第25歩:TRUTH-2
和湖さんが言ったことは剰りに荒唐無稽すぎてなかなか理解が追いつかない。ヴァンパイア?そんなものがこの世に存在するわけ無い。血を吸うだけで生命活動をどうやって維持する。あり得ない。存在し得ない。僕の頭に否定だけがかけ巡る。
それはいつの間にか口に出ていた。未知が現れた科学者のように恐怖におののく子供のように首を振り目を見開いて否定する。
「うそ……」
僕の同じ――その言葉の所為で全く違う和湖さんが自分を写す鏡に見えて仕方ない。和湖さんを人間以外と見なしてしまえばそれは自分も完全に認めてしまうことになる。それだけはどうしてもイヤだ。
先程より強く首を振り、ひたすら否定。息が荒くなり、視界がぼやける。
「うそだ……」
過剰な僕の反応に和湖さんが心配の声をかけているようだったが声の振動さえ感じられない。
白髪をかきむしり振り乱し、見開かれた目をいつの間にかきつく閉じていた。
「うそだ。うそだ。うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだぁ―――――――!!!」
割れんばかりの絶叫。壊れんばかりの悲鳴。どうしようもないほどに僕は壊れそうだった。自分でも分からないほどの過敏な反応の理由が分からない。まるでアレルギーだ。
「目を覚ませ」
パチン、と乾いた音と和湖さんの綺麗な声がようやく僕の耳に届いた。
それが何だったのか僕には分からない。和湖さんの黒い瞳が淡泊に、無機質に僕を睨む。ただそれですごく落ち着き、冷静に混乱した。
「あー、えー、ヴァンパイアってあのヴァンパイア?」
「そうです。吸血鬼のヴァンパイアです」
即答された。
眉間にしわを寄せて頭を抱える僕とまた笑い始めている和湖さんの図はあまりに滑稽だ。誰も見ていないのだから気にする必要はないが、とりあえず突然人が現れては困るのでいつも通りの顔に戻した。まぁ、現れる人間がいるとすると榎凪。他には……思いつかないや。
ところでヴァンパイヤの定義とは何だろう。
血を吸うこと?
光に弱いこと?
銀を嫌うこと?
聖を恐れる事?
死なないこと?
残虐非道な事?
一般的にはこんなものだろうがどれもピンと来ない。だったら一体何が定義なんだ。そもそも人間とそれ以外を区別する定義って?
今そんな深いことを考える必要はないだろう。ヴァンパイアの概要さえ分かればそれで。
聞こうとすると言うまでもなく和湖さんは説明を始めてくれた。
「ヴァンパイアはほぼ人間なんです。それは人間より寿命は長いですが、魔法が使えたり空が飛べたり力が強いわけではないんですよ。中には規定外の逸脱者はいますが……」
驚くほどふつうな感じだ。確かに魔法が使えたり力が強かったりする道理はどこにもない。ましてや太陽に当たれば塵となり銀により深い傷を負うなんてこともない。そもそも銀なんて柔らかい金属でどうにかなる分けないか。
「ただ血は吸うことが出来ます。吸わなければ死ぬと言うことはないですが少しだけ寿命が縮みますね。理由は分かりません」
残念そうに和湖さんは顔を伏せた。このことを昔から調べているのかもしれない。それでも分からないならば鬱になるの当たり前だ。
「さ、ヴァンパイアの話はこれぐらいにして質問に答えましょう」
淡い笑みを僕に向ける。果たしてこの笑みの向こう側には何が何があるのだろう。幸福、憎悪、楽観、執着、不抜、哀切、恐怖、侮蔑、合理―――僕には分からない。
一つだけ知ったのは僕の感情。最初に和湖さんを見たときに感じた不快さ。あれは和湖さんの笑顔がそうさせたのではない。偽りなく実感したのは途方もない同族嫌悪だった。間違えようがないほどの強い同族嫌悪。
そう、和湖さんは僕と変わらない『人間外』と最初から心の何処かで気づいていたらしい。だけど今は打ち明けないでおこう。
変わらない淡い笑み。
僕が聞きたいのは幾つもある。一息に聞きたい気持ちを抑え僕は口を開く。
「じぁあ、―――」
僕は一つ目の質問をする。
返事が返って来るまで時間はそうなかった。




