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第24歩:TRUTH-1

 外へとつながる階段を上りきるとそこは物干し場だった。病院の屋上のように真っ白いシーツが大量になびいてはいないが八人分の多個性多色の服が風上から風下へと流れる風に乗っていた。それほど風が強い。風上には涼暮の町が簡単に一望できる。道路、学校、商店街全てだ。

 その風景を見るためにわざわざ来たわけではない。僕の立っている物干し場にはいない和湖さんを捜さなければ。

 物干し場はそのまま屋根へと連なっている。たぶん屋根伝いに行けば会えると信じ、斜めになって段差になっている黒塗りの瓦屋根に飛び乗った。

 滑らないよう気を付けながら上に上っていた。理由はあまり無いが何とない直感だけだ。

 一番上まで来るとこの家の広さを改めて実感した。そこに何枚の河原が使ってあるのかわからない。果てなく続く黒き大地。

 夜、外から見ると分からなかった人一人分だけ突き出た部屋の屋根に和湖さんはいた。

 こちらには気づいていない。焦点の合っていない瞳で街を眺め、風になびく髪を直そうともしない。脱力と言うより放心状態。先程まで見せていた笑顔の片鱗さえない、見ているこちらが悲しくなるような哀愁を帯びた雰囲気。

 一人にさせてあげたかった。僕の時間はいくらでも代替がきく。でも和湖さんのこの時間を僕の一存の所為で消え、代替がなければそれは強奪だ。

 時間を改めてまた来よう。僕には時間が有り余っているのだから。


「どうしたんですか?」


 一瞬耳を疑った。

 高く澄んだその声の持ち主が一体誰か分からず振り向く。そこにいたのは初めと変わらない不気味なまでの行為的な薄い笑みを浮かべる和湖さん。

 どうやらここに来た時点で和湖さんの大切な時間を奪っていたようだ。


「こっちに来たらどうです?」


 和湖さんはよりいっそう笑みを強め首を傾ける。友好的な和湖さんの言葉と態度に偽りはないと判断して和湖さんのところまで移動。

 和湖さんのいる高い屋根には梯子など無かったのでジャンプして屋根の縁に掴まりよじ登った。迎えてくれたのはやはり笑顔の和湖さん。


「どうしたのですか?こんなところまで」


 僕が疲れていないのを確認した為かもう一度同じ質問をされた。

 こんなところまでと言うところはもっともな質問だ。だからありのままの事実を述べた。説明じみた口調でしゃべっていた。

 内容を要約すると、


「大地さんに分からないことは和湖さんに聞け」


 と言った内容。

 もちろん僕は丁寧語でしゃべった。

 僕が喋り終わるや否や和湖さんは苦い笑いをし、黒い髪をかいた。どんなときでもやはり笑っている。だから余計さっきの哀切さが引っかかってしょうがない。


「私に話せることなら何でも話すよ」


 風が吹いて髪が頬をくすぐる。そんなことが気にならないほどに単純明快な答えが僕にかえされた。

 まず最初にここに来た理由。


「何で話すのが大地さんでは駄目なんですか?」


 些細なことかもしれないが気になっていた。話し以前の疑問はなくしておきたい。

 少しだけ考えた和湖さん。他人のことだけに簡単には答えられないと思いきや回答はちゃんと帰ってきた。


「たぶん大地は知りすぎているのでしょう。私たちの知らない話してはならない真実を」


 大地さんの悪口を言っているような気がしてならない。少なくともあまりいい気持ちでは。

 和湖さんは風で乱れた髪を手櫛でなおして話を始める。


「私はこの家の中にいる誰よりも古株です。時雨や夏雪、大地や秋宮よりもかなりの差があります。それでも大地より知らないことの方が多い」


 悲しみが笑いと混じり不思議な顔を和湖さんはした。それにつられて僕も変な感じがする。

 それにしても不可解だ。大地さんや夏雪さん、時雨さんは分かるが榎凪よりも古株ってこの人はいったい何歳なんだ?

 僕は先程から変わらない格好でストレートに疑問を尋ねる。


「貴方は一体何時から此処に?」


 少し和湖さんは困った。そんなに答えにくいことなのだろうか。

 決心したかのように笑い顔を払い顔を引き締める和湖さん。真剣な話ならと僕も顔を引き締める。

 ゆっくりと和湖さんは口を開く。


「私は三十年前から此処にいる」


 僕は自分の耳を疑った。


「私は君と同じ人外の生き物―――ヴァンパイアなんです」


 僕は自分の頭を疑った。


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