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第11歩:CAT MASK

 短かったようで長かったようなよくわからない時間の感覚に戸惑いつつも船旅は驚愕を覚えるぐらい唐突に終わりを告げた。船旅は初めての事じゃなかったが、榎凪以外の生き物――ましてや、人間なんかと旅路を共にしたことはない。そんな些細なようで大きな変化が僕の時間のとらえ方を変化させるなんて考えるどころか、頭をよぎることさえなかった。

 あの日、あの時、あの場所で、榎凪の胸の中、声を上げて周りをはばからず泣いたその刹那から、僕は何か変わってしまったようだ。今まで、榎凪以外の他人を必要以上に遠ざけて暮らしてきたその世界観を馬鹿なものだと嘲り、葵や茜とふれ合うことを心の奥から心地よく思える。まるでコインの裏と表がひっくり返ってしまったかのように。

 それだけ、あの日の出来事は僕に多大な影響を与えたのだろう。それが良いかどうかなんて今では分からないし、この先でも分かるものじゃない。

 ただ、

 後悔だけはせず、まっすぐ生きてみようと思う。

 それで榎凪を、葵を、茜を、これから関わる名前も知らない誰かを傷つけてしまったときは頭を地につけて謝ろう。

 それが今僕にできる唯一のことだと思う。

 そうでしょ、榎凪?


   ―●―


 埠頭から二十分程度歩いてから電車に乗り、数え切れないほど乗り換えた。車両の走る名もよく分からないローカル線の窓からはのどかな緑の山々と田圃。近くのものは速く、遠くのものは遅く流れていく。

 久しぶりにこんなのどかな風景を見たせいか状況からはかけ離れ、ひどく落ち着いている。嵐の前の静けさという奴だろうか?

 嵐と言えば目の前はすでに嵐だ。

 初めて乗る電車に、葵は僕の隣に座って控えめに、茜は誰も車両にいないことを良いことにあっちに行ったりこっちに行ったりとおおっぴらに興味津々だ。

 榎凪は榎凪で待ちきれないかのように体を上下に揺すって、いつもと違う取り繕ったかのようなぎこちない笑みを浮かべていた。榎凪に緊張なんてないかと思っていたがそうでもないらしいな。

 時々咳払いまでして声をいつでも出せるようにセットしているような配慮を榎凪がすると言うことは相当尊敬すべき人なのだろう。

 この人の場合、米国大統領まで手懐けてしまいそうだがな。

 つまりこの人は米国大統領よりも地位が高いと言うことになる。その榎凪よりもさらに上を行くとなると――考えるのはよそう。

 そんなことを気にしていたら今頃、僕は燕尾服をきている。

 まぁ、何はともあれもうすぐ終着のようだ。


「終点の一つ前で降りるからな。くれぐれも乗り過ごさないようにしてくれよ。一時間に一本しか電車がないんだからな」


 偉くしっかりとしているな、今日の榎凪は。やはり今から会いに行く人の影響だろう。

 それにしても一時間に一本しか電車がないなんて笑える。随分近代化が進んだここ、アジアの極東・日本にもこんな風にゆっくりと時間が流れているところだけでも驚けるな。

 そう思ってゆっくりと視線を後ろに投げると夕焼けがえらく目にしみた。もうすぐ夜が来る。となるとそろそろ『カゥ』って名前とお別れだろうか?

 

「カゥー、荷物をこっちに渡してくれ。その橙色のボストンバックだ」


 無言で言われたとおりにする。僕だって緊張して余裕がないのでこの対応は仕方ないと言えば仕方ないし、情けないと言えば情けない。その点茜は大物だ。

 立ち上がって上に載せてある鞄の山の中から、奥の方にある橙色のボストンバックを周りのを崩さぬよう押さえながら慎重に引き抜いた。軽かったのでそう時間はかからずに引き抜けてよかった。

 中身は布のようだが服だろうか?まさかここで着替えるなんて言い出したら気絶させても止めよう。


「あったあった」


 少し鞄を探った後、宝物でも見つけた子供のように他の服など気にせず引き抜いた。

 白色電灯に照らされでてきたそれは灰色でやすい麻で作られている巨大な布地だった。


「ふー、虫食いなんかなくてよかった、よかった」


 布を広げながら一通り麻布を見て回り、安堵のため息をつく榎凪。

 

「何に使うんですか、そんなもの?」


 一見何の変哲もない布だが榎凪にしてみればそんな偽装は朝飯前だ。答えないにしても聞いておく価値はある。


「ん?これか?」


 お互いに首を傾げはかる変な二人。なんとなく恥ずかしかったので言葉を無理矢理絞り出す。


「それ以外に何があるんですか」

「着るに決まってるじゃないか」


 よくよく見るとそれは巨大なフードがついている巨大なマント。

 巨大なマントをつけた榎凪は顔まですっぽりと包まれてろくに誰か判別できない。小さな子供向けとは違う、いかにも旅の魔法使いみたいなイメージを与える服だ。

 まぁ、逆に隠していることが特徴になってはいる事は言うまでもない。

 それに実際こんな人、現代社会で見たことはない。


「ものすごく怪しいぞ、榎凪」


 強い口調で印象づけるように僕は言った。


「ヘンタイィ、ヘンタイィ!きゃはははは!」


 茜は面白がってるし、


「……こんな場合どうしたらいいんですか?」


 葵は葵で対処に困っていた。

 他人が乗っていたら事の収集がどれだけ大変だったことか。


「これで完成」


 榎凪はさらにバックからお祭りの露店で売っているような猫のお面を顔にかぶせた。

 確かにこれで完全な変人の完成だ。


「……どうしたらいいんですか?」


 心許なく葵が何度目かの質問をする。そんな縋るような目で見ないでほしい。


「他人のふりをすればいい」


 と苦笑しながら答えた。


「次は五十鈴、五十鈴駅」


 車内アナウンスが流れ、程なくしてゆっくりとスピードを落としていく。

 慣性の法則で体が傾きそうになるが何とか踏ん張った。だが立っていた茜は転ぶ。そして何事もなかったかのようにすぐ立ち上がる。いくら何でも恥ずかしいようだ。


「茜、人が来るかもしれないんだから座って」

「はぁい」


 茜はたいていのことは素直に聞いてくれるので反抗せずに葵とは反対側の僕の隣の席に座る。

 それにしてもこのフリフリした服は榎凪の策略なのだろうがどうにかならないものか。

 空気が抜けたようなドアの開く音がしたので何気なく視線を送ると、ちょうど十五、六歳のかわいい女性が顔をのぞかせている。

 顔たちは幾分か幼げに見えるためか、かけている眼鏡が剰り似合っていない。

 年をとると身に付く相応の貫禄も感じられない。それでも十五、六歳と分かったのはどこかの高校の制服を着ていたせいだ。

 顔は俯いていて少し紅潮しているようで右手には地味な白いハンドバック、左手には綺麗に包装された包みを持っている。何かのプレゼントでも買ってきたようだ。

 俯いた顔をゆっくり上げて薄い笑みを作り電車内を直視した後、文字通り石化した。

 悲しいことに。

 ドアの前には完全に変態と化した榎凪がどでかい袖の中で腕を組んで直立不動にたっていたのだから無理もない。その上僕たちがそうしたように榎凪もドアの方を見たのだ。

 フードの中から垣間見えた猫の仮面とおそらく目線があってしまったのだろう。普通の人なら間違えなく三歩下がってそこから全力疾走で逃げるであろうその光景と。

 その点を言えばこの女性は称賛に値するのではないかと僕は思う。多分、おそらく、自信も根拠もないが。

 その硬直状態が長く続いた為か電車のドアは無情にも閉まっていき、結局女性は乗れずじまいだ。これから一時間以上待つ彼女のことを考えると少し痛んだが忘れることにしよう。

 先ほどと同じように車内は四人だけの空間へと逆戻りし、目的地まで僕らを乗せて線路を滑る。

 違うのは茜がまだ言いつけを守って静かに横へ鎮座していることぐらいのものだ。

 日は既に遠き山に落ち、夜空には星がチラホラと閃き始めた。後ろを振り向けば月があるだろうがそこまでしてみたいとは思わない。

 それに気づいてたらおとなしく座っていると思っていた二人は僕によりかかって寝てしまっていた。

 かわいい寝顔から小さな寝息が漏れているのを横目で見て、起こそうかどうかためらった。二人をこのまま担いで移動しても良いのだが、そうすると荷物が運べない。

 しかしこの二人を起こすのはどうにも気が引ける。

 激しい葛藤の末、現実的に二人を起こすことにした。理想的なのは手が10本ぐらいに増えて一人ですべてこなせることなのだが、さすがにそれは無理。榎凪よりも騒ぎになる。魔術制合成生命体なんて早々いるもんじゃないからまず、手が10本ある人だと思われるだろう。もう手が10本ある時点で人ではない気がするがそれはおいておこう。


「もうすぐだから二人とも起きて、ね」


 なるべく優しい口調で言ったつもりだが、相手にも必ずそうとられるとは限らない。寝起きを悪くしないと良い。


「ふぁ?もう朝ぁ?」

「ううん、まだ違うよ」


 茜は眠りから覚めたときには必ず、もう、朝ぁ?、と寝ぼけて聞くのが癖だ。そしてどんなに深い眠りからの覚醒にも五秒とかからない。


「はわぁ!」


 茜の応対をしている内に体が傾いていてしまったようだ。より所をなくした葵が床に倒れ込んだ。

 やってしまった。なんてこった。


「スゥースゥー……」


 心配の必要はなかった。

 茜とは対照的に葵は気が済むまで何をやっても起きないタイプだ。

 毛布をはぎ取ろうが、くすぐろうが、逆さまにしようが決して目覚めない。榎凪が実証済みだ。本人曰く、不本意ながらみんなの好奇心の代表としてらしいが。

 まぁ、言及する必要はないだろう。


 「次は涼暮、涼暮駅」


 名前に聞き覚えがある。ようやくついたようだ。それにしても日本には変わった地名が多い。

 さっきの駅が『イスズ』、その次が『スズクレ』なんてよくわからない名前だ。

 現地の人に意味を聞けば分かるかもしれないが、分からない確率の方が高いだろう。

 どうせほとぼりが冷めたら去っていくんだ。関係ないか。




   でもまさか、

この最果ての地・日本で

 僕が生まれた意味を

   知ろうなんて

  思いもしなかった。

これにて第一部は終わりと言った感じです。次回からは第二部で日本での新キャラたちと色々な日常を繰り広げていく予定です。


これからも末永くおつきあいお願い致しますm(_ _)m

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