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イーディア・クロニクル~笛吹き男と女神の血涙~   作者: ミズノ・トトリ
4章 プリニアン家の暗躍
22/32

エルの誤算 その3

午後1時15分

西棟 3階 特別催事場


 露店商の少年ことタキト・ウース、因縁のある帝国近衛騎士レアーレ・ボスコ、そして『貴族令嬢のレナ』と自称する帝国皇女レシーナに付き添う形で、エルはショッピングモールの中層階を訪れた。


『特別展 イ=ヴ戦争の闇 知られざるラーネウム()()兵団の真実』


 『義勇』の部分が意味深長に誇張された看板が入り口に置かれ、中の大ホールには仕切り板で順路が組まれ、10年前の戦争について時系列順に展示しているようだ。


 戦争という重い内容ゆえか、来場者の年齢層は高めで、若者はほとんどいない。

 と、思いきや、エルの見知った顔が先客たちに混ざっていた。

 

「あれは、スタビアとメナン?」


 しばらく前に別行動となった同僚二人が、エルに先んじて催事場内に居た。こちらに気づいてはいないようだ。


「(……いや、そっちの方がありがたい。こっちは今、絶対に気づかれたくない状況だからなぁ。特にスタビアには……)」


 現在の同行者、特に『レナ』と名乗った少女をちらりと見ながら、エルは考える。

 スタビア・アボンダンツァとメナン・ドロスの両名は、『GM社(ギガント・マキア)』に入る以前からチームを組んできた間柄だが、スタビアは更にそれ以前、『あの屋敷の花園』に目の前の少女/レシーナ・イーディアが滞在していた頃からの付き合いだ。当然、スタビアも皇女と面識がある。

 ただし、彼女が折に触れて口にする帝国への感情は、エルとは180度違っていた。こちらとあちらのグループが鉢合わせする事は避けたい。


 ……と、エルの心配を他所に、同僚二人は展示場の奥へと進んでいき、仕切りの死角へと消えた。


 一方、『レナ』たちの方はタキトを解説役に、ロメ半島全体の立体地形図へと注目していた。その上には、戦前から戦時中までのヴェスヴィオス共和国の概略が掲げられている。


「……僅か1年足らず、だったんだよね」


 戦争孤児である16歳の少年は、当時を思い出しながらつぶやいた。

 そして目の前の模型地図のとある場所を指さした。


「ここ、半島のちょっと下側の東の端。パグリア領のターラントって街に、俺と両親は住んでいたんだ」


 そこは踵かかとの付け根辺りで、湾に面した港町。そこから南西にラーネウム領が広がっていた。

 タキトの背後で、エルは回想する。


「(ターラントか、ラーネウムとの境界線である岬を超えた向こうの街だったか……)」


 エルが知るターラントは、ラーネウムを占領した帝国軍を『撃退』する為の戦場と化した場所だった。


「春先、3月の終わりぐらいだったかな?ラーネウムに上陸した部隊が、陸路でパグリアに攻めてきて。住民は皆、トラックやバスにぎゅうぎゅう詰めにされて、首都の方まで避難しようとしたんだ。入れ替わりに、銃や大砲を運ぶ兵達たちが街に入って行った」


 遠い目をしたタキトの語る光景を、エルも現地で見ていた。


「(あれは確か、ネメアでの足止めが限界になって後退した時、だったか……)」

「直前まで、何の情報もなかったんだ。北の国境で戦争が始まったってニュースはあったけど、南から攻められてるなんて、新聞もラジオもテレビも、教えてくれなかった。まぁ、湾の向こう側から黒い煙や爆音が聞こえていたから、みんな逃げる準備はしていたんだけどね。でも、逃げても意味がなかった」


 共和国軍による情報統制が原因だと、エルはすぐに解った。

 

「(ネメアで物資を消耗しすぎたんだよ。たった3日の為に、元々不足気味だった南部兵力の半分を溶かして……挙げ句の果てが……っ!)」


 その埋め合わせとして画策されたのが、『人間の盾』だった。

 帝国軍上陸の報をわざと隠匿し、民間人を残す事で『人道的な配慮』によって侵攻が止まることを目論んだのである。

 より悪辣な事に、情報封鎖がラーネウムでの開戦直後から始めており、そもそもの防衛戦術として事前に計画されていたのだと、誰でも推察出来た。


 結果、ウース一家を含むターラントの住民たちは、砲塔を失った戦車や血まみれの兵士が逃げ込んできて初めて、戦火の接近を知り、混乱の中で遅すぎる避難へと駆り立てられた。

 しかし、共和国軍の目論見は、瞬時に破産した。

 帝国軍は民間人を巻き込むことを承知で、最新兵器を投入したのである。


*****


 一行が順路に従って進んだ次の展示に、ヴェスヴィ人が『悪魔』と呼んだ兵器の写真と模型があった。

  

 対人有脚戦闘車両<ドロゥズ>。対空ミサイルランチャーと対()機関銃が備わった車体に、キャタピラの代わりに屈折した二本の脚を生やした兵器。

 バッタのように跳躍し、ダチョウのように疾走して、共和国軍の陸上部隊を蹂躙。航空部隊も、一両につき最大12発装填のミサイルによる迎撃で早々と壊滅。自国領内の制空権を喪うという致命傷を共和国軍に与えた。

 しかし同時に、悪魔は無辜(むこ)の民までもを蹂躙した。


『イ=ヴ戦争における一般市民の犠牲者は、およそ100万~150万人と言われているが、その大半が避難の最中の事故、あるいは戦闘に巻き込まれた事によるものだった。特に後者については、共和国軍が『人間の盾』作戦を行った、帝国軍の一部兵士がわざと市民を狙った、など現在でもその責任を巡って主張が分かれている』


「(正解は、『その両方』だよ。犠牲者の全てとまでは無かろうが、共和国軍は撤退にわざと民間人を巻き込んだ。そして帝国軍も、差別感情剥き出しで民間人ごと吹っ飛ばしやがった……」


 タキト少年がそっと瞑目する後ろで、エルも<ドロゥズ>の模型を睨みつけた。


******


 いつの頃だったか、市街地で遅滞戦が行われた時だった。

 正規軍は住民を置き去りに、さっさとその街を放棄していた。

 そして、ほぼ無血で占領した帝国軍も……


−待ってくれ、俺たちは軍人じゃなっ(ptttt)ガフッ!−

−小さい子どもも居るのよ!ヤメッ……(Dooon)−


 両手を挙げた男はがら空きの胴が弾け、我が子を守ろうとした母は建物の入口ごとミサイルの爆風で蒸発した。

 その様子を、エルは向かいの建物の屋上に潜みながら、ただ見ていることしか出来なかった。自分たちも、悪魔が闊歩する中を脱出する他に生き延びる術が無かったからだ。

 

 せめて、奴らの悪行をこの目で記憶してやる。


 そんな思いで覗いた双眼鏡で見えたのは、母子を『点数』として自分の車両の外壁にマークする帝国兵の姿だった。

 あまりのおぞましさに、エルはその場で吐いた。

 そこから少し記憶は飛び、次に覚えているのは、涙と涎をたれ流しながら、屋上伝いに街を脱出した事だった。 


******


「……(まぁ、あの野郎の更に上のクソゲス野郎が身内に居た、ってオチがつくんだが。……と、いかんいかん。つい昔の口の悪さが……)」


 と、エルが自力で我に返った一方、タキトは『レナ』に声をかけられて、現在へと戻った。


「……タキト」

「……ん?ああ、ごめん。ちょっと色々思い出しちゃって。あぁ、次がお嬢さんのお目当てでしょう?早くいきましょう」


 暗い気持ちを振り切るように、少女を急かすタキト。

 その後ろからついていくエルに、レアーレは、憂い顔で告げる。


「……圧政を敷く軍事政権から国民を開放する、我々はそう正義を掲げて戦ったのだと認識していた。だが実際、彼のような被害者を出してしまっていたのだな」


「それは誤解だ、ボスコ嬢。少年のような被害者を生んだのは、間違いなく共和国軍だ。選民思想云々に関係なく、な(そうさ、元々は共和国軍が見捨てたせいで、彼らは……そして、()()()は……!)」

「エル・コラーノ?それはどういう……」


 その物言いを不審に思ったレアーレだったが、エルはそれ以降口を開かず、皇女と少年を追いかけた。

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