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イーディア・クロニクル~笛吹き男と女神の血涙~   作者: ミズノ・トトリ
4章 プリニアン家の暗躍
20/32

エルの誤算 その1

*****

昨日(帝国歴3140年5月5日) 午前6時25分

ヴェスヴィオス自治州 州都ネーポル マルフィ駅周辺


 電磁波による虐殺を引き起こす鉱石、通称『血涙』の奪還任務を請け負ったエル達『クセス小隊』だったが、その初動は空振りとなった。

 彼らは空挺降下でアイギア島のイーディア軍物資集積基地に潜入。内部を捜索したものの、既に『血涙』はヴェスヴィオス本土へ移された後だった。

 

 強奪の目的を、現地の犯罪組織『カモーロア』が仕切る闇市での転売と推測していた一同は、輸送の速さに違和感を覚えながらも、作戦を主犯グループの捜索と闇市の情報収集に切り替え、ネーポルに潜入する事となった。


 そして潜入から3日目、小隊メンバーの合流予定日だったこの日、エルは最後の情報収集の為に、街の裏通りを駅へ向かって歩いていた。


「……この辺りの風景は、あの頃と変わらないな」


 早朝、人気(ひとけ)も疎らな街の景色が、10年前の記憶と混ざりあう。

 終戦直後、自分達を『保護』した帝国軍の部隊と共にネーポル入りしたエルは、自分達が死守したモノの正体に唖然とした。

 彼ら『義勇兵』が、文字通り()()()()()防衛戦を維持した結果、ネーポルには一発の砲弾も届かなかった。

 しかし、戦争末期の物資不足により街では略奪と暴動が頻発し、正規軍による武力鎮圧も相まって、主要な建物は半壊。戦火に呑まれた他の都市と相違ない有り様と化していた。


 そして、ヴェスヴィオスの主権が遠く北方に居る皇帝(イーディア帝国)に移ると、経済的にも旨味の少ない辺境であるこの地の復興は後回しにされがちとなり、行政の拠点である新市街は整備されていく一方、ダウンタウン一帯は10年が経過した現在でも、街並みは荒れたままだった。

 

「……まぁ、これでもまだ人が暮らせるだけマシってね」


 エルの視界に、更に数多の風景が、代わる代わる瞬いていく。

 10年前に転戦しながら通過した南方の町や小さな農村や、戦後、傭兵となった後に派遣された紛争地域。

 それらの何処もかしこも、爆撃や戦闘に巻き込まれ、建物は屋根や壁が崩落し、地面には地雷や不発弾が(のこ)り、人の住めない廃墟と成った。

 当然、生き残った住民達は移住を強いられ、難民となる。だが、新天地は必ずしも、彼らを受け入れるとは限らない。

 同情の念を抱く者も居るが、そこに現住する人間の大半には、難民は自分達の職や食いぶちを横取りする厄介者に映る。

 やがて住民と難民の間で諍いが起こり、血が流され……そんな負の連鎖が続く。


「……って、何をおセンチに考えてんだ?」


 ハッと我に返ったエル。辺りを見回すと、苦笑いを浮かべる。物思いに耽っている間に、道を間違えていた。

 ふと横を向くと、奇跡的にガラスが無傷で残っているショーウィンドウの向こうで、少年用の衣類が一式、四肢の無いマネキンに着せられたままになっている。

 『国民服』と呼ばれた、戦時下でも量産できた程度に安価で粗悪な生地で作られたそれの頭部に、窓ガラスに反射されたエルの顔が重なる。

 すると、それは血と泥にまみれた幼い自身の姿に化け、現在のエル(成長した自分)へ毒を吐く。

 

『そんな資格、オマエに無いだろう?奴らと同じ、他人の不幸で飯を食う身分だろうに……』

「はっ、全くその通りだよ。……さて、駅へはどの小路を抜ければ良いかな、っと」


 自虐的な苦笑を一瞬見せると、エルは10年前の記憶を頼りに、廃墟の間の細い裏路地へと向かう。

 しばらく歩くと、小路の出口の先に、高架線と線路への侵入を防ぐフェンスが見えた。

 始発前なのか、電車の音は聞こえてこない。

 やがて、暗いコンクリートの隙間から、朝日に照らされた道へと抜け出る。

 幅6m程で、至るところがひび割れ欠けたアスファルト舗装が左右に伸びており、左手側は、十数m先で駅舎に突き当たり、左にカーブしている。 

 そして、そのカーブへの道のりの途中では、シートを広げただけの簡素な露店がいくつか立ち、野菜やアクセサリーから、一見粗大ゴミに見えるガラクタまでを売っていた。

 エルの視線は、そんな露店の中で一番手前にあったアクセサリーの店に向けられる。

 店主はまだ10代半ば程の少年で、ついさっき店を開いたばかりなのか、息を切らして天を仰いでいた。


「(さては、出遅れたな?どれ、ちょいとお手並みを拝見……)」


 と、エルは露店へ近づくが、少年店主は駅の方を向いていて気づかない。

 その視線の先、駅舎そばのベンチでは、一夜を過ごしたらしきサラリーマンの財布を、スリの少女が狙っている。

 が、不用心な男の災難には目もくれず、エルは少年の並べた商品を見物する。

 すると、敷物の中央に置かれた1つに、目が釘付けとなる。

 樹木をイメージした銅の枠組みに、半透明な石が1つ嵌め込まれたペンダント。添えられた値札には、30コドラクとあった。(注釈:コッペパン1つが10コドラク)

 思わずそれを、まるで安全ピンの抜けた手榴弾の様に拾い上げるエル。そうさせた要因は、ペンダントの中央で鈍く光る、()()()()


「(まさか『血涙』!?……いや落ち着け、サイズが小さい。それに軍事基地に運ばれた鉱石が、こんな露店で売られる訳無いだろう?)」


 早合点だと、すぐに冷静さを取り戻すエル。

 だが、不思議とそのペンダントを手放す気にはなれなかった。


「(それにしても、良い細工だ。このルビーっぽい石の研磨(カッティング)も丁寧で精確だ)」


 すると露店の店主が、こちらに気づかないまま、天を仰いで呟いた。


「はぁ……今日は厄日だ。せっかく最高傑作が出来上がったのに」

「ほう、それってこのペンダントの事かい?」


 反射的に、エルは少年に問いかける。

 案の定、声でようやく客の存在に気づいた店主は、驚いて後ずさる。 


「え、だれ!?どこから!?」

「たはは。通りすがりの『客になろうかな?』って考えてるお兄さんで、すぐそこの小路を抜けてきたんだけど……」


 エルが苦笑いを浮かべながら、通ってきた小路を指差すと、少年は納得し謝罪する。


「これは、大変失礼しました」

「いや、こちらこそ。変なタイミングで声かけちゃったから」


 と、エルは敵意が無いと片手で示す。

 だが、少年は何かを恐れている様子で、ただしそれを顔には出さないようにしながら、エルの姿を観察する。

 そしてその視線は一瞬、エルの耳に引っ掛かった。 

 一方のエルも、少年の耳を一瞥する。


「(『ヴェスヴィ』か、そりゃ『この耳』じゃ警戒されるわな)」


 左右とも、横向きへ直角三角形に伸びた形をした自分の耳、『シャーナ耳』に意識を向け、次に少年の耳をチラリと確認する。

 彼の耳はエルのそれと異なり、ハートを半分に割ったような半円状、『ヴェスヴ耳』。

 『シャーナ耳』はイーディア帝国人やオーラシア連合国人に、『ヴェスヴ耳』はヴェスヴィオス半島の原住民族であるヴェスヴィ人にのみ見られる遺伝子的特徴だ。

 つまり少年にとって、エルは自国を世界から消し去った天敵の同類に見える訳である。

 しかし、客商売をして長いのか、少年は愛想笑いだけを顔に浮かばせる。


「いえいえ、品物並べていながら、不注意だったこちらが悪いんですよ」


 そして、客と認識されたエルは、改めて尋ねた。


「……それで、このペンダントは君が作ったのかい?かなり良い細工だし。真ん中の宝石もなかなか良質だね(改めてみると、あまり透けてないな。エメリーか?)」


 頭の片隅に、これが『血涙』ではないか?との疑念が残りながらも、エルは別の可能性を探る。

 すると、少年から意外な答えが返ってきた。

 

「あっ!いいえ、お客様。それは宝石ではなく、川原で拾い集めたガラス片を加工した物です」


 『血涙』どころか、宝石ですら無かったという。

 エルは少年の言葉に、一瞬目を丸くするが、その一端が引っ掛かり、更に問いかける。


「……この真ん中の石、ルビーじゃなくてガラスなのかい?」

「ええ。ただ、ほんとにガラスなのかは解りません。元々はこれより二回りほど大きい細長い破片で、宝石に詳しい師匠によると、上流にある工場から流れてきたエメリーじゃないかって」

「(……それ、『血涙』じゃねぇか!?)」


 少年が語った特徴は、資料にあった『血涙』そのものだった。

 更に言えば、この街の川沿いには、エメリーを研磨剤として使うような工場は存在しない。

 しかし、これだけでは断定には足りない。

 そもそも、この少年の鑑定が正確なのか、エルは確認のために、更に話題をふった。


「へぇ、同じ石なのに、混ざり物の量で価値が変ってしまうのか(加工の腕は確かだが、知識は?)」

「ええ。ちなみに、混ざり物がクロームから鉄やチタニウムに変わると、青い石、サファイアになるんです」


 エルが興味を示したと受け取った少年店主は、自信たっぷりに語る。


「博識なんだね、君。どこか名門の学校に通っているのかい?(あるいは、どこかの組織の『お抱え』か?)」


 犯罪組織との繋がりも疑ったエルだが、幸いにも、そちらの線はシロだった。


「あ……いえ。学校には、行っていません」


 どや顔から一転して、少年の顔に陰りが浮かぶ。

 そして、悔し気に自分の耳を触りながら、彼は語る。


「お客様、この耳でわかりますよね?俺、『ヴェスヴィ』なんです。両親は10年前の戦争で死んで、最初はイーディア人の孤児院に引き取られて学校にも行ってたんですが、そこで……」

「ああ、すまない。皆まで言わなくていい」


 反射的に、エルは少年の言葉を止める。

 語られた内容は僅かでも、彼のこれまでの人生を、エルは容易に察することが出来た。

 他でもない、自分こそが、少年をそんな境遇に陥れた元凶の一人であるのだから……。

 


「(一旦は孤児院に入ってたのなら、カモーロアに囲われる事は無い。本当に、ただ拾っただけか)……よし、このペンダントを買わせてもらおう。代金はこれで」


 不可解な部分は多かったが、とにかく現物の確保を優先し、エルはペンダントの購入を即決する。

 そして、口止め料も込みで、高額紙幣を差し出した。


「あ、はい。30コドラクで……って、ええ!?」


 だが、というべきか当然というべきか、その額面をみた少年は、思わずのけ反る。

 紙幣は1ドラク。1000コドラクに相当する。


「あの、すいません。970コドラクも釣銭が用意できなくて、ですね……」


 触るのも恐れ多いという感じで、1ドラク札を返そうとする少年。

 しかし、頭の中が『血涙(仮定)』の確保で一杯のエルは、ソレを些事と受け流すと、ごり押し気味に笑みを浮かべ、受け取った紙幣を少年の胸ポケットへねじ込む。

 そして、肩をポンッと叩くと、目線を合わせて静かに告げる。


「……これには、君の考えている以上の価値があるんだ」

「え?」


 驚く少年を他所に、エルはペンダントを腰のポーチに入れて立ち上がる。

 そして、その場しのぎの、それでいて本音も織り混ぜた言い訳を語る。


「俺も昔からこういう細工が得意でね。君みたいにガラクタで色々作っていたんだよ。だから、こいつがどれだけ凄いのかが解る。ガチで、そこいらのブランドショップに置けるレベルだ」

「そんな事……」

「世辞でも|揶揄<からか>いでもないぞ。それに、()()()()()()()()、純粋に君を応援したいんだよ(……あ、しまった!)」


 少年の境遇を聞いていた所為か、つい余計な事まで漏らしてしまった。

 当然、少年はいぶかしんだが、エルに食い下がるその前に、足元においていた腕時計のアラームが鳴りだす。


ピピピピピ………


「ん?時計?」


 時刻は、6時28分。そして同時に、電車が駅に停車しようと減速する騒音が、左手の方から聞こえる。 

 すると、通りに点々と並ぶ露天商たちの下からも、同じようなアラーム音がコーラスを始め、まるで何かから逃げるように、店を片付けた者から次々に去っていく。 


「やべ!……すいません、今日はこれで店じまいです。早くどかねぇと『追い出し』が来る!」


 少年も周りに倣い、慌てて露店を片付けだす。

 手慣れた様子で撤収準備をする彼に、今度はエルの方が目を丸くする。残った商品を片付け、敷物を畳むまで、10秒と掛からなかった。


「もしかして、ここで売ってちゃダメだったり?」

「あ、いえ。『今の時間』は、ちゃんと合法です。ただ、許可は通勤ラッシュが始まる6時半以前までで。ラッシュが始まる30分丁度に、警官が『追い出し』に来るんです」


 事情を呑み込めていないエルに、店主ははリュックを背負った状態で説明した。

 するとその時、通りの向こう、角を曲がった先から怒声が聞こえた。


「おらダニどもぉ、いつまでごみを散らかしてやがる!!」


 それから、何かが蹴散らされたような雑音と共に、売り物であったであろう野菜の欠片が道を転がってくる。

 突き当たりの角にあるベンチで寝ていたサラリーマンが飛び起き、自分の鞄を抱きかかえる。

 更に、その鞄から財布を抜き取ったスリの少女が、戦利品を手にしたまま、こちらへと逃げるように走り、脇を通りすぎていった。


「な!?まだ1分前だぞ!……お客さん、すいませんがこっちに!!」

「お、おい、あれが警官のすることか!?」


 『追い出し』が何なのか察したエル。すると少年は彼の手を引き、傍の小路に2人で逃げ込み、陰から様子を見る。


「すいません、お客さん。多分、あなたは大丈夫だと思いますけど、念の為……」

「いや、助かった。あの様子じゃこっちも巻き添えになりそうだ……これがこの街の流儀ってわけか」


 10年前には無かった、新たに生まれたらしい故郷の『闇』を、エルは目の当たりにする。

 2人の視線の先、駅前の方から、2人組の警官が現れる。


 一人は細身で長身、もう一人は太った4頭身。どちらも警棒を手に、警官とは思えぬ下品な表情を浮かべていた。


「オラオラオラ!“人間様”の時間が始まったぞ!寄生虫はさっさとドブに戻りやがれ!」

「『退去勧告』に従わぬ場合は、反社会的思想ありと見なして拘束する!」  


 怒鳴りながら歩く2人に、サラリーマンは四つん這いになり、野菜くずを蹴散らしながら駅の方へ消えた。 

 それをちらりと見送った警官たちは、すぐさま自分たちの職務へと戻り、片付けが遅れた露店に目を付ける。


 そして……


 ガシャーーン


 気がつくと、少年は耳を塞ぎながら、小路の奥へと逃げて行った。


 その後ろ姿を無言で見送り、エルはペンダントを手に取り、ぼそりと呟く。


「どっちが寄生虫だよ。あの少年の方が、お前達よりよっぽど人間らしいよ」


 その瞳には、10年前に宿していたものと同じ、強い怒りの感情が宿っていた。


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