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第3歩:WITCH LOGIC

 街は低く垂れ込めた雲の所為か、どこか鬱蒼としていて心に不安をあおる。誰もいない森林にでも迷い込んでしまったかのようだ。

 榎凪はどうかしらないが僕はこの街が嫌いだ。

 着たばかりのときは市場を通ってきた為か艶やかな街だと思えたが、一本道を外れるとそこはもう別世界の様に閑散としたスラム街。榎凪はわざわざそのスラム街の最奥にある安アパートを借りている。

 出所は知らないが財力はあるのだからもっといい場所を選べばいいのに。

 本人曰く、


「あんな他人の顔色をうかがって過ごすような所にいるぐらいだったら死ぬ方がましだ」


 らしい。その後呆れたように言葉を続ける。


「それにここだったらちょっとやそっと騒いだぐらいじゃ、お国の警察に見つからないだろう?」


 まったく……あの人は今回は何をやらかすのだろうか。

 国から逃げる様に出ていくことになるのだろうか。ため息がでてくるよ。

 暴力事件などはないがそんな単純なものではない。もっと陰険かつ醜悪だ。紙幣偽造などはざらに車両強奪及び無免許運転、住宅の違法占拠等々――数えればきりがない。

 そんな榎凪の横にピッタリとくっつけられ安アパートを出ていく。

 ちなみにこのアパートは珍しく法的な手続きをふんでいる。槍でも降るかもしれない。

 

「ここら辺は道が入り組んでいるから迷うんじゃないよ」


 頷くだけの無言の承諾。

 決して僕は方向音痴などではない。しかし榎凪はドキツい方向音痴だ。どうせツッコミを入れても、またあのよくわからない『モエ』なる言葉を連呼するだけだ。

 ところでいつも思うが『モエ』とは何なのか?激しく疑問だ。人の名前なのだろうか?そんなに僕はその『モエ』なる人と似ているのか?だったら一度会ってみたいものだ。

 

「なぁ、ハコ」


 突然声をかけられたから曖昧に答えてしまった。


「あ、はい?」


 榎凪がにっこり笑って少し間をおく。また『モエ』とかなんとか言い始める気だろうか。


「ここはどこだ?」


 ………………ハァ。

 本当にこの人は何がしたいんだろう。

 天然なのかわざとなのか分からない。だいたい五分五分ぐらいでやってる気がする。


「―――知る訳ないでしょう」


結果をみると僕が考え込んでいる内に榎凪が勝手に進んできてしまったようだ。馬鹿なことに僕は信じきってついてきた訳だ。お互い情けないったらありゃしないよ。


「ちょっと待っててください」


 軽くため息をついて上半身裸になる僕。別にため息をこうも多くつきたくてついて居るわけではないし脱ぎたくて脱いでる訳じゃない。露出狂でもあるまいし。

 これはあまり使いたくないのだが、この場合仕方ないだろう。街の中心部を手っとり早く見つける為にはそうするしかないし。


「えっと、いくぞ」


 少しでも責任を感じているのかいつもより少しまじめな顔だ。

 僕から無理矢理つないでいた手を離した榎凪。咳払いをしてから儀式的に、いつものように言う。


「認識番号4603『鴻の翼』発動許可承認」


 僕が意識を集中した途端、背中に悪寒が走る。

 背中が不自然に盛り上がり、現れたのは赤みを帯びた双丘。双丘はさらに形状を変化させる。長細く、平たく、いびつに物理的な事象を凌駕するように。完成したのは両翼三メートルはある紅蓮の翼。

路地裏の黒に映える混じり気のない紅蓮の双翼。


「何時見ても格好いいなぁ」


 事を終えた榎凪は僕を感慨深げに声を出した。背中の悪寒はすでに収まっているので普段通りに応答した。


「もう少し小さくしてくださいよ」

「その方が格好良くていいじゃない」


 ほんとに自己中心的すぎるよこの人。終わりが良くなくてもすべて良し。何もかも自分が楽しければ肯定するのだ。


「飛びづらいんですよ、ここじゃ」


 榎凪に向かって悪態ともいえないような悪態をつく。

 出したのは良いが――何時見てもこの姿は嫌いだ。この姿を含め様々な能力を付与された姿を見ると自分が人間ではないと思い知らされる。

 僕は榎凪の魔術によって作られた魔術制合成生命体だ。俗に言う精霊や召還獣と言う奴。

 魔術に疎いので明言はできないが僕は限りなく人間に近い存在として榎凪に作られた。

これだけ精巧に人の姿を作れる榎凪の技量は世界の魔術師の中でも抜きんでている(と本人が豪語している)。榎凪は奴隷として僕を作らず『永遠の恋人』として僕をつくった。生まれてから死ぬまで愛し合う。だからといって榎凪は僕の基本知識にそんな物は組み込まず一個人として扱っているが。もちろん榎凪は恋人という前提で僕に接してくることが多い。

 余談だがおとぎ話にでてくる『魔法』と現代社会の『魔術』は似てまったくの否なるものだ。

 魔術は学問として現代ではとらえられている。

 魔術式により物と事象を『=』でつなぐ。まるで数学のように。魔術式は言葉であり、文字であり、絵であり――その形態は様々だ。

 しかし、必要な知識の量は半端ではない。

 おそらく今ある中で一番難しい学問分野であろう。医学部なんて比にならない。例え大学の魔術の専門学科を終業したところで出来ることなどたかがしれている。それに使用規制は世界共通で厳しい。故に何かと不便だ。

そして魔法は完全に解析不可な魔術、及び魔術式を必要としない魔術を指す。原理上そんなことは不可能なはずなのだが、実際世界には数えるほどだが魔法使いがいる。つまり本人の才気のみで魔術を超越する。

 榎凪はその魔法使いに魔術を教わったと言っていた。

 話しはこれぐらいにしておいておこう。無粋に『誰に説明していたんだ?』なんて聞く奴はいないだろう。

 朱に染まった羽を広げる。羽ばたく度に土埃が舞い煙たかった。


「いってらっしゃ〜い」


 まったく、榎凪は暢気に手をブンブン振っている。

 もう少し自分のせいだと自覚してほしい。


「いってきます」


 それでも返事はしっかりとする。体に染み着いた礼儀という奴だ。


「なんか夫婦みないな会話だね」


 演技じみた挙動で頬に手を当ててから顔を赤らめる。

 返事が出来ない。今回ばっかりはもう呆れを通り越した。

 果てしないやるせなさを感じながら僕は空へと躍り出る。

 今までちゃんと見たことがなかった所為か改めて違う角度から見るとこの街の『歪み』が見えた。小さい歪みが数え切れないほど。

 発展途上国独特の無理に継ぎ足されていった城壁が無限の迷宮を作り上げている。

 敵国が攻め込めば進軍に手間取るだろうし、土地勘さえあれば不意打ちも容易だ。

 しかしそこに住む物にとっては不便なことこの上ない。壁を挟んだ向かいに行くだけで何百メートルも歩くなんて他国じゃ考えられないぞ。

 僕は二、三度上空をゆっくり旋回し街の全容をざっと覚えた後、羽を傾け足から下降していく。


「おかえりぃ」


 見送ったときと同様に暢気に手を大きく振っている。榎凪がこうでなくなったらなくなったで恐ろしい。


「ただいま――えぇっ!?」


 はて、何事だ?

 下に降りた途端、榎凪の後ろ辺りが昏い赤のペンキで塗り変えられていた。


「あ、これ?」


 何事もないようにさっぱりと笑う。


「ちょっと私を襲おうとした不逞の輩がいたんで懲らしめてやったのよ」


 笑顔で怖いことを言わないでほしい。慣れてない人が見ると失神する光景だ。


「あのですねぇ、何もこんな殺し方する必要はないでしょう?どんな魔術を使ったんですか?空気で圧迫したんですか?それとも、全身の血液を沸騰させて爆発させたんですか?」


 この手のことで榎凪が必要以上に怒るのは珍しくない。詳しくは知らないが何でもトラウマがあるらしい。


「そんな酷いことはしないよ、ハコの近くで。」


 僕の名前のところだけ強調する榎凪。


「ただ単に『私が爆発する映像』と赤くてドロッとした液体を全身にぶっかけただけだよ。そしたらそいつら小便ちびって泣きじゃくりながら走ってどこかいったんだよ」

「それはお優しいことで……」


 半分あきれながらそう言ってやった。

 この人は言ったことをホントにやってるから恐ろしい。

 これでその人たちは心に海よりも深い傷を負っただろう。おそらく次ぎ血を見たら小便を漏らして泣いて逃げるではないだろうか。相手がトラウマだよ。


「そろそろ行きましょう」

「あ、ハコ。少し待て」


 何かに気づいたように声を上げた。今度は何を企んだのだろう。

 疑い深いという無かれ。目の前の榎凪の様子は必ずと言っていいほど何かをたくらんでる。

 それをわかっていつつも投げやりに返事をする。


「何ですか?」

「街までおぶってって」


 やっぱり、正解。クイズ番組ならば10ポイントはもらえていた。

 答えるのは当然、


「嫌です」


 否定だ。これほどストレートなのはないだろう。


「何でよっ!」

「重いからですっ!」


 榎凪の『そんなバカな!?』という感じの顔を見てとっさに怒鳴ってしまった。この時点で最早勝敗は決していたのかもしれない。


「鼻緒が切れたことにするから。その方が萌えるだろう?」

「鼻緒って今スニーカーじゃないですか!」


 典型的なボケとツッコミ。第一意味分からないし。


「じゃあ、靴擦れした」

「『じゃあ』って何ですか!?『じゃあ』って!?」


 何が何やらわからない内にいつも榎凪のペースに乗せられる。そして今回もその一例になってしまった。


「えぇ〜い!四の五の言わずおぶれぃ!」

「訳わかんないですよ!」


 言って飛びつく榎凪。

 まったくこの人は自由奔放というか何て言うか。

 それでもやっぱりちゃんとおぶる僕はお人好しなのだろうか。


「やっぱり、ハコはハコだな」


 突然しんみりした風に肩に顔を埋めながら耳元で囁く。


「子供に大人を背負わしといて何気取ってるんですか」


 話を合わせしんみりと僕も答えた。ついてくのが大変だよ。


「だって、可愛いじゃない?」


 いきなり転じて楽しげに言う。

 やっぱりこの人はどこまで行っても分からない人だ。

第三歩目です

今回からハコの一人称での語りになります。

また読んでいただけると光栄です。

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