第52歩:ギフト3
四肢に力がまったく入らない。血がまったく巡っていない気がする。心臓にひたすら血が送り込まれるだけで、体中には一滴もまわってこない。
その場にへたり込んだまま、動くことなく僕の前にいるであろう《失敗作》判断をゆだねる。
コツン、コツンと一歩一歩踏みしめるようにゆったりと、僕に向かって近づいてくる。
ぴたりとその足音が止まったので、気になり、重い首をあげて、胡乱気な目で、光のともっていない瞳で仰ぎ見る。
軽々と上段に振り上げられた大刀。
月光を反射して銀色に閃く刀身と白髪。
僕を見下す《失敗作》の目が冷酷なる金色の光を灯す。
「俺が全部、終わらしてやるよ。これ以上お前が絶望しないように……」
絶望させたのは自分のクセをして、何のためらいもなく大刀を振り上げている。
僕はあの刀身ガ振りおろされるだけで、《失敗作》である僕を壊せる彼が振り下ろすだけで、僕はこの世からいなくなる。それが救いなのか、それとも罰なのかは判別は出来ないけど、拒む気力はなかった。
生きる必要性が見当たらなかった。
死ねない理由が見当たらなかった。
「ごめんな」
いまさらながらに、《失敗作》は必要のない謝罪を入れた。
そして、その刀身が僕に迫ってくる。
目はそらさなかった。
目がそらせなかった。
僕の何も映していない瞳を断ち切る、一撃必殺の剣。
もう、死ぬのか。
やっと、死ねるのか。
僕が創られた死ぬまでにはあまりに短い。
事実を知らされてから死ぬまでにはあまりに長い。
鼻先に刃先が当たる。
明確な…………死――
血のにおいが、僕に届かなかった。
変わりに、金属音が耳に届く。
僕の瞳は一部始終を見届けていたはずなのに、何があったか僕はわからなかった。
ただ、明確な事実として、
長い剣で無茶な受け太刀をしている青色と、
棍棒で全力を持って力を抑えている赤色が、
優美可憐に僕の両隣に立っている。それだけだった。
「大丈夫ですか!?」
「許せないね!」
両者別々に怒りを顕にして、彼を、《失敗作》を睨む。疑うことを知らない瞳で、僕ごときのために本気で怒ってくれている。
そんな二人を見て失敗作は怪訝そうな顔をして、冷たく言葉を放つ。
「邪魔だ」
大刀を持っているとは到底思えないスピードで、いったん振り上げて、刃ではなく刀身の腹で二人をなぎ払う。その一撃にひとたまりもなく二人は吹き飛ばされて民家の塀に激突する。
かは、と肺から息が漏れるような音が聞こえて、動かなくなった。息は在るようだったが、意識は危なそうだった。
《失敗作》は興ざめとでも言わんばかりに、一歩も動かず二人を見下して、それさえも興味がなくなってしまったかのように僕に向き直った。
何事もなかったかのように機械的に僕に向き直って、また上段に構える。高々と、銀光を欲すように高らかに、大剣を掲げていつでも振り下ろせる体勢をとる。
僕は動くことなくへたり込んだまま、何もしなかった。何も、出来なかった。
「今度こそ、間違えなく終わらしてやる」
大刀が、振り下ろされることはなかった。代わりに、僕の変わりに他のものに当てられ、それが宙を舞う。僕は断頭台の刃が振り下ろされるのを待つ死刑囚のように、動かない。
動かずにはじいたものを見る。
長い長い日本刀と、硬い硬い棍棒。
くるんくるんと美しい放物線を描きながら、地面に落ちるそれら。衝撃で少しアスファルトがえぐれていた。
投げたのが誰かなんて考えるまでもない。
本来投擲用でないものを無理やり投げたのが誰かなんて。
危険すぎる行動。守るものを、戦うものを、戦場で道具を捨てるなど、自殺行為。
でも、そんな馬鹿げたことをしたヤツがいる。僕の視界の中にいる。
二人が……二人が――茜と葵が投げた。
壁に打ち付けられ、立つことさえ危うい。その証拠に目に意思はなく、息のも微か。生命の危機であることがすぐに見て取れた。
生命の危機を侵してもなお、僕を守ろうとしてくれている。榎凪が僕の知らない誰かを見るために作られた僕ごときを守ろうとしている。
よたよたふらふらと、意思なんてかけらもないのに、武器も何もなく戦うすべもないのに僕に向かって歩いてくる。
そんな光景を、《失敗作》は見下している。至極詰まらないものであるかのように、見下ろしている。
でも、大剣は構えることなく、僕を壊そうとしている意思も見受けられない。
かなりの時間がかかって僕の下にたどり着いた二人は、両側から僕を守るように、僕に向かってくるものが僕に当たらないように、包み込むようにへたり込んだ。
耳元に微かに呼吸音が聞こえる。
眠っているかのようだった。
こんな僕に、《失敗作》は再度問う。
「まだ、死にたいか?」
両側には二人の女の子。女の子だったもの。彼女たちも誰かから改造されて作られたのだろう。僕は彼女たちが改造されているのを背にして戦っていたけれど、彼女たちはそれを望んでいたのだろうか?
わからなかった。
彼女たちがそれを望んでいたかどうかと同様に、僕自身も望んでいたのかもわからなかった。
そして、死にたいのかも、わからなかった。
だから答えなかった。答えられなかった。
これほどまでに、彼女たちが僕を守ってくれているのに、生きる理由が見つからなかった。
ただひたすらに、月を背にして立つ《失敗作》の目を見る。
暗い、暗い、金色の瞳。
それだけが僕と違う金色の目。
「俺は……お前が殺したいかわからない。ただの嫉妬なのかもしれない。投影機としてでも榎凪のそばにいられるお前に対して。でも、死んだ人間の投影機になるなんて、ごめんだとも思う。だから……お前がそんな葛藤に悩まされないように、俺はお前を殺す」
三度目の大剣を振りりあげる動作。今度こそ、僕に向かう太刀筋を阻むものは何も――
ブオォォォオン!
――ないはずだったのに。
民家の屋根の上から飛来する真っ赤の車体。閃光のようなスピードで、何のためらいもなく《失敗作》を轢いた。
爆音を、文字通り爆音を立てて《失敗作》を吹き飛ばす。
「他人の《恋人》に何してんだよ、クソが」
民家の上に勇壮と、真紅のドレスを身にまとい、騒ぎの元凶、全ての事実を知っていて、僕が何も知らないと信じている華麗なる女性――秋宮 榎凪が立っていた。




