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第一話 俺の部屋にある日突然、抹茶色髪の不思議な少女が侵入して来た

「ぅおわぁっ!! だっ、誰だよおまえ?」

四月下旬のある木曜日の夕方五時頃。

いで湯と城と文学のまち、愛媛県松山市内の閑静な住宅街で暮らす、高校一年生の兵頭由隆は自室の机に向かって数学の宿題に励んでいる最中、びっくり仰天してイスから転げ落ちそうになった。 

 机すぐ横の窓から、見知らぬ少女が身を乗り出してこのお部屋を覗き込んで来たのだ。

中学生くらいに見え、面長でぱっちりとした鳶色の瞳。褐色の肌が南国育ちっぽさを漂わせ、抹茶色の髪をハイビスカスの白いお花付きリボンでお団子風に括っているのも特徴的だった。服装は紺地にカラフルな鳥の刺繍が施された長袖セーターと花柄ミニ巻きスカート。黒のニーソックスも穿いていることが分かった。大きなリュックを背負い左手にトロピカルなデザインのトートバッグを持ち、右手にはなぜか〝けん玉〟を持っていた。

仄かにパイナップルの香りもしたその少女は、バナナ色のスニーカーを穿いたままずかずか入り込んでくるや、 

「はじめまして、日本のお方。アタシ、イハマーニ王国からやって来ました、パキュラモと申します。十三歳です」

 爽やかな笑顔&明るい声で自己紹介して、ぺこんと一礼した。

「イハマーニ王国って何だよ? きみが考えた架空の国か?」

「いえいえ、実在する国ですよ」

「そんな国、聞いたことないな」

 由隆が戸惑った様子でこう呟いた、その直後。

 トッ、トッ、トッ、トッと階段を駆け上げる音が聞こえて来た。

「あの、しばらくここに隠れてて! 座った状態で」

「えっ? ちょっ、ちょっと待って。あなたにお知らせしたい日本の平和を揺るがす非常に重要なことが、きゃぁんっ!」

由隆は大慌てでパキュラモと名乗った少女の腕を掴んで引っ張り、もう一つの窓からベランダへ追い出す。窓を閉め鍵を掛け、外が見えぬようカーテンもしっかり閉じた。

その約二秒後、ノックもなしにカチャリと扉が開かれ、

「由隆お兄さん、ワタシ新作マンガ描いたんよ。読ませてあげる♪」

絵美理えみりちゃん、またしょうもないマンガ描いたのか」

 絵美理という丸顔丸眼鏡、ボサッとしたポニーテールな女の子に勝手に押し入られてしまった。由隆は何事もなかったかのように冷静に対応する。

「今度のは絶対面白いけんっ! 同じ部活の子にも最終候補まであと一歩ってとこまでは確実に行けるって絶賛されたんよ。試しに読んでみなって」

「今忙しいし、たとえ暇だったとしても絵美理ちゃんの描いたマンガを読む気はしないな」

この子は由隆の妹、ではなくお隣に住む越智家三姉妹の次女だ。ちなみに中学二年生。

「まあまあそう言わずに。最初の三十一ページだけでも」

「ようするに、全部読めってことだろ」

「さっすが由隆お兄さん、勘が鋭い。かわいい女の子のエッチな描写も満載なんよ」

「だからこそ読む気がしないんだって」

「もう、本当は読みたいくせに。今度の主人公の男の子はね、エッチなことを考えるとドリアンの悪臭を解き放っちゃう特殊能力を持ってて」

「ドリアンを悪臭扱いするのは、東南アジアの人達に失礼だろ」

マンガ原稿の束を目の前にかざされ、由隆が困っていると、

「絵美理、由隆くんにエッチ過ぎるマンガは見せちゃダメだよ」

 長女で由隆の同級生、おっとりのんびりとした雰囲気で、ほんのり茶色な髪を水玉のシュシュで二つ結びにしている千陽ちひろがこのお部屋に入って来て、困惑顔で注意してくれた。 

「エッチ過ぎることないと思うんじゃけど。矢○先生みたく乳首は描いとらんけん」

 絵美理が爽やかな笑顔でこう主張しながら、マンガ原稿を自分のショルダーバッグに仕舞ってほどなく、

「由隆お兄ちゃーん、漢字の宿題手伝ってぇ。同じ漢字、十回ずつ書かなきゃいけないの」

三女で花柄ダブルリボンで飾ったおかっぱ頭が可愛らしい、小学四年生の麗菜れいなも入って来た。漢字ドリルとジャポニカ漢字練習帳と筆箱を両手に抱えて。

「ダメだよ麗菜ちゃん、全部自分でやらなきゃ。テストの時に困るから」

 由隆は慣れた様子でお決まりの返事をする。宿題やってとしょっちゅう頼まれるのだ。

「面倒くさいなぁ」

 麗菜は由隆のベッドにうつ伏せになり、しぶしぶ漢字の宿題をし始めた。

みんな垢抜けなく可愛らしいこの三姉妹は、昔から兵頭宅に度々出入りしてくる。ようするに、仲の良い幼馴染同士の関係なのだ。

「麗菜ちゃん、消しゴム使ったらカスはちゃんとごみ箱に捨てといてね」

「はーい」

「麗菜、由隆くんのお勉強の邪魔をし過ぎちゃダメだよ。絵美理もね」

「分かってるって千陽お姉さん」 

(パキュラモとか言ってた女の子、今のとこ大人しくしてくれてるみたいだけど、入って来ないよな?)

 由隆は今、その不安で頭がいっぱいだった。シャーペンを握ったまま固まってしまう。

「由隆くん、この問題分からないの?」

 千陽は心配そうに覗き込んで来た。

「あっ、いや、ちょっと考え事してて」

「由隆お兄さん、ワタシの自作マンガが気になるんじゃろ?」

「それは違うって」

 由隆が迷惑そうに否定したのとほぼ同じタイミングで、

「やっと終わったぁ。四年生で習う漢字は難しいよ」

麗菜は宿題を済ませたようだ。鉛筆と消しゴムを筆箱に片付けると、

「由隆お兄ちゃん、このゲームで遊ぶね」

 ベッド下の収納ケースから由隆所有のアクション系テレビゲーム用ソフトを取り出した。

「麗菜ちゃん、俺はまだ宿題中だからやめて欲しいな」

 由隆は因数分解の問題を解きながらそう訴えるも、

「静かにやるからー」

 麗菜はお構いなしにゲーム機本体にセットし、電源を入れる。

「由隆お兄さん、宿題はあとでも出来るじゃろ」

 絵美理はこう主張して、麗菜といっしょにプレイし始めてしまった。

「千陽ちゃん、何か言ってやって」

「麗菜、絵美理、もう少し音下げなきゃダメだよ」

「結局やらせるのか」

「だって私もちょっと遊びたいし」

「おいおい」

 やばい、長居されてしまう。

由隆が心の中でそう心配していると、ピンポーンと玄関チャイム音が聞こえて来た。

「こんばんはー、先ほど千陽さんちへ寄ったんですけど、由隆さんちへお邪魔していると聞いて」

 続けてこんなのんびりとした声も。

光帆みつほちゃんだ。いらっしゃーい」

 千陽の幼稚園時代からの幼友達、今同じクラスの二宮光帆だった。

「光帆お姉ちゃん、おいでおいでー」

「光帆お姉さん、お久し振りぃーっ!」

三姉妹は一旦廊下に出て、階段の所から叫んで快く歓迎する。

「ここ、俺の部屋なんだけどな」

 なんでこんな時に限って珍しく二宮さんまで遊びに来ちゃうんだよ。

そんな心境で迷惑がる由隆に構わず、

「こんばんは」

光帆もこのお部屋へお邪魔した。背丈は千陽や絵美理よりちょっと小さい一五五センチくらい。四角顔で細めの一文字眉、四角い眼鏡をかけ、ほんのり茶色がかった黒髪をショートボブにしている。見た目そんなに賢そうな感じの子ではないが、学力テストの成績は中学時代常に学年トップクラスだった。由隆達の通う県立松山城修じょうしゅう高校は東大・京大に毎年現役合格者を出す県内指折りの進学校だが、その学校の新入生テストでも総合三位を取った正真正銘の優等生なのだ。

「今日発売された『駆け回ろうよ動物の国3』、みんなでいっしょにプレイしましょう」

 そんな光帆は、鞄からそのテレビゲームソフトの箱を取り出し誘ってくる。

「いいねえ光帆お姉ちゃん、やろう、やろう!」

「光帆お姉さん、もうゲットしたんだ」

「新シリーズのもすごく面白そうだね」

 三姉妹はそれに興味津々。

「あの、二宮さん、俺の部屋占領されて困ってるんだけど……」

 由隆は苦笑いを浮かべて訴えるも、

「三〇分だけでやめますから」

 光帆は爽やか笑顔でこう言い訳して由隆のベッドに腰掛け、プレイし始めてしまった。

「ごめんね由隆くん、私もこれすごくプレイしたいの」

 千陽は申し訳なさそうにしつつも、楽しそうにコントローラを操作する。

「光帆お姉ちゃん、あたしが村長やりたーい」

「もちろんいいですよ」

「やったぁっ! プレイヤー名何にしようかな?」

「同じクラスの好きな男の子の名前にしたらいいじゃん」

「絵美理お姉ちゃん、そんな子いないよ」

 麗菜と絵美理は由隆に気遣うことなくゲームに夢中だ。

「あの、もう少し音小さくしてね」

 大音量BGMの中、

(きっと三〇分じゃ終わってくれないだろうな。パキュラモちゃん、この子達が帰るまで大人しくしててくれよ。というよりいなくなってて欲しい。むしろ夢であって欲しい)

由隆はそう願いながら心臓をバクバクさせ、引き続き数学の宿題に取り組んでいると、

「ユタカとかいう男の子、なんとも羨ましい状況ですねー」

 ベランダ、ではなく机すぐ横の窓の外からあの子の声が聞こえて来てしまった。

(ベランダから移動したのか!?)

 その瞬間、由隆はびくっと反応。背中からつーっと冷や汗も流れ出た。

「何? 今の声? 絵美理か麗菜か光帆ちゃんが言った?」

「いや、ワタシは言ってないよ」

「あたしもー」

「わたしも違いますよ」

 三姉妹と光帆は不審に思い、周囲をきょろきょろ見渡す。

 次の瞬間、

「うわぁっ! 誰だあれ?」

 由隆は怪しまれないように、初めて姿を見たような驚きの反応をした。

「えぇっ!」

「誰なのでしょうか? あの子は」

「おう! 南国系の女の子がいるじゃん」

「びっくりしたー。誰? あのお姉ちゃん」

 他の四人もほぼ同時に異変に気付く。パキュラモが初登場時と同じ屋根に通じる窓からこのお部屋に戻って来て、千陽達の目の前に姿を現してしまったのだ。

「日本の皆さん、はじめまして。アタシ、イハマーニ王国からやって来ました、パキュラモと申します。十三歳です」

 爽やかな笑顔&明るい声で由隆以外にも自己紹介して、ぺこんと一礼した。

「イハマーニ王国って何だ?」

 由隆はまたも怪しまれないような反応をする。この時彼は押入れじゃなくベランダに隠してよかったと思った。

「イハマーニ王国?」

「何かのゲームに出てくる架空の国かしら?」

「ワタシもそんな国聞いたことないよ。架空じゃろ」

 ぽかーんとなる千陽と光帆と絵美理に対し、

「イハマーニ王国ってどこにあるの?」

 麗菜は興奮気味に反応した。

「そんな国実在しないだろ」

 由隆は地図帳見開き全ての国名が載っている世界地図を確かめながら呟く。

「ゆかり王国と同じようなものかぁ。あなた、そんな脳内設定作っちゃって中二病じゃね。ワタシと同い年やけん親近感が沸くよ。どこの中学?」 

 絵美理はにやついた表情で問いかけた。

「あっ、いえ。アタシは正真正銘のイハマーニ王国民よ。通ってる中学は王立ズォズォズ中学なの」

 パキュラモが真顔でこう伝えると、

「この子めっちゃ面白ぉーい」

 絵美理はますます大笑いした。

「変な名前の学校名だね」

 麗菜もにっこり微笑む。

「イハマーニ王国はシーランド公国みたいな、国家承認されてない小国かしら?」

 光帆は冷静にこう推測する。

「はい、その通りです。イハマーニ王国は赤道近くにある島国よ」

 パキュラモはきっぱりと伝えた。

「シーランド公国はイギリス沖だけど、イハマーニ王国はどこの国の辺りなんだろ?」

 由隆が疑問を浮かべると、

「そこまでは秘密♪」

 パキュラモはこう答え、えへっと笑った。

「全く信じられんよ。イハマーニ王国なんて検索で出て来ないじゃん」

 絵美理は携帯電話のインターネット機能で調べてみた。

「ネットで検索されないから存在しないって考えは視野が狭いよ。さすが島国根性の日本人ね。アタシの国も島国だけど」

 パキュラモにくすくす笑われてしまう。

「イハマーニ王国なんてラノベとかRPGとかに出てくる架空の国なんじゃないの? ねえパキュラモちゃん、本当はどこの国出身なの? この顔つきだと、インドネシアかハワイかトンガ?」

 まだ信じていない絵美理は興味津々に問い詰める。

「アタシ、本当にイハマーニ王国からやって来たんですよ」

 パキュラモはふくれっ面で強く主張した。

「絵美理、パキュラモちゃんの言うこと、信じてあげて」

「絵美理お姉ちゃん、パキュラモお姉ちゃんは絶対イハマーニ王国民だよ」

 千陽と麗菜はすっかり信じ切っているようだ。

「千陽お姉さんと麗菜がそう言うんなら、ワタシも信じようかな。パキュラモちゃん日本語ペラペラやけん日本育ちの外国人じゃないの?」

「違うよ。日本へは今までにも家族旅行で何度か訪れたことはあるけど、イハマーニ王国にいる時の方が遥かに長いよ」

「ほうなん? けど普段から日本語で話してそうな流暢さじゃね」

「そりゃぁイハマーニ王国の公用語は日本語だもん」

 パキュラモはにこにこ微笑みながら伝える。

「マジでっ!?」

 絵美理は目を丸めた。

「日本語って、日本でしか公用語としては使われてないんじゃなかったのか?」

「ミクロネシアみたいに、かつて日本の委任統治領だったとか?」

 由隆と光帆の反応を見てパキュラモはにっこり微笑み、

「違うよ。イハマーニ王国は歴史上どこからも支配されたことがないよ。正確なことはまだ分かってないけどイハマーニ王国の起源は今から三千年ほど前、ラピタ人同士で争い事が起きた時に戦わずに逃げた人々が、太平洋の赤道近くにある無人島に移り住んだことだとされてるの。以来、二〇世紀の第二次世界大戦も終わって十数年後に至るまで、スペイン人などに発見され占領されてしまった南太平洋の他の島々とは対照的に他の地域の人々に一切気付かれることなく、独自の文化を築き上げて来たんだって」

 国の歴史を楽しそうに語り出した。

「パキュラモちゃんの考えた設定にしか思えないんじゃけど……」

 絵美理はまだ半信半疑だ。

 パキュラモはさらにやや早口で話を続ける。

「異国の情報がたくさん入って来出してから十数年後の一九七〇年七月、アタシの祖父母はイハマーニ王国を訪れた日本人から、これからの時代はイハマーニ王国に留まってないでよその世界も見た方がいい。日本はイハマーニ王国に負けないくらいとても平和な国だからまずはそこから見てみないかと勧められたそうです。祖父母は最初乗り気ではなかったのですがちょうど日本の松山でイハマーニ王国の民族舞踊、『ポピュメ』とよく似た野球拳おどりが開催されることもあり、一応見に行ってみるかという結論に至ったそうです。祖父母はさっそくパスポートを申請し、八月に専用客船で日本へ旅立ちました。野球拳おどり観覧を楽しんだ後、松山城や道後温泉などを観光して一週間ほど日本に滞在しイハマーニ王国へ帰国後、国民に習得した日本語を伝えました。アタシ達の住むイハマーニ王国は国土が狭く人口も少ないので日本語が僅か数週間で国全体に広まり、一九七五年にはイハマーニ王国の公用語となったそうです。そんなわけでイハマーニ王国の人々は、日本語をごく自然に話すことが出来るの。年配の方々ももはやイハマーニ王国独自の言葉は日常会話では使いません。祖父母ももうとっくの昔に忘れたって言ってたよ」 

「自国の言葉を捨てるのに、抵抗なかったのかしら?」

 光帆はすぐにこんな疑問が浮かんだ。

「当時のイハマーニ王国民全員、全く未練がなかったみたい。なんといっても日本語は文字の種類が無数にあり、豊かな表現が出来るからね」

「そうでしたか。確かに日本語は日本人でも知らない漢字や語句の方が遥かに多いと言うものね」

「イハマーニ王国はけっこう親日的な国みたいだな」

 由隆はかなり好印象を持ったようだ。

「はい、とっても親日的ですよ。イハマーニ王国も現在は他の地域に住む方々の観光、さらには移住も認めてるよ。ただ、それには港や空港の検問所で非常に厳しい人格審査の突破が必要なの。世界一良い治安を保つため、犯罪人、犯罪者予備軍、殺傷能力のある武器類の徹底排除をするようにしてますから。モナコもびっくりの警備体制だな」

「そんな素敵な国なら私、すごく行ってみたいよ」

「あたしもーっ! イハマーニ王国の人達とお友達になりたーい!」

「わたしも、行けるのなら行ってみたいです」

「俺もどんな国なのか気になる」

「ワタシも、行って真相を確かめたいよ」

「皆さんなら、イハマーニ王国への入国許可が下りると思うよ。人柄良さそうだし」

 パキュラモは自信を持って言う。

「そう言ってもらえて嬉しいよ。パキュラモちゃん、ワタシさっきから気になってたんだけど、そのけん玉の玉、変わった形しとるね」

 絵美理は楽しそうに話しかけた。

「玉はココナッツの硬い殻で出来てるの」

「ほうなんじゃ。南国らしい」

「イハマーニ王国の玩具や雑貨は自然の物で作られてるのが多いよ。今から皆さんにイハマーニ王国ならではの面白いものをお見せするよ」

 パキュラモはそう伝え、トートバッグから孫の手を取り出した。

「えいっ!」

 そして由隆の机上にあった黒ボールペンに向かって振りかざす。

 すると、

「えっ!!」

「うわっ、何だこのボールペン?」

「へっ! マジで? 生き物みたいになってるよ」

「うっ、嘘でしょう?」

「すっ、すっごぉい! パキュラモお姉ちゃんは魔法使いなんだね」

 信じられない変化が起きた。千陽達は我が目を疑う。

 ボールペンが独りでに動き出し、メモ用紙に文字を書き始めたのだ。

 則天去私と書き記すと、ボールペンは元あった場所へ戻って動きを止めた。

「日本人にとっては魔法に思われたみたいね。これはアタシの魔法じゃなくて、孫の手に使われてる純粋な科学技術の力よ。この孫の手にはいろんな道具を動かせる機能が付いてるの。イハマーニ王国のデパートで普通に売られてるよ。ちなみにこの孫の手はタガヤサンから作られたの」

 パキュラモは自慢げに主張する。

「ってことは、俺がやっても出来るのか?」

「もっちろん。試してみてね。振りかざすだけでいいよ」

 パキュラモは孫の手を由隆に手渡す。

「これで試してみるか」

 由隆はテレビリモコンに向かって恐る恐る振りかざしてみた。

 するとテレビに今映っているゲーム画面がボタンに一切触れていないのに普通のテレビ番組画面に切り替わった。チャンネルもいくつか勝手に切り替わり電源も勝手に切れた。

「便利な機能だけど、恐ろしくもあるな」

 由隆は苦笑いを浮かべ、感想を呟く。

「由隆お兄ちゃん、あたしにもやらせてー」

 麗菜は漢字ドリルに。

「わぁ、踊ってるぅ!」

 そうすると急に踊り出した。すぐに新出漢字【議】=会議という用語が載っているページが開かれ、それから十秒ほど経つと動きが止まってページも閉じられた。

「これ面白ぉーいっ!」

 麗菜は強い興味を示す。

「麗菜、私にもやらせてー」

 千陽は机上にあったハサミに。

「きゃっ、私の髪切っちゃダメだよ」

 その結果、千陽の頭を目掛けて振りかかって来た。千陽が注意するとハサミはぴたりと動きを止め、元あった場所に戻っていった。

「由隆お兄さんにかざしても、何も起きないよ。服が脱げて全裸になっちゃうかなぁって期待したのに」

「おいおい、絵美理ちゃん」

 絵美理に眼前に振りかざされ、由隆はちょっぴり呆れ返った。

「絵美理、由隆くんに失礼だよ」

「あいてっ」

 千陽は絵美理のおでこをペチッと叩いて注意。

「エミリちゃん、物を対象にしないと反応しないよ」

 パキュラモはにっこり笑顔で伝える。

「なんとも不思議な孫の手ですね。イハマーニ王国の科学技術力恐るべしです。あの、イハマーニ王国は独自の文明の発展を遂げて来たみたいだけど、民族も……パキュラモさんの髪って、染めてるのかしら?」

 光帆はふとこんな疑問が浮かんだ。

「はい、染めてますよ。イハマーニ王国民も髪の自然色は日本人とほとんど同じだけど、染めてる人は多いよ。イハマーニ王国の野鳥や昆虫がカラフルなのが多いから、敬意を表するような感じで」

「そうでしたか。染髪はイハマーニ王国のファッション文化なんですね」

「日本人でも髪染めてる人多いけどね。ワタシの学校にも明らかに染めてる子おるよ」

「あたしの学校にもいるぅ」

「私は高校を卒業するまでは、髪を染めるのはやめた方がいいと思うな」

「俺もそう思う。頭髪検査で引っかかるもんな。イハマーニ王国の学校では染髪については何も言われないってわけか」

「はい。むしろ推奨されてるよ。ところで、皆さんはご兄妹?」

 パキュラモが唐突にこんな質問をすると、一瞬の沈黙。

「私と絵美理と麗菜が姉妹で、由隆くんと光帆ちゃんは違うよ。お友達なの」

 千陽は冷静に伝える。

「そうでしたか。ユタカさんハーレムですね」

 パキュラモはにやりと笑った。

「……」

 由隆は返答に困ってしまう。

「まさにそうじゃろう」

 絵美理はくすくす笑う。

「ハーレムってトドが作るやつだね」

 麗菜はこんな反応だ。

「あの、パキュラモちゃんが日本にやって来たのって、観光目当てか?」

 由隆は話題を切り替えるべく、こんな質問をしてみた。

「違うよユタカさん」

 パキュラモは即否定。

「それじゃ、泥棒するためか?」

「それも違いますって。また泥棒扱いされちゃったよ。アタシ、ユタカさん宅に来る前に他に二軒お二階の窓からおじゃましたんだけど、どちらも住人の方に泥棒扱いされて警察を呼ばれそうになりましたよ」

「そりゃ、あの泥棒みたいな入り方じゃな。アメリカなら銃殺されても文句言えないだろ」

 由隆は苦笑いする。

「パキュラモちゃん、あの入り方はまずかったじゃろ」

「あんな風に入って来たら普通の人はびっくりするよ」

 絵美理と千陽はにこにこ微笑みながら指摘した。

「確かに、チャイムを鳴らして住人の承諾を得てから玄関から入るべきでしたね。ここの皆さんは寛容で幸いでした。おかげで護身用のけん玉も使わなくて済みました。なかなかいいメンバーが揃ってることだし、アタシの話も真剣に聞いてくれたことだし、よぉし、この皆さんに決めたぁっ!」

「何を決めたの?」

 パキュラモの突然の発言に、きょとーんとなる千陽。

「戦力となる仲間ですよ」

 パキュラモはすかさずきりっとした表情でそう伝えた後、一呼吸置いて、

「じつはですね、平和なイハマーニ王国に近年現れてしまった日本侵略を狙っている“日本でイタズラをして遊ぼうぜ団、略してNIAニア団”という悪いやつらが日本時間換算で今朝早く、大型潜水艦でイハマーニ王国を旅立っちゃいまして、三日後に日本のどこかに到着する予定なの。アタシは父が所有する最高時速五百キロの一人乗り高速小型ジェット機で追いかけ、やつらの乗った潜水艦を見つけることは出来、説得しようとしたんだけど潜水されてしまってなすすべなく、日本へ先回りして、やつらとの戦闘に協力してくれる有望な日本人メンバーを探すことにしたの。平和的な解決のために、皆さんの戦力が必要なのです! アタシといっしょにNIA団と戦って下さい!」

 早口調で興奮気味に説明し、こんなお願いをして来た。

「なんか、信じられんけど、本当ならなにげにやばそうだな」

「本当の話なのでしょうか?」

 由隆と光帆はぽかーんとした表情を浮かべる。

「パキュラモちゃんの自作設定じゃないの? 日本でイタズラをして遊ぼうぜ団、NIA団って、小学生が五秒で考えたようなネーミングじゃね」

 絵美理はくすっと笑った。

「由隆くん、光帆ちゃん、絵美理、極めて大変な事態だよ」

「これは日本の危機だね」

 千陽と麗菜はすっかり信用し、深刻に捕らえているようだ。

「ユタカさんにミツホさんにエミリちゃん、本当の話ですよ」

 パキュラモは真顔で伝えた。

「そうなのか? NIA団とかいうやつらは、なんで日本を狙ってるんだ?」

 由隆は訝しげにしながら冷静に質問してみる。

「話は少し長くなるけど、NIA団が現れてしまった経緯から説明するね。争い事を好まず、とても温厚な人々によって築かれたイハマーニ王国は、戦争も殺人・傷害行為も窃盗も過去に遡っても存在しないとても平和な国だったんだけど、アタシ達イハマーニ王国民が手軽に日本旅行を楽しめるようになり、日本の情報をたくさん得られるようになった昨今、窃盗、器物損壊などの非行に走る輩も生まれてしまったわけです。イハマーニ王国は日本と比べたら平和過ぎて地形も気候も単純で刺激がないとかって理由で。そんな考えの仲間が集まって、NIA団という悪の組織を作ったわけなの。NIA団のやつらは自然環境、治安、エンターテインメントに関して、スリル満ち溢れた環境に恵まれた日本に住んでるやつらが羨ましいということで、日本人を妬んでるみたい。その中でも特に松山市民は民族舞踊『ポピュメ』をパクッたってことで一番気に食わないみたいなの。そんなわけでアタシ、一番襲撃される可能性の高い松山市にやって来たってわけなんだ」

 パキュラモは苦笑いで伝える。

「なんとも身勝手な言いがかりだな。野球拳おどりがポピュメとかいうののパクリなんてあり得ないだろ。二〇世紀半ばまで異国文化との接触はなかったみたいだし。俺からすれば社会情勢的には日本よりイハマーニ王国の方がずっと恵まれてると思うんだけど、平穏な日常でずっと過ごしてたら、危険な目に巻き込まれることに憧れるのかな?」

 由隆はNIA団員に少し同情してしまったようだ。

「日本よりアメリカとかの方がスリルあるんじゃないの?」

 絵美理は疑問に思う。

「日本以外の地域は言葉が通じないということで、スルーしてるみたい」

 パキュラモは苦笑いで伝える。

「パキュラモちゃん、私、闘いなんて怖くて出来ないよ」

 千陽はやや怯えた様子で伝えた。

「わたし達の力じゃ、何も役に立てないと思うのですが。日本人よりも科学技術力が高度でしょうし」

「俺達じゃなくて、軍隊か武道派の人間に頼んだ方が良くないか?」

「いや、そんなのに頼んだらNIA団のやつらがかわいそうで。なんてったってやつらは“平均年齢十歳くらいのガキ”ですから。殺傷能力のある銃や爆弾を使うことはしてこないだろうし、あなた達日本人の戦いの素人でも勝てるはずです!」

「なぁんだ。ガキ大将みたいなものか。それなら簡単そうだな」

「やっぱ子どもの集団かぁ。日本でイタズラをして遊ぼうぜ、略してNIA団ってネーミングからして思った通りじゃ♪」

「しかも俳句っぽく五七五になっていますね。NIA団の子達は本当は松山が好きなんじゃないかしら。暴力を一切使わずに説得出来そうですね」

 由隆と絵美理と光帆は安堵しているようだ。

「悪い子達にはめっ! ってきつーく注意してあげなきゃダメだね」

 麗菜は襲来を楽しみにしている様子。

「それでも私は心配だなぁ」

「千陽さん、協力してあげましょう!」

 光帆は尚も不安がる千陽の両肩をぽんっと叩き、爽やかな笑顔で説得する。

「……うっ、うん。分かった」

 千陽は困惑しながらも、すぐに承諾の返事をしてあげた。

「皆さん協力してくれるようで嬉しいですっ! アタシ一人の力じゃきっと太刀打ち出来ないので」

 パキュラモの表情が綻ぶ。

「あの、パキュラモちゃん、イハマーニ王国のお巡りさんや自衛隊には頼まなかったの?」

 千陽が問いかけると、

「イハマーニ王国は平和ゆえに、そういう組織は存在しないんだ」

 パキュラモは爽やかな笑顔で伝えた。

「……そうなんだ。私達でなんとかするしかないんだね」

 千陽はちょっぴり憂鬱な気分になる。

「真の平和国家だな。NIA団は三日後に来るわけか。ガキ相手とはいえ、それまでに何か対策した方がいいよな?」

 由隆が問いかけると、

「はい。そんなわけでこれから三日間、あなた達の側に寄り添って戦闘術などいろいろアドバイスしたいので、チヒロさん達宅かユタカさん宅かミツホさん宅で、アタシをホームステイさせて下さい」

 パキュラモは唐突にこんなことをお願いして来た。

「俺んちは無理だな」

「わたしんちもちょっと……」

 突然のことに、由隆と光帆は困ってしまう。

「私は構わないけど、お父さんとお母さんに相談しないと」

 千陽もこんな意見だ。

「パキュラモちゃんみたいな子だったら、きっといいって言ってくれるじゃろ」

「パパとママは、パキュラモお姉ちゃんを絶対受け入れてくれるよ」

 絵美理と麗菜はパキュラモを安心させるようにこう主張した。

「あの、チヒロさん達、ご家族の方々にはアタシはインドネシアからの留学生であるとお伝え下さい。イハマーニ王国からやって来たと伝えると、不審なお顔をされると思うので」

「確かにその方がいいかも。パキュラモちゃん、イハマーニ王国の風景写真は持ってないのかな?」

「あるよチヒロさん。皆さんにイハマーニ王国の中の風景写真、見せてあげる♪」

 パキュラモはリュックから分厚いアルバム冊子を一冊取り出した。

「これはパキュラモちゃんの住んでる街かな?」

 捲って最初のページに出て来た写真を見て、千陽が質問する。

「はい、イハマーニ王国首都ナウケミカの街並みよ」

「そうなんだ。高層ビルは全然ないけどわりと都会だね。看板が日本語で日本の街みたい」

「お寺や神社っぽいのもあるじゃん」

「でも街路樹にヤシの木やバナナの木が生えてるのはいかにも南国だな。影が短いのも」

「市場も美味しそうなフルーツがいっぱいで南国っぽいね。パキュラモお姉ちゃん、このパイナップルの隣に写ってるの、じゃがいも?」

「それはロンコンよ。日本じゃお目にかかれないかな? 甘酸っぱくて超美味しいよ」

「へぇ。あたし食べてみたいな」

「この写真に写ってるランブータンとスターフルーツもとても美味しそう。わたし南国系のフルーツ大好きですよ」

「さすが南国。松山城っぽい建物もあるじゃん」

「松山城をモデルに造られた物だから、似ていて当然かも。それはアタシのおウチなの」

「すっごーい。とっても立派なおウチに住んでるんじゃね。ひょっとしてパキュラモちゃんは、イハマーニ王国のお姫様とか?」

 絵美理は羨ましがり、こんな質問をする。

「近いです。アタシ、国王の娘ですから」

 パキュラモがさらっと答えると、

「おううう、高貴なお方なんじゃね」

「パキュラモお姉ちゃんのおウチ、大金持ちなんだね」

「私達、凄い良家のお方と出会ったんだね」

「パキュラモさんって、お嬢様育ちだったのね」

「俺らとは身分が違うな」

 絵美理達は途端に恐縮してしまった。

「いえいえ、全くそんなことないよ。イハマーニ王国では国民皆平等の観点から身分の差は無いに等しいので。国王といっても、他のイハマーニ王国民と生活水準はほとんど同じなの。日本やその他諸外国みたいに職業の違いによる時給の差もありませんから。家族構成や労働時間の違い、勤続年数・年齢を得る毎に国民労働者一律に時給が上がっていくこともあり、世帯所得の差はどうしても出てしまいますが、世帯年収五億ダミナカ未満のご家庭には年度末毎に不足分が補われるので、世界の中で所得格差の少ないといわれる日本と比べても差は遥かに少ないよ」

 パキュラモは謙遜気味に説明する。

「ジニ係数が限りなく0に近いってことか。理想的な社会が築かれてるんだな」

「小さな島国だからこそ実現出来たことだと思うけど、日本、さらには諸外国もイハマーニ王国の社会制度を見習わなきゃいけないね」

「ワタシも千陽お姉さんの意見に同意じゃ」

「国民全員がお金持ちって最高の国だね。あたしこのおウチ住んでみたいな」

「イハマーニ王国のお金の単位って、ダミナカみたいだけど、1ダミナカは何円くらいなのかしら?」

 光帆は気になって質問してみる。

「1ダミナカ0.01円くらいかな? 物価は日本の七分の一くらいよ。イハマーニ王国のお金、見せてあげる」

 パキュラモはトートバッグの中から財布を取り出し、硬貨と紙幣をいくつか出した。

「このお金、石で出来てるぅ!」

 麗菜は丸っこい千ダミナカ硬貨と、四角っこい五百ダミナカ硬貨を手に掴んで嬉しそうに観察した。

「南の島らしいな。けっこう重い」

「日本の硬貨より少し大きめね」

 由隆と光帆も手に取って眺めてみた。

「お札、みんな日本人じゃ」

「俳句でお馴染みの人達ばかりだね。しかも松山にゆかりのある」

 絵美理と千陽は微笑み顔で突っ込む。十万ダミナカ札の肖像が正岡子規、五万ダミナカ札が高浜虚子、一万ダミナカ札が種田山頭火だったのだ。

「そりゃぁ親日国だもの。最高額の五百万ダミナカ札には手塚治虫さん、百万ダミナカ札には宮沢賢治さん、五十万ダミナカ札には夏目漱石さんや河東碧梧桐さんや大江健三郎さん、五千ダミナカ札には芥川龍之介さんや中村草田男さんが使われてるよ。昔は五千ダミナカ以上は葉っぱや貝殻のお金だったんだけど、一九九〇年代初めにはこのタイプになったみたい。でもこのお金、日本へ来てから銀行や郵便局で日本円に両替しようと思ったのに、出来なかったの。おもちゃのお金だって銀行員や郵便局員のお姉さんに言われて」

パキュラモはやや落胆した様子だ。

「イハマーニ王国以外の世界中どこも使われてないお金だから、外貨両替は無理なんじゃないかしら」

 光帆は苦笑いしながら意見した。

「言われてみれば、そうだよね。国家承認されてない国のお金だし。イハマーニ王国の銀行と郵便局では日本円に変えれるからそこでして来ればよかったよ」

 パキュラモは残念そうに硬貨と紙幣を財布にしまった。

「パキュラモさん、一つ学べましたね。あらっ、イハマーニ王国には、富士山みたいな形の山もあるのですね」

 光帆はその写真を見て感心気味に呟く。

「そちらの写真に写っているのはイハマーニ王国の最高峰、標高九六八メートルのワッカナータさんなの。形は似てるけど日本の最高峰、富士山の四分の一程度しかないよ。雪も当然降らないな。イハマーニ王国は日本に比べるととても小さく常夏なので仕方の無いことだけど、大自然の織り成す造形美は日本のと比べるとかなり見劣りしちゃうな」

「けど日本にはないジャングルがあるじゃん。おう、トラが写ってる。日本じゃ野生では出会えないよ」

「ワニもいるぅ! パキュラモお姉ちゃん、これはイリエワニだよね?」

「その通りよレイナちゃん」

「ニシキヘビもいるのか。世界一の治安の良さでも、ジャングルはやっぱ危険動物がいっぱいなんだな」

「いえいえユタカさん、イハマーニ王国のジャングルは楽園よ。イハマーニ王国に生息するヘビやトラやワニ、近海に住むサメなんかも、みんな大人しくて草食性よ。人を襲うことなんてないよ。イハマーニ王国の子ども達は川遊びする時イリエワニの背中に乗って滑り台みたいにして楽しんでるよ。トラの背中にも乗って遊んでるなぁ」

「楽しそう。あたしも乗ってみたぁーい!」

「私もー」

「ワタシも乗ってみたいよ。ファンタジー世界の主人公気分が味わえそうやけん」

 三姉妹は羨ましがった。

「普通のイリエワニやトラでそんなことしたら食い殺されちゃうだろ。イハマーニ王国では危険動物とされてるのまで温厚なのか?」

 由隆は驚いた様子で呟く。

「本来危険な動物もイハマーニ島ではなぜか温厚になっちゃってるから、イリエワニとかイハマーニ島以外で見かけたら近寄ってはいけない動物一覧をパスポートセンターとかに提示して、国民に注意を促してるよ」

「獰猛な動物を他の地域からイハマーニ島に連れて来ても、温厚になるのかしら?」

「そうみたいよ。実際試しに獰猛なイリエワニをジャワ島から連れて来たら、日を追うごとにどんどん温厚になってったし。植物も人間にとって危険なのは生えてないな」

「素敵な島ですね。あの、パキュラモさん、すごく気になったんだけど、パキュラモさんの乗って来たジェット機ってどこにとめてあるのかしら?」

 光帆が知りたそうに尋ねると、

「ここよ」

 パキュラモは自分のリュックを指し示した。

「えっ!? そこ!!」「小さ過ぎじゃろ!」

 あっと驚いた光帆と絵美理に、

「ユタカさん宅の屋根に降り立ったあと、コンパクトにしちゃいました」

 パキュラモはすかさず爽やかな表情で説明を加える。

「いくら小型でもそこまで小さく折り畳めるジェット機って、いったいどんなんだよ?」

「私もすごく気になるぅ」

「あたしもーっ。早く見せて、見せてーっ!」

由隆と千陽と麗菜もちょっぴり疑った。

「ではお見せしますね」

 パキュラモが出し惜しみすることなくリュックから取り出すと、

「この形、ドラゴンフルーツそのものですね」

「本当だ。そっくりー。ドラゴンフルーツの香りもしっかりするね。食べれそう」

「ユニークな形だな。翼もないし、ジェット機に全く見えない」

「パキュラモお姉ちゃん、これ本当にジェット機なの? ドラゴンフルーツでしょ?」

「もろにドラゴンフルーツじゃん。パキュラモちゃん、出し間違えたんじゃないの?」

 光帆達は思わず笑ってしまった。

 赤い果皮にいくつかの緑の突起物、本当にドラゴンフルーツの形そのものだった。

「やはりジェット機とは思われませんでしたか。このお部屋の広さなら大丈夫そうだから拡大させるね」

 パキュラモは緑の突起部分の一つを指でつまんだ。すると瞬く間に膨らんでいき、ついには高さが一七〇センチくらいまでになった。

「パキュラモお姉ちゃんのドラゴンフルーツ、すごーい」

「本当に、一人が乗れるようなサイズになったね」

「こりゃ増えるワカメちゃんの比じゃないじゃろ」

「ますます不思議な原理ですね」

「これも科学技術なのか?」

 由隆が驚き顔で質問した。

「はい、純粋な科学技術ですよ。イハマーニ王国の理工系の技術者さんに作ってもらいました。ステルス機能と防御機能もすごいよ。飛行中はレーダーに感知されないどころか、人の目にも映らないの。雷が直撃しても、F5クラスの竜巻や猛烈な台風に巻き込まれても、隕石が衝突してもミサイルを打ち込まれても全くの無傷なくらい頑丈よ。皆さん、ぜひ中も見てみて」

 パキュラモはそう勧めると、外壁の緑の突起部分に右手五本の指を掛け、みかんの皮を剥くような動作をした。すると船内の様子が露になった。どうやら出入口扉らしい。

 全員が入れるほど広くないので、みんな船外から覗くことにした。

「畳敷きの和室じゃ」

「ますますジェット機っぽくないよな」

「私のイメージと全然違うよ」

「パキュラモお姉ちゃん、これ本当にジェット機なんだよね?」

「座布団とちゃぶ台も付いてて、とても落ち着けそうですね。勉強部屋にも最適そう。あの障子の中は?」

 光帆は気になって質問してみる。

「おトイレよ」

 パキュラモは即答した。

「そうでしたか。長旅だと必要だものね。操縦室かとも思いましたが、操縦する場所はどこにあるのかしら?」

 光帆は内部をさらに注意深く観察する。

「このジェット機は地球上の行きたい場所の緯度・経度を入力して、スイッチを押せば自動運転してくれるから操縦する必要がないよ。イハマーニ王国の人々は日本人のマイカーみたいな感覚で船やジェット機を所有して、日本人が国内旅行をするような感覚で世界中を旅行してるの」

「そうでしたか。世界中を自由に行き来出来るっていうのは羨まし過ぎるわ」

「ど○でもドアの時間がかかるバージョンだね」

 麗菜は笑顔で呟く。

「みんな燃料を見たらきっともーっと驚くと思うよ」

パキュラモは船内に入り、入口近くに置かれた小さな樽を手に取りふたを開ける。

 中は、こげ茶色の液体が浸されていた。

「この香りと色、もろにコーヒーですよね?」

 光帆が尋ねると、

「正解っ! 正真正銘本物のコーヒーよ。イハマーニ王国産のはカフェイン少なめで幼い子どもでもお砂糖入れなくても美味しく飲めるよ。たった一リットルで二万キロメートル走行出来るの。地球およそ半周分よ」

 パキュラモは自慢げに答えた。

「コーヒーだけで動くなんて凄過ぎるぅーっ!」

「コーヒーの燃料でそんなに長距離飛べるなんて私、魔法としか思えないよ」

「俺もだ。ジェット燃料じゃなく、ごく普通のコーヒーとは……信じられん」

「超未来的じゃ」

「日本の科学技術がかなりかすんで見えますね」

 麗菜達は改めて驚かされたようだ。

「元に戻すよ」

 パキュラモは樽を元の位置に戻し外に出ると、緑の突起部分を手で押した。

 すると、シューッという音と共に小型ジェット機は見る見るうちにしぼんでいき、五秒ほどで元のサイズに戻った。

「このジェット機、ド○えもんのひみつ道具にあってもおかしくないよね?」

「そうですね千陽さん、原理を深く研究したいです」

「既存の物理法則では説明出来ないよな」

「パキュラモお姉ちゃん、これ絶対魔法だよね?」

「ワタシも夢を見てる気分じゃ」

「イハマーニ王国でここ二〇年以内くらいに開発されたジェット機や船は全部、コンパクトに出来る機能を持ってるんだ。日本で創られた大人気娯楽作品、ド○ゴンボールに出て来たアイテムを参考にして開発したらしいよ」

 パキュラモは自慢げに説明し、圧縮されたドラゴンフルーツ型ジェット機をリュックにしまった。

「パキュラモちゃんは国王の娘だからこそ、NIA団のことを俺達に報告しに来たってわけだな?」

「まさにその通りですユタカさん、日本の危機、さらにはイハマーニ王国の治安を揺るがす重要事項でありますから。アタシも本気で戦います! みんなで力を合わせてNIA団を退治しましょう!」

「パキュラモお姉ちゃん、あたし達でNIA団を絶対やっつけよう!」

「わたしも全力を尽くしますよ」

「ワタシも暴れまくるよっ!」

「私も、怖いけど頑張る」

「俺も」

「ありがとうございます! さあ、ユタカさんも恥ずかしがらずに円陣にまじって下さい!」

「えっ、おっ、俺も?」

 由隆は緊張気味に加わる。というよりパキュラモに腕を引っ張られ強制的に組まされた。

「NIA団に、絶対勝つぞぉーっ!」

 パキュラモが叫ぶと、

「「おうううっ!」」

 麗菜と絵美理は元気な声で。

「「「おー」」」

 由隆と千陽と光帆は照れくさそうに掛け声を出した。

 これにて円陣はほどける。

 そのあとすぐに、パキュラモは携帯電話をスカートポケットから取り出し、

「ママ、いっしょにNIA団と戦ってくれる頼もしい日本人の仲間を五人も見つけたよ」

『それはよかったわねパキュラモ。パパにもあとで報告しとくわ』

 母の携帯に連絡した。

「あたし達、頼りにされてるみたいで嬉しいな。パキュラモお姉ちゃんもスマホ使ってるんだね」

「私達が使ってるのとほとんど同じ形だね」

「ワタシの携帯からもそっちへかけれるんかな?」

「これはイハマーニ王国製なので、イハマーニ王国以外の国で作られた携帯からは不可能なの。アタシの携帯からそちらへかけることも。メールももちろん。優れた人格者のエミリちゃん達には大変申し訳ないんだけど、人命を脅かす凶悪犯罪人も多くいるといわれる日本人他外国人達と不用意に接触しないようにするための安全策なの」

「ほうか、そりゃ残念じゃ」

 絵美理はそう思いながらも、イハマーニ王国民の意図には同情出来た。

「あの孫の手やジェット機を開発していることだし、日本の携帯よりも機能が相当優れてそうですね」

「いやぁ、日本のよりも機能性は低いよ。最新式のでも通話、メール、ネット、カメラ、辞書、GPS機能のみで、携帯の技術は日本に負けてるよ」

「そうなのですか。意外ですね」

 光帆はちょっぴり呆気にとられる。

「イハマーニ王国民の携帯普及率って、どれくらいなんだろ?」

 由隆はこんなことも気になった。

「まだ三割に満たないくらいだな。持ってない人の方が多いよ。なんといっても狭い国だから直接会って話せばいいって考えの人も多いので」

「そっか。そんなお国柄なんだな」

「あの、パキュラモさん、イハマーニ王国って、日本との時差は何時間あるのかしら?」

「プラス一時間半よ」

「ということは、イハマーニ王国の位置はソロモン諸島付近なのかしら?」

「それは秘密です♪」

 パキュラモはにこっと笑いながら言った。

「そうですか。すごく気になるなぁ」

「光帆ちゃん、謎のままにしといた方が夢があるよ」

 千陽は残念がる光帆の肩をポンッと叩いて説得する。

「イハマーニ王国は外部からの悪者の侵入を防ぐために、世界地図にも載ってないんだ」

「そうでしたか。でも人口と面積くらいは知りたいな」

 光帆は申し訳なさそうにお願いする。

「俺は気候も気になる。熱帯なんだろうけど雨林かモンスーンかサバナか」

 間を置かず由隆もこう呟いた。

「それくらいならいいですよ。イハマーニ王国はワッカナータ山頂も含め、国全体が年中雨の多い熱帯雨林気候Afで、ナウケミカでは年間平均気温が約二七℃。年間降水量は約二千ミリとなってるよ。現在の人口はおよそ十万人。面積は約七四〇平方キロメートルでミクロネシア連邦やキリバスやトンガと同じくらいだな。一つの島イハマーニ島だけで構成されてる点がその三国と違うけど。そういえば、日本人との友好の証にイハマーニ王国のお土産も持って来ていたのでした。イハマーニ王国の最高級の名産品、ドリアンマシュマロです。ぜひお召し上がり下さい」 

 パキュラモはリュックから棘棘したドリアンのカラー写真パッケージで包装された四角い箱を取り出した。

「ドリアンって、あのものすごーく臭い果物だよね」

 麗菜は顔をしかめる。

「わたしはにおいは昔、家族旅行で行った夢の島の熱帯植物館で嗅いだことあるよ。食べたいとは思わなかったわ。あのにおいのせいで」

「私は生のドリアン見たことないからにおい嗅いだことも食べたこともないけど、食べたくはないな。ごめんねパキュラモちゃん、故郷の名物を悪く言っちゃって」

 光帆と千陽も苦い表情を浮かべた。

「ワタシはどんなにおいなのかめっちゃ気になるよ」

「俺もちょっとだけ」

 絵美理と由隆はにっこり笑顔で興味津々だ。

「皆さん、一度食べればきっと病み付きになりますよ」

 パキュラモは箱を開け、爽やかな笑顔で勧めて来た。

 マシュマロは袋に包まれていたため、まだ特有のにおいはしてこなかった。

「どうぞ」

 パキュラモはついに袋もビリッと破る。

 次の瞬間、パキュラモ以外のみんなは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「想像以上に臭いよ」

「夏コミ会場のにおいよりもきつい。鼻が曲がりそうじゃ」

「くさい、くさい。腐った生ゴミのにおいだね。由隆お兄ちゃん、窓開けて」

「分かった。俺の部屋がドリアン臭くなっちゃうし。こんなにおいなのか」

「やはりきついです」

 ドリアンの強烈な香りが由隆の部屋中に漂う。

「私、食べてみるよ。どんな味なのかな?」

 パキュラモに申し訳なく思った千陽は、勇気を出して試食してみた。

 一口齧ってみて、

「においはすごくきついけど、甘みが強くて美味しい」

 そんな感想を抱く。

「意外や意外。甘くてめっちゃ美味しいよ♪」

 絵美理も恐る恐る試食してみて、とっても幸せそうに頬張った。

「不味くはないけど、やっぱにおいがダメだ」

「あたしも美味しくは感じないけど、ピーマンやセロリよりはマシかな」

「……微妙です。これは加工されてるからまだ食べれたけど、そのままのドリアンは食べれそうにないです。あの、ごめんねパキュラモさん」

 他の三人も結局試食してみて、これで満足したような感想。

「イハマーニ王国民にも苦手な子は多いので、全然気にしなくていいですよ。アタシもドリアン、正直あまり好きじゃないよ。においは嗅ぎ慣れてるから平気だけど。イハマーニ王国民にとってのドリアンは、日本人からした納豆みたいな存在だな」

 パキュラモはそう打ち明けて、てへっと笑った。

「私、もう一個食べるよ」

「ワタシも。癖になるよねこの味」

 千陽と絵美理はさらに喜んで味わう。

 あのあとパキュラモは、ドリアンマシュマロを食べた千陽達に口臭消し効果があるイハマーニ王国産のジャスミンキャンディーを振舞ってあげ、由隆の部屋に漂うドリアン臭もジャスミンの香りのスプレーで消してあげたのであった。

 夕方六時頃。光帆は一人で、三姉妹はパキュラモを連れ、自宅へ帰っていった。

「母さん、ちょっとお願いがあるんじゃけど」

そして母のいるリビングへ。

「何かしら絵美理?」

 母はにこやかな表情で問いかける。

「この子のことで」

絵美理はそう伝え、パキュラモをリビングへ入らせた。

「あの、はじめましてエミリちゃんのおば様。アタシ、パキュラモと申します」

 パキュラモは緊張気味に自己紹介する。

「この子、絵美理のお友達かな?」

 母はにこやかな表情で問いかけた。

「うん、ワタシと同じ中学の子なんよ。インドネシアから来たんだって。あの、お母さん、突然で悪いんだけど、この子を今夜から日曜までホームステイさせてくれない? 日本の家庭を体験したいんじゃって。日本語はペラペラに話せるけん」

 絵美理は手短に説明し、お願いする。

「ママ、お願い」

「お母さん、この子を泊めてあげて」

 麗菜と千陽も協力した。

「そうねぇ。すごくいい子っぽいし、いいわよ。自分のおウチのようにくつろいでね」

 母はほとんど悩むことなく快くOKしてくれた。

「ありがとうございます! おば様」

 パキュラモは大喜びし、母にぎゅっと抱きついた。

「外国人らしい反応ね。越智先生にも相談してみるわ」

 母はそのあとすぐに夫、つまり三姉妹の父に携帯にかけ、事情を説明してくれた。

 三姉妹の母が夫を呼ぶ時は、中学音楽教師を務めている職業柄からか、いつも越智先生と呼んでいるのだ。

 一分ほどのち、 

「OKだって」

 母は父からも承諾が取れたことを伝えると、

「誠にありがとうございます!」

 パキュラモはもう一度感謝の言葉を伝えた。

    ☆

「ただいまー、パキュラモちゃんって女の子が来てるんだよね?」

 午後七時ちょっと前、父が帰宅。

「はじめまして、おじ様。パキュラモです」

 リビングへやって来ると、パキュラモは愛想よく挨拶した。

「この子がパキュラモちゃんか。かわいい子だね」

 父に爽やかな笑顔で褒められると、

「日本人は褒め上手ですね」

 パキュラモは頬をぽっと赤らめた。

「インドネシア出身ってことは、スリンは吹けるのかな?」

 父はこんな質問をしてみる。

「いえ、全然」

 何それ? という感じでぽかーんとした表情で反応するパキュラモ。

「そうか。まあ日本人も尺八を上手く吹ける人はあまりいないからなぁ」

父はにこっと微笑んだ。

越智家での夕食の団欒後、三姉妹はパキュラモをそれぞれのお部屋へ案内することに。

「おう、すごい! お店みたいだ」

絵美理と麗菜は相部屋。約十帖のフローリングなお部屋がほぼ半々で分けられている。

絵美理側の本棚には合わせて四百冊は越える少年・青年コミックスやラノベ、アニメ・マンガ・声優系雑誌に加え、一八歳未満は読んではいけない同人誌まで。

DVD/ブルーレイレコーダーと二〇インチ薄型テレビ、ノートパソコンまであるがこれは三姉妹の共用である。

本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上にはアニメキャラのガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体飾られてあり、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。

「パキュラモちゃん、引いちゃった?」

 絵美理は苦笑いで尋ねる。初対面の子にこの部屋を見られるのは恥ずかしく感じているようだ。

「いえいえ、むしろ好感が持てたよ。アタシのお部屋もエミリちゃんと似たようなものだもん。アタシも日本のアニメやマンガが大好きなの」

 パキュラモはにっこり笑ってきっぱりと伝える。

「ほうなん! 嬉しいよ♪」

 絵美理は仲間意識が強く芽生えたようだ。

「ほら見て。約十時間の長旅中、暇だったからおウチから持って来たの。これらはイハマーニ王国の本屋さんで買ったよ」

 パキュラモはリュックから、日本で普通に売られているコミックスやラノベ、週刊少年漫画誌を取り出した。

「えっ! イハマーニ王国でも売ってるの? 日本で買ったわけじゃなくて?」

 絵美理はあっと驚く。

「うん! 値段は日本よりずーっと安いけどね。日本で流通されてるコミックスや雑誌、小説その他書籍、おもちゃ、ゲーム、CD、アニメやドラマのDVD・ブルーレイ、食料品、衣類、家電製品、その他日用雑貨といった生活必需品がイハマーニ王国でも入手出来るのは、イハマーニ王国の国家公務員の方達が超大型ジェット機で頻繁に日本へ出向かい大量購入し、イハマーニ王国へ持ち帰って転売しているからなの。個人旅行するさいに現地で購入してくる場合も多いよ」

「知らず知らずのうちに国際交流してるってわけか」

「イハマーニ王国から日本へは、何も与えてないけどね」

「日本のものがイハマーニ王国でも手に入るって、すごいねぇ。あたしもマンガやアニメ大好き♪」

麗菜の学習机の上は雑多としており、教科書やプリント類、ノートは散らかっていて、女の子らしくかわいらしいぬいぐるみがたくさん飾られてある。収納ボックスにはたくさんのゲームやおもちゃ、本棚には幼稚園児から小学生向けの漫画誌やコミックス、図鑑などが合わせて百数十冊並べられてあった。

「男の子向けの漫画が多いね」

 パキュラモが本棚を見渡しながら突っ込むと、

「あたし、コ○コロとジャ○プに載ってる漫画が特に好き♪ な○よしやり○んやち○おより面白いよ」

 麗菜は生き生きとした表情で伝える。

「ワタシも少年漫画の方が好きやけん、麗菜も影響されちゃったみたい。千陽お姉さんのお部屋は少女マンガだらけよ」

「それは楽しみ♪ それではチヒロさんのお部屋、拝見しに行って来ますね」

パキュラモはわくわく気分で千陽のお部屋へ。

「ワンダフル! まさに女の子のお部屋って感じ♪」

「そうかなぁ?」

約七帖のフローリング。ピンク色のカーテンで水色のカーペット敷き。本棚には少女マンガや絵本や児童図書、一般文芸、楽譜が合わせて三百冊くらい並べられてある。ガラスケースや収納ボックスにはトライアングルやタンバリン、小型ピアノ、ヴァイオリン、フルートなどなど楽器がたくさん置かれていて、学習机の周りにはオルゴールやビーズアクセサリー、可愛らしいお人形やぬいぐるみなどがたくさん飾られてあり、女子高生のお部屋にしては幼い雰囲気だ。

「チヒロさん、楽器が得意なんですね」

「うん、まあ、お父さんが中学の音楽の先生だから、ちっちゃい頃からいろんな楽器触らせてもらってるし」

「そうなんだ! アタシ、チヒロさんの生演奏聞きたいなぁ」

 パキュラモからこうお願いされると、

「じゃあ、フルートを吹くね」

 千陽は快くそれを手にとってお口にくわえ、『メリーさんのひつじ』を演奏してあげた。

「めちゃくちゃ上手ですチヒロさん」

 パキュラモにうっとりした表情で拍手交じりに褒められ、

「いやぁ、そんなことないよ」

 千陽は照れ笑いする。

「今度はピアノ弾いてー」

「分かった」

次のお願いにも快く応え、嬉しそうに小型ピアノで瀧廉太郎作曲『花』を弾いてあげた。

「とっても上手です。次はヴァイオリン弾いて下さいっ!」

「私、ヴァイオリンは上手くないよ」

「チヒロさん、謙遜するところが日本人らしいです」

「じゃあ、『山の音楽家』を弾いてみるね」

 千陽は躊躇うようにヴァイオリンをかまえ、弦を引いて演奏し始めた。

 最初の一節を演奏してみて、

「どうかな?」

 千陽は苦笑いで問う。

「……上手ですよ」

 パキュラモは三秒ほど考えてからにっこり笑顔で答えた。

「正直に言ってくれていいよ。私ヴァイオリンはすごく下手なんだ。下手の横好きなの」

 千陽はそう伝えながらヴァイオリンを元の場所に片付ける。

「気にしちゃダメです。アタシもヴァイオリン全然弾けませんから」

 パキュラモが慰めるようにそう言った直後、 

「千陽お姉さんは、これが理由で中学の時、吹奏楽部には入らなかったんだって。高校でも入るつもりはないみたい。他の楽器は上手いのに勿体無いよね」

「ヴァイオリンもあたしよりは上手だよ」

 絵美理と麗菜がこのお部屋に入って来た。あの演奏がしっかり聞こえていたようだ。

「私、練習厳しいのは嫌だから。見学はしてみたけど、城修の顧問の音楽の先生もすごく怖かったし、芸術選択で音楽選ばなくて正解だったよ。楽器演奏は趣味だけに留めとくのが私には合ってるよ」

「千陽お姉さんらしいな」

 絵美理はにっこり微笑む。

「私、高校での部活は中学と同じで図書部に入ろうと思ってるの。光帆ちゃんは生物部も兼部しようと思ってるみたい」

「ほうなんか。光帆お姉さんはリケジョやけんね」

「あたしは昔遊びクラブに入ったよ。明日から活動始まるんだ。どんなことするのかすごく楽しみ♪」

「昔遊びクラブかぁ。けん玉とかあやとりとかお手玉とかめんことかで遊んだりするの?」

 パキュラモは興味津々だ。

「三年生の時見学したけど、そんな感じだったな」

「イハマーニ王国では日本で昔の遊びって呼ばれてるのが、今流行りの遊びよ。特にあやとりとけん玉とヨーヨーとめんこが子ども達の間で人気が高いよ。チャンバラごっこや相撲やジャングルでのターザンごっこも流行ってるな。じつはアタシ、日本でいう昔玩具をいっぱい持って来てるんだ。アタシ、ほぼ毎日これで遊んでるの」

 パキュラモは自分のリュックから水鉄砲、折り紙、めんこ、あやとり、ビー玉などを取り出した。

「パキュラモちゃん、昭和時代の子みたいだね」

「今の日本ではこういうので遊ぶ子ってほとんどいないじゃろ」

 千陽と絵美理はそれらを興味深そうに眺めながらこうコメントした。

「それは勿体無いと思うな。アタシ、あやとりが特に得意なんだ。技を一つ見せるね。えいっ!」 

 パキュラモは輪の形の赤い紐を手につかむと、一瞬で東京タワーの形に。

「すごぉい! 難易度高い技なのにパキュラモお姉ちゃん一瞬で出来ちゃった」

「パキュラモちゃん、上手過ぎるよ」

「ワタシ、早過ぎてよく見えなかったわ。まさに神業じゃ」

三姉妹が感心していると、

「絵美理、麗菜、千陽、パキュラモちゃん。お風呂沸いたよ」

 母に一階から叫ばれた。

「私と麗菜と絵美理、いつもいっしょに入ってるの。今日はパキュラモちゃんもいっしょに入ろう」

「パキュラモお姉ちゃん、いっしょに入ろう!」

「では、そうさせてもらいますね。日本の一般家庭のお風呂、初体験だから楽しみ♪」 

「湯船そんなに広くないけん、四人いっしょに浸かるのは無理じゃろうね」

「パキュラモお姉ちゃん、水鉄砲で遊んでいい?」

「もちろん♪ アタシと撃ち合いしよう」

四人はそれぞれのお着替えを持ち、いっしょにお風呂場へ向かっていく。

「パキュラモちゃんのパジャマも用意しておいたわよ。さっきフジで買って来たの」

 リビング横の廊下を通りかかった時、母はピンク色花柄のかわいらしい春用パジャマを手渡してくれた。

「ありがとうございます。一応おウチから持って来てはいたけど、こっち使わせてもらいますね」

 その親切さに、パキュラモはとても嬉しがる。

 脱衣室兼洗面所にて。

「パキュラモちゃん、お肌すべすべだね。アンダーヘアは私や絵美理と同じ色なんだね」

「ワタシ南国系の褐色肌の子、大好きよ」

「パキュラモお姉ちゃん、おっぱいは絵美理お姉ちゃんより小さいね」

パキュラモは三姉妹から興味津々に裸体を観察されてしまった。

「もう、レイナちゃん。貧乳なの気にしてるのに」

「ごめんなさいパキュラモお姉ちゃん」

「おっぱいの悩みは日本人女性と共通なんじゃね。ワタシ気になったんだけど、イハマーニ王国では湯船に浸かる習慣ってあるの?」

「はい、その点は日本と同じ。というより日本を真似たみたい。三〇年ほど前には根付いていたようですよ」

三姉妹とパキュラモがすっぽんぽんになって浴室に入り、

「パキュラモお姉ちゃんの専用シャンプー、使っていい?」

「はいもちろん。ぜひ使ってね」

「ありがとう、ハイビスカスの香りっていかにも南国だね」

「私もそれ使ってみるよ」

「ワタシもせっかくやけん使わせてもらうよ」

ヘアカラーが落ちない特殊なシャンプーで髪の毛を洗い始めた頃、由隆も自宅脱衣室兼洗面所で服を脱ぎ始めていた。

 それから十数分のち、

(あの子の件、まだ百パー現実とは思えんな)

体を洗い流し終えた由隆が、湯船に浸かってゆったりくつろいでいたところへ、

「くらえーっ、由隆お兄ちゃん」

 麗菜が入り込んで来た。すっぽんぽん姿で。

「うぼぉあ、また来たのか麗菜ちゃん」

 由隆は水鉄砲を顔に直撃された。麗菜が兵頭宅の風呂を頂きにくることは週に一、二度はある。由隆が入っている時に入り込んでくることもしばしばあるため、由隆はタオルを巻いて下半身を隠しているのだ。ちなみに五年くらい前までは千陽と絵美理もしょっちゅう、すっぽんぽんで由隆の入浴時に入り込んで来ていた。まるで同じ家族のように。

「それーっ!」

 麗菜はいきなり湯船に飛び込んで来て、由隆と向かい合った。

「麗菜ちゃん、体は洗ったの?」

「うん! あっちで洗って来たよ」

「それならいいけど」

まだつるぺたな幼児体型の麗菜、由隆は当然、欲情するはずも無い。

「由隆お兄ちゃん、いっしょに水鉄砲で遊ぼう!」

「俺は高校生だから水鉄砲で遊ぶのは変だって。麗菜ちゃんももうそういう年じゃないと思う」

「そんなことないよ。パキュラモお姉ちゃんも愛用して遊んでるもん。これ、パキュラモお姉ちゃんが持ってたやつだよ。対NIA団撃退用の武器なんだって」

「デパートのおもちゃ売り場で売られてるようなごく普通の水鉄砲じゃないかこれ。これで撃退出来るって、NIA団のやつらは本当にたいしたことなさそうだな」

「油断は禁物だよ由隆お兄ちゃん」

 由隆が麗菜とそんな会話をしていたら、

「おーい、由隆くーん。麗菜ぁー」

 窓の外からこんな声が。

「やっほー、ユタカさん」

「由隆お兄さん、また麗菜がご迷惑おかけしてすみません」

 さらにもう二人の声。千陽と絵美理とパキュラモだ。

「いやいや、べつに迷惑じゃないから」

 由隆は湯船に浸かったまま伝えた。

「やっほーっ♪」

 麗菜はバスタブ縁に上って窓から顔を出し、三人に向かって嬉しそうに叫ぶ。

兵頭宅の浴室と、越智宅の浴室は低い塀越しに向かい合っていて、双方の窓が開いていれば互いの浴室をなんとか覗けるようにもなっているのだ。

「由隆お兄ちゃん、あたしと同じクラスの子でもうおっぱいがふくらんで来たからブラジャーつけてる子がいるんだけど、あたしのおっぱいはいつ頃からふくらんでくると思う?」

 麗菜から無邪気な表情でこんな質問をされ、

「五年生の終わり頃じゃ、ないかな?」

 由隆は困惑顔で答えてあげる。

「そっか。あたしまだまだおっぱいふくらんで欲しくないなぁ。絵美理お姉ちゃんにおっぱいがふくらんで来たら由隆お兄ちゃんといっしょに入っちゃダメよって言われたもん」

 麗菜は自分の胸を両手で揉みながら言う。

「麗菜ちゃん、俺、もう上がるね」

 由隆は何とも居心地悪く感じたようだ。

「じゃああたしも上がるぅ」

 由隆と麗菜はいっしょに浴室から出て、洗面所兼脱衣室へ。

「由隆お兄ちゃん、このタヌキさんのパンツ、かわいいでしょ?」

「麗菜ちゃん、そういうのは見せびらかすものじゃないから。しっかり拭かないと風邪引くよ」

「ありがとう由隆お兄ちゃん」

 全身まだ少し濡れたままショーツを穿こうとした麗菜の髪の毛や体を、由隆はバスタオルでしっかり拭いてあげる。麗菜の裸をもう少し観察したいという嫌らしい気持ちはさらさらない。

同じ頃、千陽と絵美理とパキュラモはいっしょに湯船に浸かりおしゃべりし合っていた。

「絵美理、ニキビまた増えたんじゃない? 夜更かしのし過ぎは良くないよ」

「もう千陽お姉さん、触らないで。気にしてるのに」

「ごめん、ごめん」

「イハマーニ王国でもニキビに悩んでるアタシと同い年くらいの女の子は多いよ」

「ほうか。年頃の乙女の悩みも日本人と共通なのね。ねえパキュラモちゃん、初めての月一のアノ日はもう来た?」

「はい、小六の夏休みに来たよ。けっこう辛いですよね。特に体育の授業がある日に重なっちゃうと」

パキュラモは照れ笑いしながら伝えた。

「通じたみたいじゃね。ワタシと同じ時期じゃん。気が合うね」

 絵美理は嬉しそうににっこり笑う。

「私は中学入ってからだったよ。光帆ちゃんも」

「麗菜もあと二、三年で来るかな? 麗菜の同級生でももう来てる子はいると思うけど。ワタシ、もう上がるね。すっかり火照っちゃった」

「アタシも熱いので出ます」

「じゃあ私ももう上がるよ」

 この三人が浴室から出てパジャマに着替え、リビングに移動した時には、

「ただいま、千陽お姉ちゃん、絵美理お姉ちゃん」

麗菜も戻って来ていた。暗闇で光るフォトプリントパジャマを着付け、リビングで母といっしょにバラエティ番組を視聴中。

今時刻は午後八時四〇分頃。千陽はそのまま自室へ向かい、英語の予習を進めて行く。

麗菜と絵美理とパキュラモは、この番組が終わる八時五〇分過ぎまでリビングでくつろいでお部屋へ戻った。

「パキュラモちゃんは絵は得意?」

 絵美理はさっそくこんな質問をしてみる。

「はい、まあ、そこそこ自信あります。アタシ、学校で文芸・漫画部に入ってるの」

「ワタシと同じじゃん! ますます親近感が沸いたよ。パキュラモちゃんの学校にも部活動があったんじゃね」

「はい、日本の学校を真似て三〇年以上前には出来ていたそうです」

「やっぱ漫画やイラスト、小説創作が主?」

「はい。日本の漫画やアニメ、ラノベ好き仲間が多くて、めちゃくちゃ楽しいですよ」

 絵美理からされた質問に、パキュラモは生き生きとした表情で答えていく。

「パキュラモちゃん、ワタシと麗菜の似顔絵描いてくれない?」

「えーっ、それはちょっと……エミリちゃんよりは下手だよアタシ」

 パキュラモは苦笑いを浮かべた。

「パキュラモお姉ちゃん、描いて、描いて」

「不細工に描いてもいいけん。はいパキュラモちゃん」

 絵美理はパキュラモに半ば強引に自分のスケッチブックと4B鉛筆を手渡した。

「上手く描けるかな?」

 パキュラモは自信なさそうにしながらも、4B鉛筆を握り締めると楽しそうに麗菜と絵美理の似顔絵を描いてあげた。

「あたしそっくり。パキュラモお姉ちゃんの絵、少年漫画みたいな絵美理お姉ちゃんの絵と対照的で少女マンガ風だね。あたしより上手だよ」

「とってもメルヘンチックじゃ。パキュラモちゃんの純粋さが伝わってくるよ」

「ありがとう。アタシの絵、そんなに上手かな?」

 パキュラモはとても嬉し照れくさがった。

「上手、上手。ワタシはこういうタッチの絵は上手く描けないよ。パキュラモちゃん、あとでワタシの漫画原稿手伝って!」

「アタシでいいの?」

「もっちろん。パキュラモちゃん、千陽お姉さんの似顔絵も描いてあげて」

「はい」

「千陽お姉ちゃんきっと喜んでくれるよ」

 三人は千陽のお部屋へ。

「千陽お姉さん、パキュラモちゃんが似顔絵描いてくれるって」

「そう? ありがとうパキュラモちゃん」

その時千陽はベッドにごろーんと寝転がって少女マンガを読み耽っていた。

「千陽お姉ちゃん、おへそ出てるよ」

「千陽お姉さんもけっこうだらしないじゃろ?」

 その姿を見て麗菜と絵美理は微笑む。

「絵美理ほどじゃないよ」

 千陽は照れ笑いした。

「チヒロさん、この表情いいです。この表情ので描きますよ」

 パキュラモはイラスト帳にササッと描写し千陽に手渡した。

「ありがとう。すごく上手。大切に持っておくよ」

 千陽は照れくさがりながら、そのイラストが描かれたB4用紙を自分の机の引出にしまおうとしたら、

「あっ、由隆くん、何かやってる」

 窓の外に由隆の姿を見つけ、ベランダに出た。

千陽のお部屋と、由隆のお部屋はほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。

「やっほー由隆くん」

「あっ、千陽ちゃん。急に南国系の植物を育てたくなって、みんな帰ったあとちょっとしてからホームセンターまで買いに行って来たんだ」

 由隆はジョウロで水を遣りながら伝えた直後、

「由隆お兄さん、パキュラモちゃんに影響されちゃったね」

「ユタカさん、南国の植物を育ててくれるなんてアタシ嬉しくなっちゃいました」

「由隆お兄ちゃん、何ていう植物を買ったの?」

 他の三人もベランダへ出た。

「ガジュマルだよ」

 由隆は植木鉢を持ち上げ、千陽達にかざしながら伝える。ベランダ設置の照明のおかげで、千陽達はばっちり確認することが出来た。

「ユタカさん、ガジュマルはお庭には植えない方がいいですよ。家を飲み込むくらいとんでもなく大きくなっちゃいますから」

「ああ、分かってる。まあ観葉のだから大きくなり過ぎることはないと思うけど」

「美味しい木の実がなるの、楽しみだなぁ」

 麗菜が呟くと、

「麗菜ちゃん、観葉のだからきっと実らないよ」

 由隆はさかさずこう伝えた。

「なぁんだ。残念」

 麗菜はちょっぴりがっかりしてしまう。

「ユタカさん、そのネガティブな言い方はよくないです。観葉のでも実る可能性はあるので、根気強く育てましょう」

 パキュラモはきりっとした表情でこう忠告した。

「うん、まあ頑張って育ててみるよ」

 由隆はやや困惑した面持ちで約束してあげた。

「由隆くんは植物の育て方上手いから、きっと実るよ」

「由隆お兄ちゃん、実ったらいっしょに食べようね」

「由隆お兄さん、楽しみにしてるよ」

 三姉妹からもけっこう期待され、

「……分かった」

 由隆はますます困惑してしまった。

みんなそれぞれのお部屋へ戻ると、

「パキュラモお姉ちゃん、ゲームすごく上手いね」

「そうかな?」

麗菜はパキュラモと、アクション系のテレビゲームで遊び始める。

「ワタシより上手じゃね。ワタシがなかなかクリア出来なかった面をあっさりと。イハマーニ王国でもテレビゲームはやっぱ人気あるの?」

 絵美理はベッドに寝転がってラノベを読みながら問いかけた。

「うん、わりと人気あるよ。日本で昔流行ったファ○コンやスー○ァミもイハマーニ王国では今も頻繁に遊ばれてるよ」

「ほうか。ワタシはそのゲーム機のことよく知らないけど、お父さんが昔嵌ってたって言ってたよ。ところで麗菜、宿題は全部済ませたのかな?」

「うん、ばっちりだよ。今日は算数の宿題は出てないから」

 麗菜が自信満々に答えると、

「あっ! アタシ、宿題片付けなくちゃ」

 パキュラモはふと思い出し、文房具と数学の問題集とノートをトートバッグから取り出した。

「パキュラモお姉ちゃんの学校もやっぱり宿題あるんだね」

「うん、日本の学校と同じくけっこうあるよ」

「パキュラモちゃんの学校の教科書ってどんな風になってるの? ちょっと見せて」

 絵美理はパキュラモの使っている中学二年用の数学の教科書を手に取りパラパラ捲っていく。

「連立方程式とか図形の合同と証明とか、日本の中二と同じようなこと習うんじゃね」

「はい、なんといっても日本の学習指導要領を参考にしていますから」

「ほうか。国語の教科書も気になるな」

「それも持って来てますよ。はいどうぞ」

「どれどれ。けっこう分厚っ。おう! ハ○ヒが載ってるじゃん。走れメロスとか枕草子とか平家物語とか日本の国語教科書でもお馴染みのもあるけどラノベもいくつか」

「イハマーニ王国ではラノベも高尚な小説と評価されていますから。ラノベの歴史や作家さんのことも学びますよ。おウチに置いていてここにはないのですが、イハマーニ王国の中学で使われる国語便覧にはラノベ作家さんも多数紹介されていますよ」

「いいなあ。日本も見習うべきじゃろ」

「ちなみに夏目漱石の『坊つちゃん』は小六の国語の教科書に出てくるよ。音楽の教科書もありますよ」

 パキュラモは中学二年用の音楽教科書も取り出す。

「音楽の教科書も分厚ぅっ! 日本の歌ばっかりじゃ。君が代も載ってるし、『冒○でしょでしょ?』とか『C○gayake! GIRLs』とか『紅○の弓矢』とか『それは僕たちの○跡』とか最近のアニソンもけっこう紹介されてるじゃん。おう、ひめきゅんフルーツ缶の歌まで載ってる!」

「A○Bの歌も載ってるね」

「A○Bはイハマーニ王国民の間でも人気あるよ。J○Tもね。秋元康さんの名も広く知れ渡ってるよ」

絵美理と麗菜がパキュラモが使っている教科書を楽しそうに眺め、パキュラモは数学の宿題に取り組んでいたその時、

「パキュラモちゃん、これ、松山名物の坊ちゃん団子と醤油餅と一六タルト。お母さんが差し入れしてあげてって」

 千陽がお部屋へ入って来た。テーブル上にそれとお茶が乗せられたお盆を置く。

「どうもありがとうございますチヒロさん。勉強が捗りそう」

 パキュラモは坊ちゃん団子から口にして、美味しそうに頬張る。

「パキュラモちゃん、お勉強してたんだね。真面目だね」

 千陽が褒めてあげると、

「だって、宿題がどっさり出されてるもん」

 パキュラモはうんざりとした様子で伝えて来た。

「パキュラモちゃん頑張って。パキュラモちゃんの通う学校も、中間テストや期末テストはあるのかな?」

「もちろんですチヒロさん。イハマーニ王国の学校制度も三〇年ほど前からは、日本に倣って満六歳を迎えた次の四月に小学校へ入学して、小中高大六、三、三、四制で進級なんだ。大学まで義務教育なのは日本と違うけどね」

「大学まで義務教育なんだ! イハマーニ王国民が日本人よりも高度な科学技術力を持ってる理由が頷けるよ。イハマーニ王国には大学入試はないんだね?」

「うん、みんな高校を卒業したらイハマーニ王立大学で学ぶの。入学する時に希望の学部学科を選ぶんだけど、イハマーニ王国の高校生はみんな現代文、古文・漢文、英語、数学、物理、化学、生物、地学、公民、日本史、世界史、地理、保健体育、家庭科、書道、美術、音楽全てを習うんだって。だから日本の高校みたいに文系クラス理系クラスって分けることもないみたい。中一の時の担任が言ってたよ」 

「イハマーニ王国の高校生は理科、社会、芸術は選択じゃなくて全科目習わなきゃいけないんだね。入試はないけど、日本より勉強がずっと大変なんだね」

 千陽は憐憫の気持ちを示す。

「科目数がすこぶる多くて負担は大きいけど、日本の高校と比べて特段高度な内容を学習しているわけではないらしいですよ。チヒロさんの通う高校も、机に貼られてた時間割表から察するにけっこう濃密な教育が行われてるみたいじゃない。毎日七時限目までびっしり埋まってたし、使ってる教材もレベル高そうだったし」

「毎年東大京大合格者が出てる進学校ではあるけど、私はたいしたことないよ」 

 千陽は謙遜気味にそう言い、自分のお部屋へ戻っていった。

「千陽お姉さん相変わらず控えめじゃ。城修なんてワタシの成績じゃ入れそうにないよ」

 絵美理は少し感心する。

「あたしもきっと無理だろうなぁ。あっ、もう十時過ぎてる。今日はもうやめよう」

 麗菜がゲームを元の場所に片付け、おトイレも済ませてくると、

「麗菜、明日の授業の用意はちゃんと出来とる?」

 絵美理はこう問いかけた。

「うん! 今日はちゃんと出来てるよ」

 麗菜は水色ランドセルを一回開けて見せ、自信を持って答える。

「ランドセルは、イハマーニ王国の小学生も日本のと同じ形のを使ってるよ。三〇年くらい前にはそうなってたみたい」

 パキュラモはそんな情報を教えた。

「そうなんだ。さすが親日国だね。なんか嬉しいな。それじゃ絵美理お姉ちゃん、パキュラモお姉ちゃん、おやすみなさーい」

麗菜はいつものように二段ベッド上の布団に潜り、一分後にはすやすや眠りついた。

それから三〇分ほどして、

「やっと片付いたよ」

パキュラモは宿題を終え、腕を伸ばして一息ついた。

「パキュラモちゃん、ワタシの描いたマンガ読ませてあげる」

 絵美理はこの時を待ってましたと言わんばかりに自作マンガ原稿を手渡す。

「ありがとう。やっぱ絵がとっても上手いね」

 由隆に見せようとしたあのマンガだ。パキュラモは全三一ページ熱心に読んであげた。

「パキュラモちゃん、どうだった?」

 絵美理はちょっぴり照れくさそうに感想を尋ねる。

「エッチな描写が多くてアタシの方が恥ずかしくなったけど、面白かった。最後ドリアンの臭さに屈せず結ばれたシーン、感動したよ。エミリちゃんの描く男の子キャラって、丸顔で細くてかわいい系が多いね」

「ワタシ、顎が尖ってて筋肉ムキムキな男キャラはあまり好きじゃないんよ」

「そっか。エミリちゃんは、年下の男の子が好きみたいね」

「うん、小五から中一くらいの男の子が特に好き。第二次性徴が始まるこの年頃の男の子はかわいいよ」

「アタシもその辺の年頃のひょろい系の男の子が好みだな。でもひょろくても日本の女性達に大人気らしいジャ○ーズ系のイケメンはダメ」

「気が合うね。ワタシもイケメン過ぎるのは苦手なんよ。パキュラモちゃんもマンガ原稿手伝って」

「分かった。頑張るよ」

 二人は折り畳み式ローテーブルに向かい合い、マンガ原稿作業に取り掛かる。

同じ頃、兵頭宅。さっきまで英語の予習に励んでいた由隆は、休憩のため布団に寝転がり、コミック単行本を読み始めた。

それから数分後、一通のメールが彼の携帯に届く。

【おトイレなう! ユタカさん、あの時アタシ、ユタカさんさっき会ったばっかりでしょって言おうとしたんだけど空気読んであげたよ♪】

 こんな文面だった。パキュラモからであった。

(あれ? イハマーニ王国製の携帯からは通信出来ないんじゃなかったのか?)

 由隆はそう疑問に思っていると、

 イハマーニ王国製の手のひらサイズパソコンから送ったよ。こっちからは送れるんだ♪

 もう一通、さっきと同じアドレスからこんな文面のメールが届いた。

(そういうことか。千陽ちゃんか絵美理ちゃんか麗菜ちゃんが、俺の携帯メールアドレス教えたんだな)

 納得した由隆は一応、感謝の旨のメールを返信してあげた。

    ※

まもなく日付が変わろうという頃。

「パキュラモちゃん、ここ、このトーン貼ってね」

「了解」

 絵美理とパキュラモは引き続き漫画執筆活動に勤しんでいた。

 ぐっすり眠る麗菜をよそに。

「そういえば、日本では深夜にアニメをたくさん放送してるんだよね。イハマーニ王国では日本より数日遅れで輸入販売されるDVD・ブルーレイか、ニ○動とかのネット配信で見るしかないからリアルタイムでは楽しめないんだ。全て入荷されるわけでもないし」

「イハマーニ王国でもニ○動見る人けっこういるの?」

「うん、ネット環境は日本に住んでるのと変わりないけど、欲を言えば、日本のテレビ放送もリアルタイムで見られるようになればいいなぁって思ってる。今日は何を放送してるのかな?」

 パキュラモはふと気になり、テレビリモコンを手に取ろうとした。

「このテレビ、アンテナ繋いでないけんテレビ番組は見れないんだ。ゲームかブルーレイDVD視聴用なんよ」

「そっかぁ。中学生にはまだ早いってことか」

「ほうじゃ。大学生になったら繋いでもらうって約束しとるけど、まだ少なくとも五年近くは先よ。今はリビングのテレビで録画してるの。リアルタイムでこっそり見たらお母さんに叱られるけんね。早くリアルタイムで自由に見られるようになりたいよ。由隆お兄さんのお部屋のはテレビ番組も見れるから羨ましい」

 絵美理が苦笑いしながら嘆いたその直後、コンコンッとノックされる音が聞こえて来て、

「絵美理もパキュラモちゃんも、夜更かしはダメだよ。私はもう寝るよ」

 千陽は眠たそうにしながら入ってくる。

「千陽お姉さん、あともう少ししたら寝るって」

「パキュラモちゃんは、私のお部屋でいっしょに寝よう」

「そうした方がいいと思う。ワタシも麗菜も寝相悪いけん」

「そうですか。では、そうしますね」

 こうして千陽はパキュラモを連れ、自室へ戻る。

 電気を消し、同じベッド同じ布団に寝転がった。

「あの、チヒロさん、ユタカさんは、あなたのボーイフレンドですか?」

 パキュラモは、唐突にこんなことを尋ねてくる。

「何回か訊かれたことがあるけど、由隆くんは彼氏じゃなくて、幼馴染のお友達だよ」

 千陽は照れ笑いしながら答えた。

「やっぱり。思った通りの答えね」

 パキュラモはにこっと微笑む。

「でも、将来的に……十年後くらいに、私の旦那さんにしたいなって思ってる。結婚相手は昔から知ってる人の方が安心出来るし」

 千陽の頬はカァーッと赤くなった。

「そうなんだ。イハマーニ王国では狭い世界だから幼馴染婚はごく普通のことだけど、日本じゃあまりないらしいね。チヒロさん、ユタカさんとの幼馴染婚が実現出来るよう、頑張って下さいね」

 パキュラモはきらきらした眼差しでエールを送った。

「うん。あの、さっきのことは、由隆くんには絶対に言っちゃダメだよ」

 千陽は念を押してまお願いする。

「アタシ絶対言わないよ、ユタカさんもきっと戸惑っちゃうだろうし」

 パキュラモは事情を理解し、にっこり微笑む。

「ありがとう」

 千陽の頬はまだ、ちょっぴり赤らんでいた。

「ではチヒロさん、おやすみなさい」

「おやすみパキュラモちゃん」

 これにて会話をやめると、二人はほどなくすやすや眠りについた。

 絵美理はその後も夜更かしして、

「ドリアンは人間の姿ならこんな感じかな? 髪型は角刈りだよね? 理想のカップリングはやっぱマンゴスチンだよね。ドリアン王がマンゴスチン姫を性奴隷にして、臭い液をぶっかけて……って何考えてるんじゃろ、ワタシ。きゃはっ♪」

 南国フルーツをかっこよくかわいく擬人化したイラストを描いて妄想して、二時頃まで楽しんでいたのであった。


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