1.ブラックアウト
まだ、異世界に行っていません。
飛行機が、白い雲の上を滑るように飛んでいる。地上では、にごった雲が広がり雨が降っているが、飛行機から見る空は至って快晴である。
茉莉はそんな空をシンガポール帰りの飛行機から眺めていた。修学旅行のときは、白い雲を見て感動したものだが、今では見慣れた風景になっている。
家に帰っても出迎えてくれる人はいない。2年前、両親は交通事故により亡くなっている。すでに自立し、残されたマンションのローンはあと少しでなくなる。生活には、支障はなかった。あるのは……喪失感と孤独。もうそれにも慣れてしまった。
CAのお姉さんにコーヒーを頼み、飲みながら、再び窓の外を見てみる。
するとそこには……闇色の雲が膨らんでいた。
闇色の雲が、飛行機の中まで侵食したところで、茉莉の意識は途絶えた。
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茉莉は真っ白な世界に倒れていた。
周りも足元も白く、距離も分からない。
起き上がって、歩こうとして……
ゴツッ
「ぐえっ」
「イタッ」
茉莉は「ぐえっ」という自分以外の声に驚き、足元を見る。
そこには、頭を抑えた女の子と大柄な男性がいた。
「こんにちは、目覚めたみたいね。ったく、なんでそんなに石頭なの!?」
女の子は涙目だ。
「変な現れ方をするお前が悪い。」
「だって、さかさまに現れたら、面白いかなって。」
どうやら、彼女はさかさまに上から現れたらしい。
「とりあえず、事情説明するぞ。そこの女。お前は、もう戻れない。異世界に行くことになった。」
大柄な男性が、茉莉を指差しながら、そう宣言した。
「・・・・・・」
茉莉は、何を言われているかよく分からない。
反対に理解できる方がすごいだろう。
「……それじゃ、説明としては、不十分でしょ。私の方から説明するわ。」
女の子は腰に手をあて、ため息をついた。
「頼む。」
「まず、自己紹介からいきましょうか。私は、植物の神よ。こっちのでっかいのが、農業の神よ。あなたの乗っていた飛行機がこの世でもあの世でもない亜空間に吸い込まれてしまったの。だから、もとの世界に戻れないし、黄泉の世界にもいけない。だから、魂ごと異世界に転生させるってことよ。」
「なにそれ?」
おもわず、茉莉は言った。
いきなり言われたって、やっぱり理解できない。
夢見る少女の時代は終わったのだ。
「いきなり、理解しろっていうのも難しいわね……。まあ、異世界に移動したら、嫌でも理解できるかしら。あっ、そうそう、異世界に行くにあたり、能力が二つつけられるけど、どうする?」
(異世界・・・?なんだかよく分からないけど、普通に生きられる能力が欲しいな。植物と農業の神様とか言ってるから、とりあえず、畑でもつくってのんびりと自給自足しようかな。)
まだ、茉莉の脳は正常に起動しているわけではなかったが、このような結論に至った。
「じゃあ、自分の思い描いた植物の種を手のひらの上に創造する能力と、どんな植物でも栽培できる技術と力をくださいな。」
「その力なら、私たちで、何とかできるわ!ね?」
「そうだな。」
なんだか、神様たちはうれしそうだ。
「行きたい世界とかある?どんな世界に生きたい?」
なんだか、ルンルンと女の子が聞いてきた。
「えーっと、平和で安全で、文化的生活がおくれるところがいいです。」
戦争とか嫌だし、恐竜とかいたら困るしね。
「分かったわ!じゃあ、異世界で新たな人生を!」
「さよなら。」
そして、茉莉の意識はブラックアウトした。
主人公の茉莉ちゃん、ぜんぜんしゃべっていない・・・
しかも、次話から主人公の名前が変わります。