『金色のカナリア』
午後4時50分(日没まで残り1時間)
ネーポル・ガレリア西棟 イベントフロア
事件発生からおよそ2時間が経過した。
人質たちは、携帯端末などの連絡手段の他、財布や貴金属類を没収された。
トイレ以外の移動は許されず、食料も水も与えられないまま、現在まで拘束され続けている。
「(……『憂国の士』が聞いて呆れる。ただの営利誘拐じゃねぇか)」
特に行く必要もないトイレに立ちながら、『金色のカナリア』の様子を探っていたエルは、怯える民間人を装いながらも、心中でそう毒づく。
彼が数秒前まで視線を向けていた先では、若い連中が没収した財布の中身を山分けしていた。
しかし、その光景以外の収穫を得られないまま、エルは人質の輪の中に戻される。その際、発つ前とは違う場所に腰を下ろしたのだが、テロリストたちがソレを気にする様子はなかった。
「(見張りも、えらく杜撰だな)」
テロリストには届かない程度の、その幽かな呟きを待っていたかのように、レシーナが声をかける。
「(……何か、新しい情報は?)」
護衛を失い動揺していた彼女も、今はこの状況に慣れた様子で、『恐怖で身をすくめる少女』を演じながら、その実、膝で口元を隠しつつ、テロリストに聞こえぬ声量で情報交換を行っている。
その傍らには、同じく時間と共に吹っ切れたタキトが、彼女の背中を守る形で控えていた。
そんな2人の勇姿に感心しながらも、エルは緊張の糸を緩めないまま、打開策を探り続けていた。
「(残念ながら、今回は空振り。俺達の生活費が、奴らの遊ぶ金に変わるのを見た程度。そちらは?)」
「(同じく、先ほどから変化はありません。見張りの顔ぶれも、位置も。私達への干渉も、『軍服』組が禁じているようです。コレは、もしかすると……)」
「(ああ、俺もひm・・・もといレナさんと同意見です)」
3人の意見が一致する。
「(このテロリスト共、人手も物資も全く足りてない。しかも、そのなけなしの人員も、半分以上があのシャイ・ロックの様な素人だ」
見張りや巡回の『交代』が全くなく、同じ顔が同じ配置についたまま。それは『しない』のではなく、要員が不足していて『できない』から。
外からの侵入に対する警戒の甘さも、この施設全体を永続的に制圧し続けられる備えが出来ていない事に起因している。
何よりも決定的なのは、銃を所持しているテロリストが誰一人として、予備の弾倉を持っていない点である。
「(中には、弾切れのライフルを、ソレと気付かずにぶら下げている奴もいるくらいだ)」
3人の視線が、人質を見張る内の、栗毛の中年男に向けられる。
派手なドクロ柄のシャツの上にアーミージャケットを着た、この状況に浮かれた様子でいるその者が構えている小銃は、良く見ると薬莢を吐き出す部分のレバー(スライド)が後ろに下がったままになっている。弾切れを起こしているというサインだ。
「(あのオッサンよく見たら、本来は予備弾倉を入れるポケットに、煙草とライター突っ込んでますよ)」
「(他の連中も、バックアップガンは在っても、弾倉は持ってない。多分、最初の制圧の時に手持ちの弾薬をほとんど使いきったんだろう)」
「(では、この事をどうにか外に伝えられたら……)」
テロリストの実態が見かけよりも脆弱であるならば、帝国軍部隊による制圧は容易であると、レシーナは考えた。
しかし、エルは慎重な態度で、皇女を制する。
「(いや、『軍服組』は手強い。お飾りの階級だったとはいえ、軍事教練を一通りこなした連中だからな。それに、ボスコ嬢の居場所もまだつかめていない。彼女の安全の為に、今はまだ静観した方がいい)」
「(……レアーレさんは、無事でいるのかな?)」
タキトの問いかけに、エルは少し間をおいてから返す。
「(少なくとも、手荒な真似はされてないと思う。今の状況下では、ボスコ嬢は連中にとって切り札になる存在だ。外の部隊も俺達同様に、彼女の所在が不明確な間は突入できないからな。……っ、まずいかも!)」
その時だった。軍服組=『金色のカナリア』直参の1人である女が小走りで現れ、誰かを探す様に、人質たちの顔を1人ずつ確認し始めた。
「いったい何を?……っ、まさか」
「そこのお前っ!顔をよく見せろ!」
タキトたちは意図を察するが、間一髪間に合わず、軍服の女はレシーナの腕を掴み、無理やり人質の輪から連れ出す。
「いやっ、離して!」
レシーナは抵抗を試みるが、細腕の少女と元軍人の女では、勝負になっていない。
女はレシーナの拳を受けながらも眉一つ動かさず、ポケットから端末を取り出し、その画面と少女の顔を見比べる。
「……間違いない。イーディア帝国の第二皇女、レシーナ・イーディアだな。ムッチ中将の御前へ共に来てもらう。逆らえば……」
カチャリ、と撃鉄を起こした拳銃の先を、女はタキトの方へ向ける。
「っ!」
「タキトっ、……わかりました、ついていきます。だから、民間人には手を出さないで下さい」
焦りの表情を浮かべながらも、レシーナは毅然とした目で、女テロリストを見返した。
「まぁ、良いだろう。おい、社長室へ連れていけ」
ふん、と鼻息を一つ漏らすと、女テロリストは部下と共にレシーナを連行していった。
残された人質たちは、大きな動きは見せずとも、皆動揺を口々に漏らし始める。
「姫様がここにいらっしゃった?本物なのか?」
「ずいぶん前に連れていかれた帝国の騎士様がいたろ?もしかすると従者だったんじゃ……」
「エルさん、どうしよう。姫様がっ!」
しかし只一人、逆にこれまでで一番の落ち着きを見せている者がいた。
「落ち着け、少年。姫さんなら大丈夫だ」
レシーナが連れていかれた通路の先を見据えながら、エルは冷静にタキトを制する。
自信ありげなその様子に、タキトは直ぐに何かを察した。
「打つ手があるのですか?」
「ああ、あの女テロリストがポカをかましてくれたおかげでね。あとは絶好のタイミングを見計らうだけだ」
不適な笑みすら浮かべる青年を目の前にして、タキトは安心感を覚えると共に、自分が知らない彼の素性に、何か言葉にできない怖さを感じた。
一方エルの方も、勝ちを確信しつつ、しかし頭の片隅で、ある疑念へ警戒していた。
「(ボスコ嬢が喋るとは思えねぇ。奴らどうやって姫さんの事を?あの写真はどこから……)」
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数分前
ガレリア西棟6階 社長室
時は少し遡る。
籠城事件の発生直後に他の人質たちと引き離されたレアーレ・ボスコは、テログループの主犯格たちが陣取る、ガレリアの社長室に監禁されていた。
建物の正面側に面した一室で、3x4mガラスで一枚張りのガラス窓からは、普段は遠くにネーポルの都市部が、現在は眼下の駐車場に詰めかけた警察や軍の部隊、そして報道陣の姿が一望できる。
そんな大パノラマを背に、犯行グループの指揮者にして『金色のカナリア』の首魁であるモーマイ・ムッチは、目の前のソファに拘束されているレアーレに、嘲笑を向けながら尋ねる。
「さて、そろそろ日没を迎えるが。……真実を答える気になったかね?『耳長』」
「やれやれ、一時間前の事すら覚えていられんとは。だからお前たちは戦争に負けたんだよ、『ヴェスヴィ』」
帝国皇室に使える近衛騎士らしく、レアーレは気丈な態度を崩さぬまま、テロリストと対峙する。
背後と左右の三方から、銃口を突き付けられても一歩も引かぬ、そんな彼女に、ムッチ元中将は顔に出た疲労の色を更に濃くし、それを発散させるようにレアーレへ詰め寄り恫喝した。
「いい加減にしろ、『耳長』の小娘!貴様ら近衛騎士の実態が、皇室直轄の隠密遊撃部隊である事は、公然の秘密!そんな皇帝の犬が、なぜネーポルに居る!?」
「何度聞かれても同じだ。先日の深夜に起こった駐屯地襲撃事件、その調査と現地の視察だ」
レシーナの『お忍び』の件が無ければ、実際に近衛騎士の誰かが任されたであろう任務を、レアーレはテロリストへの返答としてでっちあげていた。(彼女たちが襲撃事件の一報を聞きつけたのは、ネーポルへ向かう道中だった)
しかし、ムッチらはその答えでは良しとせず、しかし拷問や、他の人質を使っての恐喝などもなく、無意味な問答を続けている。
「(何故、これ以上手を出してこない?私を舐めている?いや、周りのこいつらは撃ちたくてうずうずしている様子だ。何がこいつらを制止している?)」
その答えは、すぐに判明した。
ジリリリン
テロリスト達が持ち込んだと思われる、旧式の無線電話が鳴った。
ムッチは、「なぜもっと早くかけてこないのだ?」と悪態をつきながら、受話器を取り上げる。
間抜けなことに、周囲にも相手の声が聞こえるスピーカーモードにしたままで。
「やぁ同志、まちくたびれたぞ。報道で承知してると思うが、こちらは順調にコトを運んで……」
『皮算用を自慢させるために、電話したわけではないっ!一歩間違えば全てが破綻しかねる状況だと、解っているのか?』
漏れ聞こえる相手の声は、変声機で加工されていた。
だが、それに含まれる苛立ちと焦りは、レアーレにも伝わった。
もっとも、ソレを向けられたムッチ本人には、全く伝わっていないようだった。
「はて?何か想定外な事でも……あぁ、近衛騎士などとのたまう『耳長』のことですかな?それならばご安心を、同志。既に引っ捕らえて、私の目の前で、独り膝を折っている有り様だ。脅威になぞなるわけが……」
『『独り』?……第二皇女はどうしたっ!?捕らえているのであろうな!?』
「っ!?(なぜソレを知っている!?)」
声は堪えたが、レアーレが電話の向こうにいる『同志』の言葉に警戒感を示した事を、ムッチは見逃さなかった。
そして、彼女と受話器越しに話す協力者、どちらへともなく、問い掛けた。
「ほほぅ?第二皇女、『お忍び姫』と名高きレシーナ・イーディアが、このレガリアに居る、と?」
「……」
レアーレは沈黙でもって応える。が、『同志』が先に肯定の言葉を発した。
『そうだ!あろうことか侍従と入れ替わり、このネーポルヘ密航したのだ!それも目的は、ラーネなんとかと言うくだらないイベントに……』
「くだらない、とは口を謹んで頂きたいな、同志。我々ヴェスヴィオス人にとっては、歴史を歪曲する、許しがたい異物だ。先日、イーディア軍駐屯地に持ち込まれた秘密兵器と同じく、この世から葬り去らねばならない恥辱の証だ!」
ムッチは卓上を振り払いながら、怒気を込めて言い放った。
しかしレアーレは、その中身に引っ掛かりを覚える。
「秘密兵器?……なんの事かわからぬが、それよりも、昨日の襲撃事件もお前たちの仕業か!?」
レアーレの問いかけに対する答えは、傍らに控えたテロリストによる蹴り倒しだった。
軍用ブーツを彼女のこめかみに放ったのは、グループの中では唯一の女だった。
「しらばっくれるなっ!貴様ら帝国が、オーラシアから不法に兵器を密輸した事実はつかんでいる!現に我らが勇敢なる同志、テキール・ザコー、サン・シータ、ドーゲ・ドゥ、エル・モーブらが、命を賭して強奪し、しかし貴様らの<ドーレブ>に鏖殺された!この蜂起は、その仇討ちでもあるのだ!」
女テロリストの挙げた名前の中に一つ、覚えのあるものがあった。
自分達が到着する直前、川の浅瀬になっている場所に打ち上げられた、少年の死体の身元が、エル・モーブだったはずだと、こめかみから血が流れるのを感じながら、レアーレは思い出した。
そして、床に倒された彼女の顔面に、もう一撃が加えられようとする。
しかし、ムッチがソレを止めた。
「止せ、シコーム中尉!死なれては困る。お前は下へ行き、皇女を探せ。連行時にコイツの傍にいた娘がそうだろう」
「あいつがっ!?……了解。見当はついてます。いくぞ!」
『まて!念のため、皇女の写真を送る。……探しにいくのは、タラ・シコームだな』
数拍おいて、タラの胸ポケットに入れられた端末へ着信が入った。女テロリストはそれを確認し、苛立たしげに足音を踏み鳴らしながら、部屋を去った。
それから数分後、レシーナとレアーレは、無事とは程遠い状況ながら、再会することとなる。




