5月11日 クランクイン 1
帝国歴3140年5月11日 午前11時
帝国領プリニアン州 州都ハルケニア
アポロ・ドロスの撮影隊は、日の出と共に『国境』を越え、半島の最南端に位置する帝国の飛び地、プリニアン州へと入った。
自治州の州都ネーポルよりも南国オーラシアに近い立地故に古来から海運業が栄えるこの地域は、先の戦争の主戦場の1つとなりながらも、その経済力でもってネーポル以上の復興を遂げていた。
と、ここまでを前情報として聞いていた撮影隊の一行は、しかし実際の州都ハルケニアの有様を目の当たりにし、呆気に取られた。
「……ここ、本当に帝国領?」
と、若い役者の一人が皆を代弁する形で呟く。
彼らの視線の先には、目抜き通りから覗く、遥か南方大海洋へ繋がるC字型の湾岸へ緩やかに下っていく街並み。だがそれらの造りはどれも、パターン化された大理石の柱が特徴的な帝国式ではなく、レンガと漆喰が主体の旧共和国式、それも新築された建物ばかりだった。
帝国領として割譲されながら、戦前の姿で復興しているという光景が、外からの来訪者には歪に見えたようだ。
「驚くよな?だが、コレを主導したのは我が叔父貴なんだわ」
と、一行の最後尾から病み上がり気味な声が発せられる。
顔色にまだ青みが残るものの、身だしなみはきちんと整えた、小プリニアンだ。
列車の揺れから開放され、不調から回復しかけの御曹司は、挽回とばかりに先頭へと抜け出て、誇るように街並みを指した。
「我が叔父大プリニアンの方針は融和路線でな。帝国人の入植地は南西の丘陵地帯を新規に開拓して、元々の市街地はそのまま現住のヴェスヴィ人達に残したんだ」
大プリニアンは、インフラ設備や街の再建を、戦渦に焼け出され職を失ったヴェスヴィ人達を雇用する、という形で行い、更に自らの手で蘇らせた住宅に、そのまま所有権を認た。必要な予算や設備は大プリニアンが私財から、ほぼ無利子に近い額で『貸与』して、である。
結果、職と住まいを得られると聞きつけたヴェスヴィの難民たちがプリニアン州へと集まり、増えた人手が新たな経済の担い手となり、現在に至る。
「ヴェスヴィ人を優遇するなんて……随分と、その、珍しい考えですね」
待ち構えていたロケバスへ向けて歩きながら、役者グループの一人からそんな声が挙がる。その声色には、あからさまな差別意識が含まれていた。
まだ未成年の帝国人少年で、エルは咄嗟に名前が出てこなかったが、確か主演の一人だった気がした。
その子役に、小プリニアンは肩をすくめながらも、落ち着いて続きを語る。
「叔父貴にとって、ここは前の領主から『預かってる』土地だからな。正当な後継者が戻ってくるまで、保ち続ける、て方針なのさ」
『正当な後継者』、その言葉を、小プリニアンはエルへ意味深な視線と共に向けたが、気づく者はいなかった。
それとは別に、明らかにヴェスヴィ人を擁護する内容の話だった事に、嫌悪感を顕にする者が複数人いた。
それを認識しながらも、小プリニアンは態度を改めず、むしろ開き直って統治者である叔父を称賛する。
「お陰で、プリニアン領はロメ半島全体で一番治安の良い、かつ経済的に豊かな地域になってるんだよ。帝国本土の領地と比べても、ランキング上位に入るくらいだ。貶め辱めて圧政敷くより、よっぽど健全で儲かるやり口だろ」
正論を突きつける小プリニアンに、反発の声はそれ以上挙がらなかった。
そして一行は、3台のマイクロバスに分乗し、最初のロケ地である丘陵地帯の頂上部へと向かった。
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午前12時
ハルケニア北部 旧領主の館跡地
駅からおよそ1時間、車内で昼食を取りながら撮影隊がたどり着いたのは、街を見下ろす丘の上に建つ屋敷跡。
低い生け垣に囲まれた敷地内の右手には、共和国様式で建てられたL字型の本館。左手には、本館と合わせて『コ』の字になるように建てられた、帝国様式の別館と庭園が配置されている。
が、建物はどちらも焼け落ち、本館は焼け焦げたレンガの壁と僅かな基礎部分、別館は帝国様式の特徴である円柱が数本、それぞれ残るのみだ。
しかし、庭園だけは違った。
「っ、そんな……」
「あっ、……この……場所」
「ほう、これは見事な……」
敷地を区切る生け垣が、その区画だけ人丈の倍の高さまで伸ばされ、中の様子を判らなくしていた。
しかしそれでも、敷地の内側から見える庭園の中では、色とりどりの薔薇が、まもなく見頃という咲き具合で、来訪者を誘っていた。
廃墟の中、そこだけ時間が止まっていた、いや巻き戻されたかのように。
その有様に、撮影隊はそれぞれに感嘆の声を挙げるが、中でも特に反応が大きかったのは、エルとレナだった。
特に、お忍び皇女には強い刺激となったようで、気づけば双眸から涙が溢れていた。
「この場所……ここは、あの絵の……うっ!?」
ズキリとこめかみに刺す痛みが走る。
ーワスレロ、コレハ、……ユメダ。ユメダッ!ー
思わず閉じた瞼の裏に、彼女を恐喝する黒い幻影が見えた。
気付けば、少女はその場に蹲っていた。
「ひm……お嬢様!?」
いち早く気づいたタキトが、そっと介抱に向かう。
他の者たちもタキトの声に振り返るが、レナはそっと片手を挙げて無事を伝える。
「ごめんなさい、長旅で疲れてしまったようで……少し立ちくらみがしただけですわ」
と、抑揚の欠けた声で告げると、レナはタキトの手を借りながら、ゆっくりと立ち上がる。
そして顔を上げた頃には、復調した表情を皆に見せていた。
「失礼しました。……ところで監督、こちらのお屋敷はどのような……?」
「おおっと、そうだ。見事な薔薇に見とれて忘れていた。……ここは、共和国時代の領主、カーク・ラーネウムとその家族が暮らしていた屋敷だ。そして、南部におけるイ=ヴ戦争と、『義勇兵団』の始まりの地でもある。……そうだね、コラーノ殿」
とドロス監督はエルへと話題を放り投げる。
何故か苦虫を噛んだ顔で薔薇園を見ていたエルは、ハッと撮影隊の面々へ向き直り、言葉を選びながら、という風に語りだす。
「え、ええ……。『義勇兵』、そう呼ばれてる集団の、最初の部隊は、この場所、ラーネウム邸の……『才の花園』で生まれました」
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エルの回想
―『才の花園』。
そんな大層な名前が付くことになる集団のきっかけは、ある界隈ではよくある事、即ち、家庭教師からの脱走だった。
勉強よりも遊ぶことが好きだった領主の息子、ヘルク・ラーネウムはその日、数学の講義から逃げ出した。
『三角形の辺の比率なんか覚えてどうする。描くやつが下手っぴだったら使えねぇだろ』
などとほざきながら、いつも通り、勉強部屋の窓から飛び出し、いつも通り、仲の良い庭師に頼んで積み上げて貰っている雑草の山に着地。いつも通り、人目を避けて外へと逃げ出す算段だった。
ところが、その日は違った。
『わぁ!?なんか降ってきた!』
と、何故か見知らぬ子ども数人が、着地地点を取り囲んでいた。
ボスン、ボキリ……
子どもに気を取られたヘルクは受け身に失敗し、片足から嫌な音が聞こえた。
「ぉぉおおっまえっら、だれだぁぁ!?」
日に当たり水分が滲み出ている草にまみれて、領主の息子は悶絶した。




