第20歩:AUTOCRAT
話は飛ぶ。非常に突然だが飛ぶものは飛ぶのだ。頼むから飛ばさせてほしい。できるだけ思い出したくないのだ。
それでは何のことかさっぱりわからないので苦しいながら軽く説明しておこう。ここで誰に説明していしてるのか、なんて野暮な質問はやめてほしい。知らぬが花と言うものだ。
あったことをそのまま言ってもただ馬鹿な話なので全ては語らない。と言うか語るためには相当の精神力を必要とするので語れない。余りに無意味かつ不毛な話だ。
食事を終了した後の小一時間、ひたすら阿呆な騒動が続いた。
陰湿なイタズラなんかではない。それはもう清々しいほどに表だった、イタズラとは呼べない程のイタズラ。もうこれは計画的犯罪と言って差し支えない気がする。これで悪意がない上、馬鹿騒動をやめる気がないのだからハイウェイをフルスロットルで逆走するぐらい馬鹿な人たちだ。
そんなことが自分の周りで続いていれば誰だって滅入る。ちなみに僕も滅入り、精神崩壊にまで陥りかけた。
―――あくまで誇張表現だ。
だが馬鹿騒ぎ具合はそのままだ。むしろ消極的に表現している。賭けても良い。
これから先、一時間や二時間、一日や二日先ではなくもっと先。様々な意味でどうなることやら際限無く心配だ。
―●―
果てなく続く空間。
引延ばされた本棚。
数え切れない書籍。
停止した無限回路。
釘づけられた英知。
放置された保存脳。
ここは動くことない。動することを放棄した大図書館。
本来、宿主を必要しないこの部屋は大いに賑わっている。しかしその機能は滞ったままで空間の役割を果たす――つまりただ空しいことに広い部屋としてしか使われていないのだ。まったくもって嘆かわしい。
これほど全てに近いほどに満たされている空間は世界でも有数だろう。一生かかっても深淵を見ることはできない。吸収するなんて以ての外だ。
「と言う訳です」
僕は座ったまま説明を終え、合図として目を閉じた。
ここに来るまでの経緯をなるだけ丁寧に知っていることを包み隠さずある程度類推を含む言い方でその場にいる全員に説明した。こういう場合、僕ではなく榎凪が説明すべきだと思うのだが使いものになりそうにないので代わりと言っては何だが僕が説明している。
「はぁ……」
麗端な顔には似合わぬ重いため息が大地さんの口から漏れた。
正直なところ、大地さんならば顔色一つ変えず打開策を打ち出してくれそうで期待していたのだがそれは無茶な注文というもの。だから裏切られても落胆しなかった。裏切られても落胆しないと言うと余りに無感動な人――実際人ではないのだが――だと思われるかもしれないが、現実の所そんなものなのだ。
「やっかいな火種を拾ってくるものだな、お前は」
白銀の綺麗な髪を掻き揚げながら苦いか顔を大地さんはする。ここまで露骨に大地さんが毒づくほど事態は芳しくないようだ。他人のような言い方かもしれないが実際、情けないことに僕は現状が確認できていない。ただ漠然と
「あぁ、今危ないなぁ」
ぐらいでしか捉えられていないのだ。
「で、俺等に何して欲しいわけ?結局のところ」
冷たく払いのける声と目。先程まで一向に声を発そうとせずにいた時雨さんのもっともな意見。もっともな意見なだけに尋ねたこちらとしては元も子もない。
問題に答えられない子供がとる行動といえば二つ。
単に解らないことを知らせるために甘え押し黙る事。
そして僕のように、
「決まってるじゃないですか」
下らない見栄を張って、
つまらない事に執着し、
疑問に恐れおののいて、
勘違いの自己満足する。
簡単に言うと知ったかぶりをするかのどちらかだ。
別に意地が張りたかったわけではないし、格好をつけるほど伊達や酔狂な訳でもない。
なんとなく自分の中に疑問があるというのが気に食わない。さすがにこの世の総てを知っているわけではないが知らないということに気づいた事で消化できない異物を飲み込んだような違和感が生まれてしまうのだ。まるでナルシストな探偵。
「だから具体的にどうして欲しいのかって聞いてるんだよ。別にそんなあやふやで有耶無耶にする様な誤魔化した答えを聞きたいんじゃない」
射抜かれたような衝撃を伴う時雨さんの視線が容赦なく僕に注がれる。
ここまで冷徹にされるとは思ってもみなかった。さすがに重要なことなので僕には答えられないことだし。
「まぁまぁ、落ち着いて――」
新しく加わった柔和な声。南雲 朝熊さんだ。軽く腰を浮かばせ険悪なムードを必死に声を紡いでいる。
がっしりした体に凄く似合わない一重の目。気は優しくて力持ち。まさにヒーローのような人を連想させる。見た限り性格は吃驚する程その通りだ。
「お前だって安請負出来ないのは分かっているはずだ」
視線は向きを変え朝熊さんの方へ。それだけで簡単にたじろぐ。
「それは、そうだけど……」
先の説明に一つ付け加えるならばセオリーと言わんばかりに気が弱いことだ。特に気が強めの時雨さんには逆らう意志すら持てていない。
「だったらお前、変な同情で口出すな。迷惑だ」
これほど気が強い時雨さんだから朝熊さんでなくても怯むだろう。
しかしさっきのは少し言い過ぎと言うものだ。
「ちょっと、それはないんじゃない、時雨君!」
正義感が強いというか、感情の赴くまま立ち上がり麻紀さんが机を叩いて怒鳴る。衝撃で椅子が倒れ机が揺れた。
当の本人なのに冷静にそうとしか思えないのは僕が人間では無い所為なのか?
「確かに言い過ぎたかもしれないが、本当のことだろ?」
言われて唇を噛むしかない麻紀さんは収まりきらないように席に着いた。
「今は感情論を述べるより先に現実論だ。そうだろう?」
反論できる者はいないし時雨さんは正論を言っている。
それでも納得いかないのか麻紀さんはもちろん、明さんや朝熊さんも顔が沈んでいた。
「時雨、そんなことを言ってる場合じゃないだろ。それに大河を問い正すのは見当違いだ。詰問するなら秋宮の方にしろ」
それで時雨さんは喋るのを止めた。
やはり大地さんがいないと話が進まない。大地さんはここには無くてはならない存在なのだろう。
それに比べて榎凪さんはと言うと話に出ているなんて知ったことか、我が道突き進む!てな具合に
「あわぁ〜、希崎。相変わらずペシミスト&リアリスト!もしかして私が帰ってきたことに怒ってる?爆発寸前?危ない感じ?スリリング?」
とやけにハイテンションで意味不明なことを曰っている。
『ただいま暴走中』とでも首から札でも下げていて欲しい。最終的に僕が止めなければならないのだが完全に精神が磨耗している現在に止められるはずはない。もう少し時間をかけて休みたいところだが仕方ない。止めなければ悪化するばかりだ。
「榎凪、少し落ち着――」
隣に座っている榎凪に抑止の言葉をかけた。最後まで言えなかったが。
「おぉ、大河!今日も相変わらずかわいい!ベタ惚れ!必殺、瞬殺、天誅殺って感じ!?」
全部言い終わらないうちに榎凪はどんどん言葉を重ねる。
皆さんすいません。僕の手にも負えませんでした。
刹那、乾いた紙を振るい叩いた音。世に言うハリセンを使った音というのがしっくりくる。
同時に、ホゲッと漏れる声。当然榎凪の物だ。
その後ろには大破した真っ白いハリセンを振るった後の格好で勇壮とそびえる夏雪さん。ハリセンを何処から出したのかという疑問よりも本当にハリセンを使ったことにひたすら驚いていた。
「では、話を戻しましょうか」
あくまで微笑を浮かべたまま全員に有無をいわさぬ質問をしハリセンをゴミ箱に入れた。
大地さんがカリスマで制御する表の支配者ならば夏雪さんは恐怖で押さえつける裏の支配者だろう。もちろん権力は夏雪さんの方が強い。
しばらくの間、皆が皆、体感温度は気温を大きく下回っていた。




