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神々のディストピア  作者: カブヤン
人の国篇 序章 神殺しの槍
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第1話 赤錆の騎士

 その日は、雲一つない晴天の日。


 青さが空一面を覆っている。今日は暑い日にだったなと、村人たちが言っている。


 今日は晴天、神様が言うとおりに晴天。今日は暑い日、神様が言うとおりに暑い日。


 太陽が輝く。日が輝く。


「本日は晴天です。皆さん、今日も元気に働きましょう」


 空に浮かぶ光から声がしている。神様の声。人を支配する神様の声。


 神様の言うとおりに、村人は家から農具を持って出てくる。今日はいい天気だなと、嬉しそうに言いながら。


「本日は午後より天使の巡回があります。村人は全員入り口前に集まってください」


 神様の言うとおりにしていればそれでいい。神様の言うとおりにしていれば幸せに生きられる。


 働くべき時に、働くべき人が働いて、一人一人、十分な量の食料を与えられて、必要な時に恋をして、必要な時に子を作って、必要な時間勉強をして、必要なことを覚えて。


 そして、不要になった時に死ぬ。



 神様のいうとおりにしていれば大丈夫



「人口数、規定値を超えました。成長率が0を切った村から1万名、間引くことが決定しました。皆様の村も対象となっております。本日の作業終了後、速やかに命を天に還してください」



 神様のいうとおりにしていれば大丈夫



「肉体は土に。さようなら皆様。今までありがとうございました。私たちは、あなたたちの働きを忘れることはありません。さようなら皆様。ありがとうございました。私たちは、あなたたちの」



 神様の、いうとおりに、していれば



「本日は晴天です。本日は仕事日和です。本日はあなたたちの最後の日です。本日は」



 かみさまの、いうとおり



「逃げろ! 皆逃げるんだ! 俺が、俺がここを食い止めるから!」


「馬鹿野郎! お前ひとりで……くそ!」



 ――なんで、神様が言ったら死ななきゃいけないの?



 逃げていた。沢山の人たちが逃げていた。自分たちだけでも生き残ろうと、自分の家族だけでも生かそうと、人たちは必死に逃げていた。


 子の手を引き、息を切らしながら走る母親がいた。息を切らし、涙を流し、子供も必死で走っていた。


 その後ろを、白い翼を持った天使たちが大勢飛んでいる。皆片手に金色の槍を持って、一斉に無表情でそれを逃げる親子の背に向ける。


 槍が光った。光は線となって真っ直ぐに飛んだ。何本もの光の線が、真っ直ぐに飛んでいった。


 その光は、母親の胸を貫いた。頭を貫いた。足を貫いた。血が地面を真っ赤に染め上げた。


 肉の欠片が地面に落ちる。当たり前のように、彼女が手を引いていた子供もまた、同じように人の形を失った。


 白い翼が空を舞う。白い天使が空を舞う。神の使いが空を舞う。神の命の下に、天使たちは人を殺す。逃げ惑う人を殺す。


 それは、定期的に行われてきたこと。この世界において、人は一定数以上は存在できないのだ。


「くそ……くそっ……何で俺たちが……! 成長率……農作物は確かに今年は不作だった……! でも、でもそれは神様たちが雨を減らしたから! 東部の開拓ために雨を減らしたからぁ!」


「黙って走れ! 神は数字しか見ないんだ! 中身なんて気にするかよ!」


「くそがぁ!」


「森に逃げろ! 空から見えなくするんだ! 他の皆もいいな!?」


 大人たちの中に、一人の少女がいた。片方の靴は脱げ、服は土で汚れていた。


 歳は12。両親はさっき死んだ。別れの言葉も言えずに、真っ先に殺された。


 だから、死にたくない。あんな風に、死にたくない。


 いくら死ねと言われても、誰もが死にたくはない。


「はぁはぁ」


 だから、逃げる。神様のいうとおりになんて、できやしない。死にたくないから、言うとおりにしない。


「あ……!?」


 でも、決められたんだから、そう決められたんだから。


 だから、結局は神様のいうとおり。


「あああ……!?」


 獣がいた。人の形をした獣がいた。暗闇の中で大きな剣を持った獣がいた。


 獣人。神の使い。神に逆らった者を殺す生物。人の倍の体格と倍の力を持つ存在。それが、何十人も森の中にいた。


「天の声に逆らうことは重罪です。皆様、速やかに死にましょう。速やかに死にましょう。速やかに死にましょう」


 空に浮かぶ光から声が聞こえる。神様の声が。


「俺たちは……俺たちは何のために生きてるんだ……俺たちは、死に場所すら自由にならないのか……!?」


 巨大な鉈のような剣を獣人は振りかぶった。村人はもう、誰も逃げない。


 後ろからたくさんの足音が鳴り響く。それは、翼を畳んだ天使たちの足音。


 前に獣人、後ろに天使。空には天の声。


 もう、逃げられない。


「エルヴン地域、総1067名。お疲れさまでした。では皆様、さようなら。さようなら。本日は晴天です。本日は晴天です。本日は晴天です」


 これは、世界中で何度も繰り返されてきたこと。人は管理されている。神々に管理されている。


 この世界はディストピア。神々のディストピア。神々たちのために人が生かされるディストピア。


「ウオオオオオオ!」


「うああああああ!」


 獣人の雄叫びと共に振り下ろされる大剣は、まるで草を払うかのように軽々と、悠々と人を斬り捨てていく。


 村一番の力持ちと言われていた大柄な男。一振りで、その身体の中にあったたくさんの人の部品が周囲に飛び散った。


 村一番の美人だと言われていた女。外見だけでなく心も綺麗だった彼女は、天使の槍に突きさされて天高く突き上げられた。


 少女の前に、獣人が立った。ギョロリと獣は彼女を見る。


 人々は死んでいく。成すすべなく、神様のいうとおりに死んでいく。


 人は、死んでいく。神のいうとおりに。


 でも、その人は――――


「うおおおりゃああああ!」


「ブゴオ!?」


 神様の言うとおりになどしない。


「あ、ああ……?」


 吹き飛ぶ獣人の身体。


 それは、巨大な塊だった。


「おおおおおおお!」


 人の身体程の巨大な刀身に、長い柄があった。


 それは、巨大な槍だった。


「ナンダキサマ……!?」


「獣がしゃべんな!」


 槍に負けない程の大柄な男は、はち切れんばかりの二頭筋を膨らませその巨大な槍を振り回す。右に左に振り回されるそれは、一刀ごとに数人の獣人を切り裂いていく。


 どこから現れたのか、どこにいたのか。その巨大な槍を振り回す巨体を誇る男。


 真っ赤に錆びた鎧を着ていた。ガントレットも、鎧から伸びるマント、全てが赤錆で染まっていた。


「何だあいつ!?」


「狼狽えるな殺せ! 法撃を放て!」


「はい!」


 綺麗な顔をした天使たちとは対称的に、その男の顔は傷だらけだった。


「雑魚は引っ込んでろ! アガトォ!」


「グオオオオオ!」


 雄叫びと共に、巨大な影が現れた。それは、天使たちが集まるその場所に飛び降りてきた。


「ゴアアアア!」


「何だこいつ!?」


 それは巨大な馬だった。その巨大な馬には巨大な翼があった。


 通常であれば二枚一対の翼がある天馬。しかしながらその馬は、片翼だった。


「でかい! 何だこの天馬! でかすぎる!」


「グオオオオ!」


 数人の天使たちを踏みつぶし、その天馬は吠えた。吠えながら、次々と天使たちを踏みつぶしていった。


 必死に槍を突き出す天使たち。だがその槍も、巨大な蹄を貫くことはできない。


 後ろでは白くて綺麗な天使たちが、一瞬で血の赤に染まっていく。前では黒い獣人たちが次々と次々と槍に斬りはらわれて死んでいく。


「天の声に逆らう者は重罪です。重罪です。重罪です。重罪で」


「遠くでぶつぶつ言うじぇねぇ!」


 空に浮かんでいた光の玉に向かって、その巨大な槍を持った男は腰から取り出した火銃を放った。


 砕け散る光の玉。神様が人々を支配するために置いていた光の玉。それがたったの一発で消し飛んだ。


「どうした!? おいコラどうした天使ども! おいどうした神ども! お前らが殺せるのは無力な人間だけか!? ははははは! あははははは!」


 男は立っていた。巨大な天馬を傍らに、大量の獣人と天使の死体の上に男は笑って立っていた。


 神が死ねと言った少女は生き残った。たった一人生き残った。突然あらわれた赤錆の男に救われて、生き残った。


 ――神様のいう通りに生きれば、幸せになれる。でも、死ねと言われた通りに死ねば幸せ?


「ちっ……つまらねぇ。アガト、行くぞ」


「ブルル」


 赤錆の男はその黒髪を揺らして巨大な天馬に跨った。巨大な槍の柄を縮め、彼はその槍を背負った。


 天馬に跨るは赤錆の騎士。少女を一瞥すると、男は言った。


「おいそこの娘」


「あ、は、はい」


「村には戻るな。殺されるぞ。生きたいなら町に入れ。あそこは、間引きの対象になりにくい。稼ぐからな」


 それだけを言うと男は手綱を握った。ここから立ち去ろうというのか。少女には彼が立ち去る前に、どうしても聞きたいことがあった。


「私はミラ・リア。あなたの名前は、何ですか?」


 だから聞いた。真っ直ぐに聞いた。強い男の名を聞いた。


「アルクァード。アルクだ。姓は無い」


 男には名があった。人の名があった。だからその人は、間違いなく人間。


 神様のいうことを守らない人間。守らなくても死なない人間。


 神々が管理するこの世界に、誰にも管理されない人がいる。そのことが、何故かどうしようもなく、少女には力強く感じた。


 男は少女に背を向ける。地鳴りを響かせ、巨大な天馬は歩いていく。


 ここから始まる反逆の時。ここから始まる人の世界。


 少女は走った。彼の後を追って走った。


 ――神様の言う通りにしたくないから、少女は走った。

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