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イーディア・クロニクル~笛吹き男と女神の血涙~   作者: ミズノ・トトリ
4章 プリニアン家の暗躍
21/32

エルの誤算 その2

昨日(帝国歴3140年5月5日) 午後10時30分

ネーポル市内 北東部 『ネーポルガレリア』


 通勤ラッシュ直前の騒動から逃れた後、エルの姿は、人の流れが一旦落ち着いたバスターミナルに在った。

 

「(キーロのおっさんの店、確かガレリアって所に移ってたな)」


 偶然入手した、露天で売られていたペンダント。その中央で紅く鈍い光を返す結晶が、奪還対象である『血涙』か否か、それを鑑定できる人物を訪ねる為だった。

 キーロ・トゥラス。かつてラーネウム領内で宝石商を営む傍ら、闇市場に関する情報を捜査機関に提供していた、いわゆる『情報屋』だ。

 エルとは戦前から浅からぬ交流があり、不定期に交わす便りによると、現在はネーポル郊外のショッピングモールで喫茶店を営んで居るらしい。


「しかし、宝石商がサ店のマスターとは……、あんたコーヒー淹れるの下手だったでしょうに、()()


 細工の技巧を教わった際に振る舞われた、ほぼ水としか思えないほど薄いコーヒーの味を思い出し、エルはふと苦笑を浮かべる。

 が、掌で無邪気に煌めく厄災の種(仮)へと意識を戻すと、その真贋を見極めるべく、ガレリアへ向かう人混みに溶け込む。

 ところが、いざバスが来ると、思わぬトラブルに遭遇した。


『お客様にお詫び申し上げます。本日午前7時20分ごろに発生しました放火未遂事件の影響で交通規制と渋滞が発生しております。終点ガレリアへは、およそ1時間程……』


 停留所スタッフの案内に、利用客達は戸惑い、別の手段を探すか、そのまま乗り込むかの選択を迫られる。

 後者を選んだエルは、ガランと空いた窓際の席に陣取り、帝国人によって整備されつつある市街地を眺めながら、ガレリアへと向かった。

 その行き着く先に、思わぬ再会と動乱が待っているとも知らずに。


*****

5月5日 午後12時50分

ネーポル市 北東の端 『ネーポル・ガレリア』


 結局、2度の渋滞と、それが遠因となった交通事故の影響により、エルが目的地にたどり着いたのは、それから2時間後の事であった。

 

 戦時中は帝国軍の攻勢を退ける天然の防壁となった山脈の北東地域。

 その内側にあたる丘陵地帯を切り開いて造られた複合商業施設は、休日とあって午前中から既に賑わいを見せていた。


『ネーポル・ガレリアよりお知らせです。本日15時より、人気番組『テルモピュ連隊スパルタン』ショーを、1階イベントホールにて……』

『新商品、カラー・スモークボール!接待ゴルフのお供にどうぞ!』

『本日のお買い得は、オーラシア産のツナ、シュリンプをふんだんに使ったパスタソース!熱湯5分、茹でるだけ・・・』

『昨日発生したテロ事件の影響で、現在特別警戒が行われております。お客様にはご不便をおかけしますが……』


 建物内では絶えず商品の宣伝放送が流れ、そこに買い物客たちの喧騒が混ざり、音の洪水が起きていた。


「(うわぁ、旧市街とは別世界だな。ネーポルはそれなりに復興していたのか)」


 一見すれば、戦後の復興を象徴しているかのような、豊かさに溢れた光景。

 しかし……、


「……って、帝国人ばっかだな。そりゃこの程度ならお茶の子さいさいだわな」


 店員も客も、その多くは『シャーナ耳』を持つ帝国人。つまりは戦後に移住(入植)してきた層だ。

(もちろん少数派ながら、オーラシアからの観光客らしき肌の色合いが異なる一団や、ヴェスヴィ人も、探せば見つかる程度に見受けられる)


 戦争に関しては、帝国人への憎悪を抱いていないエルでも、この光景には心が揺れた。


「……、……まぁ、屍山血河の地獄絵図よりは、断然良いんだけどさ」


 もしも旧共和国軍が善戦できず、帝国軍が十全に機能していたなら、ヴェスヴィオスは敗戦どころか、人種ごと滅亡していただろう。それほどの戦力差と苛烈さがあった戦争だった。

 そして、それを終わらせる為に、自分達は『あの代償』を支払った。

 それがある程度は報われているのだと、エルは自分に言い聞かせる。


 と、そんな思考を巡らせていたからなのか、青年は偶然、ソレに気づいた。

 胸中に燻る雑念を振り払おうと、早足気味に知古の営む喫茶店を目指す途中で、通りかかった掲示板。

 そこに、懐かしい単語が躍るポスターを見つけたのだ。


『特別展 イ=ヴ戦争の闇 知られざるラーネウム()()兵団の真実』


 ガレリア西棟の催事場で開かれているイベントの宣伝だった。

 イ=ヴ戦争、()ーディア帝国と()ェスヴィオス共和国の戦争。

 10年前に一つの国名を地図から消し去った惨禍についての書籍や評論は、主に戦勝国側の視点から腐るほど発表されていた。

 しかし、エルの目に止まったそれは、彼の知る限り、当事者達の間で記憶されるだけとなった、葬り去られた歴史だった。


「……ラーネウム、『義勇兵団』。懐かしいな。ずいぶんとマニアックな帝国人が居るもんだ」


 エルは主催者に対して興味を懐く。

 何より気に入ったのは、『()()兵団』とわざわざフォントサイズや色合いを変えて、『義勇』の部分を強調していること。

 エルは直感する。主催者は『真実』を知っている、と。


「後で寄ってみようかな?」


 開催場所を記憶し、エルは喫茶店へと歩みを戻そうとする。

 ところが直後、その背中に固い円筒状の突起が押し付けられ、死角から声がかけられる。


「声を出すなよ、風穴が空くぜ、オーラシアのスパイめ」

「っ!?……って、それで声色変えたつもりか?メナン」


 エルが緊張を解いて振り返ると、そこに居たのはメナン・ドロスとスタビア・アボンダンツァだった。

 2人とも、カジュアルな服装に揃いのアクセサリーを付けた格好で、部外者にはカップルに見えなくもない。

 が、どちらもエルと同じ『ギカント・マキア社』に籍を置く傭兵である。アイギア島での作戦が空振りとなり、各自単独で脱出して以来、2日ぶりの再会であった。


 一般人を装うためか、買い物袋を幾つもぶら下げた2人に、エルは訊ねる。


「良いのかよ?合流は12時に『オペラハウス(隠れ家)』で、だったろ?」

「偶然だよ、偶然。若いカップルが彷徨(うろつ)いてても自然な場所を転々としてたら、心に闇を抱えてそうなヤベー奴を見かけた、て訳だ」

「ヤベー奴は余計だろ。……まぁ、我ながら職質されそうな面だったわな」


 エルは反論したものの、声をかけられるまでの自分の様子を思い返し、さもありなんと苦笑を浮かべる。


「で?このまま3人でショッピングと洒落込むか?俺、上の特別展に行きたいんだけど……」

「へぇ、エルが興味を持つなんて珍しい。けど、もう一軒回ってからかなぁ。あ、そうだ。これ、お裾分け」


 スタビアはそう言うと、手に持っていた買い物袋の1つをエルに押し付ける。

 反射で受けとると、中には釣りに使うテグスが数種類入っていた。

 意図が解らないエルに、スタビアは声を潜めて告げる。


「(モーマイ・ムッチ達をガレリアで見かけたわ。何かやらかす気よ。気をつけて)」

「(っ、『金色のカナリア』か!?……解った、ありがとう)」

「あん?何だよ、2人で内緒話か?いくら幼馴染み相手だからって、彼氏の前で堂々と浮気とかねーわ」


 メナンは呆れ顔で吐き捨てながら、その場を離れる。どうやらエル達の会話は聞こえていなかったらしい。

 

「あ、待ってよメナン!……じゃあ後でね、エル」


 『若いカップル』のカバー(演技)に戻ったスタビアは、エルにテグスを渡すと、彼氏役の後を追った。

 それを見送ると、エルは当初の目的地である喫茶店を目指して、イベントホールを横切る。

 ヒーローショーが行われているのか、喧しいBGMと風を切る効果音、そして子どもの歓声が聞こえてくる。

 それを聞き流しながら、エルの脳裏には新たな懸案事項が浮かんでいた。


「(元軍人のテロリストがショッピングモールに居る理由なんて一択だ。早いとこキーロのおっさんに鑑定してもらってトンズラ……あっ!)」


 ポケットの中のペンダントを触ったエルは、はたと気づいた。


「2人にこいつの事、伝えておけば良かったか。いや、どうせ後で合流できるからその時に……」


 と、連絡ミスについては大事と考えず、エルは賑やかなイベントホールを、足早に通り抜けた。

 もしもこの時、2人が『血涙』の情報を伝えられていたのなら、即座に3人でガレリアを退いており、この後の歴史は、大きく変わっていたかもしれない。


#####

午後1時15分

ネーポル・ガレリア 西棟 とあるカフェテリア


 エルはキーロの喫茶店を見つけたが、入り口には『準備中』の札が掛かっていた。

 

「あれ?……昼休み中か?」


 しかし、入り口横に掲げられた営業時間を見てみると、午前は11時から16時、午後は20時から22時となっている。その上定休日は、客商売にしては珍しく、月・金と祝日だ。


「今日は休日だし……臨時休業か?」


 さて困った、とエルが店の前で立ち往生した、その時だった。


チリンチリン♪


 休業しているはずの喫茶店のドアが開けられる。

 そしてその陰から、1人の少年がよそ見をしながら現れ、エルとぶつかりそうになる。


「うわっ!?……っととと。ビックリした」


 互いに直前で後ろへ半歩退いたお陰で、衝突は回避された。

 中の少年は、とっさの事でドアノブを握ったまま、エルに謝罪する。


「あ、すいません」

「いや、こちらこそ。ところで、店はあい、て……」


 エルも謝罪を告げると、ふと2人の視線が交わる。

 すると、瞳に映ったのは僅かながらも見知った顔だった。


「あれ?」

「ああ、君は」

「「露店の少年(お客様)!!」」


 エルと同時に声をあげたのは、今朝方に駅の近くで「血涙(仮)」を加工したペンダントを販売していた少年だった。


「(まさかこの少年、おっさんの縁者だったのか?だから『血涙』も……)」


 偶然の再会を疑い、少年を裏社会の人間だと勘ぐったエルは、思わぬ再会に呆気にとられる彼に、自然体を装って訊ねる。


「奇遇だね、少年。ところでこの店、開いているのかな?マスターと知り合いでね。一言挨拶を、と思ってたんだけど」


 遠回しに、情報屋の縁者であると伝えるエル。

 しかしそれは伝わらず、少年はエルの言葉を額面通りに受け取り、半歩下がって通路を空ける。


「あ……えっと、ちょっと貸し切りにしてもらってまして。もう終わったんで、これからは普通に開きますよ」

「(ん?この反応……本当にただの偶然か?)」


 少年への認識が二転三転し、内心で戸惑うエル。

 すると店の奥から、更に2人の人物が現れた。

 1人は濃い茶髪で、イーディア帝国の軍服、それも皇族直属の近衛騎士団の証である紅い衣装を纏っている。

 その顔に、エルは見覚えがあった。


「(げっ、レアーレ・ボスコ!?オクタヴィア皇女のお気に入りの片割れじゃねぇか。なんでこんなとこ、ろ……に。……へ?)」


 女騎士の背後に庇われているもう1人、サイズの合っていない男物の衣服を着た、華奢な体つきの少女を捉えたエルは、頭の中が真っ白になった。


「……なんで、こんなところに居るんだ?」


 彼女がネーポルに、いや、ヴェスヴィオス全土の何処においても、居る訳がない、はずだった。

 しかし目の前の少女は、身長が延びて少し幼さが薄れているものの、その顔には、()()()から変わらぬ、穢れを知らぬ白バラのような美しさが、しっかりと留まっていた。


 あの頃とは、全てが変わってしまったのに。

 あの屋敷は、瓦礫の山と成り果てたのに。

 あの庭と薔薇園は、血と炎に蹂躙されたのに。

 あの場で共に過ごした者達は、もうこの世に居ないのに。

 

 一目、ただ一目その顔を見ただけで、ほの暗い喫茶店の中、彼女の周りだけに、喪われた全てが戻ってきたような錯覚に襲われる。

 

 だが、そんなエルの内心を他所に、少女の方は首を傾げる。


「?……タキトのお知り合いですか」


 彼女自身は、エルに心当たりが無いらしい。

 その反応を見て、エルは不思議と、安堵の念に心を満たされた。

 だがその付き人、レアーレ・ボスコは己の記憶を探り、エルの正体に想い至る。


「貴様は、エル・コラーノか!?殿下に無礼をはたらいた、オーラシアの生意気小僧!」

「はぁ(まだあの時の事を根に持ってるのかよ)、その節はどうも、レアーレ・ボスコ嬢」


 天敵を前にしたかの如く身構える近衛騎士に、エルは肩をすくめ苦笑すると、直ぐ様逃げの一手にでる。


「今日は都合が悪いみたいだね。日を改めさせていただくよ(二重の意味で、こんな所に長居したくないもんね)」


 だが、さすがは近衛騎士と言うべきか、レアーレの方が素早かった。


「逃がすかっ!」


 床を蹴り、跳び跳ねるように迫ってきたレアーレによって、エルは羽交い締めにされた。

 脇の下から差し込まれた右手で顎を拘束しながら、レアーレはエルに詰問する。


「……貴様、何を企んでいる?昨夜の騒ぎは貴様も関わっているのか?」

「じゃ、邪推が過ぎるぜ、妹の方のボスコ嬢。俺は休暇で里帰りしてるだけだ(昨日の件ってあれか、郊外の駐屯地が襲われたっていう……)」


 なにか探り合いをしているような剣呑な雰囲気が、二人の間に漂う。

 それを見かねたレシーナが、慌ててレアーレをエルから引き離す。


「レアーレ、止めなさい!武器も持たぬ一般人を拘束するなど、近衛騎士のやることですか?」

「いえ、レシーナ様。この者は一般人では……」

「やべっ(不味い!余計な事をしゃべられる前にっ)あ、あのぉ!そんなに叱らないで上げてください。以前、俺の方から無礼を働いた所為なので。いやほんとに」


 レアーレの言葉を遮さえぎり、エルはレシーナに頭を垂れる。


「しかし……」

「ほんっとに、俺は大丈夫なんで。どうかこの通りっ!(頼むから、()()()()()食い下がってこないでくれよぉ、()()())」


 エルは大袈裟なほどに懇願し、結果、ごり押しに負ける形でレシーナは折れた。


「はぁ、仕方ありません。貴方に免じて許しましょう。レアーレ、エル殿に感謝してください」

「……申し訳ない。くっ」


 不服そうに、レアーレは目を合わせずに謝罪する。

 エルは床に散らばったテグスを拾うと、話題を変えようと話を切り出す。


「ところで、皆さんはどのような理由でレガリアヘ?少年は地元だとしても姫さn……もといそちらのお嬢さんは、察するに帝都辺りのお貴族様でしょう?こんな遠くまでお越しになるほどの催しなんて……あっ、もしかして『ラーネウム』?(バカッ!自分から地雷踏みに行ってどうすんだ!!)」


 が、アドリブで喋った結果、一番避けたかった話題を振ってしまった。


「はい、これからこちらのタキトに案内して頂こうと……」

「そうだ、お客さん……エルさんも一緒にどうです?ペンダントを買ってくれたお礼をしたいので」


 唐突なタキトの誘いに、エルはしばし思案する。


「(不味い。下手に姫さんの記憶を刺激したら、パニックを起こしちまうかも。……上手く誘導するしかねぇか)……じゃあ、お言葉に甘えて」


 こうしてエルは、数々の誤算の末に、タキト達と行動を共にすることとなった。



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