5月11日 クランクイン 2
帝国暦3140年5月11日
プリニアン州 州都ハルケニアの北部 旧領主館跡地
「……その子ども、もとい俺たちは、港町に暮らす平民でした。でも全員、家は学校に通える余裕がなく、仕方なく同世代の幼馴染でつるんで、やっと大人一人分の雑用をこなす日々を送っていたんです」
薔薇園の中央、再建されても水は戻っていない噴水の縁にエル・コラーノは腰掛け、監督と主要キャスト、そして『スポンサー』一行を相手に、悲劇の序章を語っている。
それ以外の機材担当のスタッフ達は、野外セットの設営を始めていた。
「で、その日は偶々、館の庭師の手伝いをしていて、ヘルク様の逃走経路、もとい雑草の山をこしらえている最中に、当人が降ってきたんです」
「はっ、脱走して骨折するなんて、間抜けた御曹司様だことで……あぁ、<ヴェスヴィ>だからか」
キャスト陣の中、ダブル主演の片割れであるステファノ・リーヴから、あくび混じりの揶揄が入る。
『長い耳』で、14歳という若さながら、幼少期から子役として活躍する一枚看板。
今回も主人公役としての参加なのだが、そのキャリア由来なのか人種由来なのか、既にその傲慢さを顕にしている。
幸いと言うべきか、彼に同調する者は他に居らず、寧ろいさめる視線を向けていた。すぐ後ろに居たポーティア・ケイトーなどは、額に青筋を立てて拳を固くしているほどだ。
撮影前から暴力沙汰はマズい、とエルはステファノの背後へ忍び寄る歌姫へこっそりと静止のジェスチャーを送りながら、ステファノへ言葉を返す。
「彼は<ハーフ>だけどね。父親である領主様はヴェスヴィ人で、母親が帝国貴族の出身でした」
「なっ!?……まじで?」
途端、ステファノは苦虫を口に放り込まれた顔になる。
「マジです。そもそもここラー、もとい現プリニアン州は、古来から帝国とオーラシアの双方から人が出入りする、国際色豊かな風土。建築こそ、手に入る資材の関係で共和国様式が主流ですが、人種はヴェスヴィに限らず、帝国系や南方系、偶に『連邦系』も見かけたっけ……」
『連邦系』とは、帝国のあるシャーナ大陸とオーラシアのある諸島大陸とともに大海洋を囲む3つの大陸の1つで、黒い髪が特徴の人種だ。
「まぁ、そんなわけで、勉強から逃げて足をへし折るなんてアホウな事になったのは、ヘルク・ラーネウムという個人がアホウだったから。人種は関係ないんだよ」
そう言ってニコリと笑むエルだったが、ステファノはふと背筋に悪寒を覚えた。
ちなみに、彼以外の聴衆たちも、心中で同じ言葉をいだいていた。
「「「(領主の息子を、アホウって言った!?)」」」
「さて、そんなアホウ、もといヘルクサマと初対面した俺たちは、騒ぎを聞きつけた使用人たちに連れられて、領主様に事情を説明しに行ったんです」
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先んじて一報を聴いていた時の領主カーク=ラーネウムは、息子の有様とその顛末を改めて聴き取ると、呆れ果てた顔で執務机で頬杖を付いた。
「アホウめ。怪我をするならせめて他人様のおらんところでしろよ……」
「お父様、お言葉お言葉……」
と、領主の横に立ち、その訛混じりの悪態を諌めてるのは、娘のヘルカ=ラーネウム。その顔は父同様に、兄への呆れを顕にしていた。
そんな二人に、当のヘルクは手当を受けながら弁解を試みた。
「いてて。おやz……もとい父上、俺は人様にテメェの失態をおっ被せるような狭量じゃありませんよ。……そこなお前さんら、怖がらせてすまんかったね」
と、この先の我が身を案じて縮こまる平民子女たちに、ヘルクは引きつった笑みを向けて安心させようとする。
「め、めっそうもございません。……あの、それで俺たちは、どうなるので……?」
と、子どもの一人から問いかけられたヘルクは、はて?と思案する。
「う〜ん……特にどうにもならんというか、別に連れてこなくても良かったんじゃね?師匠の手伝いを止めちまってんだろ?どうすんのさ親父」
と、ヘルクは父親に判斷を放り投げた。
領主カークは、更に深いため息を吐くと、子ども達に告げる。
「リコラの仕事の補佐、という話だったな。それが真っ当な庭仕事だったなら、今日の賃金を払って帰ってもらうだけだったんだが……」
そこで言葉を切り、部屋の隅に控える庭師を一瞥する。
「アホウを甘やかし過ぎだ。逃走経路を作れとは、俺は頼んでねぇ。リコラっ、今日の子どもらへの賃金は、お前とエルが肩代わりしろ。特にエル、割合はお前が7でリコラが3だ」
「はい……申し訳ありません、旦那様……」
「げ!?親父、いやさ父上、ワタクシメにはそのような大金……」
「何を抜かす!お前がリコラから細工の技を習い、小遣い稼ぎをしてるのは、とっくにバレてるぞ」
「ちなみに、密告したのは私ですわ、兄様。……まったく、家庭教師からは逃げる癖に、そういう無駄な知恵には真面目に取り組むんですから……」
妹の裏切りに唖然とするエル。
だがこのやり取りが、彼に知恵を授けた。
「……そうじゃん、『知恵』で払えば良いんじゃん」
「……兄様?」
「父上!今回の詫びとして、こいつらにも学びの場を用意するのはいかがでしょう!?……」
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「まぁ、つまりは退屈な勉強から逃げたいヘルク様と、いい職につくために『学』が必要だった俺たちとで、互いに得のある話だったんです。授業料は領主様負担。あの方も、ヘルク様の脱走癖が治るなら、と渋々承諾してくれました」
「ほほう……コレは使えるネタだな。多少コミカルを入れたほうが、緩急がついて良い」
エルが過去の恥態とばかりに赤面して語る内容を、監督は脚本家に命じて記録させる。
「そうして出来上がったのが、ラーネウム家お抱えの教師たちが屋敷内の薔薇園で教鞭を振るう青空学校、『才の花園』。骨折事件の翌日から始まったソレは、少しずつ他の子どもも立ち聞きという形で参加するようになって、最終的には20人近い大所帯になってたかな」
そして内容も、家庭教師による座学に加えて、時には屋敷の庭師や侍従長、はては出入りの商人から街で技師をしてる保護者まで、様々な分野の知識・技能を持つ者たちが実習という形で、それを子どもらに授ける場となっていった。
結果、当時のハルケニアにおける子どもの識字率は1年で急速に向上。下は6歳から上は18歳まで、5年間で100人程度の子女が、当時の共和国全体で見ても高水準の教育を施された。
「……でも、たった5年で、『花園』は終わりを迎えました。今から10年前の、帝暦3130年2月10日に……」
「帝国海軍による、ラーネウム上陸作戦だね」
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帝国暦3130年
その日、何が起こったのか。ハルケニアの住民達も、南方オーラシア経由で現れた帝国海軍艦隊の将兵達も、事の震源地である領主の館に居た『才の花園』関係者すらも、その委細を承知できた者は皆無だった。
確実に言える事は、当時中立だったオーラシアを経由した30隻の帝国海軍艦隊が、ハルケニア湾を包囲したのが午前10時。
戦力の殆どを、はるか北方の国境線に投入していた共和国軍はコレに即応出来ず、住民達もほぼ無抵抗で艦隊の上陸を許し、ハルケニアは市街地には損害がないまま、1時間と掛からずに占領された。
しかしその最中、 帝国艦隊から見れば、街の最奥にあたるはずの領主の館から、激しい火の手が上がったのである。
「……なんだ、これは……」
燃え盛る我が家を前に、ヘルク・ラーネウムは呆然と佇んでいた。
彼の周りには、負傷した『才の花園』の学友達と、気絶した妹ヘルカを介抱する使用人数名が集まっている。
生存しているのは総じて20名にも満たない。
学び舎として開かれていた庭園には、更に40人近い老若男女の姿が見られたが、全員が血に塗れ、倒れ伏し或いは生け垣にもたれ、或いは無惨にも人の形をしていない。
この場で唯一、ほぼ無傷なままのヘルクは、その凄惨な現場に吐き気を覚えながらも、あることに気づく。
「親父……親父はどこにっ……!?」
この場を取り仕切っていた筈の父親、領主カーク・ラーネウムの姿を探すエル。
しかし、使用人の一人が、泣きじゃくりながら指し示したのは、今まさに崩落を始めた館の方だった。
「……なんで……密約を結んでたんじゃないのかよ……クソ親父ぃィィ!!」
少年の慟哭は、炎による破砕音にかき消された。




