銀色に光るそれは、火砲だった。鉄の筒に火薬を詰め、鉛球を押し込んだモノ。それをゆっくりとゆっくりと、アルクは銃口を向けた。


 彼の傍らに立っていた、人の首を落としていた天使に銃口を向けた。


 それはあまりにも自然な動きだったから、あまりにも滑らかな動きだったから、あまりにも敵意がない動きだったから。


 向けられた天使は、反応できなかった。


 カチリと金属音が鳴る。軽い爆発音が鳴り響く。


 赤い液体が飛び散る。白い骨が飛び散る。桃色の脳が飛び散る。天使の頭が飛び散る。


 白い翼を一瞬で真っ赤に染めて、剣を持っていた天使は頭を吹き飛ばされ倒れた。一瞬だった。あまりにも一瞬だった。


 銃口から煙が昇る。黒い煙。独特の匂いを発するそれは、辺り一面に焦げ臭さを漂わせる。


 倒れる天使。駆け寄る人はいない。讃美歌も止まらない。あまりにも自然で、あまりにも突然で、あまりにも不自然で、あまりにもあり得なくて。


 だから、誰も反応できなかった。


「断罪だ。これは、断罪だ」


 アルクは告げる。黒煙立ち上る火砲に弾を詰めながら。


「覚えているか? 2年前だ。お前らが殺した一人の子を覚えているか?」


 火砲を大腿部に仕舞って、アルクは続ける。


「覚えているか? お前らが殺した女のことを覚えているか?」


 その顔は、笑っていた。怒りながら笑っていた。神父はその異様な面持ちに、飛び散った天使の姿に、ただ肩を震わせていた。


 天使たちはあまりの非日常に、驚きの表情のまま固まっていた。


「覚えているか……この槍をぉ……この槍を! 覚えているのかァ……!?」


 アルクは槍を抜いた。高々と、その巨大な槍を掲げる。


 青く、白く、銀色で、金色で。その槍はただ高く。


「人の罪を、裁く? 貴様らはどれだけ偉いんだ? ああ? お前らの罪は誰が裁くんだ? ああ? お前らは誰に殺されるんだ? ああん!?」


 彼は、槍を振り下ろした。その槍は大きく、そして長い。頭を撃たれ死んでいた天使の死体の真上にその槍は叩き付けられた。


 白さを残していたその死体は神々しく、尊ぶべきその身体は、彼の槍に潰され真っ赤な血と肉の塊になった。


 飛び散る血。飛び散る肉。その一片が、神父の顔に着いた。


「ひ、ひい!?」


 悲鳴をあげる神父。讃美歌を歌う修道女たちの声は、心なしか震えていて。


「何日も何日もかけて、教会に人を集めて、自ら首を差し出させる? 傲慢すぎて反吐が出るぜ。おーおー偉いねぇ。お前らは偉いねぇ。でもなぁ、死ぬんだよな。簡単に死ぬんだよな。お前らも簡単に死ぬんだよな」


 槍を持ち上げる。先ほどまで生きて、白き翼を背に立っていた天使が、汚い教会の染みとなった姿を周囲に見せる。


 中階で見下ろす天使たちの表情が見る見るうちに怒りで染まっていく。


「く、くくっ、はははは! 怒ったか!? ああ怒ったか!? ははははは!」


 笑う。血の滴る槍を肩に担いで、アルクは笑う。悪魔のように、笑う。


 天使たちは槍を構え、翼を広げた。教会の中央にいるアルクに襲い掛かろうと、彼らは前傾姿勢になった。


 笑う。それを見てさらに笑う。高らかに笑う。アルクァードは笑う。


「ははははは! 殺すのはよくて殺されるのは駄目ってか!? はははは! ふざけんなコラ! 死ねよ! 全部まとめて死ねよクソ野郎どもがぁ!」


 狂ったように怒号をあげて、アルクァードは笑う。その姿を、教会の扉の前で、一人の少女が、一人の少年が、見ていた。


 人が天使に刃向かう。人が神に刃向かう。あり得ないその光景を、二人の子供は見ていた。

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