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第40歩:幻影鏡界2


 《――んでも、壁を壊すのはやりすぎだ、榎凪!》《大河の一大事なんだぞ!壁の一枚や二枚でとやかく言うなっ!》《お前は計十二枚の壁を壊してんだよっ!治すのは俺に回ってくんだから……。ちっとは加減しろ!》《お前の苦労と大河を天秤にかけろと?ハァ?お前は××××か?天秤にかけたとしても天秤が壊れる勢いで大河の方が縦一直線に下に来るわっ!》《時雨、榎凪、いい加減静かにしろ。病人の前だ、好ましくない》


 そんなやり取りを意識の海の底から聞きながら僕の意思はようやく覚醒した。

 薄く目を開ける。木目の走った天井が視界に広がり、色々な薬のにおいが鼻についた。どうやら僕は大地さんの家の何処かの部屋(それも治療専用の)に寝かされているらしく、柔らかい布団に包まれていた。

 僕の意識が戻った事に真っ先に気づいたのは当然の如く――


「たいがぁぁぁぁーーーー!!!!」


 榎凪な訳で。地面と平行に涙を流しながら飛んでくる。涙で泣きはらした赤い目とぐしゃぐしゃになった顔が突然せまってきたら当然怖い。怖いけど、横になった僕に避けようはないし、何よりここは感動の再開を演出するべきなのか?となると僕も涙を流さないといけないのだろうか?待て待て待て、準備できてないぞ。困った。いや、ここは困惑したようなふりとかをして惚けるべきか?それとも、あなたは誰ですか、とか言って新たなドラマ展開を用意してやるべきか?

 そんなくだらないことを考えているうちに激突寸前っ!!

 衝撃に身構えたその瞬間、僕の上を銀色の何かが薙いだ。当然の如くそれは榎凪の顔面に直撃し、榎凪が木の葉のように3m近く後ろに飛んでった。榎凪の頭がなくなっていないかどうかが僕の唯一の心配です。

 僕は意識をなくしてはいたものの、身体的異常は何処にもないらしく違和感なく身体を半身起こす事が出来た。そして、榎凪を吹っ飛ばした犯人と会話を始める。


「僕は榎凪を吹っ飛ばした事について怒るべきなのか、危機を回避してくれた事について礼を言うべきか……」

「きっと私を褒めればいいんだと思います」


 僕は心的要因からくる頭痛に頭を抱えながら、まるで年五十本ホームランを量産する野球選手のような見事なスイングを見せた葵に顔だけを向けた。葵の手には金属バット、爽やかに、にこやかに、まるで本当に野球してきたかのように汗を拭う。心の汚れた人と特殊趣味の人間にはあまりにまぶしすぎる光景だろう。幸い僕はどちらにも該当しないので直視できる。

 葵の敬語癖はまだ残っているが、これはもう丁寧語といったレベルだ。服装も麻紀さんや明さんに弄り回され、和服などではなく現代的なファッションになっている。良い変化だろう。茜はといえば相変わらずゴスロリファッションで騒がしいが。


「さぁ、思う存分、私を褒めてください」


 葵の一番変わったのはこの積極性だ。これは榎凪の悪影響の一言で説明は済む。細かい説明を付け加えるなら、榎凪自身が組み込んだ僕への好感という感情。それが裏目に出て、嫉妬による抑止力と化してしまったらしい。有り難や、嗚呼有り難や、有り難や。

 僕の推測と長年の経験より榎凪は残り約三秒で活動を再開する。その間では葵を褒める事はもちろん、叱ってからちゃんと執るべき行動を教える事は不可能。僕は頭を撫でられたいがために頭を突き出している葵を放っておく事にした。

 しかしながら、無視したのは更なる暴力の種をまく結果となる。

 僕以外の手、すらりと長く、白魚のような指ががっちりキャッチ&スロー。って、スローッ!?いくら子供といっても少なくとも二十キロはあろうかという人間を握力だけで掴み上げ、投げ飛ばすって……正直言って女性が片手で出来るとは思えない。


「私を差し置いて、何するつもりかな?」


 変に力の入った言葉でぼろきれの様に転がっていた葵に上から物言う榎凪。幾らなんでもやりすぎだ。ここは一つ僕から言っておこう。榎凪なら僕の言葉はそれなり、場合によっては致命的に聞くはずだ。

 だがその必要はなかった。本当に悪い事だが、今の今まで意識の範疇外にいた人が僕の役目を実行してくれた。


「てめぇはちっと静かにしとけ」


 時雨さんは不機嫌に、心底呆れたかのように言い放つ。ため息も忘れずに、限りなく自然に吐いた。

 だが、榎凪の一瞥だけで、ひぃっ、という女々しく頼りない声を上げてそそくさと部屋から時雨さんは退散していった。弱い。あまりに弱すぎる。時雨さんはきっと、何か榎凪に関するトラウマがあるんだろう。それが僕が一ヶ月間見ていて行き着いた回答であった。でも、それにしては何かと榎凪さんにからんでくるよなぁ、時雨さんは。

 そんなことはさておき。時雨さんがいなくなったからには今度こそ僕が言わねば、と意気込んだ矢先、また別位置から声がした。どうやら、今この時間この場所に存在する神様は僕に榎凪を注意させたくないらしい。


「秋宮、程々にしておけよ。程々に、な」


 なんとなく含みがある口調で大地さんはそういった。結して厳しくはないが破ると怖いぞ、見たいなイメージを何処となく沸かせる。

 だが、榎凪はそんなそんなものは何処吹く風、世界の中心は私だ、的な不遜で不躾な態度で大地さんの言葉やら雰囲気やら何やらを尽く無視して僕に抱きついた。そうしてようやく念願かなったといった風に数秒別時空、異次元へトリップし、やがて真顔で言い放った。


「私は自己中心でね。自分と自分のものがよければそれでいいんだ」


 言い終わるや否や、僕に頬擦りを開始する。正直言って、たまらなくウザイ。

 それにしてもとんでもない暴言を言ってくれちゃったもんだ。この人なら自分が思いたてば、地球だって真っ二つにしてしまうだろう。そういう考えにいたらないように僕が努力しないといけないんだろう。先が思いやられるよ、まったく。


「まぁ、そんなことはどうでもいい。……調子はどうだ、『紀伊 大河』?」


 まるで僕の名前を確認するかのようにフルネームで僕を呼ぶ紀伊 大地さん。実際のところ確認かもしれない。僕が本当に僕であるかの。正常にこの家出の与えられたキャストをこなしているかの。

 大地さんの言動はいまだにつかめないものが多々ある。掴んだところでどうにかなるわけではないのだが、好奇心ぐらい僕にもあった。

 変な事を勘ぐってもそれは結局疑いの域を出ない。嫌疑は嫌疑であって、事実にも真実にもなりえない。まれに一致する事もあるが。


「よくもなければ悪くもないです」


 そんな当たり障りのないような言葉が口から勝手に漏れた。

 しかし、そんな僕の言葉はよほど信用が無いようで、


「熱は?」

「痛みは?」

「食欲は?」


 などと色々聞きなおされたあげく、熱を測らされるなどの検査とも呼べない民間的かつ簡素な確認が行われた。諮るら最初から聞かなければいいのに、とぼやくと大地さんはなんとも取れない微妙な薄い笑顔をその均整のとれた美顔に浮かべるだけだった。

 さて、そうこうしている内に時間は過ぎてゆき、もう日は完全に地平線に没しようかという時だった。

 倒れたわりになんともない僕を見て榎凪がここぞと言うばかりにじゃれて来る。抑止力の役割をしていた葵も明さんや麻紀さんに(玩具として)連行されていってしまい、されるがままに僕はなっていた。大地さんはまったくもって無関心のようで無表情でその光景を眺めている。せめてリアクションぐらいしてほしい。助けてくれるならベターだ。

 そんな僕に救いの手を差し伸べてくれたのは実に意外、冥王星が惑星じゃないと決まってしまったぐらい予想外な人物だった。


「そのくらいでやめたらどうですか?」


 凹凸のない声。それは先ほど逃げるように出て行った時雨さんではなく、無論和湖さんでも、朝熊さんでも、麻紀さんでも、明さんでも、由愈でも、夏雪さんでも、大地さんでも、葵でも、茜でも、当然僕の付属品にでもなろうかという榎凪本人でもなかった。

 不甲斐ない事に今の今まですっかり忘れていた。悪い。

 入り口から土鍋を持って足音無く歩いてきたのは他でもない、いっしょに倒れたはずの鏡だった。

 

「倒れた時にはお粥です」


 微妙にずれており、間違った見解を何の前置きも無く言い放ち、無言のまま大地さんの隣に着席。

 いやいやいや、待てよ。僕の記憶は飛んだのか、おい。いくらなんでもそりゃ無いだろ。確かにあの時、鏡が目の前で倒れていって……あれ、鏡が倒れたんだっけ?鏡が倒れると何で僕まで倒れるんだ?しっかりしろよ、僕。思い出せ、思い出せ、思い出せ。記憶を性格迅速に引っ張り出せ。

 そんな記憶混乱中の僕の横で、大地さんは何語のも無いように半から顔を上げ、もう大丈夫か、と聞いた。

 あ、そうか。ただ単に僕が目を覚ます前に起きて、部屋を出て行ったんだ。事実とはそんなもん。違いない、そうに違いない。

 すっと視線だけを大地さんに向け、変な間があってから首肯した。

 正解正解大正解。ホームズもコロンボもコ●ンも吃驚の推理だ。


「ん、どうした、どっか調子悪いか?」


 僕の思考は相当外見に出ていたらしく、空が落ちてくるのではないかというぐらい心配した顔で榎凪が僕の顔を覗き込んでいた。まったく、心配性にもほどがあるぞ、榎凪。

 僕は例え通りそれが要らぬ心配、杞憂である事を示して、榎凪の頭を遠くに引き剥がす。んでもって、病み上がりの鏡が甲斐甲斐しく作ってくれたであろうそのお粥を受け取ろうと体ごと向きを変える。


 鏡の身体が倒れている最中だった。


 どうやら鏡はまた倒れてしまったらしい。幸い、鏡の身体を恐ろしいまでの反射神経で大地さんが引き、土鍋ごとお粥を弾き飛ばしたおかげで無傷であった。

 それに僕も今回は倒れなかったらしい。何故かって?頭にかかったお粥が目覚ましの役割を十分に果たしてくれたからさ。




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