9.お屋敷
シュタイン家は建国当初からある由緒正しき貴族である。しかし、シュタイン家の先祖は大商人や良家ではなく、元々学者の家柄だった。
その中でも、人々の生活に有用な作物の研究に勤しんだのが、初代シュタイン子爵である。
現在のグレントリーズの主食は、芋のウーガだった。ウーガは、年2回収穫でき、どんな悪条件でも栽培できるという利点があった。でも欠点もあった。――長期間保存するためには、1ヶ月野外に干して乾燥させなければいけないのだ。しかも、生食の場合、採れたてでないと食べられたものではなかった。
グレントリーズ王国の建国時に戦乱が起こったとき、戦乱時には治安が悪化し外でウーガを干している余裕はなかった。敗走兵たちによる食糧の強奪と放火が予想された。この地域では、戦乱が起こるとウーガの乾燥ができず餓死者が多く出ていた。
しかし、今回の戦乱では、餓死者はほとんど出なかった。
戦乱による治安悪化の前に、シュタイン氏は保存性の良い植物を発見し栽培用に改良した。その作物は年1回しか収穫できないが、栄養価が高く保存性や味が良かった。グレントリーズ内では、その麦に似た作物『マギ』の栽培し、荒らされる前にすばやく収穫し備蓄することができた。そのおかげで、戦時中でも民衆は飢えることがなかった。
この功績によりシュタイン氏は、戦乱を治めた初代グレントリーズ国王から、子爵の地位と王都に隣接する領地を賜ったのである。
代々のシュタイン子爵家の人々は、広大な領地の中だけでなく、屋敷の中にも畑を作り、作物の研究をしていった。
その結果、この国の農業は他国とは比べ物にならないくらい発展していったのである。
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孤児院を出ることが決まってから、マリスには姓がついて名前が変わった。
マリスのフルネームは、『マリス・カトリーヌ・シュタイン』となった。
カトリーヌはあのおばあさんのシュタイン子爵がつけたものである。これで、マリスは貴族の仲間入りをしたことになる。
孤児院を出る日の朝、マリスは引越しの準備をしていた。
引越しの準備と入っても、持ち物は数日分の衣類と思い出の品だけになる。
あとは、子爵家でそろえることになった。
マリスは少ない荷物を手に孤児院を出た。見送りは院長だけだった。これは、孤児院の風習の一つであった。孤児院の門の外には、シュタイン家の馬車が停まっていた。
「マリス、達者でな。おまえは他の子より大人びているところがあるから、向こうでもうまくできるじゃろ。」
「今まで、ありがとうございます。」
マリスは、孤児院の院長に頭を下げた。
院長はうなずき、馬車から降りてきたシュタイン子爵に目を向けた。
「マリスをよろしく頼みます。」
「ええ。……では、マリス行きましょうか。」
「はい、これからよろしくお願いします。」
マリスは、院長にもう一度会釈してから、シュタイン子爵の後ろに続いて馬車に乗り込んだ。
孤児院は、王都内でも北側に位置している。王都はきれいな正方形で中心に王宮がある。王都を一周できる環状の道があり、その道のすぐ外側に王都の外壁がある。この道は、王都の主要な道になっている。
現在、マリスはこの環状道路を使って、王都東にあるシュタイン屋敷に移動している。
道には、信号がない。
道を横切りたいときは、地下道か高架を使うことになっている。
マリスは、孤児院の外に出ることが少なかったので、外の様子を興味津々で窓から眺めていた。シュタイン子爵は、マリスの様子を微笑ましく思っていた。
カラクリによって振動の少ない馬車が、古めかしいけれど立派な門の前で停まった。
「ここが……」
「そう、着いたわ。我が屋敷へようこそ。」
門は内側から使用人が開けるのかと思ったら……なんと、馬車の御者が降りて開けていた。
重厚な門だが、仕込まれたカラクリと御者の精神力が動力となり、簡単に開いた。
貴族にしては使用人が少ないのだろうか……とマリスは思った。
その後、マリスたちを乗せた馬車が再び動き始めた。
馬車の外には、屋敷の反対側に広大な土地が見えた。
(これが、かの有名な、『お屋敷の中の広大な畑』!!)
この畑で、コメ、ムギ、大豆の生産を夢見るマリス。最近、米粒一つぐらいなら、週1回出すことができるようになってきたので、茶碗1杯分のストックくらいならあるのだ。
しかし、よく見るとそこは畑ではなく……
広大な荒野だった。
マイ畑への道が近づいたかと思ったら・・・という話でした。
12/12、やっと改稿いたしました。
倍近く増えたかも・・・