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第36歩:FACE-3

 

「そうですか」


 僕は素っ気なく突き放す様に答えた。僕はまだ時雨さんを信用しているわけではない。だからこの三つの質問は参考程度に聞いたまでだ。

 もっとも時雨さんは僕の反応が気に食わないらしく、不機嫌そうに毒づく。


「なんだよ、それ。人が折角ものすごい重要な事暴露したって言うのに酷すぎるんじゃねーの?ま、んなこたどうでもいいか」


 時雨さんはシニカルに笑い、宙に浮かんだままのサバイバルナイフを回収してから踵を返して道場から出て行った。音も立てず、颯爽と優雅に。

 そして二秒も立たず戻ってきた。いや、戻ってきたというより戻ってこさされたのほうが適当だ。何か強い衝撃を叩きつけられたかの如く、ゆるい弧を描いて受け身もままなず、変な音を立てて床に落ちた。

 犯人なんて見なくても分かる気もするけどここはあえて黙秘権を行使しよう。


「すいませんごめんなさいもうしません……」


 起き上がったかと思うと念仏のように謝罪の言葉を土下座しかながらつぶやいている。もちろん僕ではなく入り口に向かって。

 そんな滑稽な光景の中に侵入者、もとい乱入者が現れた。それはもう颯爽と風のように荒々しく火のように、疾風の如く怒濤の如く、全てを破壊せんばかりの勢いで。言わずと知れた我が主、秋宮 榎凪、その人である。


「こぅら、希崎!貴様誰に断って大河と二人きりになってんだ、あぁ?!悪意を向けた笑みを浮かべてんだ、あぁ?!」

「はいあなたが仰っていることは何一つ間違えではありませんだからお許しくださいませ榎凪様……」


 文字を一度も区切ることなく、ひたすら退魔の呪文のように言葉を時雨さんは連ねている。実を言うと時雨さんって『神々の墓守』の中では地位がものすごく下に思えてくるほどに低姿勢。実際はそんなことはないのだろうけど。僕の知らない昔から決まっている順位なんだ、きっと。

 そう思うと時雨さんが少しうらやましい。僕の知らない榎凪を知っているのだから。今まで榎凪の昔話を聞くような話の流れもなかったし、そもそも気にしていなかった。今度調べてみるのもいいだろう。


「おい、大河。ちょっと来い」


 唐突に僕に声をかけてきた榎凪。そのあまりの前置きのなさに僕はまったく反応できず、いざ動こうとしていたときには榎凪がこちらに向かって歩いている最中だった。当然のごとく土下座中の時雨さんは放置して。

 あまりにもかわいそうな光景だったんで思わず声をかけようとはしたが、声をかけられたらかけられたで時雨さんが惨めなことに気づいて止めておいた。まぁ、僕が時雨さんのところに駆け寄るのを警戒してか、榎凪が僕と時雨さんの間に入るように立っていたから無理だったけど。


「お前、あいつに何もされてないよな?」


 顎で時雨さんを指し、僕に同意を求ててきた。見ての通り僕は心身ともに時雨さんには害されていないので、首肯する。

 それでも心配なのか、僕をボディーチェックするかのようにくまなく触り始めた。気恥ずかしくなり、飛び退こうとしたが榎凪は存外強い力で押さえつけて逃げれないようにしているので、大人しく触られていた。そして最終的に僕の肩に手をおくと大きく頷いて一言だけ口にした。


「うん、何もされてないみたいだな」


 いくら榎凪でも心配のし過ぎだろう。それに当面の仲間にすると選んで僕を連れてきた本人が疑ってどうする。本当にこの人は何がしたいのやら。


「大河〜」


 いきなり甘い声で名前を呼ばれ抱きつかれた。

 やっぱりなんの前触れもなく自由奔放に、自分のテンポで僕を自分の中に手に入れようとした。そしていつも通り僕は抵抗する暇もなく、されるがままだったんだけど、何かいつもと違う。

 失うのを恐れる様に。

 迷いを打ち消す様に。

 壊れるのを守る様に。

 逃げるのを捕まえる様に。

 死にゆくのを生かす様に。

 望みを繋ぎつづける様に。

 本当に必死に、その手の圧力で潰れてしまいそうなぐらい、強く抱きつかれた。多分こんな風に力任せに抱きつかれたのは初めてだ。少し戸惑ったけど、やっぱり榎凪から伝わってくるのはいつも通りの暖かい熱。だから僕はそのままでいた。

 抱きついたままで榎凪は囁くように弱い声で、折れそうに細い声で、透き通る綺麗な声でしゃべる。


「お前は死んだりしない。ずっと私の横にいてくれ。笑わなくてもいい。時には泣いてもいいから、ずっと、ずっと、側にいろ」


 それはほとんど独白に近い言葉の並び。僕に言うというよりは自分に言い聞かせるように紡いだ独り言。

 でも表面上は僕を慰めるような甘い囁き。僕はその裏に隠された真意を聞きたいとも、考えたいとも、知りたいとも思わなかった。それが榎凪のとった行動なら僕はそれを素直に受け取ろう。ここで慰めの言葉なんか必要ないとしても。


「ありがとう、榎凪。ずっと、側にいさせてくださいね」


 それだけいうのが精一杯だった。それ以上言えば壊れてしまいそうだかから、二人のこの楽しく愉快な関係が。

 榎凪は突然身を離し、


「いやー、久しぶりに大河に抱きついたから思わず感慨深くて涙が出そうだ」


 といつもの調子で呵々大笑した。まぁ、そんな風に笑殺してくれた方が榎凪らしくていいけど。うん、さっきのが余りにも例外すぎたのだ。目の前にいるのはいつも通りの榎凪であるのが一番心地いい。


「まぁ、私はあそこで床に愛撫している馬鹿なんかに用はない。私の行動理由はただ一つ!お前のみだぜ、大河!」


 両手人差し指で指名された。今日はいつにもまして浮き沈み激しいなぁ……。

 僕はそんな榎凪にため息を一つついて、返事をした。


「で、なんなんですか?」

「いいから来い来い」


 榎凪は僕の背中に回り込んでぐいぐい背中を押してどこかにつれていこうとする。さすがにそればっかりは遠慮しておいた。移動中に見られたら恥ずかしい。

 恥ずかしいといえば、さっきのは相当赤面ものだ。誰かに見られたら……って、時雨さんがいるのすっかり忘れてた!どうしよう、まともに時雨さんと顔合わせられないかも知れない。

 そんな事を考えつつ急いで部屋を出た。

 去り際、榎凪が振り返り時雨さんに向けて一方的に、


「ありがとなー」


 とだけ言ったのが少しだけ聞こえた。


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