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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第11話 人の裁き

 生まれたことに意味は無くても、きっと生きていることに意味はある。


 世界に数億いる人々の中で、その男だけは自分のために生きている。


 その男は悪人だった。


 悪は裁かれなければならない。悪は存在してはいけない。全ての人は善人にならなければならない。


 その男は悪人だった。誰よりも悪だった。


 世界にいる善人たちにとって、彼の存在は許せなかった。


 だから、それは現れる。


 ――巨大な断頭台


「汝、罪在りき。その罪、首を捧げることでのみ、償いとなる」


 響き渡る男の声。罪人を罪人と認定するは審問官。白い教会関係者たちの中で、一人だけ黒い装束を着るもの。


 大きな剣を持ち、審問官は断頭台の前に立つ。テンプルたちが並ぶ裁判所の中央に運び込まれた断頭台。司祭たちは祈りをささげ、テンプル騎士団の者たちは無表情ながら、どこか嬉しそうな顔をしてそれを見ている。


 その断頭台は、すでに血に濡れていて。


 幾人もの人がこれで死んだのだろう。罪を償うために死んだのだろう。


 人は裁かれる。罪を犯せば裁かれる。


 人だけが、裁かれる。


「聖女ユーフォリア。この者に最期の言葉を」


 神の寵愛を受ける者。神の使者。人でありながら神の力を振える者。その人は、真っ白だった。


 白銀の髪。純白の服。黄金色の装飾。


 聖女ユーフォリア。暖かくも厳しいその眼を、彼女はその男に向ける。


 断罪は、神の手で。神に最も近き者の手で。


「咎人よ。あなたに、最期の言葉を送ります」


 それは、宣告。死の宣告。これで生が終わると言う宣告。


 如何に優しく、如何に美しく、如何に綺麗であっても、その言葉は終わりを告げる言葉であり、それを誰が発しようが罪人にとっては救いなどにはならない。


 ならば、この儀式は一体誰のためにあるのだろうか。


 誰のために、彼女は言葉を送るのだろうか。


「神が愛の下に生を受けし者よ。その愛を忘れ、その愛を裏切り、生を捧げし者よ。汝、神が愛の下にその首を捧げ、贖罪とし、新たな生のための旅立ちと」


 聖女は神のために生きる者。聖女となればその血は神にささげられ、次代に血を残すことは許されず、生涯を神のために捧げることになる。


 故に、その言葉は全て、神が為に。


「主よ。神よ。どうかこの者の魂を喰らいたまえ。その内で、この者の魂を浄化したまえ」


 故に、その言葉に意味は無い。


 故に、その言葉を受け入れる必要はない。


 故に――――


「おい」


 アルクァードは言葉を聞かないのだ。


「もういい。十分だ」


 言葉が止まった。祈りが止まった。空気が止まった。


 音が鳴った。大きな音が鳴った。


 彼の手を繋いでいた鎖が、鉄の拘束具が地面に落ちた。


「飽きた。やっぱり俺には、ここはあわねぇ」


 腰についていた鎖。彼はそれをおもむろに掴むと、軽々と引きちぎった。


 鎖が音を立てて床に落ちる。


「お前たちが裁いているのは、人なんだぞ。人が人を裁いているんだぞ。なぁ、何でそこまで、偉そうにできる? 何でそこまで、神の真似事ができる?」


 拘束を解く罪人。それは、明確な、反逆行為


「何で、そこまで神に従う?」


 伸びるアルクの手。その手は、聖女ユーフォリアが腰にあった、儀礼用の剣を握る。


 音もなくそれを引き抜くアルク。輝く銀色の剣。彼の身体からすればそれは小さな剣だが、それでも彼は、剣を取った。


 彼は世界でただ一人、神に剣を向ける男。


 そして彼は――――アルクは――――


「なぁ、死んだら神の下へ行くんだっけ? よかったな審問官様」


「あ、え……な、なにが?」


「神様の下へ行けて、よかったなぁ!」


 力の限りその手に取った剣を、振り下ろした。


 誰も反応できなかった。一瞬の事だった。


 その剣は、頭の上から股の下まで、一気に振り下ろされた。


 血が溢れた。飛び散ることはなかった。力無く、真っ二つに割れた審問官の身体から、血はドロリと溢れた。


 まるで割った卵のように、その人の身体の中にあったモノが零れ落ちる。


 その光景に、皆驚いた。驚いて固まった。


 剣を払うアルク。血の線が、床に刻まれる。


 それを合図に、そこにいた者達は叫んだ。


「う、うわぁぁぁ! 殺したぞ! 審問官様を殺したぞ!」


「神よ! 神よぉ!」


 その叫びは、一瞬で広がった。修道女が泣きわめきながら裁判所の入口へと走ろうとしている。司祭たちが祈りを捧げながら膝をついている。騎士たちが、観衆たちを押しながらアルクの下へと駆け寄ろうとしている。


 阿鼻叫喚。あり得ないことが起こった。罪人が武器を取り、人を殺したのだ。様々な声が周囲に響き渡った。


「……槍はどこだ?」


 その中でアルクは、誰にも聞こえない程の小さな声でそう言った。聞こえたのは、彼の目の前にいた聖女ユーフォリアだけだった。


 ユーフォリアは下を見て顎を小さく振る。下にある、彼女の仕草はそう言っていた。


 振り返るアルク。周囲を見回して、そして気づいた。下、牢獄へ行く扉が少しだけ空いているのを。


 その扉の向こうに小さな手が見える。子供の手が見える。


 その扉に行くには、駆け寄ってくる騎士たちをどうにかしなければならない。


「もうちょい楽な方法なかったかね。まぁ、いいか」


 アルクは剣を握り、不敵に笑った。彼が持つ剣は儀礼用の剣、普段であれば、刃を潰され人など斬れない剣。


 だが、今彼が持っているモノは軽々と人を斬り殺せる剣。聖女ユーフォリアが腰につけていた剣は、人を殺せる剣だった。


 その意味を、気づいている者は幸いなことに、この場には誰もいなかった――今は。


「牢獄の先に水路がある。その先で待ってるから」


 小さな声で、ユーフォリアはそう言った。その声は、彼だけに届いていた。


 アルクは、その言葉を聞いて小さくうなずいた。そして剣を構えた。向かってくるは大勢の騎士たち。


「死んでも恨むんじゃねぇぞ!」


 アルクは、走り出した。騎士たちに向かって。その顔は、狂ったように笑っていた。

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