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イーディア・クロニクル~笛吹き男と女神の血涙~   作者: ミズノ・トトリ
4章 プリニアン家の暗躍
17/32

プリニアン邸にて

*****

帝国歴3140年5月6日 午前7時

ネーポル市内 プリニアン家別邸


 ヴェスヴィオス自治領内でありながら、帝都シャーネポリスと見紛う清楚な帝国式建築の豪邸が並ぶ一等地、通称『ホーリー・ヒルズ』。

 その一角に、プリニアン家の別邸がある。

 半島の南端に位置する帝国の飛び地、プリニアン州を統治している彼らが、自治領の中枢であるネーポルへ参勤する際の逗留場所として用意された屋敷だ。

 その中、パンとパスタ料理が湯気をたてる食堂のテーブルには今朝、主人であるガルス・<マグニァ()>=プリニアンの他、オーラシア帰りの甥ガルス・<パルヴス()>=プリニアン、そして2人と面識のある青年、エル・コラーノが揃っており、久しぶりに賑やかな食卓を……とまではいっていない様子だ。


「こうして3人で朝食(ちょうしょく)ってのは、あ〜……10年ぶりくらいか?遠慮せずにどんどん食えよ、エル坊。特にパスタのソースは、昨日ガレリアで()()()()買った奴だ、ツナ・シュリンプのオーラシア風」

「よしなさい、カーク。マナー違反だぞ。……しかし、我が甥御の言う通り、久しぶりの席ではあるな。息災だったかね?」


 上座に腰掛けた壮年の紳士は、優雅なしぐさで目玉焼きへナイフを入れながら、普段は誰も座らぬ、()()()()()()()()()()()()席につく青年に声をかける。


「ええ、まぁ、ボチボチ。しかし、温かいあさめ……朝食は久しぶりです。ご馳走していただき、ありがとうございます。プリニアン閣下」


 エルは緊張しているのか、ぎこちないしぐさでパンをちぎり、添えられたジャムをつけて口に運ぶ。

 焼きたてで、ちぎるときはアッサリと、しかしパリパリと音が立つ。それでいて、中はじっくり発酵させてあり、ふわふわと空洞が多い。

 普段口にする、安くて固い日持ちする乾パンとは大違いだ。

 パスタも市販の乾燥ものではなく、厨房で一から打った生麺。そこに市販のソースというのはややミスマッチな気もするが、そこは(もてな)す側の嗜好なので、口には出さない。

 ゆっくりと味わうエルの姿を微笑ましく眺めながら、<マグニァ>=プリニアンは告げる。


「礼は要らないさ。この屋敷では、常に君の分も用意されているのだから」

「……、……」


 ふとエルの手が止まるが、<マグニァ>=プリニアンはそれ以降は口を閉ざし、静かに舌鼓をうつのみで、エルもすぐにそれに従うことにした。


****

しばらくの後


 食事が一段落し、コーヒーが振る舞われた頃、<マグニァ>=プリニアンがふと先程の続きを切り出した。


「例の件、まだ承諾してはくれないのかな?」

「……養子縁組でしたら、『辞退する』と以前よりお伝えしているはずですが?」


 カップを置き、姿勢を正しながら、エルは応えた。

 それに食い下がったのは、向かいに座る<パルヴス>だった。


「なぁ、そろそろ縦に首を振っても良いんじゃねぇか?何を遠慮することがある?」

「いつも言っていますが、分不相応すぎます。俺なんかが、帝国貴族の養子、それも後継者になるなんて……。本来なら、()()()()に着くのは御曹司のほうでしょう?」


 上座から向かって左の一番目。そこは序列で言えば主人の次、すなわち次期当主となる者の席である。

 しかし、現当主の唯一の親族である<パルヴス>は、即座に否定した。


「俺も毎度言ってるが、伯父貴から何かを相続する権利は、全部放棄する、って決めているんだ。俺は領地で<パルヴス()>=プリニアンって呼ばれるより、情報部で<カエキリウス(探求者)>を名乗る方が性に合ってるんだ。それに、お前だって貴族の血筋だろうが。()()()()()()()()()卿」

「……その名前の人物は、もうこの世を去りました。10年前にね」


 これまでの遠慮がちな態度から一変し、強く否定するように吐き捨てると、エルは席を立つ。


「一晩の宿泊と朝食、ありがとうございました。私用があるので、これで失礼します」


 屋敷の主人に一礼し、エルは食堂を出ていこうとする。

 その背中を、<パルヴス>は呼び止める。


「もうあれから10年だろう?ヘルクとして生き返っても、誰も詮索なんざしねぇよ!……それとも、お前が伯父貴と距離を取るのは、今回の()()()が理由か?」


 <パルヴス>の言葉は、エルの歩みを止めた。

 情報部員の屋敷とあって、使用人達は空気の変化を直ぐに察すると、自ら素早く席を外した。食堂には3人だけとなる。


「はて、なんのことです?」

「俺が昨日、単に顔見知りってだけで()()()()()()2()()を庇ったり、ウチに泊めた訳じゃねぇって事は、言わなくても分かってるだろ?」


 韜晦をやめた<パルヴス>は、ナイフの先をエルの眉間に定める。


「……それは、昨夜のテロのことかね」


 甥の真剣な様子に、<マグニァ>も帝国軍人としての顔になる。

 それをちらりと確認した<パルヴス>は、伯父に説明するように、昨夜の出来事を語りだす。


「イベントフロアで人質に紛れてた男女2人、メナン・ドロスとスタビア・アボンダンツァは、お前と同じオーラシア籍の『ギガントマキア社』所属の傭兵だ。そして3人とも、オーラシアから帝国への正式な入国記録が存在しない」

「……たった一晩で、調べあげたんですか?」


 背を向けたまま、エルは訊ねた。


「まさか。いくらウチの情報部でも、そこまで早く動けねぇよ。俺がお前らに目をつけたのは、3日前。アイギア島の軍事物資集積基地の一件からだ」


 アイギア島はネーポル湾から西へ2キロ沖合いにある小さな島で、ネーポルとオーラシアの交易の経由地として、3つの港町と帝国軍の中継基地がある。


「5月4日の未明、集積倉庫に侵入者があった。セキュリティ・システムがハッキングされた上、棟1つが荒らされた」

「3日前というと……『金色のカナリア』かね?奴らは立て続けに武力行動を起こしているが」

「いや伯父貴。確かに一昨日の駐屯地襲撃と、昨日のモール占拠は奴らだったが、これは違う。賊は何も盗らず、しかも死人が出ていない。そして侵入経路が、真夜中の空挺降下。『GM社』の、特にお前の所属するチームの十八番(おはこ)だよな?エル坊」

「……」


 エルは沈黙し、その頬を、冷や汗が一滴流れる。


「だが、逃げるときは徒歩になる。それでアイギアからネーポルへ、船便で来たオーラシア人の記録を総ざらいしたら、他と違うインクで入国スタンプが押されたパスポートが6枚見つかった。惜しかったな、入管はテロ対策で、スタンプの朱肉を特注品に統一したばかりだったんだ」

「……そこまで掴んでいるなら、なんで捕まえないんですか?」


 観念しながらも、直接認める言葉は紡がずに、エルは<パルヴス>に問う。

 すると意外にも、優位な立場でいるはずの彼は、苦虫を噛んだ顔で伯父を見やった。


「伯父貴はここ最近、駐屯地での会合で缶詰だったろう?アイギア島の一件、どこかで聞いたか?」

「いや、お前からここで聞いたのが初めて……まさか、隠蔽かい?」

「っ!?」


 提督の言葉に、エルは驚いて眼を見開く。

 それを確認してから、<パルヴス>は語る。


「あぁ。実を言えば、パスポートの件は俺の独断だ。上層部からは、箝口令と捜査打ち切りを命令されている。それだけじゃない。駐屯地襲撃のほうも、報告書に改竄の形跡があった」


 そして<パルヴス>は、懐から一枚の写真と小袋を取り出し、それを顔の横に掲げた。

 写真には、川辺と思われる砂利の上に打ち上げられた、箱の残骸が写っており、透明の小袋には、その一部が入っている。


「駐屯地近くを流れるボルトール河の下流で、襲撃犯の遺体と一緒に見つかった。だが、写真と()()は、上層部じゃなく、ダストシュートへ送られていた」


 <パルヴス>が指差したのは、半分に割れた蓋の、ちょうど割れ目の部分の装飾。

 何かのシンボルの右半分のようで、三重の同心円の中に三角形と、大きく欠けた長髪の女性の施されている。


「同心円は三大神、三角は火山を表す。こいつは『落涙の女神・オーラシア』、オーラシア連合国のシンボルだ。アイギアでお前らが探してたのはこいつ、いやこいつの()()だな?だが仕入れた情報が古く、この箱はネーポル駐屯地へと持ち込まれた後だった。それを一日ずれて『金色のカナリア』が強奪したが、持ち出した少年兵ごと、ボルトールの橋で吹っ飛ばされた」

「……しかも、箱にまつわる情報だけが、帝国軍で一部だけに隠匿されている、と?その箱、正規のルートで流れてきた代物じゃないね」


 <マグニァ>の顔が、次第に険しくなっていく。軍の中でも高位に位置する自分が知らされない情報とあって、そこに邪悪な気配を感じ取っていた。

 

ダン!


 <パルヴス>が身を乗り出してエルに写真を突きつける。


「良いか、エル坊。()()()()()()だし、こっち(帝国)そっち(連合国)から違法に物資を持ち込んだって負い目があるから、アイギアでの事や、ネーポルでの活動には目をつむってやる!だから一つだけ、こいつが『何』なのかを教えてくれ。この紋章、そしてオーラシア御用達の極秘部隊である『GM社(お前ら)』が動いてるってことは、連合国政府も絡んでるんだろ?しかも同じ物を、テロリストが狙った。いったい何なんだ?」

「……」


 エルはようやく振り向くが、その目は暗い炎が宿っている。

 そして、紡がれた言葉は、この場の三人だけで通じる暗号だった。


「『ドェン、チェリアーゼタ、ノ、エクセーリ』」

「っ、そこまでの代物かね」

「……マジで?」

「ですがご安心を。俺たちの任務は()()()()()()()()()。明日にはこの街から退散しますので……では、ごきげんよう」


 これまでのやり取りが無かったかのように、エルは素知らぬ顔を作り、屋敷を出ていった。


 残されたプリニアン家の2人は、しばらく沈黙を続けた。が、それに耐えかねた<パルヴス>が、すっかり冷めたコーヒーを煽り、毒づいた。


「『ドェン、チェリアー(知るべからず)ゼタ、ノ、エクセーリ(悪しき故に)』。……クロニクル案件だと!?どこのバカだ、んな厄ネタ持ち込みやがったのは……」


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