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第30歩:VICIOUS ANGEL-1

 和湖さんから離れ、広い家の中を行く宛もなく僕はさまよっていた。

 ここがかの有名な『神々の墓守』本拠地であると分かった以上、勝手な行動は慎むべきなのだが、やることもない。結果、こうして言っても問題なさそうな道を慎重に歩いているわけだ。

 それにしても無駄なまでに広い。榎凪だったら当然のように迷子になる。探すのも大変なのに迷惑きわまり無い。と言いつつも、僕自身、今たっている場所が分からなくなってきた。人にいえる立場じゃなさそうだ。

 これ以上闇雲に動けば本当に迷子になる。

 そう思い、僕はきびすを返してもと来た道を戻る。さすがの僕もそれぐらいの記憶力はあった。

 まぁ、おそらくここら辺でお約束ならば誰かに会うところだろう。歩合は榎凪八割、その他二割。榎凪八割のうち、迷子になっている確率は95%ぐらいだ。つまり、四分の三以上の確率で迷子になった榎凪と遭遇することになる。恐ろしい。


「あら、大河君。こんな所でどうしたんですか?」


 お約束とは必然で起きることらしい。この世には何とも複雑奇怪で戦々恐々とするセオリーがあるのだろうか。

 起きてしまったことは仕方ない。それに二割の出来事が起きたのだ。分の悪い賭に勝ったようなもの。喜ばしい。

 だが、あまり気に入らない。筋書き通りなのはあまり好ましくない。

 かと言って声を無視するわけにもいかず、振り向いた。

 そこにいたのは夏雪さんだった。


「和湖さんに話を聞いた後、行き先もなかったんで……」


 僕は率直に現状を言った。

 そんな僕に夏雪さんは柔和に笑いかけながら、ゆっくりと話しかける。


「なら少し私について来てくれませんか?」


 僕にとっては願ってもない提案だ。

 それに二つ名についても聞けるかもしれないし、僕は喜んで首肯した。

 今のところ僕が信用がおけると、判断したのは大地さんと和湖さんのみ。この二人だってほとんど仮にと言った感じである。当然、夏雪さんはまだ信用していない。それでもついていこうと思ったのは二つ名の事、和湖さんの言葉、現在暇という事実、いろいろ理由はある。

 でも一番大きかったのは、まだ仕掛けてくるに早すぎると踏んでいるからだ。少なくとも後三日、長くとも後一月は大丈夫だ。

 ところで僕には一つ、とても気になることがあるのだ。

 それはもう、ついさっきから頭について離れず、もの凄く困っている。


「あの……夏雪さん」

「はい、なんですか?」


 うわ、なんかとても聞きづらいきらびやかと言うか艶やかと言うか、とにかく凄く美しい笑顔で返された。どうしよう、僕の行き場の無くなった質問。

 やはり聞くのは止めるべきなのだろうか。なんかそれはそれで癪に障る。

 それに僕の知的欲求は中途半端に強いのだ。負けるわけにはいかない。


「何でジャージ着てるんですか?朝は着物着てたのに」


 凄く気になる物は気になるのだ。

 第一印象は高そうな着物に身を包み、髪がさらりとなびく清楚なお嬢様が、突然ジャージで身を固め、髪をおそらく邪魔になると言う理由だけで適当に結い上げられた姿で目の前に現れられたら誰だって気になる。

 やっぱり聞かなければ良かったのかもしれない。だが、僕は聞いたことに悔いはない。欲求に忠実に生きたのだから。


「来れば分かりますよ」


 夏雪さんはそれだけしか答えなかった。和湖さんとは別種のナチュラルな微笑のままで歩きだした。

 少し思ったんだが、ここにいる人たちって何かと話をじらす。回りくどい。

 そんなことはそっと心の隅に置いて夏雪さんの後ろを静かについていった。


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