Honey Moon
腕時計を見た。
……まだ約束まで10分もある。
少し早く来すぎたか。
でも初デートなんだし、遅れるより断然いい。
……そうなんだよ。
これ初デートなんだ。
人生彼女いない歴=年齢な寂しい青春時代を送った。
今までオカ研とか幼馴染とか大学のサークル仲間とか、出会いも数え切れないほどあったしチャンスも幾らだってあったはずだ。
幼馴染の小鳥には中学時代にフラれ。
会長のおっぱいを揉むイベントはスルーされ。
ちはや、ルチア、静流…。
どうして縁があったはずなのにことごとく躱されたのか。
今度こそ。
今度こそ逃してたまるか。
やっと春が訪れようとしている。財布の中は未だ冬将軍だが。
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
背中からポン、と肩を叩かれ思わず顔が緩みそうになったが気を引き締めてキメ顏で振り返った。
「とんでもない。今来たところだよ。タイミングばっちり! 相性もばっちりだね、俺ら」
彼女--浜田みち子さん、23才OL、職業SEでゲーム会社のプログラマーをしている。
派遣社員として同じ会社で勤めて知り合ったばかりだが、初日の飲み会から意気投合してこうして付き合うまでに急接近できた。
実を言うと。
最初に声をかけられ付き合って欲しいと彼女の方から告白された。
その照れた頬とうつむきがちな伏目が可愛らしくてもちろん承諾した。
不安なことといえば。
今までの女運のなさがまた尾を引きずるのではないかということだけ。
そう。
直球すぎたのだ、今まで。
小鳥とか会長とかこっちから告白してダメだった。
今回は向こうからだ。これならうまくいくんじゃないか?
今度こそ書き換えることができるだろうか。俺の人生を。
「さあ、早速だけどデートコースは俺任せでいいかな? いろいろプランを練ってきたんだ」
「え? あ、あの」
「みち子さん今日も可愛いよ。いつもだけど。その服とても似合ってる。腕、組んでくれるかな。こういうの憧れてたんだ」
浮かれていた。
だから彼女が戸惑うように慌てている姿をまるで見ようともしなかった。
と言うか。
焦っていたのかもしれない。
これを逃すともう二度と女性と縁などない気がしていて。
「結局--その初デートで行くべきところまで行っちゃったと」
地面をふわりと飛びながら呟いた。
直前に見た夢とも現実ともつかない記憶。それを思い出すだけで死にたくなるが、不思議と心は凪いでいた。
あれは自分であって自分ではない。
別の天王寺瑚太朗だ。
ともかく俺と同じ顔をしたそいつは、餓えた獣のごとく初デートの相手を餌食にした。
普通デート初日でそこまでいくだろうか。
あれだ。会長のせいだ。あのお預けが天王寺瑚太朗をダメにした。
目の前にぶら下がった餌を結局もらえず期待ハズレのまま自然消滅したオカ研。
自分の居場所を作ろうとしてやったことが、結局、空回りに過ぎなかったと思い知らされて。
その後の人生はほとんどヤケクソになっていた。
だから。
小鳥とのことも、あの世界では別れていて正解だったのだと思う。
別の世界では小鳥に背負わされていた過酷な運命もある。
それを知らないまま普通の人生が送れた天王寺瑚太朗は、ある意味幸せだった。
幸せという名の檻の中にいた。
「お前の負債を全部俺に押し付けやがって…」
ここにいることを悔いているわけではない。
ただ。
何も知らないあの男が恨めしくてならなかった。
知らないということは、……世界が閉じられているということ。
所詮は全て偽善で塗り固められた世界だということを自覚することもなく価値すら見出せず。
独り善がりの人生を歩いてきた。
それが俺--天王寺瑚太朗だった。
「……お気に召しませんでしたか」
丘の上。
登っている時から不穏な気配は漂っていた。
一心不乱で紡いでいる少女の足元に転がっているのは、空になったコーヒーカップ。
一応は飲んでくれたようだが、そのカップの原型はすでになく、リボンによって細切れに砕かれていた。
どうやらその現場に鉢合わせていたら細切れにされていたのは自分だったようだ。
「豆を変えたのが悪かったかな。…いい豆使ったんだけどな。インスタントの方がいいのかな」
カップの欠片をかき集めながら呟くと、少女が振りかえった。
無言で頷いている。
意思の疎通が出来ていた。
「…さいですか」
あれから。
時の流れというものを感じていない。
つまりは変化らしい変化が起きていないということ。
三杯のコーヒーで懐柔できたと思っていたのは、どうやらそれほど甘くはなかったようで。
彼女の興味が、道端の石ころから野良犬へと移った程度。
それでも無機物から生物へと対応してくれるようになっただけマシだった。
座って少女を見つめる。
もう主観時間でどれくらいこうして彼女を見ているのだろう。
同じ人間の姿をした者がいるというだけで、どうにかしてお近づきになりたかった。
寂しいから。
人恋しいから。
話相手が欲しい。
見栄もプライドもなく素直にそう思っていた。
だけど。
少女の見つめる眼差しに、いつしか自分もその視線の先を辿るようになった。
同じものを見たい。
同じものを感じたい。
世界はいくつもあった。
たくさんの世界で生きた。
だけどともに生きた人たちの中に、そう思えるような人はいなかった。
愛する人。愛し合った人。ともに戦った人。命を託した人。
いろんな人と関わった。…だけど。
人は、…一人なんだ。
同じにはなれない。
意識や感情は個人それぞれのものであって、人と人が全く同じ存在になれるはずなどない。
それなのになぜ。
目の前の少女の視線の先をつい追ってしまいたくなるのか。
人間ではないから?
彼女が人間とは違う存在だから、ただそれだけの理由なんだろうか。
「…ん?」
いつの間にか。
リボンが首筋やら背中やらを撫で回していた。
少女は一瞥すら寄越さないけれど。
まとわりつくリボンが何かを訴えるような動きをしていた。
…怖くてとても触れられない。
ほんの数ミリでも動けば殺されてしまうかもしれない。
だが。
少女の意思がこのリボンにあるなら、何らかの反応を返してしかるべきでは。
意識を集中する。
リボンにささくれ立った動きはない。敵対ではない。…多分。
むしろくすぐったい。
そうか。笑わせたい…な訳ないか。
どうやらリボンは服の中に侵入したいらしい。
ならば、と上着を脱いだ。
ズボンはさすがに下ろさなかった。一応レディの前だし。
リボンは遠慮なくシャツの中に入ってきた。
体の構造を確かめるように撫で回している。
く…くすぐったいいいい!!
だが耐えろ。笑ったら殺される。そんな気がする。
これはあれだ。身体検査とかそういう類のものだ。そう思うことにする。だからくすぐったいのは気のせい。
く、ぅぅぅううう!!
擬音が口から零れ落ちそうになる。
だって乳首とか撫でてるし! そこやめて! 急所だから!
身悶えしながら耐える。少女の口元が心なしか歪んでいるように見えるのは気のせいか? 笑いを堪えてるとかじゃないよね?
『いい格好ね。その状態でどれくらい耐えられるのかしら。我慢せずにイってもいいのよ』
とか言ってるように見える。
すいません、正直勘弁してください。遊んでるわけじゃないですよね?!
と思っていたら。
ぎゅううっと思い切りリボンが締め付けてきた。
ああ…。
殺される。
何度も覚えがあるこの感覚。
今度は圧迫死か。それとも切り刻まれるのか。どっちでもいい。早く終わらせてくれ。
観念して目を瞑った。
リボンの締め付けが一層きつくなる。
これまでか。
今度はここで目が覚めるといいな…。
それが最後の意識だった。
「ルチアさん。お願いがあるんですけど」
膝枕で恋人にねだる姿は、まさに涎を流している犬状態。
臆面もなく言ったおねだりに、さすがのルチアも腹を立てて耳に入れた綿棒を奥まで突っ込んだ。
「いってぇぇぇっっ!!」
「よくもそんなことが恥ずかしげもなく言えるものだな!」
しかもグリグリとさらに奥まで捻りこむ。ほとんど拷問に近かった。
「や、やめ…いひいいいいっ!!」
「鼓膜を破られたくなければ二度とそんなこと言うな」
ドスの効いた声で言われ、さすがに萎えてしまいかけたが、しかし。
ここで諦めたら男が廃る。
「なんでダメなんだよ? 恋人ならやって当たり前だろ?」
「あ、当たり前なわけあるか! そんなこと!」
「どんなこと?」
「…っ」
言わせたい。
ルチアの口からはっきりと。
本当は欲しいくせに。わかってる。彼女が自分から言わないことくらい。
言わないんじゃなくて、言えない。
それは彼女が未だしている手袋からも明らかだった。
「もう取ってもいいんだ、こんなもの」
「…ダメだ、瑚太朗」
「俺は効かない。君の毒になんて負けない。知ってるだろ?」
「…知ってる」
「だったら」
「それでもそれはダメだ。今まで平気でもそんなことしたら取り返しがつかなく」
「ならない」
「っ!」
「なあ、ルチア。難しいことなんかじゃないんだ。君が欲しい、ただそれだけだよ。それすらも許されないのか?」
「瑚太朗…」
「制御剤の効果が覚束ないのはわかってる。万が一がないわけじゃないことも。…でもさ。俺、欲しいんだ。ルチアとの子供」
「私、だって…」
「怖い?」
「お前を失いたくない…」
「俺は死なない」
「わかってても!」
「少なくとも今の鼓膜破れの方が死にそうだ。ルチア。俺もう我慢できそうにない」
「……」
「だから言ってくれ。ルチアから」
上から覆い被さられる。
言葉で言うのではなく、口付けで答えるのが彼女らしかった。
「じゃ、ここでやろっか」
「せめてベッドで…」
「だって明日には別のシェルター行くだろ? 部屋まで戻る時間がもったいない」
「お前は…。そこまでサカってるのか」
「当たり前だろ。何年我慢してたと思うんだ」
ルチアの腰を抱きしめる。
彼女の身体に染み付いた薬品の匂いがそれまでの我慢していた年月を喚起させ、興奮で一気に頭がのぼせた。
貪るように口付ける。
もうお互いに止めるものなど何もなかった。
いいところだったのに…。
なんでこういうところで目が覚めるのか。
見上げるといつもの天井…ではなく。
星が煌めく一面の夜空だった。
手を伸ばす。
星に届きそうな気がした。
その手を。
誰かの手が、そっと握りしめてきた。
「……っ?!」
ガバッと跳ね起きる。
また夢の続きかと。
ではない。
あろうことか。
なんと今の今まで、少女の膝枕で眠っていたらしい。
後退る。
何がどうしてこうなった。
ついさっき殺されたはずだ。
いや。
…違う。
服が、上着を脱いだ時のままだった。
血の痕も何もない。胸を触る。痛みを感じた記憶もなかった。
気絶してただけ…?
そして彼女の膝で横になっていたと。
顔がさあーっと青ざめた。
「あ、あ、あの、…その」
思わず膝をついて手をつこうとした。土下座だ。それしかない。
大変失礼を致しました。申し訳ありません。下等な人間風情が畏れ多いことをしでかしてしまいました。
心の中でありとあらゆる謝罪の言葉を繰り返してシュミレーションする。
顔などとても上げられそうもなかった。
…が。
「…」
少女の手が、顎にそっとかけられた。
そのまま頭ごと引き寄せられる。
あっという間に横にさせられ、そして。
再び膝枕をさせられていた。
「……」
両手で頬を包み込まれる。
無表情のまま、…見下ろされていた。
これはどういうことなんだ。
さっきの夢の続きのような。
相手はこの娘じゃなかったけど。
「あの…」
視線をそらせない。
ジッと見つめられていたたまれない。
かといってドキドキするとか、照れるとか、興奮するとか、そういう気持ちにもなれない。
観察されていた。
蝶の標本になったような気分。
あるいは顕微鏡越しに構造を解析されているような。
時折指で顔のあちこちを撫でられる。
産毛の一本一本を確かめるような繊細な動き。
…人類代表の標本かもしれない。
そんな大した顔じゃないんです。今の今まで多少はイケメンかと自惚れていましたが。
もうこんな触られ方をされてしまったら自らの自惚れで死にたくなる。
目を閉じてしまおう。
とても視線を交わせられない。
閉じたその瞬間。
唇に、柔らかい感触がふわりとした空気とともに舞い降りた。
「……、…え?」
上から覆い被さられて。
額の前髪ごと押さえつけられて。
唇をこじ開けようとしていた。
ありていに言えば、キスされていた。
頭が真っ白になった。
そりゃ、これがどういうものなのかくらいは知っている。
だけどこれは違う。
何がどう違うのかうまく説明は出来ないが。
少なくとも、ルチアがしてくれたような愛情を伝えるような表現ではない。
これはあれだ。
人間がそういうことをする意味を知ろうとしているのと同じ。
知りたがっているだけ。
「…したいの?」
問いかけると。
首を少し傾げて、自分でもよくわからないといったような、そんな表情が浮かんだ。
…どうしたら。
興味本位だとしても、そんなことでわかるような行為でもない。
人間の姿をしているのだから、不可能ではないはずだが。
一度でもしてしまったら。
取り返しがつかなくなるんじゃないか。
だって。
「篝。…これは人間がすることなんだ。だから君にはわからないと思う」
手を伸ばして頬を撫でる。
幼い娘に言い聞かせているような感じがした。
好奇心旺盛な少女は--。
納得できないけど理解したのか、そっと身体を離して再び足元の理論に目を向けた。
少々もったいない気もしなくもないけど…。
多分これでいいんだと思う。
だって、彼女は…。
命そのものに恋しているような存在だから。
「インスタントでいいんだよな。持ってきてやるよ」
一瞥すらくれない彼女に向けて微笑んで声をかけた。
なあ、ルチア。
少しは我慢できるようになっただろ、俺。
君とのこともこうやって笑って思い出せるようになったくらいだし。
丘の上の少女。
たった一人の、…今の自分のよすがとなっていた。
アニメ2ndシーズン記念!
14話始まりましたね。最高でした。もっかい原作やりたくなった。
ということでこれは14話の少し後くらいの設定です。瑚太朗がいろいろ思い出している感じです。
だけどそういう雰囲気にしてみたくなりました。いつものことながら。
アニメ楽しみですね。個人的にTerra編超期待してます。




