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イーディア・クロニクル~笛吹き男と女神の血涙~   作者: ミズノ・トトリ
4章 プリニアン家の暗躍
25/32

皇女と策謀家は斯く語りき

帝国歴3140年5月6日 午前9時

ヴェスヴィオス自治州 州都ネーポル 市街地


 朝、始業間もないビジネスマン達が行き交う大通り。彼らを運ぶ自家用車や公共交通機関の車列に混ざり、大小2台の黒い高級車が中心部へと向かっていた。

 どちらもイーディア帝国旗をフロント部分に掲げ、車体にはイーディア皇室を示す『黒い狼と剣』の徽章が施されている。

 ちなみに、徽章の下地の色は車体の色、つまりは無色で、『皇室共用』を意味している。これが金の下地なら皇帝、赤なら第一皇女、白なら第二皇女の専用という意味になる。


「私の着任が急遽決まったものだったので、用意が間に合わなかったのです。数日後には、白地の徽章に塗り替えられるそうで……私にはまだ勿体無いとは思うのですけれど……」


 と、対面式に成っている座席の上座から、第二皇女レシーナ・イーディアは恥ずかしそうに語る。

 その隣には、近衛騎士であるレガーゼ・ボスコが警護役として控え、向かい側は同じく近衛騎士でレガーゼの妹レアーレ、そして、皇女の新たな侍従として連れてこられた少年、タキト・ウースが、緊張を露わにして座っている。


「着任って、姫さ……皇女様がお仕事に就くのは、成人してから、って話じゃ、ご()()いませんでしたか…あわわ、噛んじゃった」

「ふふ、そう固くならなくても良いぞ、タキト。いや、まだ正式に任ぜられていないのだから、タキト殿、だったな」


 少年の緊張を(ほぐ)そうと、レガーゼは気さくに話しかける。

 が、帝国の騎士からの丁寧な扱いに、タキトは更に身を固くする。


「ど、殿なんて……呼び捨てで良いですよ、じゃない、ございますですよ?……あぁ、貴族の言葉遣いってどうやるんだっけ……」

「ぷっ、ハハハ。心配せずとも、我らが姫は懐が深い。本国の孤児院でも、皆呼び捨てにしてるぐらっ(ゴチン)あいたっ!?」

 

 レアーレは笑ったが、その額に姉の携帯していたサーベルの石突が命中する。


「お前は礼儀を弁えろ、愚妹め。……まぁ、無理に慣れない言い回しをせずとも良い、というのは正しい。この場にいるのはこの4人だけなのだから、楽にしてくれ。()()()


 と、サーベルを自分の手元へ引き戻しながら、レガーゼ自身も呼称を改めた。

 その上で、彼からの質問の答えを返す。


「さて、君の言う通り、レシーナ様は本来、7月に18歳を迎えられてから公務に携わる予定だった。しかし、先日の一件でそれが変わってしまったんだ」

「それって……ガレリアでのテロ?」

 

 これまでとは違った意味での緊張が、タキトの背中に走る。

 レアーレが頷き返した。


「そうだ。お前もあの場に居たなら解るだろうが、連中は初め、あの場にレシーナ様が居た事を知らなかったし、私も決して口は割らなかった。だが、電話で皇女の存在を告げ口した奴が現れたんだ」

「告げ口?でもあの時、皇女様が居る事を知っていたのは……」


 タキトは自分の記憶をたぐる。自分がレシーナの正体を知ったのは、隣の近衛騎士(レアーレ)が現れた後。

 そのレアーレは、街の防犯カメラ映像を手がかりに、極秘裏に辿り着いた。

 そして合流後、発見の報は彼女自身の通信端末から、主人である第一皇女へと送られ……。


「あの場では君とレアーレだけ。レアーレからの報告を知るのは、私とオクタヴィア殿下(ハイネス)の他は、共に捜索に当たった騎士ユーリス、そして……()()()()()()()()()()

「つまり、私の存在をテロリストに提供したのは、帝国の人間、それも皇室内部の者かもしれないのです」


 影のある表情で、レシーナは淡々と告げた。


「しかし、囚われの身であったレアーレはもちろん、ここにいるレガーゼ、そして本国に戻った姉様とユーリスは、事件の対策本部に居た為、そのような行為は不可能。つまり、私の敵ではないと言い切れます」

「……でもそれ以外は、その……信用、できない?」


 タキトは慎重に言葉を選ぶ。今ここで語られているのは、本来なら自分ごときが知る事はない、はるか高みの話だからだ。

 しかし少年は実際、その分不相応な話の中心に引きずり込まれていた。


「もっと踏み込んだ言い方をすれば、私の命を狙った、暗殺の容疑がかけられているのです。姉様たちは、それを探るべく本国に戻り、私はここヴェスヴィオスに残る事となりました」

「君には酷な言葉になるが、ここヴェスヴィオス自治州は帝国でありながら帝国ではない土地だ。皇室の影響力はほとんど届かず、それでいて他国の干渉も受けない。反抗勢力は存在するが、その首魁は昨日レガリアで(たお)れた」

「えっと……つまり、皇女様にとって、一番安全な場所、ってこと、ですか?」

「その通りです。……昨日観た、ラーネウムでの出来事や、あなた方『ヴェスヴィ』の事を思うと、心苦しいのですが……」

「……」


 タキトは押し黙るが、目の前の少女から伝わる葛藤に、不思議と邪念の類は浮かんでこなかった。


「……事情は、理解しました。でも、それでなぜ俺が、皇女様の侍従に?」


 そもそも、なぜ難民でしかも無学な未成年である自分が、帝国皇女の側仕えに選ばれたのか、タキトには見当もついていなかった。

 それはすぐに、隣のレアーレから明かされた。


「まず、今のレシーナ様の立場は表向き、『自治州での反帝国感情を解消するための親善特使』という立場にある。簡単に言えば、ヴェスヴィ人と仲良くするのが仕事、だ」

「レアーレ、もう少しマシな説明は……まぁ、そういう認識で構わない。実際には、今行われている復興事業のいくつかを姫様の名義で行う、という程度だ」

「ふっこう……めいぎ?」


 一気に理解不能な話になった為に、タキトの思考は一時停止した。


「おっと、その辺の話は君には無関係だったな。……とにかく、レシーナ様はここネーポルの大使館に転居され、公務に就かれる。しかし元の皇室関係者は信用できない為、侍従を新たに選任しなければならない。そこで、皇室の外で信頼でき、なおかつネーポルに土地勘のある人間が選ばれた。君だ」


 レガーゼの言葉に、妹騎士と皇女が共に賛同の頷きを付け加えた。


「……それは、どうも、ありがとう……ございます?」


 タキトは困惑しながら、より一層身を縮こませた。


######

同時刻 

後続の車内


 同じ頃。車列2台目、4人乗りの軽乗用車の中では、タキトと同じ内容を、エル・コラーノがガルス・<パルヴス()>=プリニアン卿から聞かされていた。

 ただしこちらでは、更にその続きが語られていた。


「あの姫さんを下心なしにエスコートし、正体を知ってなお、害意を抱かなかった。さらに、途中までだったとはいえ、テロリスト共から守った。トドメが現地在住街の地理や慣習に精通。まさに抜群の優良人材な訳だ。……ちなみに、この俺も新しい侍従の一人として、情報部から転属になったんだぜ。一兵卒から皇女のお付き、大出世だろう?」

「それ、出世って言うんですかねぇ……そもそも、なんで俺、この車に乗せられているんで?」


 と、エルは同乗者から視線をそらし、頬杖をついて流れていく街並みを眺めていた。 

 だがその振る舞いに反し、現在のエルは追い詰められた状態にある。


 隣であからさまに上機嫌な態度を取る御曹司が、エルたち『ギガントマキア社』の目的を探っているのは明らかだ。タキト少年のスカウトや、自分が同行させられているのも十中八九、<カエキリウス(探求者)>を自称するこの策謀家の入れ知恵だろう。

 まず、このままタキトの身柄が帝国側に渡った場合。少年が川で赤い鉱石を拾い、ソレをオーラシア人の青年(エル・コラーノ)が破格の値段で買い取った事、更にはその加工くずまで回収した事が知られてしまう。彼は自分が拾ったモノが大量殺戮兵器になりうるとは知らず、かつエルとの取引は何ら後ろめたい所のない、秘密にする必要の無い情報だからだ。

 かと言って、今からタキトに対して口止め工作を試みようものなら、少年が何かしらの秘密を知っていると小プリニアンに確証を持たせる結果になる。


 タキトから『血涙』の存在が漏洩するのは止めたい、しかしこれ以上の干渉は出来ない。エルの心中はジレンマに荒れていた。


「(ほんと、どうすりゃいいのやら……)」


 その葛藤を知ってか知らずか、エルの反応を吟味するように横目で見ながら、小プリニアンは続ける。


「なんでって?……ああ、うっかり忘れてた。お前さんには別件で用があるからだよ。元々はあのタキトって少年だけが目当てだったんだが、まさかあのガキンチョがエル坊の『友達』だったとはなぁ。同郷の()()()で気にかけてやってんのか?だったら就職祝いのご祝儀ぐらい、用意してやれよ」

「……そうっ、すねぇ(ここで『友達』を否定したら、じゃあ何で絡んでるんだ、って掘り返されるよなぁ)。帝国では相場は如何程(いかほど)で?オーラシアだと()()()()、ですけど」


 と、エルは指を1本立てて左右に振る。1ドラクの意だ。

 小プリニアンは、ふむ、としばし考えこんでから返答した。


「まぁ、貴族だとその10倍が基本だが、ガキンチョは庶民だからな。……て、お前さん手持ちあんのか?」


 タキトにとって大金である1ドラクという金額は、『旅行客』であるエルにとっても、二つ返事で出せるものではない。現に、既に同額を『血涙』回収に使ってしまったエルの財布は、捨て忘れたレシートと小銭しか入っていない。


「……航空券を格安の奴に変えたら、どうにか……(メナンに借りたら利子高ぇからなぁ……スタビアにすがるか)」

「おいおいその顔、『自分は持ってねぇけど仲間から借りる』って丸分かりだぞ……『GM』って儲かってねぇのか?やっぱ叔父貴の養子に……」

「もう!その話は断った、って今朝も言ったでしょう!それにご心配なく!先週、シュンジュン連邦でとっ捕まったマヌケな諜報員を救出したんで、懐はあったか……い……あっ」


 ウィークポイントを突かれたエルは、咄嗟の反論で失言をしたことに気付いた。

 途端に、小プリニアンの顔がニンマリと歪む。


「ほほ~う?先週はシュンジュン連邦に、ねぇ。……つまり帰還してすぐさまのヴェスヴィオス入りだった訳だ。……そこまでの緊急任務とは、にゃ〜にかにゃ〜〜?エル坊よぉ」 


 猫なで声を出しながら、しかしその眼光は獲物を仕留める獅子のソレで、<カエキリウス(探求者)>は、腐れ縁の傭兵へと詰め寄る。

 それでもエルは、今朝と同じ言葉を発した。


「……『ドェン、チェリアーゼタ、ノ、エクセーリ』」

「ちっ、またそれか。『知るべからず、悪しき故に』って意味の古代イーディア語。()()()()()()()の隠語。……なぁエル坊、お前はもう『封じの鍵』を一つ持ってるだろう。()()()まで抱え込んだら、精神がもたねぇぞ」

「それでも、世に解き放たれるよりは断然マシです。世界は滅びませんから……」


 狩人の目を真正面から見つめ返し、エルは言い切った。

 その気迫に、小プリニアンの方が圧され、元の距離に戻る。


「……10年前から変わらねぇな、エル坊。シンドイだろ、そんな生き方」

「死ぬほどではありませんよ」

「だがな……。お前、あの展示、義勇兵団のヤツ、最後まで見たか?」


 反対側の窓ガラスに反射したエルの虚像を見つめながら、小プリニアンは問う。


「……?えっと、俺の写真が飾られてた辺りまでは。そこから先に行こうとして、カナリア共が騒ぎ始めたので……」

「『()()()()()()()()()()()()()()、<笛吹き男>』ってのが最後の展示だった。義勇兵団作って、避難民を煽って民兵に仕立て上げ、爆弾背負って自爆させた極悪人ってな……そんな濡れ衣被せられて、平気なのかよ」

「……、……俺とは関係ありませんから。<笛吹き男>は10年前に死んだ奴の名前です」

「本気で、『ヘルク・ラーネウム』に戻る気はないのか?」

「ありませんよ。……おっと、大使館についたみたいですよ」


 重火器を装備した兵士と、巨大な人型兵器<ドーレブ>が門を守る3階建ての洋館が正面に見えてきた。

 ゆっくりと門が開き、2台の公用車を迎え入れる。

 先に停まった前の車から、最初に2人の近衛騎士、続いてタキト、最後にレシーナ皇女の順に降りてくる。

 少年の顔を見るに、どうやら侍従への取り立てを了承したらしい。

 そのまま4人は連れだって、大使館の中へと入っていく。その背中を見送ってから、エルと小プリニアンも外へ出る。


「……それで?俺への別件って何なんです?御曹司」


 車内での会話をなかった事にすべく、エルは強引に切り替える。

 尋問が不発に終わった小プリニアンは、諦めのため息を一つ吐き、公用車のドアを八つ当たり気味に閉めながら告げる。


「朝、俺の出勤早々に、お前さんを探してるっつぅ御仁が軍を訪ねてきたんだよ」

「俺を?」

「そう、しかも内容的に、皇女様の初仕事になりそうなんでな。大使館で待ってもらってる。昨日のテロ事件に巻き込まれた被害者で……」


 と、小プリニアンはエルと並んで玄関へ向かいながら、事情を説明しようとした。

 しかしその前に、その()()の方が、2人へ向けて飛び出してきた。


「エル・コラーノ!エル・コラーノはどこだ!?あの義勇兵の少年はどこにいる!?」


 紅いベレー帽をかぶりサングラスをかけた、茶色いロングコート姿の男性が、叫びながら建物からかけてきた。

 彼の放った義勇兵、という言葉に、エルの全身に緊張が走る。

 が、隣の小プリニアンは、大使館の敷地内で騒ぐ男に頭を抱えながらも、争いへの備えは見せずに呟く。


「アレがお前の客だよ。アポロ・ドロス、帝国人の映画監督だが、今はイ=ヴ戦争をメインに取材してるんだと。ガレリアの『ラーネウム展』の主催者でもある」

「ッ、……そっち方面で来るかぁ」


 これはオーラシアへの帰還は無理そうだ、とエルは諦観の念を抱く。

 そして、アポロ・ドロスなる帝国人は、彼の姿を認めると、古代の遺物を見つけた考古学者の如く、目を輝かせて近寄ってくる。


「き、君がっ!?……間違いない!プリニアン卿から借りた写真の少年兵!あれは君だね!」

「(やっぱりあの写真の出所はアンタか御曹司っ!)」


 ギロッ、とエルは横目で小プリニアンを睨みつけた。


「(仕方ねぇだろ、渡さねぇといつまでも居座りそうだったんだよ、この変人)」


 と、釈明を小声で返した後、小プリニアンはせめてもの尻拭いにと、アポロを抑えにかかる。


「ドロス殿、ここは大使館、それも本日は皇女殿下のおわす場所故、もう少し落ち着いてください」

「っと、すまない、プリニアン卿。ずっと探し求めていた生き証人を見つけられて、ついっ」


 と言いながら、アポロはエルの両手を強引に握ると、片膝をついて懇願した。


「どうか、私の映画のディレクターになってくれまいか!」

「……なんですと?」


 エルの中でも、この帝国人への代名詞が『変人』へと変わった。

補足説明:『血涙』の辿った経路

1:オーラシアの博物館から強奪される。

2:帝国軍経由の闇市場ルートを通じてネーポル駐屯地へ

3:テロ組織『金色のカナリア』の3次組織が強奪するも、橋(川の上流)の上で爆殺される。

4:『血涙』とケースは別々に流され、『血涙』だけが先行してタキトの集落付近(下流)へ

5:爆殺の際の音に気付いたタキトが川へ行き、『血涙』を発見。夜通しの作業でペンダントに

6:同日朝、エル・コラーノがタキトの露店を発見し購入

7:タキトがレナと邂逅してる頃、ケースと強奪犯の遺体が漂着(以降本編へ……)

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