5月11日 クランクイン 3
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帝国暦3140年 5月11日(現在)
「俺とヘルク様は、朝から港の方へ出掛けていて、コトの瞬間には居合わせなかったんです。……帰り道に、砲撃の音と館から火の手が上がるのが確認できて、慌てて戻ったら……ご覧の有様」
エルは、焼け落ちた当時のまま遺された館を見つめて、淡々と語った。
「当時、館に居たのは領主様と長女のヘルカ様に、使用人。そして『才の花園』メンバーの総じて70人程度、だったと思います。でも、生き残ったのはヘルク様と、救助されたヘルカ様、使用人が4人と、聴講生の内、俺を含めた8人。合計14人だけ、でした」
「……ヘルクが叫んだという『密約』とは?」
ドロス監督が、食いつき気味に尋ねた。
が、エルの代わりに、小プリニアンが応えた。
「ラーネウムは、うちの叔父貴、大プリニアンを仲介役に、帝国と無血上陸の密約を結んでいたんですよ」
「なんと!?それは共和国への裏切りでは?」
「まぁ、ね。だが叔父貴とラーネウム卿は、同時期にオーラシアへの留学してて知古の関係で、更に元々混血の多いラーネウム領は、純血主義の共和国中央とは反りが合わず、冷遇されてた。民の保護とオーラシアへの亡命を条件に、帝国軍上陸を受け入れる手はずだった。もちろん、周辺地域への侵攻もハッタリで済ませてな」
軍略に長けた大プリニアン卿とその盟友は、帝国と共和国の戦争を予期し、そしてその終結案を、戦前から画策していたのである。
北方戦線単独ですら維持できず、敗戦必至の共和国軍は、南部が占領されたと知れば挟み撃ちを嫌い、早期に降伏するだろう。それが賢者達の見立てであった。
だが、その計画は、いくつかの誤算で失敗した。
受け入れる側のラーネウム領主が、謎の火災で命を落としたのが1つ目だった。
「……建物の崩壊具合や生存者の証言から、炎上の原因は砲撃で間違い無い。犠牲者の中には銃撃された者もいたが、犯人が共和国兵と帝国兵のどっちだったのか、今も不明だ」
「なぜ?」
「どっちが犯人でも、状況が合わねぇんだよ。共和国軍は北方戦線に駆り出されてて、一番近い残留部隊もラーネウムから2日の距離にいた。帝国軍は叔父貴の艦隊しか到着しておらず、上陸前だった。……炎上の犯人を、叔父貴は『イドロア』と仮称してる」
「『幻』、という意味だね。……ふむ、『義勇兵団』の始まりに関わる重要な要素だ。もう少し検証したいが……まずは彼らが先だ。話を戻すが、『義勇兵団』は『才の花園』の、炎上の生存者達から始まったのだね」
「ええ。ハルケニアの市民の多くは、大プリニアン卿達に降伏し、抵抗もしませんでした。でもヘルク様は、炎上の原因を帝国軍による裏切りと考えて、復讐の鬼『笛吹き男』となって、ゲリラ戦を始めることにしたのです。生存者のにも、賛同者がいて……俺も、その一人でした」
それからしばらくかけて、エルは演者達にかつての仲間たちの顛末……ラーネウム脱出後からサレルノ山脈での『全滅』までの概略を語った。
・ハルケニアへの上陸・占領が完了した帝国軍の部隊を足止めした、『ネメア攻防戦』。
・事態に気づいた共和国正規軍と南部帝国軍との間の初めての戦闘『レルネーの戦い』
・初めて自爆兵器「ヒュドラー」が確認された『エリュマ反抗作戦』
・民間人の残留する地域での乱戦となった『アカイア事件(3130年5月15日)』とその前後数週間のゲリラ戦。
・物資が不足していく中、避難民を「義勇兵」に仕立てて前線へ送った『エーリス攻防戦』と『トラキア街道の戦い』。
・そして義勇兵の9割が戦死する事となった、『サレルノ山地攻防戦』
ガレリアでの展示にあった内容と同じ、かつそれを補填するものであった。
ドロス監督が選んで来た、まだ子役と呼べる年齢の俳優達は、同世代の子どもが戦場で命を散らした事に実感が湧いてない者がほとんどだった。
しかし、それを見たエルは嬉しそうに笑って告げた。
「それが普通の反応だし、絶対の正解なんだよ。君等は俳優という職業にもう就いてるけど、実質はまだまだ子どもだ。子どもが戦争を知ってたり、そのど真ん中に居る方がおかしいんだよ」
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数時間後
撮影が始まり、旧領主の館の各所を使いながら、戦前のラーネウムの場面が再現されてゆく。
その現場から離れた庭園跡の一角、雑草と錆に塗れながらも辛うじて原型を留めるベンチに寝そべり、エル・コラーノは仮眠を取っていた。
そこへ、静かに歩み寄る者が1人……。
「……忍び寄るのが下手くそなのは、相変わらずですね。姫殿下」
「あら、ここに居た頃の私は、寝たフリをする殿方に悪戯を仕掛けるような悪い子だったのですか?」
レナ、レシーナ・イーティアは企みがバレて残念そうに頬を膨らませる。
エルは起き上がり、皇女の為にスペースを空けながら語る。
「最初は肺を患ってて、窓からこっちを羨ましそうに見てるだけでしたね。でも快方に向かうにつれて、年少のガキンチョたちを飴玉で釣って話し相手にしたり、出歩けるようになったら、薔薇の手入れを手伝って、しかしいつの間にか隠れんぼに混ざってたり……深窓の令嬢がお転婆娘になったもんだから、領主さまが変な薬を飲ませたんじゃねぇか、と半分本気で疑われてたっけ……」
シシシ、とエルは当時を思い出し笑うが、レシーナは逆に顔を曇らせた。
「やはり、私は10年前に、この館に滞在していたのですね。……なぜ、先ほどはその事に触れなかったのです?」
「領主様から、『花園』の全員がきつく命じられてましたからね。『帝国の皇女が、共和国で療養中である事は他言してはならない』と。この事を知ってるのは、今の顔ぶれでは御曹司と俺だけですし、そもそも、『義勇兵』に関しては、あなたは無関係でしたから」
「本当に?」
「屋敷が燃えたあの日、あなたは高熱を出して、予定より早く港で引き渡されたんです。だから、あの事件の現場にはいなかった」
「……それは、嘘ですね」
「嘘ではありませんよ、送り届けたのはヘルク様と俺でしたから」
「いいえ、嘘です。だって……」
レシーナはそこで一呼吸置いてから、目の前の青年をまっすぐに見据えて告げる。
「あなた自身が、ヘルク・ラーネウムなのですから……」
初夏の、少し蒸し暑い南風が、2人の間を吹き抜けた。




