エルの誤算 その4
午後1時17分
特別催事場 第2の展示
4人が次のブースへ移動すると、そこからがこのイベントの目玉だった。
中央に置かれたガラスケースの中には、乾いた泥のこびりついたヘルメットや飯盒、大破した銃火器などの『遺品』が並べられ、それを囲む壁には時計回り順に、ロメ半島の地図と事件ごとの解説が載ったパネルが掲げられている。
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『ラーネウム義勇兵団(3130年2月22日創設~3131年1月1日)
:ヴェスヴィオス軍がイ=ヴ戦争時、帝国軍の南方上陸直後に、これを迎撃せんと創設した部隊、それが『ラーネウム義勇兵団』である。
現存している資料によれば、部隊は『自主的に志願した』ラーネウム領からの難民たちで構成され、中には未成年の少年少女も含まれていた。しかし、終戦前後の軍部による資料廃棄により、どれほどの人員が投入されたのか、その内戦死者はどれほどだったのか、詳細は不明である。
当イベントでは、残存する共和国側の僅かな資料と、帝国軍が公開している義勇兵団との交戦記録から、その実態に迫らんとするものである。』
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そんな前書きから始まる『義勇兵団』の軌跡は、地形を詳細に再現したロメ半島の地図上に、小さな旗で表されていた。
その詳細な説明を見ながら、エルはこの催しの主催者への興味を抱いていた。
「(資料は終戦後、軍がほとんど焼いただろうに……ここまで踏み込んだ情報の出処は……誰かの縁者か?)」
もはや自分以外に知る者は残っていないと思っていた記録の数々に、エルは惹かれていった。
『ネメア攻防戦(3130年2月22日~25日)』
「(この時はまだ、軍に拾われて無かったんだけどな。それでも、初陣には違いなかった)」
『レルネーの戦い(3130年3月1日)』
「(……ターラント入りする前日だな。最初は正規軍への補給係で、一時間後には鉄火場に置いてけぼりだった)」
『エリュマ反抗作戦(3130年3月14日~4月1日)』
「(……こんなに長く戦ってたか?……あぁ、そうか。途中で何日目か数えるの止めてたんだった。工場でアレを見つけて……)」
『アカイア事件(3130年5月15日)』
「(やっぱりかなり『抜け』があるな。4月は各地を飛び回ってたんだが……。でもアカイア。ここで、初めて隊から脱落者を出した。……アントン・ニーオ、サラ・リーノ、そしてジェシカ・ロック……)
身の丈に合わぬ武器を持たされて、半島の南半分を駆けずり回った日々が思い出される。
最初はラーネウムの難民に後方支援をさせる為の名目でしか無かった『義勇兵団』、それがいつの間にか撤退の殿を務める要にさせられていた。
『エーリス攻防戦(3130年8月10日~9月17日)』
「(この戦いから、軍の連中が本格的に自爆戦術を使い出したんだよな)」
『トラキア街道の戦い(3130年9月18日~10月10日)』
「(弾なし、銃なし、メシもなし、メシがないから鍋被る〜♪だったか……思い出すと、ひでぇ歌だった)」
そして、最期の戦いの場へと至る。
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『サレルノ山地攻防戦(3130年10月12日~3131年1月1日)』
南方と同様に、北の国境地帯も<ドロゥズ>に食い破られ敗走。これにより、二分されていた共和国軍が最終防衛線にて合流し、皮肉な事に戦時中で最も強固な防御態勢が構築されたのである。
対する帝国側も、北の本隊と南の急襲部隊の合流を試みたが、共和国の遊撃部隊により妨害され、結果、両部隊の兵士たちが顔を合わせる事が出来たのは、占領後のネーポル市内だったという。
その妨害を担った部隊こそ、義勇兵団であった。彼らは3ヵ月もの間、帝国軍を南北に分断し続けたのである。
しかしこの時、共和国が義勇兵団に命じた戦法は、リュックサック型の爆弾<ヒュドラー>を背負わせ敵に突撃させる、『自爆攻撃』であった。
ネーポル市に籠城する形となった共和国軍は、必要な物資を外部から調達する能力を欠いていた。しかし軍上層部は、降伏ではなく継戦を選択。そして限られた物資を『節約』する為に、悪名高き人間爆弾を生み出したのである』
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エルは展示品の中に、無力化された<ヒュドラー>を見つけた。
軍用の背嚢から数本の鉄パイプが突き出し、それが左右に取り付けられた、携帯コンロ用のガスボンベと繋がっている。
ボンベ2本分の可燃性ガスを背嚢の中の機構に送り込み、そこに点火して爆発させる、という仕組みなのだと、添えられたメモが解説している。
「(<ヒュドラー>……本来は違う用途で作ったんだがな。末期の物資不足の中、安く早く作れるって、軍の連中が食いついて……<ドロゥズ>には通じないと、あれほど言ったのに……)」
当時わずか14歳だったエルの忠告は無視され、<ヒュドラー>は義勇兵団の兵士たちを、人間爆弾へと変えた。
最初は物陰から自力で標的に近づく戦法が取られたが、後に背嚢の中身に火薬を追加し、ガスの一部を推進剤として後ろへ噴射する事で、接近する速度を上げようとした。
だが、ガス噴射は追い風になるどころか、バランスを崩させる結果となり、目標のはるか手前で起爆することがほとんどだった。
そして、彼らの犠牲の甲斐なく、12月31日に北側の防衛線が崩壊。帝国軍のネーポル市侵入が確実となった事を受けて、ムッソ・リー以下首脳陣は同日中に降伏を宣言。
しかし現場の指揮官たちは納得せず、配下の義勇兵諸共玉砕を目論む者までいた。
結果、帝国軍将校ガルス・プリニアンの提案で、共和国軍最高司令官名義の停戦命令が発行された翌年1月1日午前9時丁度まで戦闘は続き、帝国軍の記録では、この9時間あまりの間に、200人近い義勇兵が<ヒュドラー>を背負い突撃したという。
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10年前、ラーネウムで始まりネーポルで終わった悲劇の説明は、自分の身の丈以上もある背嚢を横に置いた少年の写真で締めくくられていた。
彼は停戦命令後に塹壕で保護された義勇兵で、横の背嚢が<ヒュドラー>であるという。両腕と顔の半面を血で染まった包帯に覆われ、茫然と撮影者の方を眺めている。
帝国の皇女は涙ぐみながら写真を見つめ、従者とタキト少年が傍に寄り添う。
しかしたった一人、エルだけはその写真で羞恥の念を浮かべていた。
「(あの写真っ!俺じゃん!……てことは、主催者の情報源、プリニアン卿かぁ……)」
エルの知る限り、<ヒュドラー>との2ショット写真を保有しているのは、自分たちを保護した恩人、かつ終戦のキーマンとなった帝国軍人ガルス・プリニアンだけだ。
なるほど確かに、プリニアンの率いた部隊はラーネウム上陸の先鋒を務めていた上、義勇兵団と何度も交戦していた。
帝国側の記録が残っていても、何ら不思議は無かった。
腑に落ちたエルだったが、同時に嫌な予感を覚えた。
他の3人も、写真の少年が現在の『エル・コラーノ』だと気づくかもしれない。そうなると、色々とマズい。
「……ここは、帝国のお貴族様には刺激が強すぎるようだ。一旦外に出た方が良い(お願いだから、ソレをじっくり見ないで!)」
エルは本心を顔に出さないよう、無表情で告げる。
それに対し、レアーレは苛立ちを覚えて食い下がった。
「……そうか、貴様にとっては全く関係のない他国の出来事なのだろう。興が削がれたのなら、1人でどこへでも行けばいい」
「(っ、あぁもう!妹の方のボスコ嬢は……。仕方ない。俺の方が退散すればあるいは……)」
と、エルは苦肉の策として、先に会場を出ることにした。
後ろでレアーレが何やら嫌味を呟いているのが聞こえたがら無視した。
催事場前を出て、コンコースの手すりにもたれ掛かると、エルはようやく一息ついた。
「ふぅ……思わぬ所で、昔の恥と再会してしまった……いやまぁ、あの人も俺が見るとは考えずに提供したんだろうけど……」
エルは『血涙』の一件が無ければ、そもそもこの場に居るはずのない人間。コレは紛うことなき事故だった。
気持ちを切り替えたエルは、ふとモールの各階を俯瞰する。
「さて、早く出た分、姫さん達に何か飲み物でも……ん?」
そして、見覚えのある顔がこちらにやってくるのを見かけた。
「あれ?あそこに居るのは……シャイ・ロック爺さんか?懐かしい…………いや、あの人にとっては、俺は会いたくない奴のリスト上位だろうな」
吹き抜けを挟んだ向こう側を歩く老人の横に、先程展示場内で思い出した少女の幻が見えた。
『ジェシカ・ロック』、シャイ・ロック老の一人娘で、かつてエルの元で義勇兵として『戦死』した少女。
「……会っても、恨み事を浴びせられるだけだろうなぁ。……って、シャイ爺さんの後ろの男、どっかで………、……っ!」
直近でやたらと過去を回想していたおかげか、老人に同行している、明らかに一般人ではない気配を纏った男の正体を、すぐに思い出した。
「ギンチャー・コッシ。モーマイ・ムッチの腰巾着、もとい副官だった男だ……まさか」
−モーマイ・ムッチ達をガレリアで見かけたわ。何かやらかす気よ。気をつけて−
先刻のスタビアからの忠告が頭を過ぎった。
そして無意識のうちに、エルの視線がモール中を精査し始める。
「(……居るっ。施設のあちこちに、『金色のカナリア』のメンバーが複数人……ヤバい、姫さん!)」
エルはすぐさま展示会場へ引き返し、レシーナ一行を探し出す。
そして、この場で唯一戦力となり得る近衛騎士に、事態を手短に告げる。
「ボスコ嬢、今すぐ姫さんと一緒に隠れろ!デカい展示場だから搬入口がどっかにあるはずだ」
「「なにかあったのか(ですか)?」」
「……武器を隠し持った奴が何人も、一般人を装って歩き回ってる。ちらっとだが各階に最低1人ずつ。こっちにも2人、あと30秒で入ってくる」
「っ!?……テロか?」
無意識にレシーナの腕を掴みながら、レアーレは同じく囁き声で返す。
しかし、時すでに遅し。
Pttttt!ptt!
「なに?銃声!?」
「複数個所からだ!近いっ!」
近くに居たメナンとスタビアのコンビが、いち早く反応する。
二人の事を忘れていたエルは、慌ててスタビアにも、暗号でメッセージを送る。
「(『金色のカナリア』、コッチ来る)」
「(バカッ!ソレを早く言え!)」
当然、スタビアからは抗議が帰ってくるが、事態は彼女らを無視して、着々と進んでいった。
「すいません、こちらは出口となっておりまして……って、なんだアンタら!?」
「お、お客様、そのような恰好は他の方の……」
出口と入り口の2か所から、スタッフの慌てる声が届き、続いて出口から、先ほどよりも大きい破裂音が鳴り響く。
Ptttt!
「黙って1階へ降りろ!抵抗すれば撃つぞ!」
「キャァ!!」
女性客の悲鳴がどこからか起こり、それと共に会場内はパニックに呑まれた。
皆、銃声が聞こえた方とは反対に逃げ出そうとするが、すぐに義勇兵団のブースに戻ってくる。
そしてその最後尾を、拳銃を携えたチンピラ風の男が追いかけてきた。
男は展示を見回すと、嘲るように独りごちる。
「……ふん、自分たちの悪行は棚に上げ、負かした相手をこれでもかと貶める。まさに『悪魔』だな。帝国の『耳長』ども!」
Pan!
上向きに発射された弾丸は、そのまま天井を突き抜けた。
押し込まれた客たちは、一斉にその場にしゃがみ込む。
「姫様!」
「えっ、ええ」
彼らの後ろに隠れながら、レアーレはレシーナを庇いゆっくりと距離を取ろうとする。
しかし、反対側を警戒していたエルが、その動きを邪魔した。
「もう詰んだぞ、ボスコ嬢。しかもこっちはSMGだ」
半分諦めたようなエルの声に振り向くと、初老の男2人が、こちらへ銃口を向けていた。
「お、おとなしくしろ。そうすれば命は取らん!」
「ふん、今はまだ、だがな」
左の襟に何か社章の様な物が付いた薄汚れたコートを着た男が、震える手で銃を握りながら告げると、その言葉を、隣に立つ作業着姿の壮年男が訂正する。前者の目には緊張と恐怖が、後者の目にはその向かいで拳銃を掲げる男と同じ、蔑みの感情が浮かんでいた。
そして、エルの横でしりもちをついているタキトの目は、コートの老人に釘付けとなっていた。
「な、なんで……あんたが……」
「ん?……っ!た、タキトか?」
老人の方も、タキトの姿に驚き、動きをとめる。
「なんで銃なんかもってんだよ、シャイ・ロックのクソ親父!」
タキトの叫びを聞きながら、エルも声に出さずに老人へ毒づいた。
「(シャイ爺さん、何やってんだよ……)」
……こうして、エルはテロ事件に巻き込まれた。
まるでこの催しが引き寄せたように、10年前の関係者が揃ったこの悪夢の一夜に。




