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イーディア・クロニクル~笛吹き男と女神の血涙~   作者: ミズノ・トトリ
4章 プリニアン家の暗躍
24/32

エルの誤算 その5

#####

現在(帝国歴3140年5月6日 午前8時)

ネーポル旧市街地 アニアック・ホテル(セーフハウス)


 様々な因縁が混在したテロ事件解決から、一夜明けた現在。

 本来の目的である、オーラシアから強奪された鉱石『血涙』を期せずして入手したエル、スタビア、メナンの3人は、同時に推察された犯人の素性に、揃って嫌な汗を浮かべていた。


「と、取り敢えず、時系列で整理しようぜ?」


 メナンは近くの荷物を漁り、裏が白紙のチラシとペンを卓上に叩きつける。


「まず最初、ウチ(本国)の博物館に極秘保管されていた『血涙』が強奪された。本国の捜査が進んで、この犯人共はカモーロアに雇われて密輸をやった前科持ち連中と判明してる」


 チラシ裏の左隅に、『強奪』『カモーロアの手駒』と殴り書きがされる。


「強奪された『血涙』はアイギア島、闇市場になってる帝国軍の物資集積所へ運び込まれた。……でも私達が捜索した時点で、『血涙』は()()にかけられないまま、ヴェスヴィオス本土へ渡っていた」


 スタビアがメナンの殴り書きから矢印を引き『アイギアの闇市』(素通り)『??』と付け加える。

 すると、エルは『??』に二重線を引き、代わりに『帝国軍』と添えた。


「御曹司……帝国軍の情報部筋によると、『血涙』は軍の正規ルートに混ぜられて、ネーポル郊外の駐屯地へ送られてる。それができるのは正規兵だけだ。そして……」


 エルはスタビアに習い、『ネーポル駐屯地』(襲撃)『金色のカナリア』(失敗)『少年』と書き加える。


「軍の駐屯地を、元共和国軍のテロ組織『金色のカナリア』の下っ端が強奪。しかし失敗して皆殺しにされ、ドサクサで川に落ちた『血涙』を、ホームレスの少年が拾った」

「でそのガキは、てめぇが拾ったのが大量殺戮兵器と知らぬまま、ガリガリ削ってペンダントにしやがりました、とさ。命まで削ってねぇだろな?」


 テーブルの中央に置かれた、紅い鉱石が填められた簡素なペンダントを、メナンは忌避の眼差しで見やる。

 エルはそれに苦笑しながら、『回収目標の成れの果て』を拾い上げる。


「まぁ、研磨による摩擦熱は650度程度らしいから、警告されていた1000度には届いてないと思うぞ」

「いや真面目に返すなよ。知れねぇよ摩擦熱が何度とか。むしろなんで知ってる?」

「昔、真っ当な職人と非合法な職人に弟子入りしてたから……あっ」


 と、エルは何かを思いついたようで、掲げたペンダントをマジマジと見つめる。

 メナンも釣られて、裏側から真鍮の枠を見やる。


「どうしたい?まさかそのお師匠とやらの作品だった、とかか?」

「……当たらずとも遠からず、かもしれない。ちょっと出てくる!」

「え?エル、ちょっとま……!?」


 スタビアの静止も間に合わず、跳ねるように立ち上がったエルは、そのまま外へと飛び出していった。

 ……『血涙』の使われたペンダントを持ったまま。


「あっ!エルてめぇ!国家機密置いてけぇ!」


#####

30分後 

ネーポル旧市街 ボルトール河の下流


 小プリニアン卿から聞いた、『血涙』の箱と強奪犯の遺体が発見されたという橋に、エルは来ていた。

 今立っている側の岸はコンクリートの堤防となっており、底も深い。どうも発見現場は橋を渡った先のようで、対岸には河川敷が広がっている。

 記憶をたぐると、かつてはそこがグラウンド付きのキャンプ場だったと思い出す。


「……なるほど、生活基盤は揃っている訳だ」


 目を細めると、河川敷には野外市場のようにテントや屋台、即席の小屋が並んでいて、一つの集落を形成していた。

 

「……少年の面倒見てた老人たち、シャイ爺さんがその一員だったなら……子どもにこのレベルの技を教えられるのは『リコラ先生』、あんただけだよな」


 懐かしさと尊敬の念を込めて、エルは呟く。

 そして、己の予想を確かめるべく、橋の歩道を駆け出す。


#####

対岸 難民集落


 川幅約1kmの河川を渡り終えると、集落の全容が見えた。

 真っ直ぐ3列に連なる平屋の間に、無舗装ながらゴミ一つ無い清潔な道が2本走っている。

 橋の上から覗くと、平屋のそれぞれが住居兼店舗、もしくは作業場となっている様子で、数十人の出入りが見られた。

 ふと、その中に目的の、見知った顔を見つけた。


「……居たっ!少年と……やっぱり先生だ!」


 寝不足気味に目を擦る、昨晩と同じジャケットを着た少年と少年に向かってリュックサックを渡そうとしている老人。

 二人はこちらの視線に気づいたのか、揃って橋の方を振り向いた。

 向こうが解るかはさておいて、エルはペンダントを握った片手を掲げてから、土手の降りられる場所を探して動いた。


#####

難民集落内


 芝の生えた斜面を滑り降りて、建物同士の間隔が広い所から集落に入ったエルを、ますタキトが出迎えた。


「やっぱり、エルさんだ。赤くキラってしたからもしかしてって……」

「おうっ!君の最高傑作、こうして肌身放さず持ってるよ。……所で、さっき見えた時に一緒に居たご老人に用があってね」

「リコラ師匠?……エルさん、師匠と知り合いで?」


 タキトの挙げた名前に、エルは満面の笑みを浮かべる。


「やっぱり!リコラ・アグか!一声、挨拶したいんだけど……」

「まさか……夢ではないのか」


 当の本人が、タキトを追って現れる。

 しかしエルの姿を認めると、よろよろと、今にも崩れそうな危うい足取りになり、顔を驚愕に引き攣らせる。限界まで開かれた目は、涙で潤っていた。 

 様子が一変するリコラ老人に、タキトは慌てて駆け寄る。

 

「師匠!?」

「あ〜、すまん少年。俺が驚かせちまったせいだわ」


 エルは自分の失態を恥じながら、ゆっくりとタキトに続き、老人に頭を下げる。


「お久しぶりです、先生。……あ、破門されちゃったから、もう『先生』って呼んじゃだめなんでした。すいません」

「え……先生?師匠が、エルさんの?」

「おおぅ、おおっ!ではやはり……やはり、生きておいででしたか。へ……」

()は、『エル・コラーノ』と名乗ってます。……重ねてすいません。この10年で色々と、ほんっとうに色々とあったんです」

 

 強引にリコラの言葉を遮ったエル。しかしすぐに老人の傍らに跪き、震える手を自分の両手で包み込む。

 その目にも、同じく涙が溢れていた。


「でも、会えて良かった。……元気な姿を、また見れて、良かった……」

「うぅ……ワシも、ワシも、お会いできて、良かったです。……坊っちゃん!」

「……師匠、エルさん」


 タキトは、かつて別の場所で良く見たその光景を、黙って見守った。


#####

暫くの後

リコラ・アグの作業場


 落ち着いた二人はタキトを伴って、リコラの作業場に移動した。

 見慣れぬ顔であるエルを、住民たちは盗み見ていたが、長老の一人であるリコラが親しげに接する様子で、すぐに警戒は解かれた。

 

「……そうですか、今はオーラシアに」

「ええ。プリニアン卿の援助があって……」

「おお、あの方が!……御当主様を訪ねてこられたのを何回か拝見しました。……ワシの方はぁ、この通り、今は難民たちのまとめ役をやっております。シャイの奴も……ここで皆の金庫番を……」

「……、………」


 現在は軍の収監施設に居るであろう育ての親の一人を思い浮かべているのか、タキトは沈黙する。

 それを察したエルは、ため息を吐いてふと遠くを見ながら非難の念を懐いた。


「(あんたを慕ってくれる奴が、ちゃんといるじゃねぇか。シャイ爺さんよぉ)」


 そして、自らも吹っ切って話題を変えるため、ポケットからペンダントを取り出した。


「そうだ。本題を忘れるところだった。……少年、このペンダントの材料なんだけどさ……」

「え?……あ、昨日の朝のっ!」

「おや、ソレは……まさか坊っちゃんが買ってくださるとは」


 リコラも、自分が『売れない』と判じたペンダントが知子に買われた事に興味を覚えたようで、3人の視線が赤い石に集まる。


「これ見てたら、フレームの造形に先生の技が入っててビックリしたんだ。やっぱり弟弟子だった訳だ。で、昔を色々思い出して、『岩絵具』の事が浮かんできてさ」

「いわ、えのぐ?」


 タキトはキョトンとして、リコラへと目を移す。

 その反応に、エルも当てが外れた様子で、タキトに語る。


「宝石を研磨した時に出る削りクズを、『(にかわ)』と混ぜると絵の具に出来るんだ。『捨てるモノから芸術を』っていう、貧乏性…もとい創造性豊かな先生の得意技の1つなんだけど……」

「ホッホッホッ。坊っちゃん、ソレは環境によりけり、とも教えた筈ですが。周りをご覧なさい。河原住まいの我々に膠を用意できるとでも?」


 動物の脂、特に牛の皮から取れるモノを沸かして固めた膠は、一般の社会であっても高級品に分類されるものだ。

 タキトも苦笑しながら、首を横に振った。


「それに、俺は絵の腕は()()()()()でして。削り屑はそのまま地面に捨てて、砂に混ぜちゃいます」



『地面に捨てて、砂に混ぜちゃいます』『混ぜちゃいます』『混ぜちゃいます』……


 タキトの言葉が、エルの頭の中で延々と木霊した。


「捨て、ちゃった?……こ、この……石の削りクズも!?(国家機密が……虐殺兵器が……河原の、砂……)」


 エルの背中を、嫌な汗が滝のように流れる。

 が、すぐにタキトから、それが引っ込む郎報が告げられる。


「あっ、そいつを作った時のなら、まだ研磨機の周りに残ってる筈ですよ。昨日は作ってすぐに売りに出て、それから色々あってあのテロ事件でしたから、仕事場は片付いて無いので……そんなに欲しいんですか?その、『岩絵の具』?」


 どうやらタキトは、エルの冷や汗の理由を誤解したらしい。

 ハッ、と我に返ったエルは、勘違いをそのままにした方が話が進むだろう、と判断し頷いた。


「そ、そ〜なんだよぉ。破門された身だけど、先生から教わった技を使いたくてウズウズしちゃってさぁ……迷惑で無ければ、そのクズを買い取らせてくれないかい?」

「ハハ、良いですよ。……でも、払いはコドラク硬貨でお願いしますね。昨日みたいにドラク紙幣を渡されても両替出来ませんから……」


 と、真意を知らぬタキトは快諾した。

 そしてリコラとはその場で別れ、エルを自分のテントに案内する。


 少年の住居は、台形型のキャンピングテントと、そのすぐ隣に造られた簡素なトタン屋根の小屋で、小屋の方が作業場に成っていた。

 中は金属を沸かして鋳造する炉と型が奥に有り、そこから入り口にかけて、各種工具や据え置き型の研磨台が並ぶ。

 その研磨台には、確かに紅い粉が溜まっていた。それも、狭い建屋の中で粉塵が飛ばないようにポリバケツを加工したカバーが取り付けられているため、ほぼ一箇所に集中していた。

 その量は意外と多く、タキトが手ごろなビニル袋(おそらく商品の為に購入して用意していたもの)へと器用に掬って入れると、拳一つ分の体積があった。

 それを中身がもれないように口を縛ってから、タキトはエルに差し出した。


「どうぞ。本当は捨てるモンなんでお代は要らない、と言いたいところですが、そんな大盤振る舞い出来る身分では無いので……お言葉に甘えちゃいます」

「いやこっちこそ、我がままを聞いて貰ったんだから。それに、前にも言った通り、同郷の君を応援したいからさ。特に今日は、弟弟子(おとうとでし)って判ったからなおさら、ね」


 その言葉は、エルの本音でもあった。自分が見限った故郷の地で、己の道を突き進む少年が、青年には尊く見えた。


#####


 無事に『血涙』の残りも回収出来たエルは、河川敷を後にしようとする。

 しかし別れ際、タキトがふと気になった事を訊ねてきた。


「あの、エルさん。さっき師匠から『破門』されたって言ってましたけど……」

「あぁ、アレね。……戦争前の話さ。ラーネウム在住の悪ガキが、自分から頭下げて弟子入りしたくせに、師匠を裏切って別の師匠、それも闇市に出入りするようなアウトローからも技を学ぼうとしたのさ」

「アウトロー……なんかスケールデカい話ですね」

「マネするなよ、それで『破門』された前例が俺だから。……ちなみに、アウトローの方の『師匠』ってのは、少年と出会ったあの茶店(さてん)のマスターだ」

「マジっすか!?……世界って狭かったんだなぁ」


 などと、別れ際の無駄話に花を咲かせていた二人だったが、集落の端で、不意に現れた集団に行く手を遮られる。

 

「談笑中すまないが、ご同行願いたい、タキト・ウース」

「え、何?……って、あなた方はっ!」


 それも、二人がよく知る顔ばかりで……


「ちょっとちょっとボスコ嬢、そんな問い詰めるような言い方だと彼が怯えちゃうでしょう。……あと、なんで居るのさ?エル坊」

「……御曹司に、妹の方のボスコ嬢。それに……」

「昨日ぶりですね。エル殿。その節は誠にありがとうございました。それと、タキト……今日は、あなたにお願いがあって参りました」


 帝国皇室の近衛騎士(レアーレ・ボスコ)と、軍属でもある貴族の青年(小プリニアン卿)を伴とし、身分に相応の白いドレスを纏った少女、レシーナ・イーディアがそこに居た。


 大きく動き出した歴史の中に、河原住まいの難民の少年を巻き込む事となる、1つの提案をするために。


「あなたに、私の専属侍従となって欲しいのです。タキト」

「……俺が、皇女様の、侍従っ!?」


 驚くタキトの横で、エルは無表情を装いながら、内心では小プリニアンへの警戒心を抱いていた。


「(謀りやがったな、御曹司っ!)」

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