第12話 牢獄からの脱出
その光景は、あまりにも悲惨だった。
あまりにも残酷だった。
剣を持った大柄な男アルクァード。狂気に染まった顔をして、彼はおもむろに剣を振りかぶる。
目の前にいるのはテンプル騎士団の騎士。両手に剣を握りしめ、騎士の男はアルクを見上げる。
アルクが振りかぶった剣を見上げる。
天井につるされた灯りを受けて、アルクの剣が光っている。ゆらゆらと、剣の中に焔が揺れている。
振りかぶれば、振り下ろす。アルクァードは剣を振り下ろした。騎士の男の、フルフェイスヘルムの真上にその剣は落ちた。
一切の抵抗なく、まるで水を斬るかのようにアルクの剣はヘルムを貫通する。ヘルムの裂け目から、血があふれ出る。
きっと、その騎士の男にも夢があったのだろう。希望があったのだろう。彼にもきっと父がいたし、母もいたし、もしかしたら恋人も、子供もいたかもしれない。
アルクは笑いながら、彼の頭を割った。
その光景に、眼を背ける修道女たち。その光景に、眼を見開く騎士たち。
騎士たちは走った。その男を殺さなければならないと思ったから、騎士たちはアルクに向かって走った。
何とも、勇気ある行動ではないか。
アルクは剣を振る。力を込めて剣を振る。彼の剣の前に、彼の力の前に、鉄の鎧など無力。学校で剣を学んだだけの騎士の剣など、無力。
テンプル騎士団の者たちは一斉に襲い掛かった。次々と、次々と繰り出される騎士たちの剣。遅く、速くそれは個人個人差はあれど、全ては彼の、アルクの命を奪わんと繰り出される。
騎士たちの中で最初にアルクの下にたどり着いたのは、若い男だった。ヘルムから覗く眼は勇気に溢れていて、騎士としての誇りが溢れていて。
きっと、その男は自信に満ち溢れていたのだろう。その剣も鋭く、流石は先頭を行く男か、身体の動きも滑らか。
両腕が落ちた。剣を振りかぶったまま、その剣を握る両腕が肘から落ちた。彼が剣を振りかぶった瞬間に、アルクは軽々と彼の腕を斬り落としたのだ。
叫び、倒れ、転げまわる若い男。アルクは、笑っていた。
二番目にたどり着いたのは、細身の男だった。地面を這うように低く、低く、その男はアルクに襲い掛かった。
次の瞬間、その男の顔は地面に突き刺さっていた。彼の後頭部を踏みつけるはアルクの大きな足。剣を振る間も無く、細身の男の頭は踏みつぶされた。
三番目は女騎士。目の前で一瞬の間に倒された二人の男を見て、彼女は戦意喪失していた。
戦う意思のないものを、斬り殺すほどアルクは暇ではない。
女騎士を蹴り飛ばすと、アルクは走った。地下へと続く扉へと向かって走った。
「くそ逃がすか! トリューダの仇を!」
「誰か火砲を!」
それを止めんと襲いかかる騎士たち。必死に剣を構え、追いかける騎士たち。迫る騎士たち。
アルクァードは笑っていた。迫りくる騎士たちをみて、彼は笑っていた。
「はははは! ざまぁねぇな! 追いついてみろよ神の騎士団だろう!?」
「おのれ!」
騎士たちが叫ぶ。倒れる騎士たちを見て、彼らは怒りを真っ直ぐにアルクに向ける。
その怒りを尻目に、アルクは走った。まるで悪戯が成功した子供のように、嬉しそうに笑いながら、彼は走った。
そしてたどり着く地下への扉。それを潜り、すぐさま扉を閉めて彼は傍にいる少年に向かって叫んだ。
「鍵を掛けろ!」
少年は、言われるがままに扉に鍵を掛ける。ガチャンと、錠が落ちる音が周囲に鳴り響いた。
「ああちっとはスッとしたぜ。牢屋は辛気臭くて駄目だな」
「アルクァードさん! 急ぎましょう!」
「ああ……っと、数人斬っただけで曲がりやがったか。ユーフォリアめもっといい剣を用意しろよな」
血に染まった剣をアルクは投げ捨てた。カランと、軽い音が鳴った。
人の命を奪った剣が鳴らす音が、こんなにも軽いものかと少年リオンは思った。
「おい、槍はどこだ?」
「調べました! あっちです!」
「アルク、槍のある場所の、鍵、取ってきた」
「おおいい子だな二人とも。後で飴買ってやるぜ。行くぞ」
そして彼らは駆けだした。目の前に続くのは地下への階段。暗闇の中を、彼らは駆け下りる。
蜘蛛の巣が天井にかかっている。鼻をつくは独特の臭い。腐臭と、カビ。下水と、血。
「ミラちゃん次どっちだっけ!?」
「左」
彼らは迷うことはなかった。ミラたちの案内がしっかりしていたからだ。ミラとリオンは、ユーフォリアから地下の図面を貰うと、一晩かけて完璧に覚えた。
どこに何があるか、二人は把握していた。故に、そこにたどり着くのも容易かった。
「アルク、ここ」
「ああ」
石の扉だった。少女ミラはその石の扉の鍵穴に鍵を差し込んで、ゆっくりと鍵を開ける。
音を立てて扉は開いた。閉じ込められた湿気が、開かれた扉から溢れ出した。
地下通路のいたるところにあった灯の光が、扉の中に差し込む。光は床を照らし、壁を照らし、机を照らし。
そこは、囚人たちの私物で溢れかえっていた。ここに入ればもう二度出られないのだから、整理をする必要はないのだろう。服が、鞄が、武具が、無造作に積まれていた。
物の山。アルクたちはその部屋に入る。目的の物を取り戻すために。
これだけ物があるのだ。それを見つけ出すのは至難の業――
「アルク、あった」
――というわけでもなかった。
「ああ」
それは、真正面に立てかけられていた。
物の山の前。服を鞄を武器を、押しつぶすかのようにその槍は、そこにあった。
銀色で、金色で、不思議な発色の金属でできた槍。アルクァードの大槍は、そこにあった。
アルクは槍を手に取り、横に向ける。短かった槍の柄が一瞬で伸びる。
アルクの槍。傷一つ無い。柄を戻し、アルクはそれを傍らに立てかけた。
そしてアルクは、その部屋の中央にあった机の上に手を伸ばした。そこには赤く錆びた鎧と、巨大な火砲が置かれていた。
「よし……鎧と火砲もある……何か調べてたのかねぇ。ついてるぜ」
まずは手甲。内側に皮でできたベルトがある。そのベルトを左腕に通して、しっかりと止める。それができたら反対側。右腕にも、手甲を装備する。
次は脛と足。同じようにベルトを通して、止める。
そして胴――――
「何で、錆びてる鎧なんてつけてるんですかアルクァードさん?」
「ああ?」
「いや、だって、脆いじゃないですか。新品の、綺麗な鎧を着た方がいいんじゃないですか? ほら、ここにもいくつかありますし。どうせなら他の鎧にした方が」
「駄目だ。鉄の鎧じゃ守り切れねぇんだよ。神の剣は、鉄なんざ簡単に斬り裂く」
「……鉄じゃないんですかその鎧」
「まぁな」
「何でできてるんですか?」
「オリハルコン」
「……何ですかそれ」
「そのうち教えてやるよ。まぁここを出たら、サヨナラだがな」
「え?」
アルクは、鎧を着た。赤錆の鎧。立て掛けていた大槍を鎧の背中にあるフックに掛ける。
まるで大盾を背負っているようで。赤錆の騎士が、そこに現れた。
アルクは机に置かれていた火砲を腰に差しこんだ。火薬や弾の入ったカバンが見当たらない。どうやら、アレは部屋にいくつかある物の山の中に埋もれてしまっているらしい。
「ちっ、メナスから買うしかねぇか……しょうがねぇなぁ……おいお前ら行くぞ。水路だ。どこにある?」
「え、えっと……ミラちゃん」
「出て、左」
「ああ、それじゃあ行くか。ったく、余計な時間食ったぜ……」
アルクたちはその部屋を出る。武具は回収された。あとは脱出するだけ。
薄暗い牢屋の中を三人。速足で歩き出す。目的の水路はあと少し。水路を通れば町の外。もう、誰も彼に追いつくことは無い。
外の太陽はもう、真上にこようとしていた。




