断罪血族
―others―
《びょうびょう》と吹き荒ぶ風。
《ひうんひうん》と鳴き叫ぶ声。
――とある冬。
――とある夜。
漆黒の作りの荒い地面すれすれの丈を有するロングコートを着た少年。
優しそうな笑みを浮かべ、年齢を計りかねるような雰囲気を纏う少年。
希崎時雨と間宮和湖二人そろって周囲の警戒をすると言う行為は実に珍しい光景であった。正直なところまったく意味が無いからである。
この見回り、わざわざローテーションを組んで一定のサイクルで自分の番が来るのではなく、その日その時で時間の空いているものが自発的に二人以上の人数で行っている。誰もやりたがらないときは滅多にないが、そんなことが有った場合は籤引きで決めるという適当さ。誰が行ったところで結果に大差はないので、民主的かつ平等ではあるが。
普段ならばそれでよい。が、今は違う。この二人は組まないよう皆が配慮してきた。
希崎時雨は『神々の墓守』中最強中の最強。ワイルドカード的存在。
対して間宮和湖、『神々の墓守』中最弱中の最弱。ジョーカー的存在。
この二人は相性、性格、その他諸々が一番合わないペアリング。しかしながら、『神々の墓守』で未だに破られた事の無い最強のコンビネーション。平時の際は強力すぎる。
「だりぃな、おい」
「そうですね」
「うっせぇ、しゃべんな」
何故そんな二人が、わざわざ街中を歩き回り、警戒なんかをしているかといえば、差し迫る鏡の転生の護衛な訳である。神が転生するともなれば、それなりに大きな力を使うことになるのは必須。その期を突いて『神々の墓守』を崩壊させてしまおうとする輩や、神の力を取り込もうとする輩、さまざまな招かれざる客がやってくる。
前者ならまだしも後者が目的の奴の相手をするのはダルい、と時雨はいつもの様にぼやいた。当然といえば当然だ。無理な事を無理と知っていながらくるのだから。正直、ウンザリしてくる。
和湖はといえば、いつものように能面を貼り付けたような当たり障りの無い、気味の悪い笑顔を浮かべているのみ。感情なんて欠片も見せない。こんな些細な点でさえ、二人は反発しあう。
「まぁ、鏡ちゃんのためです」
「知るか」
「予行演習だと思えば良いじゃないですか、誰のかはあえて言いませんが」
「…………」
駅に差し掛かる。
闇夜に沈んだ駅は薄気味が悪いが、二人ともそんな事ごときで恐れおののくような人間ではない。
だが、そんなことには一切合切関係なく、まるで虚構の現実のような、汚れきった純潔の、昏んだ真昼のような、スイカを割ったような笑顔を浮かべた、トマト潰したようなグチャグチャの、
真っ白い、≪ソレ≫が立っていれば、
まったく話は別だ。いるはずのない、≪ソレ≫。死んだはずの、≪ソレ≫。幽霊などでは勿論無く、人間であるはずも無い、≪ソレ≫。
純潔で醜悪な、
仮定で結果な、
乱雑で精緻な、
無敵で薄弱な、
罪悪で正義な、
明確で胡乱な、
有限で悠久な、
特殊で凡庸な、
群衆で孤高な、
異常で一般な、
宵闇で燦然な、
慈愛で憐憫な、
事実で架空な、
英知で稚拙な、
地獄で極楽な、
無為で人工な、
終焉で起源な、
矛盾が矛盾しすぎて更なる矛盾を孕んだ矛盾的存在に――
飽和しきって濃縮しきって終了しきった矛盾的存在に――
不運にも……/……幸運にも
――≪ソレ≫に出会った。
時雨は顔を歪め、和湖でさえも眉を動かす。
「よぉ、久しぶり」
ニタァ、とべとべとした蜂蜜のような笑みを浮かべる、≪ソレ≫。手には巨大な両刃の剣。身の丈など優に超えた代物。小さな≪ソレ≫が振るえるはずも無いモノを軽々と手で繰り、二人に切っ先を向ける。
「お前等とは話したいけど、死んだ後で良いや」
「剣野――――――――っ!!」
話なんて聞く耳も持たず、何も持っていない腕を振るう時雨。荒々しい声とは裏腹に、指先まで細かく繊細に。
和湖は動かない。何もしない。
時雨が腕を振るうのと同時に、黒い何かを吐き出す時雨のロングコート。おぞましいまでに鈍い黒。白を塗りつぶすために作られたような黒いナイフ。宙を無数に駆る殺人道具。まるで、人形劇のような滑稽さ。
最早、時雨に理性などなかった。≪ソレ≫がいるだけで、殺すに値する。存在悪。原初悪。生存悪。起源悪。誕生悪。根源悪。
グチャリ。
ささる。
グチャリ。
ささる。
グチャリささるグチャリささるグチャリささるグチャリささるグチャリささるグチャリささるグチャリささるグチャリささるグチャリささるグチャリささる。
気持ち悪いぐらいにささり、ささって、血が噴き出す。白から真っ赤な血が漏れる。
それでもなお、狂ったようにナイフは自立し、独立し、生を受けたように、魔法が掛かったように、飛び交う。
殺してもなお足りないので、殺したという事実さえも殺して、更に殺す。
ひとしきり、大体百回程度繰り返して、ようやく時雨は止まった。疲れているはずも無いのに、目が血走る。息が上がる。傷がつく。イタイイタイイタイイタイ。
「んで、もう終わり?」
退屈しのぎ見ていた番組が終わったような気軽さで、≪ソレ≫が話しかけてきた。
ナイフが刺さりっぱなしの肉塊から“では勿論無い”。地面でも踏むかのような気軽さで、止めのように深々と肉塊に突き立てる。何本かナイフを吐き出す、元生物。地面まで貫通し、抜けそうに無い剣の柄の上に、ひょいと軽業師のように座ると、またベタベタした笑いを浮かべる。
「元気、じゃねぇよなぁ。どっちでも良いけど」
時雨が前に手を突き出す。同時、ささっていたナイフが宙に浮く。言葉無き魔術。陣なき魔術。魔法。更に加える事、ナイフがロングコートから躍り出て、空をたゆたう総計百八つのスローイングナイフ。
「未だにわかんねぇな、その手品。こえぇこえぇ」
キシキシ、軋むようにキシキシ笑う≪ソレ≫。
そんな事はお構いなしに、手を惑うことなく、歪むことなく相手に向けたまま固定したままの時雨。ピクリたりとも動かない。ただ、ナイフがふわりふわりと敵を俯瞰、凝視している。
「数にゃ数であてるのが上等だとおもわねぇか?なぁ、時雨?」
話の脈絡も何も有ったものじゃない。本能の赴くまま、感情の傾くまま、子供のように、動物のように、喋る≪ソレ≫は、ようやく行動に移った。否、移させた。
ギャッギャ、ギャッギャ
キャッキャ、キャッキャ
GYAHAGYAHA
KERAKERAKERA
猿のような、鬼のような、気持ち悪い笑い。猿のような鬼、鬼のような猿、猿鬼達が待ちわびた狂宴に招待されたかのごとく、一匹二匹と現れる。
宵闇の陰とはいえ、総勢二百を超えるような人クラスの化け物たちを隠す事は出来まい。この猿鬼達はきっと、この瞬間、≪ソレ≫によって生み出された架空のような現実の産物。
「さぁ、遊ぼうか、時雨?」
踊り狂う波、押し寄せる命。
「さぁて、クールにいこうか」
構えない、時雨。青く光る目。ヒンヤリとした微笑。
行う事は手を振り上げるだけ。一方的殺戮。虐殺。
ピチピチ♪ 雨降り。
チャプチャプ♪ 水遊び。
ランランラン♪ はい、終了。
―●―
えげつない血の海。
残るは二人と一個。
「十分持たなかったぜ、ビックリだな」
何も答えない。未だにナイフは宙を旋回中。人形劇のように、歪なのに統制の取れた動き。
グチャリ。
一人倒れた。歳の分からぬ、存在理由不明のヴァンパイア。尋常じゃない出血。
『まさか、十分も持たずに一人死ぬなんて思いもしなかったぜぇ?なぁ、和湖?』
血の海に彷徨する死体。
空には血濡れのナイフ。
大刀を振り抜いた白い≪ソレ≫。
まさに――地獄絵図。
「バァカ、一人ジャネェーッテノ」
ゴポゴポゴポ。血が喋る。
間宮和湖の声で、喋る。
尋常ではない血量が、声を発している。
ドクンドクンドクンと、脈打つ大気。世界が間宮和湖で、間宮和湖が世界。魔法とか魔術とかそんなものですらない、得体の知れない何か。
「俺ヲ殺シタ罪――贖ワセテヤンヨ」
白い≪ソレ≫も、時雨さえも驚いていた。
死んだという不測事態に次ぐ、更なる不測事態。
≪ソレ≫を血が飲み込む。ジェルのように動き回り、足を体を手を首を顔を髪を存在を飲み込む。
間宮和湖は明らかに死んでいた。それでもなお、敵を葬る間宮和湖。
「クソが」
時雨が呟いた。≪ソレ≫も呟いた。
≪ソレ≫が呟く事で血は切り刻まれ、時雨が呟く事で己がナイフ時雨が切り刻まれた。
圧倒的とは言わないが、≪ソレ≫は勝利を収めた。意味の無い、実力も垣間見せないまま、雌雄は決した。
≪ソレ≫は尚も彷徨っている。
残されたもの。
四肢を切り刻まれた人形師。
胸部を切りきられた役目無。
あと、若干の謎と血、たったそれだけ。一夜でそれだけのものを産み出した。
B.E.




