5月10日 クランクイン前夜 1
帝国歴3140年5月10日 午後5時
ヴェスヴィオス自治州南部〜帝国領プリニアン州
南部鉄道 寝台列車内 食堂
「諸君、いよいよだ。これから我々は、歴史を辿る『旅』に出る。戦争から10年という節目に、『あの時、何が起こっていたのか』、その一端を世の人々に知らしめる旅だ。戦争の惨たらしさを、後世に遺す為の旅だ」
車両全部を貸し切りとした寝台列車の食堂。ネーポルを発って初めての夕食の場で、アポロ・ドロス監督は、スタッフ一同を前に訓示を述べている。
「……とまぁ、それは現地についてから。今夜は大いに楽しみ、また初顔合わせな者同士で交友を持ってくれたまえ。……では、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
監督の音頭で、その場に集った制作スタッフ二十数名が、各々の飲み物を掲げ、鉄道での晩餐を始める。
彼らの多くは『ビブリオテーケー・フィルム』の社員で、それぞれが音響や特殊効果に長け、業界でも個人名が知れ渡っている匠たち。長年ドロス監督と苦楽を共にしてきた『戦友』でもある。
今回は彼らに加えて、監督の意向で外部から新規に集めた者たちもこの場に居た。無名、或いは売り出したばかりの未成年の新米演者たちと、オーディションで選ばれた主題歌担当の歌手、そして……
「……あの、皇女様?貴女までこの場でお食事をなさらなくても、一等客室にルームサービスがついてるんじゃ……?」
「あら?嫌ですわ、エル殿。私はレナ・イーディス、映画の出資者である、とある帝国貴族の令嬢ですわ。ね、タキト?」
「はぁ、あなたがそう言うなら、そうなんでしょうね……(めんどくさいことを……)」
文字通りの末席に陣取り、無加工のオレンジを両手で玩ぶスース姿の青年は、史実考証とディレクター担当に任ぜられたオーラシアの傭兵、エル・コラーノ。
その隣で彼からの抗議の視線を意に介すことなく、皿に盛られたフライドポテトを摘んでいる、白いワンピース姿の少女は、同行に際して何故か一般人を装う事にした、帝国の第二皇女、レナことレシーナ・イーディア。
更にその隣で、名目上は雇用主である少女の飲み物を片手に控えながら、テーブルに置いたサンドイッチを摘んでいる給仕服の少年は、タキト・ウース。先日までは河原の難民キャンプで暮らしながら、装飾品を手作りして売っていた苦労人で、現在は服装の通り、帝国大使館で皇女専属の給仕。この『お忍び』が初仕事というのだから、先の反応も宜なるかな。
ちなみにこの一行にはもう一人、帝国軍情報部所属のガルス・小=プリニアン卿が居るのだが……
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寝台列車内 とある客室
「うぇ〜〜ぷっ!……くそっ、船は平気なのになんで列車だとぉうぇぇぇぇ………」
と、極度の乗り物酔いにつき、バケツを抱えて引きもこっていた。
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再び 食堂車内
「(人を嵌めた罰が当たったんだな、ザマァ)」
と、内心で細やかに復讐心を満たし、エルは改めて、身分を偽った理由を皇女に問う。
「こうj……もといレナ嬢、なんで本当の身分を使わないので?警護とか、道中の安全確保とか、そういうの有った方が良いでしょう」
戦争から10年、帝国との国境に近い北部地域や、賠償として併合された南端プリニアン州は、帝国の資本により復興が進んでいる。
しかし、その両者に挟まれた中〜南部地域は未だに戦禍から立ち直れず、反帝国感情も根強く残る。『金色のカナリア』のような暴力組織の根城になっているとも聞く土地だ。
だからこそです、とレナは返した。
「今回の南部訪問は、半分は私の個人的な問題、もう半分は、その反帝国感情の緩和が目的なのです。どちらの目的にも、『帝国皇女』という肩書は、無用な諍いの種になります」
「それなら同行そのものを辞める、とは考えないんでしょうね、貴女は……(10年前からソコは変わってねぇんだな)」
つい経験則でもって食い下がるのを辞めたエル。
それがレナに、余計な疑念を抱かせてしまった。
「あら?よくご存知で……エル殿、私達、以前何処かで面識が?」
「(あ、墓穴掘っちまった)……え、えっと……」
「そう言えば、エルさんってヴェスヴィオスのどの辺りの出身なんです?もしかして、ラーネウムだったり?ソレで姫さんを知って……」
と、タキトまで食いついてきたので、エルは冷や汗をかきながら、誤魔化し方に思案を巡らせる。
すると、意外な助っ人が声をかけてきた。
「あのっ、そちらのお三方。初めてご一緒、ですよね?」
「(助かったっ!)……ええ、初めまし……て……(え?)」
チャンス、とばかりに振り向いたエルは、しかし続きの言葉を失くした。
声をかけてきたのは、白いイブニングドレス姿の若い女性。肩まで伸ばした栗毛から覗く耳は、ヴェスヴィ人特有の丸い形をしていた。
挨拶を忘れたエルに代わり、レナがワンピースの裾を軽くつまんで会釈する。
「初めてまして、映画に出資するイーディス家の長女、レナと申します。こちらは側仕えのタキト」
「ど、どうも、タキト・ウースです。……って、もしかして貴女、<歌姫>ポーティア!?」
「はいっ!映画の主題歌を担当する、ポーティア・ケイトーです。知っててもらえて嬉しいです。まだまだ新米なのに……」
エルとはまた違った驚き方をするタキトに、ポーティアははにかんで握手を求める。
差し出された手を恐る恐る握り返しながら、タキトは顔を真っ赤にして告げる。
「ラジオで歌、メチャクチャ聴いてます!『愛しのロレンゾ』とか、『指輪泥棒大作戦』とか!ポストカードも持ってて……その、同じヴェスヴィ人として、応援してます!」
「あら、タキトったら……これは、『みーはー』というのかしら?」
新たな一面を見せるタキトに、レナは笑いながら、自分も<歌姫>と握手を交わす。
一方、エルは握手をしそびれながらも、冷静さを取り戻していた。
「(そうか……今は『ポーティア』か)……宜しく、歌姫様。俺はエル・コラーノ。一応、ディレクターの一人って事になってる」
「まぁ、あなたが!……て、実はもう知ってました。コラーノさん、折り入って、お願いしたい事がありまして……」
と、ポーティアはエルに向き直ると、周りを気にする素振りを見せながら、声をひそめて提案を持ちかけてくる。
「私、監督からエキストラとしてワンシーンだけ出ても良い、て言われてるんですけど、そのことで相談が……出来れば、2人きりで」
それを見て、何かを察したレナは、悪戯っぽい笑みを浮かべて、タキトの手を引いた。
「あらあら、これは……。あっ、タキトっ、フライドチキンが残り少ないですわ!取りに行かないと……。ポーティア嬢、失礼しますわ」
「むぐっ!?(ゴクンっ)ちょ姫さんっ、この時間にソレはカロリーがががが………」
と、サンドイッチを喉に詰まらせかけたタキトを連れて、お忍び皇女はその場を離れて行った。
その背中を見送ったポーティアの目からは、過去を懐かしむ情が読み取れた。
「うわ、お転婆ぶりは昔のまんまなのね、お姫様」
「……だろ?お陰でテロに巻き込まれたってのに、もっと危ない方へ突き進んでんだから……ったく」
と、愚痴をこぼしたエルは、初対面という事になっている歌姫へ、エスコートの手を差し出す。
「それではポーティア嬢、続きはお部屋で……」
「はい、お願いしますわ……ヘルク様」
そして二人は、こっそりと食堂車から抜け出した。




