第二話 パキュラモ道後温泉初体験
次の朝、七時頃。
「ふわぁ、よく寝たー」
千陽は目覚まし時計の音で目を覚ました。
「おはようございます、チヒロさん」
パキュラモも同じようなタイミングで目を覚まし、むくりと起き上がる。
「おはようパキュラモちゃん」
千陽はいつもの髪型に整え、制服に着替え始めた。
「日本はこの時期、朝はまだ寒いですね」
パキュラモはカタカタ震えていた。
「今朝は一四℃くらいあって昨日より暖かいけど、パキュラモちゃんにはそう感じるのか」
「イハマーニ王国の平地では二〇℃すら切ること滅多にないですから。あの、アタシもチヒロさんの学校へついて行きます。日本の学校も体験したいので」
「それは、ちょっとまずいかも」
千陽は困惑顔を浮かべる。
「大丈夫です。アタシ、コンパクトになりますから」
パキュラモはそう伝えると、トートバッグから打ち出の小槌的な形のピコピコハンマーを取り出して自分の頭を軽く叩いた。すると、
「パキュラモちゃんがちっちゃくなっちゃった。一寸法師の逆だね」
パキュラモは十センチくらいの手乗りサイズになったのだ。
「チヒロさん、元に戻りたいので、これでアタシの頭を軽く叩いてね」
「分かった。気をつけてやるよ」
千陽はピコピコハンマーをつかみ、ミニサイズのパキュラモの頭をそーっと置くようにして叩く。
「サンキュー、チヒロさん」
そしてパキュラモは元のサイズに。
「すごいねこれ。私も叩いたらミニサイズになれるのかな?」
「はいもちろん」
「それじゃ、やってみようっと」
千陽も自分の後頭部を軽く叩いてみる。
「上手くいった。巨人の世界に入り込んだみたい」
見事十センチくらいのミニサイズになった。さっそく部屋を見渡してみる。
「おっはよう! 千陽お姉ちゃん、パキュラモちゃん」
「千陽お姉さん、パキュラモちゃん。おはよー」
ほどなく麗菜と絵美理が入ってくる。
「きゃっ、きゃあっ! あの、麗菜、絵美理。下をよく見て!」
千陽はもう少しで踏み潰されそうになった。
「あっ! 千陽お姉ちゃんが、一寸法師みたいになってる」
「ミニサイズの千陽お姉さんかわいいよ。これもパキュラモちゃんの国の科学技術の力?」
麗菜と絵美理はしゃがみこんで楽しそうに観察する。
「はい!」
「あたしも試したーい」
「ワタシもーっ。これで叩けばいいんだよね。進○の巨人ごっこやったら楽しそう」
こうして麗菜と絵美理もミニサイズに。
「この格好のまま、由隆お兄ちゃん起こしに行こう!」
「それはいい案だね。いつもはベランダから由隆くんのお部屋に向かってタンバリンかトライアングル鳴らして起こしてるけど、今日は直接起こしに行こう」
「由隆お兄さんどんな反応するか楽しみ♪」
「じゃあ、アタシもまたちっちゃくなるね」
こうしてミニサイズになった四人は、パキュラモ所有の空飛ぶハンカチの上に乗った。
「アラジンになった気分だね」「うん、乗り心地すごくいい!」「こんな体験出来るなんてワタシ夢にも思わなかったよ」「楽しんでもらえてよかったです」
空中を漂いながら千陽のお部屋の窓を抜け、兵頭宅へ移動し、由隆のお部屋へベランダの窓から入った。
「由隆くんまだ寝てるね。寝顔かわいい。由隆くーん、朝だよーっ!」「由隆お兄さん、朝ですよ」「由隆お兄ちゃん、おっはよう!」「ユタカさーん、おはようございまーす! 今日はとってもいい天気ですよ」
四人が叫びかけると、
「あー、分かった、分かった……今日はやけに声が近くから聞こえるなぁ」
由隆はすぐに目を覚ました。
「あれ? 誰もいない。この部屋に来てると思ったんだけど」
起き上がって周囲をぐるっと見渡してみる。
「由隆くーん、ここだよぅ」「由隆お兄ちゃん、こっち見てーっ!」「由隆お兄さん、ここじゃ」「ユタカさん、やっほー」
「うわぁっ!」
空飛ぶハンカチに乗ったミニな四人の姿に気付くとあっと驚いた。
「これって、パキュラモちゃんのしわざか?」
けれどもすぐに冷静になり、こう問いかけた。
「うん、特製のピコピコハンマーで叩いて小さくなったの。それじゃ、またねユタカさん」「由隆くん、とりあえずさようなら」
「由隆お兄さん、やっぱ勘が鋭いね」
「じゃあまたね、由隆お兄ちゃん」
四人はこの部屋の窓から出て、千陽のお部屋へ戻っていった。
(どんな原理なんだろう? 魔法としか言いようがないだろ)
由隆はイハマーニ王国民の科学技術力の高さに改めて驚かされたようだ。
「重たい、重たい」
ミニパキュラモは力を込めてピコピコハンマーを持ち上げ、
「あいてぇ、強く叩き過ぎちゃった」
自分の後頭部を叩く。こうして元のサイズに戻ったパキュラモは、麗菜、絵美理、千陽の順に頭をそっと叩いて元のサイズに戻してあげた。
すでに着替え終えていた千陽と麗菜は一階へ。
絵美理はパキュラモを連れて自室へ。
「エミリちゃんの制服姿も似合ってますね」
「ワタシは古くてダサいと思ってるけど」
「アタシは素敵な制服だと思うよ。イハマーニ王国ではセーラー服と学ランは大人気なの」
「ほうなん?」
「暑いので着ずに観賞用にされることが多いけどね」
「熱帯らしい。パキュラモちゃんの学校って、制服あるの?」
「あるよ。でも日本みたいに衣替えはなくて、いつも夏服の半袖ポロシャツに男の子は長ズボン、女の子はスカートだな」
「やっぱほうか。パキュラモちゃん今日も厚着じゃね。やっぱ寒さに弱いんじゃね」
「うん、四月下旬の松山ではシャツの上、長袖一枚の人が多いみたいだけど、アタシは分厚い長袖セーターと下にもう一枚ブラウス着てないと寒くて堪らないよ」
「暑さに強いのは羨ましいよ。パキュラモちゃん普段はどんな服装してるの?」
「ノースリーブのTシャツにショートパンツ、素足にサンダルよ」
「ほうなんじゃ。お風呂以外で、全裸で過ごすことはある?」
「それはないな。はしたないよ。下着一枚ならあるけど」
絵美理とパキュラモがこんな会話を弾ませていたのと時同じく、
「おはよう由隆、千陽ちゃんちに遊びに来てる、パキュラモちゃんって子に浮気はしちゃダメよ」
「母さん、そんな心配全くないから」
兵頭宅ではキッチンにてこんなやり取り。
由隆が身支度を整えた七時五〇分頃。ピンポーン♪ とチャイムが鳴らされ、カチャリと玄関扉の開かれる音と共に、
「おはよー由隆くん」「おっはよう! 由隆お兄ちゃん」「おはようございまーす」
千陽ののんびりとした声と、麗菜の元気で明るい声と、絵美理の眠たそうな声が聞こえて来た。
「おはよう、ユタカさん」
続けてパキュラモの爽やかな声も。
「おはよう、すぐ行くから」
由隆は通学鞄を肩に掛け、玄関先へと向かう。
三姉妹は学校がある日は、いつもこの時間帯くらいに由隆を迎えに行くのが昔からの習慣となっていたのだ。今日はパキュラモも加わって五人でいっしょに通学路を突き進む。
「おう! 立派な和風建築がありますね。鬼瓦も付いてる」
パキュラモは初めて見る外の景色に好奇心いっぱいだ。
「新築で、まだ誰も住んでないみたいだよ。ねえ、パキュラモお姉ちゃんの学校は給食ってあるの?」
「うん、小中ではあるよ。日本の学校を真似て三〇年くらい前から始めたみたい」
「そうなんだ。どんなのが出るの?」
「タピオカとかナシゴレンとかグリーンカレーとかトムヤムクンとかガドガドとか、蝙蝠のスープとかタガメやコオロギの唐揚げとかだな。日本の給食では出ないでしょ。飲み物は牛乳じゃなくてココナッツミルクやジャスミンティーなの。月に一回くらいヤシの実ジュースが出されるよ」
「ふぅん。イハマーニ王国の学校給食も、あたし一度食べてみたいなぁ」
「一部を除いて私も食べてみたいよ」
千陽は苦い表情で呟く。
「日本人には馴染みないのも交じってたよね」
絵美理はくすっと笑った。
「郷土料理が出るってわけか。給食、高校入ってからまだそんなに経ってないけど懐かしく感じるな」
「私もまた食べたくなっちゃった。高校はお弁当持参か購買か学食だもんね」
「ワタシも高校入ったら給食が懐かしく感じるようになるのかな?」
「今日は給食はあたしの好きなものばかりで最高なんだけど、五時間目に四年生になって初めての算数のテストがあるよ。嫌だなぁ。パキュラモお姉ちゃん、あたしの学校にもぜひ遊びに来てね」
「うん、レイナちゃんとエミリちゃんの学校にも遊びに行くよ」
「楽しみにしてるよ。それじゃあね」
兵頭宅の門を出て百メートルほど先の、最初の曲がり角で麗菜は別れを告げる。ここから三〇メートルほど先の小さな公園が集団登校の集合場所となっているのだ。
「麗菜ちゃん、相変わらず算数苦手みたいだな」
「ワタシも数学二年生になってますます苦手になっちゃったよ」
「私も高校に入って急に難しくなったと感じてるよ」
絵美理と千陽は苦笑いで伝える。
「俺は今も数学得意だけどな。イハマーニ王国でも算数・数学嫌いな子って多いのか?」
由隆は気になって尋ねてみた。
「日本よりは少ないと思うよ。イハマーニ王国は理系国家だから。アタシも好きだし」
パキュラモはにっこり笑顔で答える。
「そうなのか。イハマーニ王国は未来も明るいな」
由隆は感心気味に呟く。
その後も四人仲睦まじく楽しそうにおしゃべりしながら歩き進んでいき、
「パキュラモちゃん、空中移動する場合は鳥や電線に気をつけてね。ほなまた夕方」
兵頭宅から八百メートルほど先の交差点で絵美理とも別れた。
「それではアタシ、そろそろコンパクトになりますね」
パキュラモはトートバッグからピコピコハンマーを取り出し、自らミニサイズに。
兵頭宅から二人が通う、県立松山城修高校までは約一.三キロ。越智宅と共に惜しくも自転車通学禁止区域に指定されているのだ。所属する一年五組の教室に辿り着くのは、いつも八時一五分頃。この二人は小学六年生の時以来、久し振りに同じクラスになった。芸術の選択で同じ書道を取ったため、なれる確率も高かったのだ。
「光帆ちゃんおはよー。パキュラモちゃんがミニサイズになったよ。ほら」
千陽は自分の席へ向かう前に、先に来ていた光帆のもとへ。
「あら、かわいい♪ 手乗りパキュラモさんですね」
「やっほー、ミツホさん」
「パキュラモさん、わたしの手にも乗ってくれない?」
「はい喜んで」
「ありがとう。今の動きもかわいかったです」
「パキュラモちゃん、小鳥みたいだったよ」
千陽と光帆とミニパキュラモで小声でこんな会話を交わしていた時、
「やぁ由隆君、おはよう」
「おはよう慶作」
由隆の幼稚園時代からの幼友達、白石慶作が登校して来た。彼の背丈は一七三センチと標準より少し高めだが、体重は五〇キロにも満たないかなりの痩せ型。見るからに貧弱な体格ではあるが、至って健康体な彼の学力水準は普通の高校新入生レベルを遥かに凌駕する。小学校時代に漢検一級&数検準一級を取得済み。中学入学時から高校の新入生テストまで校内テストの総合順位で学年トップを逃したことはただの一度も無い秀才君なのだ。七三分け、四角い眼鏡。顎の尖った逆三角顔。まさにがり勉くんの風貌である。
「慶作さん、おはよう」
「慶ちゃんおはよう」
光帆と千陽が爽やかな笑顔で挨拶をすると、
「あっ、おはよう」
慶作はやや緊張気味に返し、自分の席へ。女の子が苦手なのは幼児期からだ。
「ユタカさん、頭脳明晰っぽいお友達を持っていますね。いい戦力になってくれそう♪」
ミニパキュラモはこっそり近寄って小声で話しかけた。
「慶作はケンカめちゃくちゃ弱くてびびりだぞ。戦力にはきっとならん」
由隆も小声で伝える。
「……そうですか。見た目通りなのか」
ミニパキュラモはちょっぴり残念がった。
☆
一時限目、数学Ⅰの授業中。
「ペックチン」
と、千陽の鞄の中に隠れていたミニパキュラモがくしゃみをしたため、
「ん? 何かな? 今の声」
教科担任や、一部のクラスメート達にちょっぴり不審に思われたが、ばれることなく次の二時限目の授業まで終え、休み時間に入ることが出来た。
「三時限目は化学かぁ。お休みタイムだね」
「千陽さん、わたしもあの先生の授業眠くなってくるから気持ちはよく分かるけど、どんな授業でも真面目に聞かなきゃダメダメ」
「それは分かってるけど、どうしても眠くなっちゃうの」
「アタシの通う中学でも授業中に居眠りする子は多いですよ。日本の文化だと認識されてるみたい」
「そうなんだ。居眠りは日本の文化だけじゃなくて万国共通だと思うけど」
千陽がミニパキュラモを手のひらに乗せ、光帆といっしょに廊下を歩いていると、
「さっほ、かわいいぬいぐるみ持ってるね」
突然、同じクラスの子に話しかけられた。
「うっ、うん」
千陽はビクッと反応してやや焦る。
「この女の子のお人形さん、うちもめっちゃ欲しい。どこに売ってたの? ヴィレッジ○ァンガード?」
「えっと、お母さんが買って帰ったから、よく分からないの。ごめんね」
その子にミニパキュラモをぷにぷに触られ興奮気味に問いかけられ、千陽は少し悩んだのちこう答えておいた。
「そっか。それじゃ自分で探そうっと」
何とかごまかす事が出来、
「危なかったぁ」
「ミニパキュラモさんがお人形さんみたいな可愛さだったことが幸いしたわね」
千陽と光帆はホッと一安心する。
「すごくくすぐったかったよ。アタシ、これからレイナちゃんの学校行って来るね」
「見つからないようにじゅうぶん気をつけてね」
千陽は小声で忠告。
「うん!」
ミニパキュラモは空飛ぶハンカチに乗り、廊下の窓から出て、麗菜の通う小学校へ向かっていく。
「路面電車、一回乗ってみたいなぁ。おう! 坊っちゃん列車発見! 生で見れて嬉しい♪ 本当にマッチ箱のようね。あれにも乗ってみたいな……おしっこしたくなっちゃった」
途中で尿意を感じ、目に付いた公園の草むらに降りた。
「一旦元に戻ろうっと」
ピコピコハンマーを用い、元のサイズになると、公園内の公衆女子トイレに駆け込む。
(やっぱ日本に来たからにはトイレは和式でやらなきゃね)
便器を跨いでパパイヤ柄ショーツを膝のあたりまで脱ぎ下ろしてしゃがみ、満足げに用を足している最中、
「お嬢ちゃん、かわいいね。マレーシア人?」
こんな声が耳元に飛び込んで来た。
(男の人の声!? 日本のトイレは男女分かれてるはずなのに)
パキュラモは恐る恐る声のした方を振り向く。
「きゃっ、きゃぁっ!」
声の主と目が合った瞬間に、甲高い悲鳴を上げた。
すぐ前隣の個室上の隙間から、禿げかけすだれ頭の中年親父が覗いていたのだ。
「こんにちは。いや、スラマットゥンガハリかな? おじさんマレー語も少し話せるよ」
中年親父はにやにやしながらそう挨拶して、すぐに顔を引っ込めた。
(アタシが勢いよくおしっこしてるとこ、前からばっちり覗かれちゃったぁ。この間の社会科の授業で先生が日本には変質者が多いって言ってたけど、被害に遭うなんて思わなかったよ。許さないっ! 天誅を下してやるわっ!)
パキュラモはおしっこを出し終えると紙で拭かずにそのままショーツを履き、水も流さずに怒り心頭な心持ちで個室から出た。
「きゃぁぁぁっ~」
途端にまた悲鳴を上げる。すぐ目の前にあの親父がいたのだ。まるでパキュラモが出てくるのを待っていたかのように。
「そんなに驚かないでよお嬢ちゃん、これからおじさんといっしょにエミフル行こう。好きなお洋服とお菓子買ってあげるよ」
小太りで、赤と白の縞々Tシャツに、デニムのジーンズとスニーカーを穿いていることが分かった。
(このおっちゃん、気持ち悪い)
パキュラモはすばやくトートバッグからけん玉を取り出し、
「あなたみたいな変態は二次元の女の子とだけ付き合いなさい! おりゃぁぁぁっ!」
罵声を浴びせながら中年親父の顔面目掛けてブンッと振り回す。
「ぐぇぇぇっ!」
ココナッツの硬ぁい殻で出来た玉が見事顔面直撃! 中年親父、ダウン。その場に崩れ落ちた。
「ごめんね、おっちゃん」
パキュラモは慌てて女子トイレから逃げていく。
(あ~、めちゃくちゃ怖かった。もし武器持ってなかったらと思うとぞっとするよ。やっぱ日本の遊び方の観光ガイドブック通り、日本人の一般居住区を歩くのは危険ね。世界トップレベルの治安の良さを誇る日本といえども。早くミニサイズに戻ってレイナちゃんの学校へ向かわなきゃ)
空飛ぶハンカチとピコピコハンマーを置いた場所まで戻っていこうとしたら、
「きみ、今日学校休み? 昼までで終わったの?」
いきなり背後から誰かに肩をぽんっと叩かれた。
「きゃぁぁぁ~っ!」
パキュラモはびくーっとなって思わず悲鳴をあげる。
「驚かせてごめんね。ちょっと訊きたいことが……きみ、学校はどこ?」
振り返ってそこにいたのは、がっちり体型の四〇代半ばくらいの男性警察官だった。
「アタシは、その……」
警察官かよ。NIA団のやつらは日本の警察官は勉強出来ない低学歴の筋肉馬鹿が安定した公務員の身分を得るためになるケースが多いから、クズばかりだって言ってたけど。
パキュラモは心の中でこんなことを考えていた。
「答えたくなかったら、まあいいけど。最近、この辺りに変質者が出とるようじゃけん気をつけてね。特にお嬢さんはかわいいし」
「あっ、はい」
「それと、学校サボるのは良くないよ。髪を染めるのもね」
警察官はそう伝えて、パキュラモから離れていった。
(びっくりしたよ。けどさっきの警察官は、いいこと伝えてくれる優しい人だったね……っていうか、アタシがさっき遭ったのって、もろに変質者だよね? あ~、しまった。捕まえてもらえばよかったんだ)
今気付いたパキュラモは、先ほどの警察官の姿を探すが、見つからなかった。
(もういなくなってるよ。忍者みたい)
諦めて、降り立った場所に戻ったパキュラモは、再びミニサイズに。
ハンカチに乗って、飛び立とうとしたら、
ニャァァァーッ!
「きゃあああっ!」
びっくり仰天。野良猫が鳴き声を上げ、パキュラモの目の前を勢いよく横切ったのだ。
「このサイズから見たら、恐竜のように見えちゃうよ」
そう呟きながら少し宙に浮かび上がると、
「うっひゃぁっ!」
またびっくり仰天。
今度は草にとまっていたカマキリと目が合ったのだ。
「殺されるかと思った」
気を取り直して数十メートル上空まで上がり、麗菜の通う小学校へ向かっていく。
※
(カラスに激突されそうになったよ)
十二時半頃に到着した。
(レイナちゃんのクラスは、四年一組だったね)
その教室をしばらく探して忍び込む。ちょうど給食の真っ最中だった。
(美味しそう。やっぱ給食はいいよね。あれは菜の花のおひたしかな? 三色丼もあるね。アタシも食べたい。麗菜ちゃんいた! 周りに人いっぱいいるから今行くのはまずいな)
そう思ったパキュラモは、教室一番後ろ掃除用具入れの上からこっそり観察。
こっそり取ったいよかんゼリーをもぐもぐ味わっていると、
「あれ? ゼリーが一つ無くなってる」
「誰か、二個勝手にとった子いない?」
「麗菜ちゃんがとったんじゃないの?」
「違うって! アタシ一個しか持ってないでしょ」
「レイナは食いしん坊だから机の中に隠してるんじゃねえの?」
「だからアタシじゃないって!」
麗菜、クラスメートと一悶着。
(やばいことしちゃった)
パキュラモは深く反省。こっそり窓から抜け出し、廊下の人目につきにくい雑巾置き場の所で待機。
それから三分ほどのち、サッカーボールを持った男子児童が教室から出て来て、さらに他の男子児童、女子児童達も次々と教室から出て来た。他のクラスからも同様に。
(給食食べ終わったようね。あっ、レイナちゃんも出て来た。外へ出るみたいね)
パキュラモはこっそり麗菜の後を追って校庭へ。
(レイナちゃん、男の子とサッカーして遊んでるね。楽しそう)
パキュラモは花壇の所からこっそり観察した。
午後十二時五五分に次のチャイムが鳴り終わると、
【あと五分でお昼休みが終わります。各自掃除の準備を始めましょう】
ほどなく校内アナウンスが。予鈴だったようだ。外で遊んでいる児童達はぞろぞろ校内へ戻っていく。午後一時にもう一度チャイムが鳴り、お掃除の時間が始まった。
(レイナちゃん、一生懸命雑巾がけしてる。えらいっ! 男の子はふざけて遊んでる子もやっぱりいるね。イハマーニ王国の小学校でも掃除の時間は女の子は真面目、男の子は箒でチャンバラごっことかしてふざけて遊んでる子は多いよ。同族意識が持てるなぁ)
パキュラモは隅っこに置かれたテレビの裏側からちょっぴり身を乗り出して、楽しそうにこっそり観察。
「友近さん、テレビ拭いといて」
担任のけっこう若くて美人な先生から指示され、
「はーい」
その苗字の女の子が専用クリーナーを持って近寄ってくると、
(やばいっ! 隠れなきゃ)
パキュラモはすばやくすぐ横の屋外に通じる窓から脱出し、無事やり過ごした。
一時十五分、五時間目開始。
「みんな、机を離してね」
号令のあと、担任はこんな指示を出した。
四年一組では、麗菜の言っていた通り算数のテストが行われることに。
(難しいなぁ)
パキュラモは、大きな数に関する問題に苦戦する麗菜の席へこっそり近寄って机の上に降り立ち、
(いよかんゼリーの件、ごめんねレイナちゃん)
アイサインと頭をぺこぺこ下げるしぐさで謝罪。
(あれ、パキュラモお姉ちゃんのしわざだったんだね。べつに気にしてないよ)
麗菜は理解したようで、ウィンクしてアイサインを送った。
(ありがとう。それじゃ、またねレイナちゃん。テスト頑張って)
パキュラモも麗菜の伝えたいことが理解出来たようで、そんな意図のアイサインを送って四年一組の教室を飛び立った。絵美理の通う中学校へ向かっていく。
(パキュラモお姉ちゃん、気をつけてね)
麗菜は顔を横に向け、窓の外に向かって手を小さく振ったら、
「越智さん、テスト中によそ見はしないように」
担任から注意されてしまう。
「はーい。ごめんなさーい」
麗菜はえへっと笑って謝り、再びテスト問題に取り組む。
パキュラモは午後一時三五分頃に絵美理の通う中学校へ到着。それから五分ほど絵美理の在籍する二年三組の教室を探して回り、廊下側の窓からこっそり忍び込んだ。
(数学の授業中か。エミリちゃんは、あそこの席か。ちょうどグラウンド側の窓際一番後ろね。あっ、先生に見つかりにくい場所なのをいいことに、ノートにイラスト描いて遊んでる。ちゃんと授業聞かなきゃダメだよ)
パキュラモは絵美理の席にそーっと近寄り、机の上に下りた。手をクロスして罰点を作り、やや険しい表情でダメッ! のサインをとる。
絵美理は苦笑いを浮かべてイラスト描写をやめ、板書を写す作業へ。
来てくれてありがとう。とアイサインを送った。
これにてパキュラモはここをあとにし、由隆達の通う高校へと戻っていった。
(雨が降って来たよ。お日様出てるのに。そういえば今朝の天気予報で午後ににわか雨があるかもって言ってたな。スコールほど大降りじゃないけど、日本の雨は酸性度が高くて汚いからあまり当たらない方がいいって理科の先生が言ってたし、急ごう)
スピードを上げ、午後二時ちょっと過ぎに一年五組の教室に到着。
一年五組ではちょうど六時限目、現代社会の授業が行われいる最中だった。
(ただいま千陽ちゃん)
(おかえりパキュラモちゃん)
お互いそんなアイサインを送った後、パキュラモは千陽の鞄に隠れた。
その後も誰にも見つからず帰りのSHRまで終え、無事解散。
「由隆君、これからいっしょにメ○ブ行きましょう」
「慶作、また行くのかよ」
「由隆君、高校入ってから寄り道自由になったことですし、恩恵を授からないと勿体ないですよん。まあ僕は禁止されてた小学校時代から学校帰りにその店よく寄ってたけどね」
由隆は慶作に付き合わされる。
「無駄遣いはしないようにね。それじゃ、由隆くん、慶ちゃん、バイバイ」
千陽は光帆といっしょに帰ることに。
「ミニパキュラモさん、見てるだけで癒されるわ」
「私もー。このままペットにしたいよ」
「そう言ってもらえてアタシとっても嬉しいよ。チヒロさんちの近くまで来たら元のサイズに戻るね」
パキュラモは千陽の肩に乗っかっていた。
「雨上がってよかったね」
「うん、わたし今日、傘持って来てなかったので」
「イハマーニ王国では突然のスコールに備えてみんないつも傘持ち歩いてるよ。アタシ、雨上がりの風景大好きだな」
「わたしも大好きです。和みますよね」
「私も大好きだよ。ナメクジさんやカエルさんとの遭遇率が高くなるのは嫌だけど」
まもなく校門から出ようという所で、ブワァッと突風が――。
「うひぁっ!」
パキュラモは千陽の肩から吹き飛ばされ、すっかり葉桜になった木の下のまだ乾き切っていない地面にベチャッとついてしまった。
「パキュラモさん泥まみれになっちゃったね」
「ごめんねパキュラモちゃん、汚しちゃって。痛くない?」
千陽はパキュラモを拾い上げ、お顔や服についた泥をはたいてあげる。
「平気、平気。ありがとうチヒロさん」
パキュラモは照れくさそうに礼を言った。
「パキュラモちゃんをきれいに洗ってくるよ」
千陽がグラウンド隅の手洗い場へ向かおうとしたら、
「あの、チヒロさん、アタシ、せっかく松山に来たことだし、道後温泉に入りたいなぁ」
パキュラモはもじもじしながらこんなことをお願いして来た。
「道後温泉かぁ。もちろんいいよ。これからパキュラモちゃんを道後温泉に連れてってあげよう」
千陽は快く引き受けてあげる。
「嬉しい♪」
パキュラモはにっこり微笑んでくれた。
「わたしも付き合うわ。久しく行ってないから」
光帆も参加意欲満々なようだ。
「それがいいよ。道後温泉って私も小学六年生の時以来入ってないな。絵美理と麗菜も誘おうっと」
千陽はさっそくその二人宛に携帯メールを送った。三〇秒足らずで返答がくる。
「絵美理も麗菜も行くって。いったん帰るのも面倒くさいから直接行こっか?」
「そうですね」
「道後温泉、すごく楽しみだな♪」
学校から三百メートルほど離れてから、パキュラモは元のサイズに戻った。
「パキュラモちゃん、乗り心地はどう?」
「とっても快適♪ 日本の路面電車に乗ったのは初体験よ」
「パキュラモさんに気に入ってもらえて嬉しいです」
クリーム色とオレンジ色に塗られた路面電車を乗り継いで、道後温泉本館の前に辿り着くと、
「素晴らしい造り♪ 写真撮ろう」
パキュラモは建物の外観に感激し、デジカメに何枚か収めた。
夕方五時頃、
「やっほー♪」
「パキュラモお姉ちゃん、遊びに来てくれてありがとう。今日の算数のテスト七〇点くらいは取れそうだよ」
絵美理と麗菜が来てみんな揃うと、入口横の札所で千陽がいくつかあるコースのうち最も値段の安いコースの入湯料金を全員分支払い、いよいよ入館。入口で脱いだ靴を下駄箱に預けて、シャンプーと石鹸付き記念タオルを購入し、神の湯女湯脱衣場へ。
みんなタオルで隠さずすっぽんぽんで浴室に入り、洗い場シャワー手前の風呂イスに隣り合って腰掛けシャンプーで髪の毛をゴシゴシ擦る。パキュラモは脱色を防ぐため、シャンプーは付けずに髪の毛をシャワーで洗い流していく。
「あの、わたし、パキュラモさんの地毛を見てみたいな」
光帆が申し訳なさそうにお願いすると、
「それじゃ、やってみるね」
パキュラモは快く購入した普通のシャンプーで擦ってくれた。
シャワーを浴びせると、みるみるうちに染料が流れ落ちていく。
「おう、きれいな黒髪じゃん」
「理想的な和風美人の髪ですね」
「パキュラモちゃん、地毛がすごくきれいだから染めるのは勿体ないかも」
「アタシも久し振りに自分の地毛を見たよ」
みんなは体を流し終えると、中央に大国主命と少彦名命の像が飾られてある湯船にマナー良く静かに浸かって足を伸ばしてくつろぐ。
「エミリちゃんったらね、数学の授業中先生のお話聞かずにイラスト描いて遊んでたよ」
「パキュラモちゃん、べつにいいじゃん。ワタシ、パキュラモちゃん飛び立ってからまたすぐにイラスト活動に戻ったよ」
「エミリちゃん、ダメでしょ!」
「絵美理さん、けじめはきちんとつけましょう」
「はいはーい」
「あたしも時々授業中にお絵描きしてるよ」
「私も授業中、たまにノートにお絵描きして遊ぶことあるし、居眠りしちゃうことはよくあるよ。中学の頃、光帆ちゃんと席が近かった時は居眠りしたら叩き起こされたよ」
「ミツホさん、友達思いで真面目ですねぇ」
「当たり前のことだと思うけど」
「私、光帆ちゃんの席のすぐ近くにはなりたくないな」
「千陽さん、GW明けの席替えでもしなれたら、厳しく監視するからね」
「光帆ちゃん顔怖い、怖い」
「ところで光帆お姉さんは、今でも慶作お兄さんのことは好きですか?」
絵美理に唐突に尋ねられ、
「……いや、べつに。というより、昔から好きじゃないって」
光帆は俯き加減で慌て気味に答えた。
「あれ? 光帆ちゃん、慶ちゃんのこと好きなんでしょう?」
千陽は疑問を浮かべながら問いかける。
「あのちびま○子ちゃんの丸尾くんみたいなひょろひょろのお兄ちゃんだね」
麗菜も興味津々だ。
「もう、前にも言ったけど、あの子はわたしの勉強のライバルなの」
光帆は淡々とした口調で否定する。
「慶ちゃん、昔からすごくいい子で真面目で賢いし、知的な顔つきだもんね。光帆ちゃんが好きになっちゃう気持ちは私にもよく分かるよ」
千陽はほんわかとした表情で言った。
「だから違うって」
光帆は困惑顔だ。
「光帆お姉さん、もういい加減、慶作お兄さんと付き合っちゃったら? 両親のお仕事もお互い大学教授なんやけん」
絵美理はにやにや笑いながら、光帆の肩をペチッと叩く。
「いいって」
光帆は俯き加減になった。
「光帆ちゃん、お顔が赤いよ」
千陽はにこにこ顔で指摘した。
「これは、体が火照って来たからなの。わたし、もう出るね。あつい、あつい」
光帆はそう告げて焦るように湯船からバシャーッと飛び出し、脱衣場へと早足で向かっていく。浴室に通じる扉を閉めた。その直後、
「きゃっ、きゃぁっ!」
光帆の悲鳴が。
「光帆ちゃん、どうしたの!?」「光帆お姉ちゃん、何かあったの?」「ミツホさん、大丈夫ですか?」「光帆お姉さん、どうしたんですか?」
他の四人も慌てて湯船から飛び出し、脱衣場へ。
そこには、
「姉ちゃん、いいおっぱいしてるね。さすが日本人」
「やっ、やめて下さい」
小学四年生くらいに見える、オレンジ色ロングヘアー、可愛らしいパイナップル柄リボンを飾った子に馬乗りされ胸を揉まれている光帆の姿が。光帆は頬を火照らせていた。
「んっ? きみは、アタシの説得を完全無視してNIA団なんかに入りやがったきーちゃんじゃない! 本名は忘れたけど。もう日本に来てたのね」
パキュラモはかなり驚く。
「ああ、ついさっきな。オレは一人乗りの最高時速二百キロ出せるジェット機に乗って先回りして、襲撃予定地の視察をしに来たんだ。ていうかおまえ誰?」
「パキュラモよ! 髪の色落としたの」
「ああ、よく見たら確かにパキュラモだな。おう、他にも日本の女の子がいっぱい。みんな野球拳で負けた時の状態になってるからオレもなるね。野球するなら、こういう具合にしやしゃんせ♪ そらしやしゃんせ♪」
その子は光帆から離れてあげると、楽しそうに歌を口ずさみながら服を全部脱いですっぽんぽんになった。
「えっ! 男の子?」
あれが見え、千陽は目を大きく見開く。
「わたし、女の子かと思いました」
「お○んちんがしっかりついてるね」
「きみ、男の娘だったのかぁ。オレって一人称もGood!」
光帆も麗菜も絵美理も驚くとともに笑ってしまう。
「オレ、よく女に間違えられるからな。日本の銭湯の女湯にも余裕で入れたぜ」
少年は得意げな表情で自慢する。
「ねえ、あとできみの似顔絵描かせてくれない?」
絵美理は少年に近寄ってお願いしてみた。
「嫌だね、このブス」
少年はそう言って、薄ら笑う。
「かわいいお顔のくせにかわいくないなぁ、この男の娘」
「いっててて、ごめんなさーい」
絵美理はむすっとしながら少女のような少年のほっぺたを、両サイドからぎゅーっとつねった。
「きれいなお尻してるくせに」
「くすぐったい。撫でるなって」
そのあとちゃっかりお尻も一撫でする。
「こいつはウチの近所の日本産直雑貨店のエロお坊ちゃんよ。幼稚園児の頃から無鉄砲でアタシや他の女の子のパンツ捲りしょっちゅうしてくるのよ。きみ、歳いくつかな?」
パキュラモが険しい表情で問いかけると、
「十歳♪」
少年は屈託ない笑顔で答えた。
「アウトォォォッ!」
「セーフ、よよいのよい。じゃねえのかよ?」
「道後温泉は混浴で入れるのは九歳までなのよっ!」
パキュラモはその子の頬にパチーンッとビンタを食らわすと、休まず男に付いているあの部分にボカッと蹴りも食らわす。
「ごめんなさぁぁぁーい。オレ、日本人の女の子のおっぱいを楽しみたくて」
その子はえんえん泣き出してしまった。
「きみはまだ幼いクソガキだからいいけど、大人になってもあんなことしたら変態おじさん扱いされちゃうのよ」
「いてててぇーっ!」
パキュラモはそう警告してさらに髪の毛を強く引っ張った。
「パキュラモさん、もう許してあげて。わたし、全然気にしてないから」
「パキュラモちゃん、体罰はよくないよ。この子、じゅうぶん反省してると思うから」
「パキュラモちゃん、許してやって。日本の基準じゃ小学四年か五年生じゃろ」
「パキュラモお姉ちゃん、やり過ぎだよ」
「確かに、そこまですることなかったかも。とにかくきみは、さっさとイハマーニ王国に帰りなさい!」
「えー、せっかく来たのにぃ」
ますます悲しがる少年に対し、
「パキュラモちゃん、はるばる日本へやって来てくれたのに、すぐに帰すなんてかわいそうだよ」
千陽は哀れむ。
「チヒロさん、こいつ、悪党NIA団員の一人なんですよ」
パキュラモは困惑顔だ。
「この子は悪い子には見えないよ。敵だけど今晩泊めてあげたいくらいだよ」
千陽は爽やかな表情で主張した。
「千陽お姉さん、お人好し過ぎ。ここはもっと警戒心を持たなきゃ」
絵美理はにこっと微笑む。
「姉ちゃんすっげー心優しい。マドンナだ。パキュラモとは大違いだ。お礼にこれあげる」
少年は大喜びし、千陽の手のひらに何かを置いた。
「何かな?」
ぬめっとして、むにゅっとした感触。
「きゃっ、きゃあああああっ!」
千陽は甲高い悲鳴を上げ、渡されたものを反射的に投げ捨てる。
フナムシとナメクジとカミキリムシをミックスさせたような、三本の触角を持つ生き物だった。体長は八センチくらい。けっこうすばしっこく床をカサコソ這いずり回る。
「こいつはイハマーニ王国固有の節足類だよ。日本のゴキブリと同じ位置付けかな?」
少年はにっこり笑う。
「この虫さん、すごく格好いい! ペットにしたい」
「ちょっとグロいけど、これぞ南国の生き物って感じね」
麗菜と光帆は楽しそうにその生物の動きを観察する。
「千陽お姉さん、よく見るとかわいいよ」
「こんなこと絶対ないない。前言撤回、あの子はやっぱり悪い子だね」
千陽はすっぽんぽんで、同じくすっぽんぽんの絵美理にぎゅっと抱き付いたまま離れようとしない。
「こらっ! ダメでしょ。チヒロさんは虫が大の苦手なの。日本人の女の子も虫嫌いな子がいっぱいいること、しっかり覚えておきなさい!」
「いってぇぇぇ~!」
パキュラモは再び注意。少年にゲンコツを食らわした。
「あとね、きみがさっき踊ってた野球拳は本来の野球拳じゃないのよ! さっさと帰れーっ!」
続けてこう説明を付け加えて、少年のお尻をボカッと蹴る。
「いってぇぇぇ~、おまえら、明後日にはオレ、NIA団の仲間をみんな連れて仕返しに来るから、覚悟しておけよ」
少年は涙目で捨て台詞を吐いて、すみやかに服を着込み、例の虫もちゃんと捕まえて脱衣場から逃げて行った。
「NIA団、思ったより弱そうじゃね」
「そうだね、あたし達だけで余裕で勝てそうだよね。由隆お兄ちゃん一人でも勝てるかも」
「絵美理、麗菜、あの子だけを見て判断するのは早いかも」
千陽は心配そうにこう意見した。
「アタシも油断はしない方が良いと思うよ。おそらくあいつも次は武器使って本気でかかってくるだろうから」
着替え終え、道後温泉をあとにしたみんなはいっしょに自宅への帰り道を進んでいく。
「パパとママにお土産たくさん買って帰ろう。坊ちゃん団子と母恵夢と一六タルトと醤油餅は松山土産の定番中の定番だよね。五色素麺も美味しそう。民芸品の姫だるまもかわいい。バリィさんグッズも欲しいな。でもアタシ今、本物のお金持って無いからなぁ」
「パキュラモちゃん、欲しい物があったら遠慮せずに私に言ってね」
途中で寄った道後ハイカラ通りでお買い物を楽しんでいた頃、あの少年は、
「朗報、朗報。すげえ虫嫌いな姉ちゃんがいたぞ。千陽とか言ってた」
道後公園子規記念博物館の近くで坊ちゃん団子をもぐもぐ頬張りながら、携帯で仲間にこんなことを伝えていたのであった。
※
同日夜八時頃。越智宅。三姉妹と、持参していたヘアカラースプレーで髪の色を戻したパキュラモは、千陽のお部屋に集った。さらに由隆と光帆もここへお邪魔していた。
対NIA団戦に備えた作戦会議を行うことにしたのだ。
(なんか、女の子特有の匂いがぷんぷん……)
由隆は妙に緊張してしまう。女の子五人の体から漂ってくる、みかんの石鹸の香りが彼の鼻腔をくすぐっていたのだ。
「NIA団に対抗するための、画期的な武器の数々を見せますね」
パキュラモはトートバッグから水鉄砲、めんこ、あやとり、ヨーヨー、けん玉、折り紙、水風船、お手玉、おはじき、ビー玉、お面を取り出す。
「このお面、正岡子規だね」
麗菜はお面を手に取ってくすくす笑う。
「その通りよ。そっくりでしょ。まあこれは武器にはならないけどね」
パキュラモは爽やかな笑顔を浮かべて伝える。国語便覧などでよく見る横向きの肖像画を模していた。
「水鉄砲と水風船以外は武器にはならないと思うんだけど」
由隆が突っ込むと、
「しようと思えばしっかり武器になるよ。例えばこのあやとりを、こう投げれば……」
パキュラモは真剣な表情で主張し、あやとりの紐を由隆に向けて投げた。
「うわっ!」
由隆はあっという間に紐で全身を縛り付けられる。
「……動けない」
身動きを封じ込められてしまい、自分でほどこうにもほどけず。
「由隆くん、大丈夫?」
「ああ、そんなにきつくないし」
「由隆お兄ちゃん、網袋に入ったいよかん状態になってるぅ」
麗菜にくすくす笑われてしまう。
「あやとりの紐がまるで意思を持っているかのような動きでしたね」
光帆は紐に感心しているようだ。
「紐で拘束されてる由隆お兄さんも、なんかいいねえ。漫画のネタに」
絵美理はにやりと笑い、携帯電話のカメラに収めた。
「絵美理ちゃん、撮るなよ」
由隆は迷惑顔だ。
「パキュラモちゃん、由隆くんをほどいてあげて」
千陽に困惑顔で言われ、
「ごめんなさいユタカさん、すぐにほどきますね」
パキュラモは紐のとある箇所をぐいっと引っ張る。
すると由隆の体から全ての紐の結び目がほどけた。
「このあやとりもすごい科学技術が使われてるんだね。パキュラモお姉ちゃん、あたしにもやらせてー」
「これはアタシが編み出した技だから、何百回も練習しないと出来ないと思うよ」
「パキュラモお姉ちゃんオリジナルの技かぁ。すっごーい!」
麗菜のパキュラモに対する尊敬度が上がったようだ。
「最近はこういうので一度も遊んだことない子どもも多いらしい。俺もそんなに遊んだ記憶はないな」
「日本で昔のおもちゃと呼ばれるものも、イハマーニ王国では現代のおもちゃだけどね。ユタカさんは、水鉄砲の早撃ちは得意ですか?」
「どうだろう? 早撃ちなんて俺やったことないから分からないな」
「では、ユタカさんは水鉄砲で早撃ちの練習をして下さい」
「えっ、練習しなきゃいけないのか?」
「はい、NIA団には早撃ちの名手も大勢いますし、ユタカさんは男の子ですし」
パキュラモはそう伝えながら水鉄砲を手渡そうとしてくる。
「由隆お兄ちゃん、あたしと今から水鉄砲で戦おう!」
麗菜からも強く誘われたが、
「小学生じゃあるまいし」
由隆は全くやる気なしだ。
「ユタカさん、日本の存亡がかかってるんですよ」
パキュラモににこやかな表情で伝えられ、
「その言うわりに深刻な感じじゃなさそうなんだけど」
由隆は呆れ気味にこう意見する。
「由隆お兄さん、麗菜と水鉄砲で遊んであげなよ。由隆お兄さんも小学校の頃はよく遊んでたじゃん」
「確かにな。しょうがない。やってあげる」
「やったぁ!」
「よかったね麗菜。ねえパキュラモちゃん、NIA団が来るのは明後日だから、明日はみんなでエミフルとかに遊びに行こう。パキュラモちゃんを案内してあげたいし」
「お気遣い、ありがとうございますチヒロさん。明日は一日中訓練をした方がいいと思うけど、せっかくの機会だし、明日は思う存分遊ぶよ。でも帰ってから最低二時間は訓練しましょう」
パキュラモは後ろめたく思いながらも、大いに喜んでいる様子。
「みんな、悪いんだけど俺、明日は慶作んちで一緒にテレビゲームする予定だから」
由隆は申し訳なさそうに伝える。
「由隆くん、そんな体に悪いことせずに。私達と遊んだ方が絶対楽しいよ」
「由隆さん、わたし達と付き合った方が絶対充実した休日を送れますよ」
「由隆お兄ちゃんもいっしょに遊ぼうよ」
「由隆お兄さん、お願ぁい! 由隆お兄さんがいてくれればナンパ対策と荷物対策にもなるけん」
「ユタカさん、いっしょに遊びましょうよぅ」
けれども他のみんなから見つめられ強くお願いされると、
「仕方ない」
由隆は断り切れなかった。しぶしぶ慶作の携帯にキャンセルの連絡をする。
『あらら、残念ですが越智さんからの誘いなら断るわけにはいきませんね。ぜひ楽しんで来て下さいませー』
慶作は同情してくれたようだ。
(確かにショッピング巡りの方が楽しいかもな)
由隆はこの選択で良かったなと思いながら電話を切った。
「あたし、今日の部活でこれ作ったの。これも武器に使えるよ」
麗菜は手提げポーチからとある手作りおもちゃを取り出した。
「パチンコだ。私、久し振りに見たよ」
「小学生の頃に図工の授業で作ったね。懐かしいな」
千陽と光帆は興味深そうに眺める。
Y字型の木の枝にゴム紐が結ばれた、手作りらしい単純な構造をしていた。
「これは、ヨーヨー並みの強い武器!」
パキュラモは興味津々だ。
「パキュラモお姉ちゃんもこれ、知ってるの?」
「うん、イハマーニ王国ではヤシの実を落とすのに重宝されてるよ」
「そうなんだ。さすが熱帯だね。部活の時は紙くずを当てて空き缶にぶつけて遊んだよ」
「これを使えば、NIA団のやつらを一網打尽に出来そう」
「でも連射には不利じゃろう」
絵美理はすかさず欠点を指摘した。
「パキュラモお姉ちゃん、パチンコは人に向けて打ったら絶対ダメなんだよ」
「冗談、冗談。人には当てないよ。あの、皆さん、NIA団のやつらはおそらくドリアン攻撃も仕掛けてくると思います! 皆さんこれで耐性を付けて下さい」
パキュラモはそう伝えて、ドリアンの絵が描かれたにおい袋を取り出すとすぐに開けた。
途端にドリアンの強烈な香りが千陽の部屋中に漂う。
「マシュマロのよりも臭い」
「こりゃ強烈だな」
千陽と由隆は思わず腕で鼻と口を押さえる。
「ドリアン成分百パーセントですから。これの臭さを亀○人としたらドリアンマシュマロはミスターサ○ンですよ」
パキュラモもわりときつそうにしていた。
「ものすごーくくさいけど、耐えれなきゃNIA団に勝てないよね」
「これに耐えてこそ、武士道精神の日本人じゃろ」
「つらいですが、頑張らなきゃ」
それでも麗菜と絵美理と光帆は息を大きく吸い込み、においを存分に受け入れる。
「そのうち慣れるかな?」
「いや、俺は慣れないと思う」
千陽と由隆もついに鼻と口から腕を離し、においを受け入れることにした。
このあといよいよ、由隆と麗菜による水鉄砲戦が始まる。
戦いの舞台は、越智宅の裏庭だ。他のみんなもドリアン臭くなってしまった千陽のお部屋を出て、すぐ近くで観戦することに。
「由隆お兄ちゃん、くらえぇっ!」
麗菜は楽しそうに水鉄砲の引き金を引く。
「……」
由隆は顔に直撃を食らうも、反撃する気にはなれなかった。
「由隆くん、小学校の頃みたいにもっと楽しそうにやらなきゃ」
「いや、高校生が水鉄砲ではしゃぎ回るっておかしいだろ?」
「由隆お兄ちゃん、あたしを攻撃してみて」
「分かった、分かった」
由隆はやる気なさそうにしながらも、ついに引き金を引いた。
「由隆お兄ちゃん、動作遅いよ」
けれども麗菜にサッとかわされてしまう。
「麗菜ちゃん反射神経いいな」
由隆が感心したその直後、
「由隆お兄さん、それーっ」
「うわっ!」
由隆の背中がずぶ濡れに。
絵美理が彼の背後から水風船を投げたのだ。
「由隆お兄さんも水風船でワタシを攻撃してみて」
「いや、なんかそんな気になれんな。水風船も小学生の遊びだし」
「ユタカさん、そんな心構えじゃ戦闘本番で痛い目に遭いますよ」
パキュラモは微笑み顔で忠告する。
「当日本当にやばくなったら本気出すから」
由隆は余裕の心構えのようだ。
「由隆くんは本番に強いタイプだからきっと大丈夫だよ」
千陽はそんな考えである。
「由隆お兄ちゃん、くらえっ! 水風船爆弾五連発!」
「由隆お兄さん、やり返さないとどんどん攻撃しますよ」
「べつに俺そんなにダメージ食らってないし」
そのあと由隆は麗菜と絵美理から水風船攻撃を何度か食らわされた。けれどもやり返そうという気にはなれなかったようだ。
「麗菜も絵美理もやり過ぎはダメだよ」
「由隆さんも頑張れー」
「ユタカさん、一発くらい投げてあげて」
千陽と光帆とパキュラモは縁側に腰掛け、折り紙で鶴やカニやキツネやカラスなどを折って遊びながら、その様子を微笑ましく眺めていた。
「麗菜、よかったわね。由隆ちゃんと遊んでもらえて」
「由隆お兄さん、これならどうだ」
絵美理は由隆の後ろ首襟をつかみ水風船を隙間から入れ、さらに背中をぽんっと押す。
「つめたぁっ! 絵美理ちゃん、背中に直接突っ込むなよ」
当然のように割れ、彼の背中はずぶ濡れに。
「由隆お兄さん、そろそろやり返したら?」
絵美理は大きめの水風船を一つ、由隆に手渡した。
「さっきのは俺もいらっとしたからな、よぉし、絵美理ちゃん思いっ切り投げてやる」
由隆は水風船を投げるしぐさをとった。
「きゃぁ、由隆お兄さん怖ぁい。犯されちゃう」
絵美理はてへっと笑いながら由隆に背を向け逃げる。
「それっ!」
由隆はついに投げた。
しかし次の瞬間、飛んでいる水風船に何かが当たり上空へ弾き飛ばされてしまった。
「由隆お兄ちゃん、すごいでしょう?」
麗菜が水風船を狙ってプラスチック製のヨーヨーを当てたのだ。
「うん、俺、思いっ切り投げてかなりスピード出てたのに命中させたからな」
由隆はちょっぴり悔しそうに褒めてあげた。
その矢先、
「んわぁっ!」
弾き飛ばされた水風船が由隆の頭上を直撃し破裂する。
「麗菜、ナイス♪」
絵美理はグッジョブの指サインをとった。
「麗菜ちゃん、ここまで狙ってやったのか?」
全身ずぶ濡れにされた由隆は、苦笑いを浮かべて問いかけた。
「うん! 狙ったのーっ!」
麗菜は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに答える。
「レイナちゃん、めっちゃ上手いね。NIA団戦でもじゅうぶん対応出来るよ」
「麗菜さん、見事なコントロールでしたね」
パキュラモと光帆は折り紙の手を止めてパチパチ拍手。
「麗菜、ヨーヨーをあんなに自在に操るなんてすごいよ。ん? きゃっ、きゃぁっ!」
千陽も拍手を交えて褒めていると、突然口をあんぐり開け、甲高い悲鳴を上げた。
「千陽ちゃん、どうした?」
由隆は少し心配そうに問いかけた。
「由隆くん、蛾が、私の鼻にとまったの。とって、とってぇ~」
「千陽お姉さん、相変わらずオーバーリアクション過ぎ」
絵美理はにこっと微笑み、そっと掴み取ってあげた。
「私、昔からよく虫に襲われるの」
「千陽さんには虫さんを惹きつける魅力があるってことですね」
光帆はくすくす微笑みながら言う。
「私、虫だけはどうしても好きになれないよ」
千陽は今にも泣き出しそうな表情だった。
「千陽ちゃん、俺にもその気持ちはよく分かるよ」
由隆も同情するものの笑ってしまう。
「由隆お兄ちゃん、これあげる。牡丹のお花のところにいたよ」
「ん?」
麗菜は由隆の手のひらに何かを乗っけて来た。
「うわっ!」
ぬめっとした感触がじかに伝わり、由隆は慌てて地面に投げ捨てる。
カタツムリだった。
「投げたらダメだよ由隆お兄ちゃん。殻が割れちゃう」
「いきなり渡されたからしょうがないだろ」
由隆は迷惑顔だ。
「由隆お兄さんも虫怖いんじゃん」
絵美理はくすっと笑う。
「怖くはないけど」
由隆はやや顔をしかめた。
「カタツムリは私大好きだよ。羽がある昆虫さんは高速でびゅんって飛んでくるのがダメ」
千陽はにっこり笑顔で打ち明ける。
「チヒロさん、NIA団員には昆虫大好きな子もいるから、昆虫攻撃を仕掛けてくるかもしれませんよ」
パキュラモはにやついた表情で警告してくる。
「嫌だなぁ」
千陽は暗い気分に陥った。
※
由隆と光帆は自宅へ帰り、三姉妹とパキュラモは絵美理&麗菜のお部屋へ。
四人いっしょに一時間ほどテレビゲームを楽しんで夜十時半頃。千陽はパキュラモを連れ、自室へ戻った。
「まだにおい消えてないね。窓開けてたのに。あの、パキュラモちゃん。ジャスミンの香りのスプレーでドリアンのにおい消して欲しいな」
「あのスプレーは使い切っちゃってもうないの。そのうち自然に消えますから」
「……お布団もドリアン臭くなっちゃってる」




