『笛吹き男』は“落ち”戻る
―笛吹き男の話― 作:ハルー・メルン
『むかしむかし、とある国のとある港町に、1人の青年がいました。
子供の頃から笛が上手く、よく街角に立っては自慢の音色を響かせていました。
朝は軽快なマーチで皆の目を覚まし、
昼は静かな音色で幼子たちの昼寝を促し、
夕方は他の楽師たちと夕食に華を添える曲を奏でて……
美しい音色を耳にした住民たちからの些細なお礼を、彼は稼ぎとしていました。
街の人々は敬意をこめて、彼を<笛吹き>と呼んでいました。
ある日、いつものように街角に立っていた<笛吹き>は、とある旅の一団が街に入ってくるのを目にします。
それは遠い国からやってきた、お姫様とその従者たちでした。
「どんな人なのだろう?」
気になった<笛吹き>は、いけないと解っていても、ついこっそりと、姫様の馬車へ近づいてしまいます。
「無礼者!気安く近づくな!」
案の定、護衛の兵隊に叱られ、彼は道の脇へと放り投げられました。
バキ!
その時、大切にしていた笛が地面に叩きつけられ、ぽっきりと折れてしまいました。
「ああ、ぼくの大事な笛が!!」
お父さんから貰った、大事な大事な宝物を壊してしまった<笛吹き>。
しかし彼が悲しんでいると、路地の奥から一人の老人が現れ、声をかけました。
「おやおや、<笛吹き>じゃないか。笛を壊してしまったのかい?」
「……勝手に近づいた、ぼくが悪いんです」
涙をこらえ、どうにか応えた<笛吹き>でしたが、老人はそんな彼に、紫の布に包まれた品をそっと差し出しました。
「これは私が作ったモノだが、どうにも持て余していてね。君の笛にはいつも元気をもらっている。そのお礼として、受け取ってほしい」
そう告げた老人は、半ば強引に、紫の包みを<笛吹き>に手渡しました。
「これは、笛?」
包みを開けると、壊れてしまったものと寸分たがわない、それでいてどこか不思議な感じがする笛が現れました。
「おじいさん、これ……あれっ!?」
お礼を言おうと、<笛吹き>は顔を上げますが、しかしすでに、老人はどこかへ去った後でした。
その夜、<笛吹き>は自分の家で、新しい笛の練習を始めました。
すると、息を吹き込んだ途端、音色と共に笛からモクモクと白い何かが噴き出しました。
「うわっ、煙!?」
驚いた<笛吹き>が口を離すと、白いモクモクは止まりました。
そして、しばらく部屋の中に留まり消えたそれを観察した<笛吹き>は、自分の勘違いに気づきます。
「違う、霧だ」
そう、老人がくれた笛は、奏でると霧を生み出す、魔法の笛だったのです―――』
******
帝国歴3140年5月某日 深夜
???
「……る、…eル、おいエル!いつまで読んでんだよ、それ」
向かい側から投げられた声に、エルと呼ばれた青年は迷惑そうな表情を浮かべながら顔を上げる。そして声の主をじろっとにらみ、読んでいた本を閉じた。
表紙に『ハルー・メルン童話集2』と書かれた、30ページ足らずの薄い児童向け絵本。
何度も読んでいるからかボロボロで、裏表紙の角が破れて無くなっているそれを、彼は大事そうに膝の上に置く。
長い間、インクが掠れ見辛くなった文や挿絵を至近距離で見ていた為に、1m離れた向かい側に座る同僚とその背後に広がる鉄の壁が、ぼやけて見えた。
すると、ピントが合わないうちに、隣から彼を庇う声がした。
「良いじゃん別に。これはエルの『儀式』なんだから。その効果はメナンも知ってるでしょう?」
「はっ!24にもなる大人の言葉かね?生還率10割、『笛吹き男の加護』だっけか?だがなスタビア、今回の仕事は、そんなジンクスに縋れるほど簡単じゃあ無ぇんだぞ。頼りになるのは、自分の技能と、コイツだけだ」
ぼんやりとした人影は足を組むと、隣に立て掛けられた黒く細長いものに手を伸ばす。
それが小銃であることは、エルも、スタビアと呼ばれた女も承知している。彼らの脇にも、細かな補助具を変えただけの同型品が鎮座しているからだ。
「メナン!あんたねぇ……」
バディを組んできたスタビアは、彼をバカにしたもう1人のチームメイトを諌めようと腰をあげる。
しかしその動きを、耳障りなハウリングが留めた。
キィーーーン!
『おう、餓鬼ども。朝の読書タイムは終わりだ!あと360秒で、てめぇらを落とす。支度しろ』
「「「「「っ!ウィルコ!」」」」」
頭上のスピーカーから、ガラガラな男の声が響く。
するとその場の空気が一変し、エル、メナン、スタビア、そして会話に参加していなかった他2名の緊張した返事が、狭い機内に反響する。
ここは高度8000mのとある空域。
頭上には月と星々だけが輝き、眼下にはエル達の乗る輸送機を隠すように、分厚い雨雲の絨毯が広がっている。
上官の檄が飛んだ直後、エルは本をビニール製の真空パックに納め、お守りとして下着と防弾ジャケットの間に仕舞うと、パラシュートが入った背嚢をを背負う。
準備を終えた彼とその仲間たちに、数秒前の団らんの気配はもう残っていない。5人の顔には、緊張と使命感だけが表れていた。
そんな彼らに囲まれる形で、操縦席から現れた中年の男が、後部ドアの開閉ボタンの前に陣取り、エル達に更なる檄を飛ばす。
「最終確認だ!今回の依頼は、オーラシアから強奪された重要物資の奪還!ポイントMに降下後、<ウーノ>、<デューエ>の2班で捜索。対象の発見、又は10分が経過した時点で各自単独で脱出。作戦の結果に関わらず、3日間の潜伏の後、ネーポル市内のスラムで合流する。いいな!」
「「「「「ウィルコー!」」」」」
5人の若き兵士たちは力強く返すと、互いの装備を再確認しあう。
防弾繊維を仕込んだ戦闘服は、暗い迷彩色。肩から下げた小銃と腰のホルスターに収まった拳銃は、樹脂を塗ってツヤ消し済み。そしてヘルメットには、片目だけの暗視ゴーグル。
ひたすらに、闇へ溶け込もうとする出で立ちだった。
同じ班であるスタビア、メナンとのチェックを終えると、エルは首元にぶら下がった酸素マスクをかぶり、しっかりと固定する。
こぉぉほぉぉぅ……
マスクから伝わる自分の呼吸音が、雑音となって耳を襲う。
それから、約30秒後。
「よし、行くぞ餓鬼ども!(ぼぉぉぉぉぉ)の為に!」
気圧の変化に伴う轟音とマスク越しという悪条件が重なり、隊長の声が良く聞き取れない。
しかし狂ったように振られる彼のグローブを確認し、先頭を行く仲間たちは、次々と闇の中へと飛び出して行く。
エルもそれに続き、彼方に見える雲を突き破るような勢いで駆け出す。
「っ!!」
足の裏から鉄板の感触が消え、浮遊感とすさまじい風圧を全身に感じる。それに負けぬように神経を磨り減らしながら、エル・コラーノは、迫りくる雲海とその向こうにあるはずの目的地を見据えた。
******
帝国歴3140年5月5日 深夜3時過ぎ
ヴェスヴィオス自治州 州都ネーポル市郊外 帝国軍駐屯地
街の明かりを遠く南西の方角へ望む、月明かりに照らされた丘の上。部外者を寄せ付けぬ厳重な警備が成された施設内で、けたたましい警報音が鳴り始める。
『侵入者は東の第二ハンガーへ入った!施設の全出入り口を封鎖しろ!警備、もっと人手を寄越せ!!』
いらだった声がスピーカーを通して敷地内に轟き、それに急かされたように、銃声と怒号が敷地内でリレーされていく。それらは段々と数を減らしながら、正面ゲートの方へと収束していった。
やがて、一台の軍用ジープが赤銅色に焼けたシャワーに追われながら、フェンスを突き破って敷地の外へと飛び出した。
「こちらエル。本部、応答してくれ!情報はガセだった!繰り返す、有ったのはただの紅い石ころだ!!こんちくしょう!」
独りジープを運転する10代の少年は、無線機へ一方的に叫んだ後、返答の有無を確認するまもなく、それを助手席へ投げ捨て、続けてアクセルペダルを蹴りつける。
夜明け前、それも軍事施設の近くとあって他に通る車もなく、ジープはエンジンを唸らせながら、無数の明かりが瞬く街へと続く長い吊り橋を目指し、ただひたすらに暴走する。
数分後、少年が駆るジープは道なき道を突き進んだ末、橋の手前で舗装された幹線道路へと飛び出した。
ガタン!
ガードレールを突き破った衝撃によって、助手席のシートの上で通信機と強奪した『ブツ』が跳ね上がる。
まるで『触れるな』と警告しているような、禍々しい紅で塗られた箱。留め具がこじ開けられており、座席でバウンドすると、蓋がパカリと開いた。
中には紫の布をクッションに、箱の塗装と同等かそれ以上に紅色を帯びた石が一塊収まっていた。
それを苦々しく一瞥し、エルはまっすぐに伸びた吊り橋を渡るべく、アクセルをさらに踏み込む。
「くそっ、帰ったらもうこんな仕事やめだやめ!石ころ一つと100ドラクごときに、命なんかかけられるか!」
銃弾がかすめた二の腕に力が入り、安物のアーミージャケットが赤く汚れていく。
すると……、
ドンっ!
彼が橋の半ばを過ぎた辺りに差し掛かった頃、黒い巨大な物体が上から降ってきて、行く手を阻んだ。
その着地の衝撃で、車は下から突き上げられたように一度バウンドする。
「!?」
キィィィ!
急ブレーキをかけられた四輪駆動車は、道の中央を横滑りし、物体ー全長およそ18mの人型機動兵器ーから、数m手前の位置で止まる。
慣性によって、エルは運転席側の窓ガラスにヒビが入るほどの勢いで頭を打つ。
気持ち悪さと痛みをこらえつつ、それでも盗み出した物を手にすると、よろよろと車外へ脱出する。
そして、自分の行く手を塞いだモノを見上げ、その顔を絶望一色に染める。
「<ドーレブ>!なんで帝国軍の最新鋭機が、石ころ一つに出張ってくんだよ!?」
それはかつて、エルと仲間達の故郷を蹂躙した悪魔を、さらに凶悪にした兵器だった。
コンクリートの路面を踏み砕く2本の足を見上げていくと、正三角形の飛行ユニットを背負った四角い胴体の中央に、機関銃を構えた腕と、縦に長いひし形の頭が確認できる。その全体像は、まるで手と足が生えたエイの様。
その頭部の中央に、ボゥと赤い光が一つ、エルを睨みつけるように灯る。
『……なんだ?未だに我らイーディアに反抗する者ありと聞いて、どのような死にぞこないの老兵かと思えば、未だ酒の味も知らなそうなガキではないか』
鋼鉄の悪魔から、落胆する声が響く。
『やはり『ヴェスヴィ』は、低能で卑賎な種族のようだな。いつまでたっても、我ら貴きイーディアに敵わぬという事が理解できないでいる』
「ふ、ふざけんじゃねぇぞ!俺達の土地や財産を略奪した、お前ら『耳長』の方が卑しい存在だろうが!」
エルは、この10年の間貯め続けた怨嗟の声をぶつけながらも、それよりも強く警告を発する本能に従い、奪った箱を手に<ドーレブ>に背を向け駆けだす。
『逃がすか!』
しかしすぐさま、機械人形の右手に装備されたライフルから、人間に対して使用するには過剰な威力の榴弾が発射される。
シュポン!
「!?……くそが!」
発射音に気づき振り向いたエルは、毒づきながらも体を90度右へ捻り、少しでも遠くへ、と念じながら跳躍する。
ダーーン
そして、放物線を描いて落ちた、重量800gの火薬を詰めこんだ弾頭がアスファルトに着弾し、炎と砕けた路面の欠片を含んだ衝撃波が、青年を背中から飲み込む。
「ごふっ!?」
無数の、細かな衝撃と激痛を感じながら、欄干の外側へと押し出されたエル。肺から込み上げてきた鉄さび臭い体液を噴き出しながら、冷たい深夜の川へと落ちる。
ドバシャーーン
真っ暗な水中で、次第に全身から感覚がなくなっていき、彼の手から箱が離れる。
箱は川底から伸びる流木に引っかかり、その拍子に中の石が箱からこぼれ、さらに下流へと流されていく。
「(ああ、そうか。どこかで見たと思ったら……)」
橋の上からのサーチライトに、一瞬だけ照らされた石を見て、エルは薄れゆく意識の中で思う。
「(あれは……『女神の血涙』だ……)」
それを最後に、彼の意識と躯は、暗闇の中へと沈んでいった。




