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第33歩:VICIOUS ANGEL-END OF DREAM

 僕は木刀をしっかりと両手で持ち、何度目か分からないが夏雪さんへと構え直した。武術を習っていない僕に型なんて無い。ただ、実践のみで培ってきたやりやすい体勢。それは日本剣道の中段の構えに類似してはいるものの、やはりどこか見た目に違和感がある。

 そんな不安定な構えでいいのかは疑問だが、他の答えを今の所、僕は持ちあわせていない。夏雪さんに勝つためには実践の勘に頼るのみ。後は己の才能の片鱗を信じ、喰らいついていくだけ。


「――っ!!」


 音にならない声で力を込め、まっすぐ夏雪さんの脳に向けて振り下ろす。

 当然夏雪さんは棒を使って受けようとする。

 が、すぐに棒を斜めにし、流す体勢へと作り替えた。当然の事。先ほどと違って僕は十割以上の力を持って、夏雪さんに向けて攻撃をたたき込んでいる。それをまともに木の棒ごときで受けれるはずもない。先ほどの五割程度の力ならまだしも、そんなことをすれば棒ごと折れる。

 その点、夏雪さんの切っ先のスピードを確認した動態視力と冷静な判断力には恐れ入る。読み合いで勝とうなんて笑止千万だ、こりゃ。

 流された木刀の勢いを殺さぬようしなやかに曲線を描きながら脇腹を斜め下からねらう。ただ、先程より威力は若干落ちる。

 夏雪さんはバックステップをし、追撃を避ける為、棒をふるった。しかも的確に僕の頭を狙ってくる。避けるほどの威力ではなかったので木刀で弾いた。

 気づいたときにはもう遅い。夏雪さんが意味のない攻撃をするはず無かった。追撃されないなんて理由は小さすぎて話にならない。

 防御と攻撃の同時化、それが戦闘の最終形態。それを夏雪さんはやってのけた。

 棒の特性――どの部分であっても攻防どちらも使用可能ということ。忘れていたではすまされない事実。

 弾かれた棒の先とは反対側の先で肩を狙われた。木刀は間に合わない。

 屈んで辛うじて避けた。本当に危ない。何せ僕の白い髪にかすったぐらいだ。夏雪さん、今の本気だったし。当たってたら失神してたよ、間違いなく。

 ほんと、容赦ない。

 低姿勢のままで後ろに引く。

 だが、次の瞬間には夏雪さんの殺気に感応されるかのように僕は前へと踏み込んだ。

 ほぼ無心に。

 ほぼ無我に。

 ほぼ狂気に。

 体と心が離れて。

 心と体が離れて。

 そう、

 狂おしいほどの感覚で夏雪さんに切りかかっていた。


  ―inside―


 一体、僕はどんな目をしているのだろう。

 狂気に満ちた紅い目?

 慈愛に満ちた蒼い目?

 空虚に満ちた白い目?

 恐怖に満ちた黒い目?

 そんな簡単なことでさえ分からない。解らない。判らない。

 まるで誰かの見ている映像を見ているかのように無感覚。気持ち悪い浮遊感。

 手に木刀を握っているはずなのに手のひらの感覚はない。そのくせ、握っている意識は確かにある。更に意志にあらがうかのようにどこからともなく迸る電撃。痛みによる雁字搦めの拘束。鎖。鎖。鎖。

 そう、呪いの鎖。

 鋼鉄の刃が切れぬよう鞘ではなく、鎖を巻かれた。

 僕はそんな気分だった。


 一体、

 そういえば、一体――

 今いる僕は僕ではなく、誰なのだろう?


  ―outside―


 高速で降りおろされる木製の刃。帯状に広がる茶色い閃光。

 かん、と言う乾いた優しい木の音などその場に響きはしない。あるのは風を切る音と時々鳴る木々の擦れる声。

 一斬、一衝撃がすべて必殺。

 繰り返される圧倒的な暴力。

 止まることを知らない破壊。

 終わらなく続き続ける終焉。

 誰もが言うだろう。素人目にも判る。これは既に手合わせの域ではない。完全な殺し合い。

 対峙し合うのは白銀の髪の少年と黒瞳黒長髪の容姿端麗な女。演劇の殺陣のように踊るような軽快さもなければ、武道のような真剣さも二人にはない。そこにあるのは喉が渇く冷めきった熱。

 二人を例えるならば――それは凍り付いた炎。


 少年は切りかかる。

 少年は女へと切りかかる。

 少年は縦横無尽に破壊する。

 少年は女を縦横無尽に破壊する。

 女の存在を否定するように、

 女の存在を拒否するように、

 ひたすら斬った。

 反撃されれば崩れてしまう、つついてしまえば壊れてしまう――そんな脆く弱い感情。

 少年は正に今、弛んだ縄で綱渡りをしていた。

 進んだ先に栄光などない。

 戻った後に汚名などない。

 そんなことぐらい少年にも分かっている。むしろ、他人より結末をより深く、広く知っている。

 それでも、

 それでもなお、

 少年は進む。

 その姿は荒々しくも猛々しく、不変に不規則に、蠢き迫る。


 少年は蹂躙する。


 木刀の切っ先だけで女を檻の中に少年は閉じこめた。もう、逃げ場など存在しない。


 少年は蹂躙する。


 少年はあえて女の得物を狙い、弾くように切り上げた。殆ど勝負などついているが誰も止めない。誰も止められない。


 少年は蹂躙する。


 女は少年から与えられた大破壊でさえ、その細い腕で踏みとどまった。でも、もう無理。手先の感覚ももはや途絶えた。もしかしたら折れているかもしれない。


 少年は蹂躙する。


 女は両手で棒を横にかかげた体勢。ぴくりとも動かない。少年はあえて木刀を逆手になるよう半回転させた。少年にそんな癖はない。ただ、今だけ不規則にリズムを刻んでいるだけ。


 少年は蹂躙する。


 迷いなく上から下へ下ろされる殺意(やいば)。が、少年は女の体ではなく棒をねらった。


 少年は蹂躙する。


 二つが衝突した。

 二つとも折れた。


 少年は――蹂躙する。


 衝撃で宙を舞う刃などに見向きもせず、女を押し倒した。女はされるがまま。抵抗する力も気力も残ってない。


 少年は――


 少年は折れてとげとなった木刀を両手で持ち、女の喉元に構える。


 少年は壊した。


 棘を女の喉に降り下ろした。


 少年は壊そうとした。


 降り下ろそうとした。


 少年は壊せなかった。


 降りおろせなかった。




 少年が壊れた。

 電池切れ。

 時間終了。




 少年早すぎた。

 何をするにも早すぎた。

 リセット。




 終わったテレビの電源は消えた。


【This is bad image.

 It's enduring memories.

 But no remind.】


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