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イーディア・クロニクル~笛吹き男と女神の血涙~   作者: ミズノ・トトリ
『義勇兵団〜戦渦に散った華たちへ〜』
30/32

5月10日 クランクイン前夜 2

午後5時20分

南部鉄道 寝台列車内 『ポーティア・ケイトー』の客室


 車輪と線路が奏でる規則的な打音をBGMに、窓から真横に差し込む夕日がオレンジ色に染める通路を進み、ポーティアとエルは、歌姫に割り当てられた1等客室へ入る。

 シングルベッド2つにソファーとテーブル、化粧台までついた華やかな内装の室内では、ポーティアのマネージャーが寝具を整えていた。

 

「ネリッサさん、ありがとう。撮影のことで内密の相談がしたいの。少し外してくれます?」

「あら、解ったわ。それでは私も、南部鉄道名物のビュッフェを楽しもうかしら」


 三十路近くのマネージャーは、二つ返事で部屋を出ていく。

 すれ違いざまに、来客であるエルへ、見当違いな小言を残して。


「うちの子、一応清純派で通してるから、あまり()()()()()なのは駄目よ?」

「???」

「もう、ネリッサさんったらっ!?……多分からかっただけだと思いますよ。この10年、私のお母さん代わりをしてくれている人なのだけど、悪戯好きな所があって……」


 と、困惑するエルに語りかけながら、ポーティアは備え付けの電気ポットで、インスタントコーヒーを用意する。


「ごめんなさい。ミルクはパウダーの奴しか無くて」

「いいよ、お気遣いなく」


 ソファの横に立ちながら、エルは室内を見渡す。

 先程マネージャーが整えていたベッドの横に、何故か大型のミリタリーバッグが置かれているのが目に入った。帝国やオーラシアなど各国の軍の部隊章を模したワッペンが大量に飾り付けられている。

 それに目を惹かれていると、テーブルに二人分のコーヒー入りカップが置かれる。


「はい、砂糖3つに、コーヒー3割ミルク7割」

「……覚えててくれたのか」

「ヘルカ様に叩き込まれましたから。『兄様がこの奇怪な味に早く飽きるよう、分量は徹底的に守りなさい』と」

「あいつ、そんなこと吹き込んでたのか?……うん、旨い。これのどこが奇怪だよ」


 と、満足げにほぼ白いコーヒーを啜るエルを微笑ましく見つめて、ポーティアも向かいに腰を降ろす。


「……本当に、お久しぶりですね、()()()様。お元気そうで、良かった」

「そっちも、夢だった<歌姫>に成れて良かったな。オーラシアでも何度か聴いてたよ……()()()()


 エルが紡いだ魔法の言葉(本当の名前)をきっかけに、2人の時間が、10年巻き戻る。


≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠


 ポーティア・ケイトー、本名ジェシカ・ロック。出身は旧共和国ラーネウム州の州都ハルケニア。銀行員であった父と領主の館で給仕を務めていた母の間に一人娘として生まれる。

 7歳の時に母親が病で死去。その際に、時の領主カーク・ラーネウムの計らいで、彼の娘ヘルカの遊び相手として、領主の館への出入りを許されていた。

 帝国暦3127年の春、イ=ヴ戦争の3年前の事である。


≠≠≠≠≠≠≠≠≠≠

 

「たった3年でしたが、領主様のお屋敷、特にあの薔薇園での日々は、私という人間の『芯』になっています。ヘルク様がおっしゃった通りに……」

「また懐かしい言葉を……『人生とは、針金の芯に粘土を貼り付けていく人形細工と同じだ。ヒョロい芯ならすぐ出来上がるがヘタれる人生に、太い芯なら時間がかかるが立派に立ち続ける人生になる』、だったか。……教師に習った内容をお前らにオウム返しして偉ぶってただけなんだけどな」


 アイタタ、と昔の自分を恥じて頭を抱えるヘルク(エル)に、ジェシカ(ポーティア)は謝意を伝える。


「当時の私達には、その『偉ぶり』がとてもありがたかったのです。だって、父が銀行員だった私が通えないぐらい、学校は高かったんですから」


 共和国時代のヴェスヴィオスには、『公教育』というものが存在していなかった。子どもの教育は両親或いは親族が行うのが基本で、高水準な教育は博識な市民が商売として行う私塾的なものだった。当然、公に保証されたものではない為、その中身にはバラつきがあり、また要求してくる対価に見合っているかも千差万別であった。

 そんな状況からすれば、ラーネウム領主の屋敷内にあった薔薇園で催されていた事は、とても奇異なモノだった。

 

 『才の花園(ホータス・インジェニ)


 地元の子どもを集めて、その時々に違った、しかし系統立てられた内容の学習会が開かれていたのである。

 その発起人こそ、ラーネウム家の長男で次期領主として帝国式の英才教育を受けていた、ヘルク・ラーネウムであった。


「『花園(ホータス)』のお陰で、私は終戦後に養成学校を首席で卒業、そのまま大手の事務所にストレート採用されて、今や<歌姫>、ですよ♪……他の皆も、便りが来てる子は全員、上手くやれてるそうです」

「それは……良かったな。俺のせいで、危ない道に進んでないか、心配してた……そこの、()()みたいにさ」


 と、視線だけでヘルクはベッド脇の、アイドルの持ち物には見えない異物を指した。

 が、それにジェシカは、不満げに頬を膨らませる。


「む、あれは私のもう一つのシンボルなんです。競争の激しい業界ですから、ユニークな個性を持ってないと、歌だけではすぐに埋もれちゃうんです!」

「だからって……軍事物愛好家(ミリオタ)アイドルは攻め過ぎだろ。いつぞやのPV、『か弱い私を守って〜♪』て、ショットガンを担ぎながら歌ってるのを見たときは、腹筋が逝きかけたぞ」

「十分にか弱いでしょ!たかが()()()()()()()()じゃ!屈強な女子なら片手でロケラン撃ちますよ!」

「うっ……確かに……」


 ()()()()()()()()ヘルクは、それ以上食い下がるのをやめた。

 と、ジェシカはおちゃらけた雰囲気を改めて、真剣な顔で付け加える。


「……それに、ミリオタキャラで売っているお陰で、帝国軍に近づく機会も得られて、色々訊くことができるんです。……『例のエンブレム』の事とか」

「っ!やっぱり危ない道を渡っ……」

「これぐらいっ、『危ない』の中に入りませんよ!10年前のアレに比べたら!」


 ジェシカの激昂に気圧され、ヘルクは口を閉ざす。


「それに……、()()()なんです。ヘルク様とヘルカ様だけじゃないんです、裁きを下したがってるのはっ。……多分、お父さんも同じ気持ちだったんだろうな、って程度には、私の心にも、燻ってるんです」


 彼女の父、シャイ・ロックが先のテロ事件に関与し逮捕された事を、既に知っていたらしい。


「……親父さん、シャイ爺さんの事は、残念だった」

「いえ、良いんです。私は、『ジェシカ・ロック』は死んだ事になってる身ですので。戦後、父とは全く接触していませんでしたし……まだ生きていてくれたんだ、としか思いませんでした」


 だから、と、ジェシカは浮かびかけた涙を拭うと、吹っ切った顔で告げる。


「私は、お父さん、いえシャイ・ロックのように、暴力で解決しようとはコレッポチも思いません。でも、犯人探しだけは、諦めきれなかった。……コレを」


 ジェシカは一旦席を立ち、ミリタリーバッグから一冊の手帳を取り出すと、戻ってそれをヘルクへと差し出す。

 手帳を受け取り、ページを開いたヘルクは、ハッとする。

 左側のページには拙いスケッチ描かれ、右側には、それと瓜二つ、どころか細部がはっきりと判る写真が貼り付けられている。

 その被写体は、ヘルクやジェシカの記憶に刻まれている烙印、『左を向いて祈る片翼の天使』のエンブレムだ。

 

「これ……あのときの!」

「はい。領主様のお屋敷を襲撃した<ドロゥズ>の側面に描かれていたモノと、同じエンブレムです。2ヶ月前に、ミリオタとしてのロケで訪ねた公文書館で見つけました」

「どこの……誰だった?」

「残念ながら、不明です。この写真が撮られたのは70年前で、しかもエンブレムは、部隊章ではありませんでした」

「部隊章じゃ、なかった?……、……もしかして、家紋か!?」


10年来の勘違いに気づき、ヘルクは思わず立ち上がる。

 見下ろしたジェシカからは正解を示す頷きが返され、手帳の次のページが捲られる。

 そこには、古い資料を盗撮した写真が貼り付けられている。

 双翼のプロペラ機を前に10人ほどの貴族らしき豪華な風体の男たちが集合した写真が中央に収められている。

 その中の、中央近くにいる男の肩に、例のエンブレムが施されている。


「70年前、帝国軍が初めて航空隊を組織した際の、隊員の一人でした。しかし、これが何処の誰なのかは、何故か名簿が紛失しており、辿り着けませんでした」

「公文書館で紛失……?いや、どのみち70年前なら、襲撃犯に直接繋がりはしなかい、か」


 ヘルクは手帳を返しながら、ジェシカに別の質問を投げかける。


「もしかして、この映画に参加したのは、コレの為か?」

「いいえ。今回の仕事は、ホントに偶然だったんです。ネリッサさんが、ラーネウムでの仕事だって持ってきてくれたから」

「あのマネージャーさんか。お前の素性、どこまで……?」

「『義勇兵』だったことは知りません。ラーネウムから逃げて帝国軍に保護された孤児、とだけ……だから、コレのことも秘密にしてます」


 ジェシカは返された手帳を受け取らず、ヘルクの方へ押し返す。


「ヘルク様と再会出来たのも、予想すらしていない奇跡でした。だから、手帳は貴方に差し上げます。直感ですが、ヘルク様が持っているべきモノだと思うんです」

「ジェシカ……」


 押されるまま、自分の胸元へ戻ってきた手帳へ目を落としたヘルクは、そこに、情報と共に別の何かが込められているように感じた。


「……解った。コレは預かる。丁度、プリニアン卿の甥御殿が同行してるから、探って貰うよ」

「あら、そうだったんですね。……では、ヘルク様」


 2人はどちらからともなく立ち上がり、ヘルクは部屋の出口へと向かう。


「……出たら、また『エル・コラーノ』と『ポーティア・ケイトー』だ。……俺の方は、もう『ヘルク』を名乗らないだろう」

「……はい。寂しいですが、10年前の悲劇を繰り返さない為に……。今日は、ありがとうございました、()()()()ディレクター」

「ああ、コーヒーごちそうさま、()()()()()()


 最後の挨拶を交わし、エル・コラーノは部屋を出ていった。

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