少年と皇女、邂逅する
帝国歴3140年5月5日 午前7時20分
ヴェスヴィオス自治州 ネーポル市南東部 新市街 某所
朝の騒動からしばらく後。無事に逃げ延びたタキトは、一旦は河川敷のわが家へ戻ったものの、再び街の裏路地へと来ていた。
「ったく、シャイ・ロックのクソ親父め。……なんだ、プラスチックか。何が『俺は昔、銀行員だった』だ。『塹壕掘ってた』の間違いだろ!……お、このアルミ片は使えるな」
時折、アクセサリーの素材に成りそうな資源ゴミを見つけると愛用のリュックに回収しながら、少年は愚痴をこぼし続けている。
不満の大元は、彼が住む河川敷を仕切る古参たちの一人で、シャイ・ロックという名の男。
戦前は銀行マンだったと自称するこの60過ぎの老人は、河川敷に暮らす者たちの中で数少ない、正規の預金口座の保有者あり、それを用いて住民たちの財産管理を生業としていた。
タキトも普段から、露店で稼ぎである10コドラク硬貨の山を100コドラク硬貨や500コドラク硬貨と両替するのに利用していた。
ところが、今日に限っては勝手が違った。午前中で唯一の稼ぎである1ドラク紙幣を、1000コドラク分の硬貨に両替しようと持って行ったところ、断られてしまったのだ。
『すまんがタキト。今日はこれから出掛けんといかんのだ。そいつはお前さんの家にしまっとけ』
何やら深刻そうな顔でそう追い返され、そのときは何も言えなかった。だが、こうして本人のいない路地裏まで来ると、溜め込んだ鬱憤を、転がる空き缶やタバコの吸い殻にぶつけ発散している。
「こんな大金、危なくて置いとけねぇよ」
河川敷に暮らす者たちは皆、数百コドラク稼げれば十分という生活を送っている。タキトにとっても、1ドラクという金額は、一ヶ月かけてようやく貯まるかどうかという程度。
同居人たちを疑っているわけではない。彼らは、孤児院(とは名ばかりの『飼育小屋』)を脱走してきたタキトを匿い、、自分達の息子同然に育ててくれた恩人たちだから。
彼が警戒しているのは、むしろ『外』の連中。戦後にヴェスヴィオスの地へ移住してきた帝国人。特にタキトと同世代くらいの、いわゆるチンピラどもだ。
どこかの学生なのか、時には制服姿で現れて、河川敷を荒らす迷惑な連中で、タキトも何度かソレに出くわし、商品のいくつかを持っていかれた経験がある。
「はぁ、どうか奴らが出ませんように、出ませんように」
大事なことなので2度、どこの誰にともなく祈るタキト。
だがその願いは、僅か3秒で砕け散ってしまう。
「いやぁ、離して!」
すぐ目の前の角を曲がった先から、甲高い叫びが届く。
「悲鳴!?」
聞きつけたタキトは即座に動き、不法投棄された粗大ごみの影から、そっと声の出所を覗き見る。
「あ、あいつらっ!」
そこに居たのは、見覚えのある4人組と、見知らぬ1人。ホームレス狩りの常習犯である男子高校生たちが、自分達より頭一つ小柄な誰かを、大通りから脇道一本それた仄暗い空地へ連れ込んでいる現場だった。
囲われている人物をよく見ると、タキトよりやや年上な少女。上質な革製の旅行鞄を抱えていることから、どこか都会からの旅行者だと思われた。男物の服装を着て自衛して来たものの、サイズが合っていない上に生地が上質だった為に、不良どもには通用しなかった、という状況らしい。
それを確認したタキトの頭の中では、少女を助け出すための算段が組まれ始める。
「このまま出て行ってもやられるだけ。警察を呼ぶフリ……はダメだ、その程度で怯む連中じゃない……アレだ!」
粗大ごみの山の中に、ボロボロになった布団を見つけたタキトは、そっとリュックを下ろすと、中から10cmほどの銅線2本と懐中電灯を取り出す。
懐中電灯から抜いた電池の両極に、それぞれの銅線の端を当て、固定するように指で押さえて持つ。そして布団からはみ出た綿に押し付け、2本の銅線を接触させる。
ジジジ………ボゥ!
「よい子はマネしちゃいけませんよ、っと」
通電による火花が粗大ごみに引火したのを確認したタキトは、素早く電池と銅線を片付けると、大きく息を吸い込み叫ぶ。
「スゥ…………火事だぁ!」
「「「「!?」」」」
さも今通りがかったばかりという風を装い、タキトはゴミ山を蹴り崩し、惨事にならない程度に火を勢いづけると、少女の方を窺う。
羽毛と合成繊維が燃える臭いと煙が届いた空き地では、不良たちが慌てふためいていた。
「お、おい、火事だってよ!」
「まじか、いや、ほんとまじか!?」
「つーか、あそこってさっき俺らがモクふかしていたところじゃね?」
「くそっ、さっさとずらかるぞ!」
なにやら勘違いをしたらしい4人は、少女を無視して大通りの方へと逃げて行った。
一方のタキトも、火種にした布団を蹴り転がし沈火させると、残った煙と焦げ臭さから逃げるように、少女の下へと駆けだした。地面に尻もちをつく彼女は、ハンカチを口に当てて動けない様子だった。
「お嬢さん、大丈夫か?早くここを離れよう!」
「は、はい……」
それでも、タキトの伸ばした手を掴むと、少女は力強く立ち上がった。
何事か、と集まりだした野次馬に紛れる形で、2人はその場を離れた。




