湖の妖精
ルサルカのオペラを聞いて、書いてみました。
人魚姫と似ている気がしますけど、私的にはこちらの方が好みです。
悲恋ものって何で良いんですかね?
魅力的過ぎる・・・・・・・・
ドイツの片田舎にある湖。
森林に囲まれた湖は昼までも薄暗く、来る者を何処か拒んでいる気がする。
しかし、白銀の月が出る時は・・・・とても美しい。
そして白銀の月が出る時、この世の者とは思えない女性が出る。
ただし、決して触れてはいけない。
口付けを許してはならない。
何故なら、その口付けは“死の口付け”だから・・・・・・・・・
その女性は湖に住む妖精で元々は若くして死んだ花嫁、女性だと言われている。
彼女達の容姿は美しい金糸の髪に白い服だと言う。
声も天使のように美しく、踊りは女神のようだと言われており、その魅力に惑わされて死んだ者は多い。
しかし、それは後付けに過ぎない。
本当の姿は誰も知らないし、本当の“物語”も誰も知らないのだ。
ただ・・・・地元の民だけは知っている。
決して表だって語られる事はないが、悲しくも敬虔的な悲恋を・・・・・・・・・・・
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嗚呼、私の愛しい白銀の月よ。
どうか、私の胸に秘めた想いを・・・・愛しいあの男に届けて下さい。
『私は貴男を愛している・・・・・・・・と』
湖の沈み掛けた大木に、一人の女性が居る。
その女性は白銀の月を見上げながら・・・歌を囀る。
美しい歌声だが、内容は悲しい。
自分では伝えられない。
何故なら私は湖の妖精でも人間でもない存在だから。
嗚呼、月よ。
白銀の月よ。
急がないで下さい。
まだ私は全てを貴方に言っていないのです。
全てを言い終えるまで、どうか待っていて下さい。
そうすれば、思い残す事は無いのです。
私は湖の妖精“だった”存在。
掟を破り人を好きになってしまった・・・・・・・
人間の姿になる為に、声を失い挙句の果てに裏切られた。
その人を殺してしまえば、私は元の姿に戻れる。
でも、それは嫌です。
例え裏切られようとも私は、彼の男を愛しているのです。
ですから、どうか伝えて下さい。
私は貴男を今でも愛している。
どうか、この想いを伝えて下さい。
それさえ叶えば私は、もう死んで良い。
好きな人に裏切られた時点で、掟を破った時点で・・・・・・・・・
『・・・・・!・・・・・!!』
白銀の月により照らされた湖に、男性の声が響く。
女性は肩を震わせる。
「どうして、来たの・・・・・・・・?」
貴男は私を裏切った。
それなのに、どうして来たの?
来ては駄目。
来たら私は、貴方を殺してしまう。
男の無事を祈り、帰るように願うが声は近付いて来た。
「・・・・ここに居たのか」
男は女性を見ると、安堵の息を漏らす。
「・・・何の用ですか?私を捨てた方」
女性は冷たい視線を男に向ける。
「すまないっ。私が馬鹿だった・・・魔法で声が出せなかったのだろ?」
「・・・そうです。愛しい貴男に会いたいが為に・・・声を失いました。でも、私を冷たい女と罵って他の女に現を抜かした、と思うと・・・馬鹿みたいに思えました」
「本当にすまないっ。だが、やっと気付いたんだ。私は君を誰よりも愛している、と。私の妻となり生涯を共にしてくれ」
男は手を伸ばす。
しかし、女性は伸ばされた手を掴まない。
「・・・嫌です。いえ、もう無理です。貴男が私を裏切った時点で、もう駄目です」
「何故だ?!どうして駄目なんだ!!」
「私の敬愛する湖の王は貴男を許さない。そして、私の声を奪った魔女は私が助かるには・・・・貴男を殺すしかない、と言われました」
女性が懐からナイフを取り出す。
「!?」
男は驚き後ずさる。
「これで貴男を刺して、その熱い血を飲めば私は元に戻れる。私を好きと貴男は言った。それなら・・・死んでくれますか?」
私の為に・・・・・・・・・
「・・・・・・」
男は女性の眼を見て息を飲む。
これほど美しい女性は居ない。
そして、恐ろしい程に自分を睨みつける女性も居ない。
さぁ・・・どうするのですか?
「・・・刺してくれ」
女性に近付いて男は言う。
「君を裏切ったんだ。愛してくれ、と言う方が愚かな事だ。私の死で君が元の生活を送れるなら・・・・やってくれ」
私が悪いのだ。
だから、償いをする。
「・・・・・・・・」
女性はナイフを握り、振り上げる。
しかし・・・・寸での所で止めた。
止めるしか出来なかった。
「・・・どうして、逃げないんですか?あの時のように・・・・逃げてくれれば、私は貴男に白銀の月に想いを授けて死ねたのに・・・・・・・・」
ポロポロ、と涙を流しながら女性は喋り続けるが、それすら男には愛おしかった。
「死ぬなら私も一緒だ」
共に死に傍に居よう。
「駄目です。貴男を死なせたくない」
「私は君と居る事を望んでいるんだ。例え死んで一緒になろうと、ね」
「止めて下さいっ。私は、そんな言葉を聞きたくないっ」
女性はナイフを湖に捨てて泣き出した。
耳を抑えて髪を振り乱す。
それを男は止めた。
優しく抱き締める。
「君の口付けをくれ。共に湖に落ちて一緒になろう」
「・・・嫌です・・・・貴男を愛しているから死なせたくない」
何処の世界に愛する男を死なせたい、と願う者が居るだろうか?
「私を愛しているなら、殺してくれ」
何処の世界に愛するが故に殺して欲しい、と願う者が居るだろうか?
「・・・・・・・・」
男の真剣な声に女性は何も言えなかった。
自分が口を利けないばかりに、男は他の女に現を抜かした。
声を失う事が代償だった。
それすら言えない。
でも、男には分かる訳もなく・・・捨てられたのだ。
その男が今は自分の口付けを望んでいる。
死の口付けを・・・・・・・・・・
愛しているが故に死なせたくない。
しかし、愛しているが故に殺して欲しい。
愛しい女性の手で・・・・・・・・・・
愛しい男性をこの手で・・・・・・・・
「・・・・・・・」
女性の手が男の頬を触る。
男がゆっくりと瞳を開ける。
ジッと女性を見つめている。
女性もそれを見つめ返す。
・・・・白銀の月が昇る中で、静かに口付けはされた。
「・・・・愛している」
それだけ言うと男の開かれた眼は閉じられた。
ゆっくりと・・・・眠るように。
「・・・・私も愛しております」
女性は男を抱き締めると湖に沈んだ。
静かに沈んで行く。
愛しい男を抱き締めた形で・・・・・・・・
しかし、声は出ている。
眠りなさい。
愛しい男よ。
私の胸の中で・・・・・・・・
ずっと眠り続けなさい。
もし、目覚める時が来るのなら、私の前で目覚めて下さい。
もし、夢を見続けるのならば・・・私の夢だけを見て下さい。
さぁ、眠りなさい。
愛しい男よ。
ずっと、ずっと眠り続けなさい。
何時までも、何時までも・・・眠り続けなさい。
私の胸の中で・・・・・・・・・・
嗚呼、白銀の月よ。
私の想いを彼に伝えて下さい。
私は彼を愛している、と・・・・・・・・・・
何時までも貴男だけを愛している、と・・・・・・・・・・
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何時からだろうか?
この湖が「ルサルカ」と呼ばれるようになったのは。
元々ルサルカとは“スラヴ神話”に出て来る架空の生き物でしかない。
しかし、誰もがルサルカ、と湖を言うのだ。
それは誰にも分からない。
だが、ルサルカと名付けられた湖の底には・・・・・・・・・・
眠りなさい。
眠り続けなさい。
愛しい私の男。
ずっと眠り続けなさい。
でも、もし・・・目覚めるなら私の胸の中で目覚めなさい。
そして、夢を見るなら・・・・私が出る夢を見ていなさい。
今も聞こえるだろう。
愛しい男を抱き締めて、眠り続ける美女を。
愛しい女に抱き締められながら眠り続ける男を。