『ビブリオテーケー・フィルム』のアポロ・ドロス
*****
帝国歴3140年5月6日 午前10時
イーディア帝国大使館 応接室
帝国様式の一間で、窓から差し込む朝の陽光を浴びる者が5人。
つい一時間前に帝国特使として着任したてのレシーナ・イーディアを上座に、同じく侍従服に袖を通したばかりのタキト・ウースと小プリニアンがその後ろに控え、何故か同席させられているエル・コラーノ、そして特使としての初仕事の相手、興行師を肩書にする帝国人アポロ・ドロス氏、という顔ぶれだ。
「まさか皇女殿下にお相手願えるのみならず、探し人たるエル・コラーノ氏にこうも早く出会えるとは……これは幸先がよろしい!大変よろしい!嗚呼、三大神に感謝を!」
と、独りで滾るドロス氏に、他の4人は呆気に取られていた。
「(プリニアン卿、この変人、ホント何者です?)」
「(『ビブリオテーケー・フィルム』って映画会社の社長で、自分でも戦争モノをメインに何本か撮ってる。作品の出来栄えは中の上だが、やたらリアリティを求めるもんで収益は雀の涙だそうで……要は腕のいい貧乏監督ってこった)」
レシーナの後ろで、新米侍従2人がヒソヒソと密談を交わすが、ドロス氏の歓声にかき消され、エル以外には聞こえなかった。
「(戦争映画、ねぇ。で、お次の題材はイ=ヴ戦争、か?)」
ぼんやりと事の概略が見えてきたエルは、向かいの席で神を幻視してそうな中年親父を、ジト目で見つめる。
そんな気まずい空気を破ろうと、レシーナは思い切ってドロスへ声をかける。
「それで、ドロス殿?此度はどのようなご用向でいらしたのですか?」
「はっ、歓喜のあまりオーラシアの落涙に溺れておりました。……取り急ぎ、用件のみを告げますと、殿下には、ラーネウム州における映画の撮影を許可願いたく、また、そちらのエル殿には、そのディレクターを任せたいのです」
「……映画、とは?」
唯一アポロ・ドロスという帝国人の素性を知らぬレシーナは、興味を懐きながら問い返す。
するとドロス氏は、懐から折りたたまれたチラシを取り出し、ソレをテーブルへ広げる。
レシーナとエルは、その内容に見覚えがあった。
「ラーネウム、義勇兵団……」
「はい、恐れ多くも、殿下が蛮行に巻き込まれたあの場所で催しておりました。実はあれを主催したのも、この義勇兵団を主人公とした映画への布石とする為だったのです。テロリストまで呼び寄せるとは思いませんでしたが……」
苦虫を噛んだ顔で語るドロス氏に、エルは無意識に棘が混ざった言葉を漏らした。
「帝国人のあなたが、『ヴェスヴィ』側の話を、それもよりによって『義勇兵団』を題材に、ねぇ……。どういう経緯が?」
ジワジワと漂う敵意を、しかしドロス氏は真っ向から受け止め、返答する。
「……実際に『義勇兵』だったエル殿には、聞こえの良くない話でしょうな。だが、私も酔狂で映画を作ろうとしてるんじゃございません。……友人の、為なんだ」
「友人?」
「15年前、私はオーラシアの大学で創作のイロハを学んでいました。その時の学友の一人が、カストル・フィローマン。ヴェスヴィオス人の青年で、戦争映画は元は彼の得意分野だった……」
#####
カストル・フィローマン。
『イ=ヴ戦争』開戦より5年前の軍事クーデターで、親帝国派だった彼はオーラシアへ避難。そこでアポロと出会った。
『戦争は劇薬だ。ヒトを獣に堕とし、血肉と怨嗟を撒き散らす。だがその中から、ヒトは善性を芽生えさせるのだ』
そんな信念の元、現実には血と怨嗟を産まない、『架空の戦争』によってヒトの善性を育もうとした男、それがカストルだった。
だがその目的は、道半ばで絶たれることとなる。
『イ=ヴ戦争』が開戦すると、カストルの元へ軍事政権からの召集令状が届けられたのだ。
#####
「その召集令状には、『応じなければ、家族の身の安全は保証しない』と書かれてあった。つまりは人質ですな。まだ南方からの侵攻が始まる前だったが、共和国は既に正規兵不足に陥っていた」
国外のヴェスヴィオス人を強制的に徴兵するその招集令状により、オーラシアの記録だけでも延べ2千人が戦火に焼かれつつある祖国へ戻され、そのまま灰燼に埋もれたとされる。
「カストルの最期は、ネーポル防衛戦だったらしい。北部のバンカーに、私が彼にあげた万年筆と、私宛の遺言が書かれた手帳が遺されていた」
そう言って卓上に置かれた手帳の、赤黒い汚れが擦れたページには、こう書き殴られていた。
『この戦場では、人間が生み出せる中で最も邪悪で下劣な悲劇が催されている。軍は市民を「義勇兵」と称した人間爆弾に変え、自分たちより先に敵陣へ突撃させているのだ。遥か遠き落涙の地の友よ。どうかこの悲劇を、ただ一作限りの短編としておくれ 12月31日 カストル・フィローマン』
12月31日、その日付はエルに、彼自身も居合わせた惨劇を幻視させた。
「終戦の……本当に直前だったんですね。<ヒュドラー>による自爆攻撃は初撃から失敗し、北部最終防衛ラインは、会敵からわずか10分で崩壊。北部の帝国軍がそのままネーポル市内へ突入し、ムッソ・リーら大本営の主要人物を捕縛。そして……」
「午前11時17分、ネーポル占領が完了し、国家間の戦争としての『イ=ヴ戦争』は終結した」
国家間の戦争としての、ドロス氏が強調したその言葉に、エルは彼への態度を改める。
「(この御仁は、本当の終わり方を知っている)」
そんなエルに見つめられながら、ドロス氏は手帳を仕舞うと、姿勢を正してレシーナを向く。
「……以上が、此度の動機です。私は、友の遺言を守るために、否それだけでなく、カストルや彼とともに散った数多の人々の無念を、今に残すために、この作品を作りたいのです。『戦争とは酷いものなのだ』と、未だに武器を手放さぬ者たちへ見せつける為に、この惨禍を世に知らしめたいのです。……どうか、許可を願いたい」
「アポロ……ドロス殿……」
皇女はまっすぐにドロス氏を見つめ返し、一つ頷いて返答する。
「解りました。特使レシーナ・イーディアの名において、あなたのプリニアン州での行動を許可しましょう。……ただ」
レシーナはエルへと視線を移し、問いかける。
「エル殿は、今はオーラシア国籍で、現在は旅行目的で滞在中、でしたね?」
「ええ、その通りで……あぁ、ビザが……」
はっ、と自分の今の身分を思い出すエル。
表向きは休暇中の旅行客、その実偽造パスポートとビザで、国家機密の奪還任務に従事している最中という、二重の意味で長居は出来ない身の上だった。
「アポロ・ドロス殿、でしたね。残念ながら、俺はもうすぐオーラシアへ帰国しないといけない身でして……。あなたの熱意は伝わりました。俺が持ってる資料で良ければ、帰ってから郵送で……」
「いや、このまま滞在を続けても大丈夫だぜ、エル坊」
エルの断りを、小プリニアンが遮った。いつの間にか、エルの名前が入った就労ビザを掲げながら。
「なっ、いつの間に!?」
「ちなみに、お前の上司にも話はついてある。籍は置いたまま、特別に副業を許す、ってさ」
「それは……どうも……ありがとうございます……(最初からそのつもりだったな、御曹司っ!)」
こめかみがビクビクと震える、引きつった笑みを作りながら、エルは応えた。
「(プリニアン卿、なんか恐ぇ事やったんだな……)」
事の経緯は解らずとも、タキトは目の前の貴族青年が辣腕を振るったことを、本能で察した。
が、他の二人、レシーナとドロス氏は腹芸に気づくことなく、話を進めていく。
「エル殿の問題も解決したようですね。……ではドロス殿、具体的な行程表などがあれば……」
「はい、それはこちらのファイルに……」
と、何故かエルが了承した前提で、ドロス氏の映画制作の詳細が詰められていく。
完全に逃げ場を失ったエルは、天井から吊るされたシャンデリアに諦観の眼差しを向けて、ボソリと呟く。
「(……スタビアに殺されるな)」




