表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

ハイファンタジー/ローファンタジー

「配慮が足りないですよね?」「非常事態に何を言ってんの?」

作者: 高井 想生
掲載日:2026/08/16

 王都から遠く離れた場所にある、アケの村。

 そこは数日前、複数のドラゴンによる襲撃を受けていた。


 幸いにも死者こそ出なかったものの、家屋の多くが破壊され、畑や家畜も失われた。村が完全に復興するまでには、数年を要するだろう。


 そんな村を救ったのが、偶然にも休暇で近くを訪れていた王国騎士ジェイドと、王国魔道士リューズだった。


 二人は村を襲ったドラゴンを討ち取り、その肉を使って温かなスープを作った。


 さらに、食べきれない分の肉は保存食として加工し、村人たちに分け与えた。


「こんなにうまい肉を食べられるなんて……!」

「これでしばらく食べるものには困らない!」

「ありがとうございます! 本当に助かりました!」


 村人たちは喜んでドラゴンの肉を口にした。


 そんな光景を、少し離れたところから見つめている女性がいた。


 旅行で近くを訪れていた伯爵令嬢カミラである。


 彼女はしばらく黙って村人たちの様子を眺めていたが、やがて困ったような表情を浮かべ、口を開いた。


「……あの、失礼ですが……王国騎士のジェイド様とお見受けいたします。ですが……」


 ジェイドが振り返る。


「何か?」


「いえ……アケの皆さんが喜んでいるところに水を差すようで、申し訳ないのですけれど」


 そう前置きしてから、カミラは村人たちに聞こえるように言った。


「アケの人々が信仰している神、レクアは、ドラゴンの肉を食べることを禁じているのではありませんか?」


 村人たちの間に、ざわめきが起こる。


 カミラはさらに続けた。


「それなのに、こんなふうにドラゴンの肉を食べさせるなんて……少し配慮が足りないのでは?」


 そして、わざとらしく首を傾げる。


「……いえ。それとも、まさかご存じなかったのかしら? 王国騎士ともあろうお方が、そんな無知なはずございませんわよね……?」


 ジェイドの表情から笑みが消えた。


「無知は、あなたの方です」


「はぁ!?」


 思わぬ反論に、カミラが声を荒らげる。


 ジェイドは淡々とした口調で続けた。


「確かに、レクアの教えには『ドラゴンの肉を食べてはならない』とあります」


「だったら──」


「しかし、それには例外がある」


 ジェイドはカミラの言葉を遮った。


「非常事態においては、その限りではありません」


「……え?」


「飢えによって命を失うような状況では、ドラゴンの肉を口にしてもよい。レクアの教えには、そう明確に記されています」


 リューズも横から口を挟む。


「つまり、餓死しちゃうくらいならドラゴンの肉を食べてもいいってこと。そんなことも知らないの~?」


「う、嘘よ!」


 カミラは顔を真っ赤にした。


「あなたたち、自分たちの行動を正当化したいだけでしょう!」


「正当化?」


 ジェイドが眉をひそめる。


「では、聞きます。ドラゴンに畑を焼かれ、家畜を失い、食糧まで失ったこの村で、あなたは村人たちに何を食べろと言うのですか?」


「そ、それは……」


「レクアの教えを守るために、何も食べずに飢えろと?」


「違うわ! そういう意味では──」


「ならば、何も問題はありません」


 そのとき、村長が静かに口を開いた。


「ジェイド殿とリューズ殿の言っていることは、本当です」


 村長はカミラを真っ直ぐに見つめた。


「我々の神、レクアは、教えを守ることよりも、我々の命を優先してくださる」


 そして、穏やかに、しかしはっきりと言った。


「命を捨ててまで教えを守ることこそ、レクアのご意思に背く行為なのです」


 村長の言葉に、周囲の村人たちも頷いた。


「その通りだ」

「レクア様は、そんなことを望んじゃいない」

「俺たちが生きるために食べる。それが神の教えだ」


 カミラは唇を噛みしめた。


「……っ」


 しばらく村人たちを睨みつけていたが、やがて吐き捨てるように言った。


「……くっ。馬鹿らしい!」


 そして踵を返す。


「大変な目に遭っていると聞いたから、心配してわざわざ来てあげたのに!」


 振り返ったカミラは、鼻を鳴らした。


「私は、どんなに困ってもドラゴンの肉なんて食べないわ」


 そして、村人たちを見下すように言い放つ。


「そんなものを食べるのは、野蛮な人たちだけよ! それを許すレクアなんて、信仰に値する神ではないわ!」


 その言葉に、村人たちは一瞬、静まり返った。


 しかし──


「……野蛮。その上、他人の信仰を否定するのですか」


 ジェイドが静かに口を開いた。

 その声は、先ほどまでよりも低く、冷たかった。



 それから数日後。

 カミラは王都へ戻ると、ある噂を広め始めた。


「アケの村へ行ったら、ひどい有様だったの。食べるものすらなくて……だから、私が手持ちの食糧を分けてあげたのよ」


 もちろん、そんな事実はない。

 だが、カミラは巧みに話を作った。


 ドラゴンの肉を食べることを拒み、神の教えを守ろうとする村人たちを見て、自分が旅行のために持っていた数日分の食糧を分け与えた。自分は空腹に耐えながら、と。


 そして最後に、必ずこう付け加えた。


「それなのに、王国騎士のジェイド様は、レクアの教えも知らずにドラゴンの肉を村人たちに無理やり食べさせていたのよ。無知って怖いわね」


 噂は瞬く間に広がる。

 やがてカミラは、その「慈善活動」が評価され、名門公爵家の嫡男との婚約を決めた。



 そして迎えた婚約披露パーティー。


 会場には多くの貴族が集まり、カミラは誇らしげな笑みを浮かべていた。


「アケの村では、本当に胸が痛みましたわ。食べ物もなく、皆さん困っていらしたのですもの」


 周囲から感嘆の声が上がる。


「なんと慈悲深い……」

「公爵夫人に相応しいお方だ」


 その言葉を聞き、カミラは満足そうに微笑んだ。


 ──そのときだった。


「──そのお話、少し訂正していただけますか?」


 会場の入口から、よく通る声が響いた。


 振り返ったカミラの顔が、凍りつく。

 そこに立っていたのは、ジェイドとリューズだった。


「ジェ、ジェイド……様?」


 ジェイドは周囲の視線を気にする様子もなく、ゆっくりと会場へ歩いてくる。


「その節はどうも。ですが、どうやら事実と異なる噂が広がっているようですね」


 ジェイドはカミラの前で足を止めた。


「アケの人々の食糧を確保したのは、カミラ嬢──あなたではありません」


「なっ……! 何を言っているの?」


「俺とリューズです」


 その一言に、会場がざわめいた。

 リューズが、そのざわめきを楽しむように笑う。


「そうそう。僕たちがアケの人たちの食べ物を確保したんだよ~。ドラゴンを倒して、その肉でスープを作ったり、保存食に加工したりしたんだよね」


「そんなの、嘘ですわ!」


カミラが声を張り上げた。


「アケの人々が信仰しているレクアは、ドラゴンの肉を食べることを禁じています!」


「カミラさん……あんた、まだそれ言ってんの~?」


 リューズが呆れたように肩をすくめる。


「だから、レクアの教えでは──」


「わ、私は確かに、アケの人たちに食糧を与えました!」


 リューズの声を遮り、カミラが必死に言葉を重ねる。


 すると、ジェイドが冷静に問いかけた。


「……では、その食糧について伺います」


「え……?」


「何を、どれだけ渡したのですか?」


「そ、それは……」


 カミラの言葉が詰まる。


「村長から証言を預かっています。あなたから食糧を受け取ったという記録は一切ありません」


「そ、そんなもの……!」


「それに──」


 リューズがニヤリと笑った。


「カミラさんが村で何を言ったのかも、みんな覚えてるよ」


「……!」


「僕の魔法なら、あのときの光景を再現できるんだよね~」


 リューズが指を一振りする。

 すると、会場中央の空間に魔力が集まり、巨大な映像が浮かび上がった。


 そこに映し出されたのは、アケの村。

 そして、あの日のカミラだった。


『私は、どんなに困ってもドラゴンの肉なんて食べないわ。そんなものを食べるのは、野蛮な人たちだけよ! それを許すレクアなんて、信仰に値する神ではないわ!』


 映像が消える。

 会場は、しんと静まり返っていた。

 誰も言葉を発しない。


 やがて、公爵家の嫡男が震える声で尋ねた。


「カ、カミラ。これは一体、どういうことだ……?」


「ち、違いますわ!」


 カミラは青ざめながら叫んだ。


「そ、そうよ……! この方たちが私の手柄を奪おうとしているのですわ! きっと、私を逆恨みして……! さっきの映像もデタラメよ!」


 必死に取り繕うカミラ。


 しかし会場にいる誰も、もう彼女の言葉を信じようとはしなかった。


 王国騎士や王国魔道士が、伯爵令嬢ひとりの手柄を奪うために、これほどの労力を費やすだろうか。誰が見ても、カミラの嘘は明白だった。


「あなたは、ろくにレクアの教えを理解していないにもかかわらず、『配慮が必要だ』とおっしゃっていました」


 ジェイドは、カミラを真っ直ぐに見据える。


「ですが、あなたがしていたのは配慮でも、教えを説くことでもない。ただ、自分の価値観を他人に押しつけていただけです」


 カミラは崩れ落ち、声を上げて泣き出した。


 追い打ちをかけるように、その場で婚約が破棄される。そしてカミラは、二度と社交界に姿を見せることはなかった。



 数年後。

 アケの村では、復興を祝う祭りが開かれていた。そこには、ジェイドとリューズの姿もあった。


「お二人がいなければ、今の村の姿はありません」


 村長の言葉に、二人は顔を見合わせて笑う。


「みんな、無事でよかったね~」


「ああ。これも、レクアの教えのおかげだろうな」


「そういえば、カミラさん。あれからも、誰彼構わず妄想を真実みたいに話してるんだって。家族からも、もう相手にされてないらしいよ~」


「……そうか」


 ジェイドは苦笑しながら、村人たちの笑顔を見渡した。


「家族であろうが、いかなる立場の者であろうが、しっかりと話の真偽を確めて行動することが大切なのだろうな」


 その日、アケの村には、いつまでも楽しげな笑い声が響き渡っていた。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最近似たような話がありましたね。 この手の偽善を振りかざす人々はホント何の役にも立たないです。
これはアレか、非常時の炊き出しに豚汁は駄目だとか言い出した輩の話だな! ムスリムは大嫌いだけど、宗教に寛容な自分に酔ってるお気持ち表明大好きな連中の方がもっと嫌いですわ でもこのお話の令嬢は何がし…
今の時代は情報量が多すぎますから、自分で何を信じるか信じないかを決めなくてはいけません。 そんな私達にも通じるようなファンタジーでしたね。 ジェイドとリューズが思いのほか爽やかコンビで好感度が高かっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ