第5歩:HUMP
さすがに足が痺れてきた頃に榎凪は起きた。
日はすでに傾き始め時刻は四時前後といったところだろうか?どちらにせよもう街を回る時間は余り残されていないだろう。あの暗い路地を遅くに歩くのはよいことではない。僕らは大丈夫だが返り討ちにあう素人の人々の方が可哀想だ。
「さぁ、榎凪さん。起きてください」
僕は恥ずかしいがわざわざ『幻夢の誘手』を出して起こしてやった。
気絶させるぐらいのパンチをした事への罪悪感がある。これはそのことへのささやかな償いだ。つくづく思うが僕って榎凪に甘いよなぁ……。
「おはよう、ハコ」
ぱっちり目を開け実に爽やかな挨拶だ。街を破壊しようとした後の顔とは到底思えない。
「おはよう、じゃないですよ」
とりあえず突っ込みを優しく入れてみた。
「いやいや、ごめん。お前のことが絡むとどうも自我が吹っ飛ぶからね」
じゃあこの人の自我は何時現れるのやら。いつも自ら絡んでくるクセして。
「あー、気持ちよかった。やっぱりハコの膝枕は気持ちいい」
立ち上がらずに僕の膝の上で軽く伸びをしながら当然のように言ってのけた。
「もしかしてずっと起きてたんですか?」
「そんなことはないよ。つい一時間ほど前からだ」
それって気絶してすぐ起きたってことじゃないか。はめられたのか?
足まで痛めて介抱してやってた間この人はずっと気持ちよく僕の膝の上に?
「お前への反撃だよ」
何も言っていないが意志を汲み取ったのか相変わらずの軽い口調で言う。
そういわれては言い返しようがないが。
「まぁ、ハコのネコミミも堪能しきったからお腹いっぱいだ」
「いいから早くどいてくれませんか?そろそろ痛いです」
いい加減足が本当につらくなってきた。慣れないことをすると余計疲れるのだ。
「よっこいしょっと」
ずいぶんおやじ臭いかけ声で起きあがる人だ。もう少しぐらい年齢相応のかけ声があるだろうに。
「さぁ、デートを始めようか?」
にこにこと憎たらしい笑みを浮かべて手を差し出す榎凪。
仕方なさげに立ち上がろうとしたが足が思ったように機能してくれない。そのせいで前につんのめってしまった。
「おやおや、動けそうに無いじゃないか、ハコ」
わざわざこんな芝居がかった声と動作で。誰の所為だと思ってやがる。ってまさか、
「私がおぶってやろう」
やっぱりそうきたか。
「いいです、少し休めば――」
「時間がないのはお前がよくわかってるじゃないのか?
それにさっきおぶってもらったお返しだ」
この人はとんだ策士だ。ここまで全部策を練っていたとは。ここでおぶられるということはこれからの主導権をすべて託すという意味だ。なんという計画性だろうか。
実にすごいことだと思う。他のことに生かしてほしいものだ。
考えた末、
僕は無精無精ながら榎凪の手を取りおぶさる。
榎凪はこれまで何度も見てきている勝ち誇った笑みを僕に向けてきた。
「あぁ、ハコの吐息が今度はうなじにぃー!」
「にぎゃー!なに鼻血出してんですか!」
とりあえず僕は鼻血が止まるまで榎凪の鼻にポケットティッシュを当て続けた。
本当にこの先僕は大丈夫なのだろうか。




