シュークリーム殺人?
初めて推理ものに挑戦してみました。
私、本田緑が部室である料理準備室に入ったとき、部室にはすでに部長の前原陽子と杉良太がいた。食器棚に囲まれた狭い部屋の真ん中に置かれた机を囲むように、椅子が並べてある。一番奥の偉そうな席に偉そうに足を組んで陽子が座り、横に椅子を5つ並べて杉が陽子より偉そうに寝転がっている。陽子の後ろのホワイトボードには私の字で「ねるねるねるね」と書いてある。
陽子は私を見、見ていたケータイから顔をあげて「よっ」と言う。陽子のケータイは相変わらずドピンクで派手だ。ウサギのシッポストラップが揺れている。杉に関してはうつ伏せに寝たまま、チラともこっちを見ない。私は杉の向いに座った。
「今日もねるねるねるね?」
と陽子に聞く。「そう」と陽子が短く返事をする。
私達は料理部に所属している。部員は一年から三年まで55人。週に一回の活動。大所帯で自由が無いのであまり居心地は良くない。そこで陽子が発足させたのが「オモシロ料理実験サークル」通称オモケン(非公式)。部活がない放課後に集まり、火を使わない料理をしている。部員は全員ニ年で四人。陽子、杉、私、そして今日はまだ来ていない、料理部次期部長の青木みかん。最近のサークルの研究は「ねるねるねるねの一番美味しい食べ方」。今のところ一番の有力は水の代わりにカルピス(原液)を混ぜる。今日はお茶類で試してみる予定らしい。
私は杉に聞いた。
「杉くん、お茶買ってきた?」
杉はううっとこもった声で呻き「冷蔵庫」と一言だけ答える。
冷蔵庫は調理準備室の隣の調理室にあり、調理室に行くには廊下からそのまま入るか、準備室と調理室をつなぐ扉から行くことができる。しかしオモケンは非公式の集まりのため、火元の恐れのある調理室の鍵は、理由がないと貸してもらえない。だから杉は準備室から調理室へ入ったのだろう。
私は先週までのオモケンの研究ノートをめくり、我ながらテキトーな活動だなぁと感心する。部員が全員集まらないと研究は始めないルールなので、ミカンが来るのを三人で待つ。途中私は筆箱を教室に忘れたことに気がつき、教室に戻った。部室に帰ってきても杉が寝返りしていたほかは、出て行ったときと変わらなかった。
「ごめんね~。日誌書いてて遅れた!」
間も無くしてそう言いながらミカンが部室に入ってきた。軽やかに動くミカンはフワフワと短い髪をゆらした。杉が体をのっそりと起こし、陽子がケータイをしまう。私も研究ノートを閉じた。
「そうだ、今日はみんなにお土産があるんだ!」
ミカンがそう言ってにこやかに隣の調理室に入っていった。
「え~なになに??」
陽子がワクワクと顔を輝かせる。
「昨日、ちょっと東京行ってきたんだけど、有名なシュークリーム買ってきたの」
ミカンが大事そうに持ってきた箱には、有名なケーキ屋さんの名前が印字されていた。
「わっ!! 昨日TVで見たやつだ!!」
陽子が声をあげる。
「ありがとー!」
「おー、でかした青木みかん!」
私と杉もそれぞれ感動する。ミカンはお店でどれだけ並んだか説明し、また登校している間に少し崩れちゃったことを詫びた。「食べよ食べよ」と陽子が我先に箱を開ける。
「アレ? 三つしかないよ」
陽子が開けた箱には大きくまん丸なシュークリームが三つしかなかった。
「え? 私ちゃんと4つ買ったよ?」
「ミカンどゆこと?」と陽子に聞かれたミカンは不思議そうに首をかしげた。部員は四名。シュークリームは三つ。
「消えちゃったってこと?」
私は誰に言うでもなく言った。
「ホントに四つ買ったのかよ?」
杉がミカンに聞く。ミカンは「か、買ったよ。絶対!!」と言って鞄をごそごそと探し、財布からレシートを出した。
確かにレシートには四つ買ってあった。しかし私は別のことに驚いていた。シュークリーム、高っ!! 小さいケーキが買えそうな値段だ。
「あ、値段のことは気にしないでね」
ミカンはそう言うが、一瞬場が固まってしまった。「あ、じゃあ、良太でしょ!」と取り繕うように陽子が言う。
「何? 俺が食ったって言うのかよ?」
杉が驚いたように言った。
「だって良太、お茶を冷蔵庫にしまいに行ったでしょ。そのときにシュークリームを見つけてたんじゃないの?」
陽子は杉に指を突きつけ「犯人は、お前か!!」と叫ぶ。
「俺じゃねーよ!」
杉は思い切り眉を寄せて、変な顔を作った。
「だいたいお前も見てただろ。俺は冷蔵庫にお茶入れて、すぐ部室に戻ったって。」
「私は冷蔵庫に良太がお茶を入れるところは見てなかったもん。ここでケータイでぷよぷよしてた」
陽子は自分の後ろに置いてあるホワイトボードに「ぷよぷよ」と書いた。
「すぐ戻ったから食う時間なんてなかった」
杉が陽子の書いた「ぷよぷよ」の文字を消し、「無実!」と書いた。
「よっしゃ、犯人探しだ!!」
取り合えず、私は書記を頼まれた。オモケンの研究ノートも私が作っている。私が書記をやるのは流れ、というか当たり前か。ホワイトボードの上の方に「シュークリーム消失事件」と書く。
「シュークリーム窃盗事件のほうが正しくないか」
と杉からヤジが飛ぶ。
「窃盗なんて難しい漢字、書けませーん」
「この場合、戻ってこないものだから窃盗より消滅じゃない?」
ミカンがもっともらしいことを言うが、「滅」の漢字もアヤシイ私は何も言えない。ミカンが指で空に大きく書いてくれるが、残念、分からない。私が杉にバカバカ言われ、「杉くんの方が成績悪いじゃん」と言い返していると、陽子が唐突に手をあげて言った。
「はい! シュークリーム殺人事件がいいと思います!」
続けて「シュークリームは誰かに食べられ、死にました。ううっ」と陽子は泣きまねまでする。
殺人なら漢字で書ける。私は微妙に反対意見もある中、最初に書いた「消失」の文字を消し「殺人」と書いた。
「シュークリーム殺人事件」
・シュークリームは4つあった→1つ消え3つに
・生存の可能性 低い
・杉良太 シュークリームを三秒で食べれるのか
ここまで書いて私たちは詰まってしまった。ちなみに一番下の項目は、杉がお茶を冷蔵庫にしまいに行っている間の僅かな時間で、シュークリームを食べれるのかということ。
「ところで、俺が来るまで陽子は部室に一人だったんだろ」
杉くんが陽子に聞く。「そ。鍵開けたのアタシ」と陽子が言う。
どうやら陽子が最初に部室に来たらしい。
「じゃあ、犯人はお前だ」
「は? 違うから!!」
私は四つ目の項目に
・前原良子 一番最初に部室へ入る
と書き足した。
「なら、ミドリが教室に戻ったときもあったじゃん。ミドリもアリバイないじゃん」と陽子が言う。
「あ、お前が食ったのか?」と杉。
「食べてないし、無理でしょ。調理室鍵掛かってるし」私は冷静に返す。
「そっか。あっでも、鍵借りに行ったとか」
ミカンが言ったその一言で、私達4人は一同職員室に向うことになった。
調理室の鍵は、料理部の顧問タエコ先生が持っている。
タエコ先生は「朝シュークリームを冷蔵庫にしまうためにって青木さんに貸しただけで、調理室の鍵を他には誰にも貸してないわ」と言った。私の無実は証明された。
タエコ先生は、職員室の中をキョロキョロ見ていた杉に「誰先生? 呼ぼうか?」と声を掛けていたが、杉は「いえ」と一言断っていた。
「職員室で誰探してたの?」と部室までの帰り道、杉に聞いたら「担任。いたらヤダナーって」と言っていた。
どうやらここまで容疑者は二人。前原陽子と杉良太。二人ともアリバイがない。しかしどちらが犯人なのかは分からない。
「ねるねるねるね」どころではなくなってしまった。部室の中に漂う空気はドヨンと暗く、容疑者はふたりとも拗ねて一言も発しなくなってしまった。
ついに空気に耐えられなくなり、私が
「シュークリームは置いといて、ねるねるねるね の研究しようよ!」
と部室の隅の食器棚に隠してあった ねるねるねるね を出した。最初は10個ほどあった残りがあと三つだけになっていた。しんと静まり返った部屋の中で一人 ねるねるねるね を練る。杉が自販で買ってきたウーロン茶で作った ねるねるねるね ブドウ味は少し色が汚かった。
一人黙々と練っていると寂しさが込み上げてきた。どうして誰も声を発しないんだ。「色は悪いかなー」「練った感じはフツーかな」と一人で喋っていて、私がバカみたいじゃないか。
寂しさと、怒りと、変に食べるのに勇気のいる物体を目の前にした情けなさで、ねるねるねるね がぼやけて見えてきた。そのとき
「毒見役は俺だったろ」
とそれまで机に突っ伏していたはずの杉が、横から ねるねるねるね を自分の方に引き寄せた。私は杉の顔を思わず見つめてしまった。「なんだよ」と不機嫌そうに杉が言う。
「なんでこんなときに ねるねる 練ってんの?」
と陽子もあきれたように笑っている。
「何し始めんのかって、びっくりしちゃった」ミカンがケラケラと笑った。
アヤシイ色の ねるねるねるね をいつの間にか食べたらしい杉が言う。
「あ、大丈夫かも……。あ、やっぱダメだ」
杉は手で大きくバツ印を作った。どんな? 私が聞くと「後味が苦い」顔をしかめる。
私はそのまま、いつものように研究ノートに杉の言葉を書いた。杉が「おいしい」と言ったら私達は食べてみるし「不味い」と言ったら食べない。いつものように。
「今日は、後はリプトンのピーチティーと紅茶家伝のミルクティーで作るんでしょ」
陽子が私のノートを覗き込みながら聞く。
「うん。ねるねるねるね実験はそれで終わり」
まだまだオモケンはなくならない。シュークリーム如きで、私は最悪の事態まで想像していたようだ。良かった。
シュークリームが一つ消えたことは置いといて、今日の実験、ひいては「ねるねるねるね」の実験は終了した。結果はお茶類はナシ。柑橘系もなし。甘い飲み物で作ると甘さが増える。
実験ノートの最後に杉が「はじめからそんなにおいしいものではなかった」と油性ペンで書き足した。陽子はそれを見てギャンギャン反論した。
ふうっと一息ついたあとでミカンが言った。手にはシュークリームの箱。ねるねるねるね で実験している間は、冷蔵庫にしまってあった箱を出してきたらしい。
「シュークリームを誰が食べるかはくじで決めよう」
ほらっと手にしていたのは、割り箸二膳分四本。
「一本だけ赤い印がついてるから、それを引いた人は食べれないってことで」
ミカンは右手に持ったマーカーをブラブラと揺らして強調させる。
「私は、みんなは絶対に嘘ついてないって信じてる」
恥ずかしげも無く、真剣な顔でミカンがそんなこと言うから、私は何だか感動してしまった。いつもは五月蝿い杉も陽子も黙っているってことは、多分二人も感動してるんだろう。
「ミカン! そうだよね。私達の中に犯人なんていないんだよ!」
陽子はミカンに抱きついた。私はホワイトボードに書いてあった何もかもを、まっさらに消した。
「誰が引いても恨みっこナシで!!」
杉の掛け声で私は割り箸の一つを選ぶ。杉と陽子も選び「いっせーのーせ!!」で三人同時に引いた。
結局、三本の中に赤い印の割り箸はなかった。
「えー!! 私!?」
とミカンが泣きそうな声を出す。でもその顔は声とは裏腹に楽しそうだった。私と陽子は合わせてもないのに、同時に「半分こしよ」と半分にちぎったシュークリームをミカンに差し出していた。
「え、何、そんな感じなの?」
一口でシュークリームを平らげていた杉は「出そうか?」と吐く真似をして、陽子に殴られた。
ミカンと半分こにし、オモケンのみんなで食べたシュークリームは素晴しく美味しかった。
ねるねるねるね の残ったウーロン茶を飲みながら、みんなで次の実験の内容を話し合った。
しかし私は他のことを考えていた。ノートに書かれた杉の汚い字。
『はじめからそんなにおいしいものではなかった』
はじめから。もしかしたらシュークリームは、初めから一つ足りなかったんじゃないだろうか。買ったときは4つだった。しかし部室の冷蔵庫にしまうまでに一つ食べた。誰が。ミカンが。
いやいやいやと私は頭を振って考えを払う。ミカンは自分は食べてないと言っていた。クジでハズレを引き、食べられなかったときあんなにガッカリしていたじゃないか。
違う。ミカンはクジを引かなかった。あのクジに本当にハズレはあったのか。
自分がわざとハズレを引く理由。それは何か後ろめたいことがあったんじゃないか。
ミカン。私はミカンが嘘ついていないと信じたい。信じたいけど……。
「あのー」
私はおそるおそる手を上げた。三人の目線が私に刺さる。でも、分かっちゃったからには黙ってもおけない。
「シュークリーム殺人事件の犯人。分かったかも……」
私はみんなの前で自分の推理を披露した。
「ね。疑いたくないけど、ミカンのクジがハズレじゃなかったら……」
おずおずと言う私の言葉は消えちゃいそうに小さい。本当は私だってこんなこと言いたくないのだ。
ミカンはハーと長い溜め息をついて、割り箸を見せた。そこには
「書いてあるじゃん。赤丸」
杉が言ったように印はついていた。
「疑うなんて、酷いよ」
陽子は私に言った。私の心臓はひうっと音を立てて凍った。私、間違えてた。
「あーしょうがないよ。割り箸見せなかった私が悪いから」
ミカンは手を振って、笑って許してくれた。私は杉に「お前バカだなー」と言われた。
「私は絶対、嘘なんかついてないからね」
ミカンは私にそういった。私はゴメンゴメンホントーにゴメン!! とひたすら繰り返した。
帰り道。電車通学の私と杉は、途中で陽子とミカンと別れて二人で歩いていた。最初オモケンを発足させたとき、仲の良かった私と陽子とミカンの三人だった。料理部の幽霊部員と化した杉に、気を遣って声を掛けたのは同じクラスの私だった。まさか本当に入ってくるとは思わなくて、自業自得と言えど帰り道がひたすら気まずかった。明るい性格の陽子と、自由人だけどしっかりしてるミカンのおかげで、杉がオモケンにすっかり馴染んだ今は、違う気まずさだ。
駅までの帰り道、私は自分の失敗を恥、何故か杉に謝っていた。
「ホント、バカでごめん。また空気悪くしちゃって……」
「何回言ってんだよ。もういいって。ミカンも陽子も、お前の頭の悪さはちゃんと知ってるから平気だって」
「でも。穴があったら入りたい……」
ハー、しょうがねえなー。杉が面倒くさそうにそっぽを向く。私も目線を追って杉の見るものを見ようとしたが、民家しかなかった。多分私の話がウザイと思っているんだろう。誤りすぎてしまったとまた反省した。
「どうしても犯人が気になるか?」
杉が言った。まだそっぽを向いている。「うん」と私は頷く。
「ひとりでにシュークリームが消えるなんて、やっぱり理解できない」
「そうか」
杉は少し間を置いたあと話し始めた。杉の推理を。
「俺たちは全員嘘はついていないんだ。だとするとシュークリームを食べた奴は4人のほかにいる」
私は何も言わず聞いていた。杉は続ける。
「犯人はタエコだ」
「タエコ先生?!」
何も言わないぞ! と決めていたのに口がつい動いてしまった。
「朝、ミカンが職員室のタエコに調理室の鍵をもらいに行った。その時シュークリームのことを話して、私も食べたい、とか言われたんじゃないかな。それでタエコにあげた。タエコはオモケンの活動を知っているけど、多分俺が入っているとは思わなかったんじゃないかな」
職員室でタエコ先生が杉に『誰先生? 呼ぼうか?』と言っていた。あれは杉がキョロキョロしていたからじゃなかったんだ。
「だからシュークリームが三つになっても気にかけなかった。最初から四つあったシュークリームの一つは、自分のものだと思っていたのかもな」
「でもどうしてミカンは、あげませんって言えなかったのかな」
私は思わず聞いてしまった。どうしてミカンは断れなかったのか。
「それは……俺、成績悪いだろ」
杉が言いにくそうに顔を歪ませて言う。
「それは知ってる」
同じクラスの私は、担任に杉が何度も呼び出されていることを知っている。
「だから俺が放課後遅くまで残って遊んでいるって、ミカンは言えなかったんじゃないかな」
「それは、杉くんのため?」
「さあ。次期部長の自分が、顧問に責められたくないって気持ちかもしれねーけど」
杉は成績が悪い。その杉が放課後遊んでいることに、どうしてミカンが責められるのか。でもなんとなく分かる。次期部長のミカンはタエコ先生に期待されている。その期待を裏切れなかった。それがどんな形でも。
「証拠なんてねーから、本当のことは分からないけどな」
タエコ先生に聞けば真相は分かるだろう。だけど聞かない。だって杉は分かってたのに、あの場でミカンに言わなかったから。真相は分からないまま、はっきりさせないのがミカンのため、なのかな。そう納得した。
「どうして、ミカンはそのことを私達に言ってくれなかったのかな」
私が聞くと、杉は「さあ」と首をかしげた後、
「でも、俺も言ってないこと、あるし」
杉は何でもないことのように言った。
「え、何?」
「俺が陽子を部室に一人だけにして、何処に行ってたかとか」
「何処に行ってたの?」
そう言えば、陽子に容疑が向いていたこともあって、そのことは聞いていなかった。
「担任に、進路の紙出してた」
「進路アンケートのプリント?」
先先週進路指導の授業のとき配られた進路アンケート。確か期限は先週までだったはず。
「決め切れなくて、担任に急かされてたから」
「決められないって、進学か就職か丸つけるだけじゃん」
そう。進路アンケートは進路先の学校の名前を書かなくてもよかったから、私は迷うことなくその日に提出できたのだ。
「お前、進学だろ。なんで?」
杉が聞いてくる。
「え、みんな進学でしょ。それにまだ就職したくないし」
もう将来の進路を決めている人もいる。でも私にはまだ夢もないし、実際将来のビジョンがまったく浮かんでない。だけど進学することは当然のように感じていた。
「俺は俺が就職したくないのかも分からない。だから書けなかった」
「だからって、適当に丸すればよかったのに」
それでもなくても杉は成績悪くて、担任に目をつけられているのに。杉は変なところで真面目だ。
「俺、信じれないんだよ。俺も俺の未来も」
「杉くん……」
私は、そんなこと考えたこともなかった。将来は不安だけど、大丈夫だろうって安易に考えてた。
そう言うと、「お前は強いんだよ」と笑われた。
でも私は何も考えないようにしているだけだ。迫り来る将来の選択を先伸ばしにしているだけ。将来をちゃんと見つめている杉の方が、強いんじゃないの?。しかし杉は辛そうだった。
「うちの学校、就職する奴いないんだって。だから進学に丸しとけって担任に言われた」
「じゃあ、やっぱり進学するんだ」
「今のところ」
な、誰にでも言ってないことの一つや二つはあるんだよ。とミカンを庇って杉はわざと平気な顔で言う。
だけどきっと自分の中で大きな問題だったはずだ。私は話してくれた杉になにも言えなかった。
でも確かにそうだ。きっと料理部の部長を狙ってたのに、なれなくてオモケンの部長になった陽子にだって私達に話していないことはある。
私にもある。例えばどうして私がこんなに杉の見ているものを追おうとしてしまうのか、とか。
少しして杉が「あーあ」と息を吐いた。
「勉強しなきゃな。三年になったら受験だ」
「そうだね」
思い出したくもないことを言われて、私は一気に気分が落ちる。
「そうしたら、オモケンにも来れなくなるな」
何でもないことのように杉は言う。でも私はそんなの嫌だ。そう思ったけど言えなかった。
もうすぐ駅が見えてくる。杉と私は家が反対方向なので駅のホームでお別れだ。
「オモケンって好きだよ。私」
「俺も」
杉は何を見てるんだろう。真っ直ぐ前を向いている杉の目には、未来が見えているのだろうか。
「すごい好き」
私はもう一度言う。言えない気持ちも言葉に混ぜて。でも嘘も言ってない。
いつまでもなくならないで欲しい。私と陽子とミカンが作った居心地の良い世界。
だけどいつかは無くなっちゃうんだろう。三年になって受験を意識し始めて、どんどん変わってしまう。杉が進路を進学と決めたように、オモケンも変わらなくてはいけないのかもしれない。
嫌だなー。嫌だ。だけどどうすることも出来ない私は、このままの状態が長く続くことを祈ってしまうのだ。いいよ。私は現状で。満足してる。
つかの間の幸せかもしれない。幸せじゃないのかもしれない。だけど、だけど私は今の幸せを長く感じていたい。
駅の構内に入った。スイカで改札を抜け、杉とホームで別れるとき、私は言った。
「明日も来るでしょ。オモケン」
「おう」
と杉は短く返事をして、開いた電車の扉に吸い込まれていった。振り返ることもなく。
扉が気の抜けた音を出して閉まる。閉まる。閉まる。
小さく去って行く電車が見えなくなる前に私は、目の前の電車に乗った。
杉の乗った電車と反対方向へ、電車は小さく震えて発車した。
流れる町並みの向こうに狭い海が見える。もしかしたらミカンが私達に「タエコ先生が犯人だ」と言わなかったのは、自分がシュークリームを食べたかっただけなのかもしれない。クジだって正当だったし。真実を言ってくれたら、絶対にシュークリーム半分あげたのに。私達を信じてなかったのだろうか。
言わなきゃ分からないことだってあるのにな。
信じてみたら、もっと簡単に平和に事件は事件になることなく、終わったのだろうに。
どうしてミカンは信じてくれなかったのかな。だけど、と思い直す。わたしだってオモケンの友情を信じきれてないのかもしれない。だからこのまま、変わらないでと願ってしまう。どうして自分の将来は無責任に信じているのに、固いはずの友情は信じられないのだろう。
私はそんなことを思いつつ、自分の矛盾に気がつかないふりをして、目を閉じた。
読んでくださってありがとうございました。
ご感想、ご意見、ご指摘、宜しかったらお願いします。
特に推理もの初めてなので、推理、トリックに関してご意見頂けると嬉しいです。