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イーディア・クロニクル~笛吹き男と女神の血涙~   作者: ミズノ・トトリ
2章 運命は交錯し
6/32

記憶を尋ねて幾千里

*****

ボヤ騒ぎからしばらく後

ネーポル市内 とある公園


 消防車のサイレンが響く街中を、タキトと少女は駆け抜け、現場から2ブロック離れた公園に行き着いた。


「はぁはぁ……。ここまでくれば大丈夫。お嬢さん、怪我はないか?」

「ええ……危ないところを助けていただき、ありがとうございます」


 背もたれへ仰向けにしな垂れるタキトに対し、少女は上品に背筋を伸ばし胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸をしながら答える。

 その姿勢や言葉遣いから、タキトは、彼女が都会から来たお嬢様である、という認識を強める。

 そして、互いに落ち着いた頃、少女に尋ねた。


「見たところ、どっか大きな街……帝国本土から来たみたいだけど」


 彼女の耳、横に長く伸びる『シャーナ耳』をちらりとみるタキトの視線には気づかず、少女は応える。


「はい、シャーネポリスから来ました。レシ……いえレナと申します」


 明らかに偽名を名乗った様子だが、タキトは別な部分に喰いついた。


「シャーネポリスって帝国の首都だろ!?ここまで来るのに、丸一日かかったんじゃねぇか?」

「はい。電車4本と、寝台列車を乗り継ぎました」

「それはまた……が、がんばったな」


 少女が辿った行程を頭に思い浮かべたタキトは、それだけでとてつもない疲労を錯覚する。


 イーディア帝国本土では、首都から領土内の各地方へ向けた鉄道網が、皇帝の主導でかなり整備されている。

(貴族が自分の領地から皇帝の下へ参勤しやすくする為、というのが表向きの理由だが、逆に帝国へ叛意を示した場合に、迅速に大量の兵員を差し向け叩き潰す為、と考える者たちもいる)

 しかしその整備も、首都から離れるほどに精度が落ちてゆき、旧共和国=帝国国境辺りまでくれば、戦火で一度破壊された事も重なり、かなりの悪路と化している。


 線路はガタガタ。車両は本土で世代交代を迎えた後、停車場の片隅で朽ちるのを待っていた旧式。


 戦後入植してきたイーディア人が耐えかねて、彼ら専用の私鉄を新設するほどだった、と言えば、その酷さが理解できるだろう。

 服装から察するに、自称レナ嬢は身分を偽っているようなので、使った移動手段は悪路の方だろう。


 成人を迎えたかどうかという年齢の少女にとっては、かなりの苦痛であっただろうに。

 そんな事を心の中で思いながら、タキトは訊ねる。


「住んでる俺が言うのも変だけどさ、なんでわざわざこんな田舎に?さっき実際に遭ったように、ここの治安は、普通の女の子が一人で歩けるほども良くないぜ?」


 するとレナ嬢は、鞄から丁寧に折りたたまれたチラシを取り出し、それをタキトに渡す。


「これを、見に行きたかったのです」

「『イ=ヴ戦争の闇 知られざるラーネウム義勇(・・)兵団の真実』?ラーネウムって、ロメ半島の南端の、旧ラーネウム州の事か?」


 頭の中に地図を思い描きながら、タキトは呟く。


 彼らが今いるネーポル市は、ちょうどロメ半島の中央部にあり、西側の海岸線に栄えた旧首都だ。

 そこから南へ南下し、山岳地帯といくつかの中小規模の街を経た先に、現在の帝国プリニアン州、共和国時代の名称でラーネウム州と呼ばれた地域がある。

 大陸の最南端でもあり、海を挟んで西南のオーラシア共和国との海洋貿易の玄関口として、ネーポルに次ぐ規模の都市ハルケニアを(よう)する。


 ヴェスヴィ人なら小学校で誰もが習う知識だが、帝国人であるリアは全く知らなかったらしい。

 タキトの呟きに喰いつき、身を乗り出してくる。


「!?ご存知なのですか?」

「あ、ああ。共和国時代には、オーラシアとの貿易で栄えていた地域だ。戦前生まれのヴェスヴィ人なら、みんなが知ってる」


 ただ、とタキトは一呼吸置くと、憂いを帯びた顔で説明する。


「この『義勇兵団』っていうのは初耳だ。さっき言ったように、ラーネウムはヴェスヴィオスの南端にあって。戦争初期、大海洋(グレートブルー)を迂回してきた帝国軍が、大規模な奇襲攻撃を仕掛けた地域でもある。不意を突かれた旧・共和国軍の駐留部隊は全滅。しかも避難が遅れて、民間人が大勢犠牲になった……らしい」


 最後の部分はあえて伝聞調に変えて、タキトは語る。


「そうだったのですか……」

「俺もターラント、山岳地帯を超えてすぐの街から逃げてきた難民なんだけど。そこより南方からネーポルへ逃げ延びてこれた人間は、ほとんどいない。だから、当時ラーネウムで何があったのか、未だに解らないんだ」


 説明を終えたタキトにチラシを返されたレナは、行く先を見失ったようにうなだれる。

 その姿に只ならぬものを感じたタキトは、レナに問いかける。


「……なぁ、帝国人のお嬢さんが、なんで本土から一番遠いラーネウムに興味を?」

「人を、ある人を探しているのです」


 レナはチラシを鞄に戻し、代わりに良質な布の包みを取り出すと、その封を解きタキトに見せる。

 中身はすこし厚みのある、本の表紙の一部と思われる紙切れで、持ち主のイニシャルが書かれていた。


「『H・R』。これが探し人の名前?」

「……おそらく」

「おそらく?」


 歯切れの悪い答えに、タキトが首をかしげると、少女は恥ずかしさと悔しさが混じった声で語り始める。


「私……10年前の記憶が、無いのです」


 目を見開き固まるタキトに、レナ=レシーナ・イーディアは、皇女であることは伏せながらも、自らの過去と旅の目的を打ち明けた。


「今ではこうして長旅ができるようになりましたが、生まれつき病気がちだったのです。幼少期の思い出と言えば、ベッドの上から窓を介し眺めた、シャーネポリスの街並みと空だけ。ですが、10年前の一時期、療養の為にラーネウムの地を訪れた事があるらしいのです」

「らしいって、その時の記憶が……?」

「はい。私も、自分が記憶喪失なのだと気づかずに、この10年を過ごしてきました。ただ時折、ふと夢に現れる光景があったのです」


 (おぼ)えがないはずの屋敷の、見知らぬはずの庭園。しかしどこか懐かしいその場所に、夢の中の彼女は、幼い姿でいた。

 そしてその隣には、いつも同じ少年が付き添っている。自分に優し気な笑みを浮かべるだけだが、それだけで幸せを十二分に感じられた。

 その感情が恋だと気づくまで、時間はかからなかった。

 

「……彼についての夢は、あまりにも本物らしくって。でも、お姉様や周りの皆に聞いたら、そんな出来事はなかったと否定されました。だから私も今まで、彼が私の空想の産物だと思っていたのです」


 しかし今年に入り、まもなく18歳=成人を迎える彼女が、身の回りを整理していた時の事。

 クローゼットの奥に仕舞われていた箱から、あの紙片と1枚の絵が出てきたという。


「その絵には、夢に出てきた屋敷と庭が、寸分たがわずに描かれていたのです。そしてその裏に10年前、イ=ヴ戦争が起こる直前の日付と、メッセージが添えられていて」

「メッセージ?」

「『遠くシャーナの都でも、我ら『ラーネウムの華』を忘れてくれるな』と。それでラーネウムの事を調べて、この街で開かれる催しの事を知って……」

「自分の記憶を取り戻すために、たった1人で!?家族には?」

「……………………」

「言ってないんだろうな、その様子じゃ」


 少女への同情と呆れが入り混じっている顔のタキトに、レナは自らも苦笑を浮かべながら語る。


「反対されるのは、解りきっておりましたから。特にお姉様は、過保護という言葉でも足りぬほど、なぜか私を大事にしてくれるので」


 ですが、とこれまでとはガラリと雰囲気が変わり、真剣な眼差しで、レナはタキトに向き直る。


「私は間もなく18歳を迎えます。しきたりにより公m……家業を手伝わねばならなくなるのです。そうなれば、失くした記憶を辿る時間が作れなくなる。だからその前の、この最初で最後のチャンスを逃したくなかったのです」

「(このお嬢さん……本気だ)」


 まっすぐにこちらを見つめる銀の瞳は、タキトの中の何かを動かした。


「解った。俺も10年前の戦争には興味があるし、この街は俺の庭みたいなものだからさ、案内するよ」

「よろしいのですか!?……ええっと」

「あ、まだ名乗ってなかったな。俺はタキト、タキト・ウース。歳はお嬢さんより二つ下」

「ありがとう、タキト」


 ありがとう。久方ぶりにその言葉を聞いたタキトは、自分の選択が間違いではなかったと、くすぐったい喜びを抱いた。


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