『スタビア・アボンダンツァ』という名の***
帝国歴3140年5月6日 午後10時
ネーポル旧市街地 アニアック・ホテル
エル・コラーノが帝国大使館で小プリニアンに追い詰められていた同時刻、『ギガントマキア』社のセーフハウス『アニアック・ホテル』では、スポーツウェア姿の2人、スタビア・アボンダンツァとメナン・ドロスが、本国との緊急通信に顔を強張らせていた。
『GM社』社長、ヤーソン・スコルォから告げられた内容は、小プリニアンが語った物と同じだった。
<<さっきの定時連絡の後、小プリニアンの方からウチの専用回線で接触してきた>>
『アポロ・ドロスなる映画監督が、エル・コラーノをディレクターとして雇いたいと要請してきたので、それを許可して欲しい、滞在延長に必要な手続きや逗留場所の確保はこちらがするのでご安心を』と。
ソレが、事実上エルの身柄拘束である事を、社長もチームメイト達もすぐに察した。
<<……すまんが、向こうの出した対価が良すぎた。お前たち二人を含む全員の出国黙認に、『箱の中身』を含む今回の極秘作戦全てを不問、ときた。エル・コラーノ独りの身柄を渡すだけで、それ以外の全員が無傷で帰還できる、とくれば、飲むしかあるまい>>
「そんなっ!?けつる……『箱の中身』は、今もエルが持ってるんですよ!もし連中がソレに感づいたら……」
<<いや、連中は本当に、我々の作戦について何も解っていないようだ。小プリニアンは、唯一の手近なヒントであるコラーノ本人に直接アプローチし、しかし失敗した為にこの搦め手に出た。仮にコラーノのポケットからペンダントが出てきた所で、ソレが『中身』だとは気づくまい。……とにかく、仕切り直しだ。2時間後にネーポル港を出る『オーラシア・ツアーズ』の客船を押さえた。すぐに撤退しろ>>
「でも、それではエルが……」
なおも食い下がるスタビアに、ヤーソンは諭すように告げる。
<<良いかアボンダンツァ、ここで無理にコラーノの身柄を取り返そうとするのは逆効果だ。奴が重要なナニカを握っていると、こちらからご丁寧に教える事と同義だ>
反対にあっさりと身柄を手放せば、人質として或いは帝国側が追い求める答えにとして、エルは価値のない人間とアピールすることになる。
それを理解できるスタビアは、苦虫を噛む表情で、指示を受け入れた。
「……ウィルコ、直ちに撤収します」
通信を切ると、彼女はポツリと吐き捨てる。
「……エルのバカ、殺してやる」
「っ、待て待て待てスタビア!まだ完全に詰んだ訳じゃねぇ……せめて半殺しにしろ、残り半分は俺が殺る」
この場に残る同僚からの慰めに、スタビアは皮肉で返す。
「……アポロ・ドロス。……ドロス。あんたの親類?メナン・ドロス?」
「なわけねぇだろ。俺ぁ一族代々のオーラシア人だぜ。帝国に親類なんざいねぇよ」
「でしょうね。一応聞いただけだから忘れて。……それにしても、『義勇兵』……か」
遠い目をするスタビア。メナンは少し躊躇いを見せてから、思い切って尋ねる。
「そう言えば、前にチラッと聞いたことがあったよな?お前ら、10年前……」
「ええ、イ=ヴ戦争の時、『義勇兵』として帝国軍と戦ったわ……2人共、ラーネウム陥落から終戦まで、ね」
「マジで!?そん時いくつだよ?確か、5年前の帝国の東方戦線で俺と組んだ時は18……」
「エルは14歳、私は13歳だった。……もっと年下の子も、あの戦場に居たわ。……そして皆、死んだ」
スタビアはそっと上着を脱ぐと、肩に遺る大火傷を見せる。
「これは、ヒュドラーの誤作動のせいで負った傷。末期の頃は、元々粗悪な作りだった爆弾リュックを、更に粗悪な部品で作るようになって……。背負った時にガス漏れが起きてこうなった」
「……なんつーもんを。そんなんで<ドロゥズ>を撃退できる訳無かったろうに……」
とメナンは同情するが、スタビアがその言葉に、微妙な表情を浮かべた事には気づかなかった。
「……てか、じゃあなんでエルは、帝国のお貴族様、それも軍の情報部なんかとつるんでんだよ?敵同士だったんだろ?」
「命の恩人、てことになるのかな?プリニアン……大使館にいる甥っ子じゃなくて現プリニアン領主の大=プリニアン提督の方だけど……色々あって自爆せずに生き残った私達を保護してくれたのが、彼の部隊だった」
上着を着直し、荷物を用意しながらスタビアは回想する。
「親を無くしたエルと私に、大プリニアン卿は養子縁組まで申し出てくれたけど、2人とも断ったわ。代わりにオーラシアへの亡命を手配して貰って……。新天地でも結局、私達は武器を手にするしか無かったけど」
「お前が高校を出るのを待ってから『GM』へ入社、だったか?……俺は借金精算の為に高利貸に売られて、だったが、お前らは在学中から本社の受付へ直談判してたらしいじゃん。で、社長から『せめて最低限の学業をこなしてからこい』って一旦追い返されて……だっけ?そこまでがっついて、何がしたがったんだよ?」
不要な書類をキッチンのグリルで焼却処分したメナンは、自分のキャリーバッグを手にしながらスタビアに問いかける。
同じモノを携えて部屋の出口へ向かいながら、彼女はメナンへ振り向かずに、ポツリと返す。
「……復讐よ。お父様と、皆と……あの花園を焼いた帝国の奴らへの」
「はな……、なに?」
「……忘れて。要するに、戦場の空気が忘れられなかった、てこと」
無理矢理話を打ち切ると、スタビアは到着したエレベーターのカーゴへと乗り込んだ。
「(……そうよ、奴らは全員、塵芥に成れば良い。帝国も……あの皇女もっ!……ラーネウムの華たちの為に!)」
ヘルク・ラーネウムにとっての『エル・コラーノ』と同じく、『スタビア・アボンダンツァ』も、大プリニアンより与えられた第二の人生であった。
戦前の彼女の名はヘルカ、ヘルカ・ラーネウム。
ラーネウム最期の領主、カーク・ラーネウムの第二子であり、エルの実妹だった。
「(……『血涙』、か。どこの誰だか知らないけれど、本当に、面白いモノを持ち出してくれたわね)」
平静を装いながら、スタビアは心中で、10年間燻り続けている復讐心を、静かに再燃させる。
「(ねぇ、エル……いえヘルク兄様?どうかあの真っ赤なペンダントで、帝国に災いをもたらしてくださいな……)」




