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「ありがと」
古典の教科書を受け取り、ハルタが満足げに微笑む。
あ。
ハルタって猪瀬春太か。
激しい嫌悪感や屈辱から、美しさに対する感嘆へと、感情の振り幅が激しかったせいで、全然思い至らなかったが、綾斗はこの訪問者を知っていた。
その美しさから、この男子校においても、静かに噂になっていた人物だ。
しかも、ただ顔がいいだけでなく、4月に行われた体力テストでは上位に名を残し、定期テストもトップを独占する完璧超人らしい。
いじめっ子以外とコミュニケーションを取ることのない綾斗でさえ知っているほどの有名人だ。
噂を聞いた当初、自分のことはゲイだなんだといじめておきながら、イケメンの情報はしっかりと仕入れている男たちを鼻で笑ったものだが。
なるほど。これは噂になるのも頷けるな。
恋愛目的でイケメンをチェックするのではなく、身近に芸能人がいると浮足立つような感覚なのだろう。
「で、なんかみんな楽しそうにしてたけど、なんで盛り上がってたの?」
教科書を受け取っても猪瀬春太は立ち去ることなく、改めて疑問を口にした。
話題が自分に向くことを察した綾斗は、素早く目線を逸らして下を向く。
案の定、西脇は綾斗に視線を向け、顎を少し突き出すしぐさで綾斗を指して見せた。
「あいつ、ゲイなの知ってるだろ?抱く方と抱かれる方と、どっちなのか聞いたら、抱かれたいとかヘラヘラして言うから、キモすぎるだろって話してたんだよ」
事実無根もいいところである。
誰が抱かれたいなんて言った?
こうやっていつも、ゲイ・木佐綾斗像が勝手にできあがっていくのだ。
今後は完璧超人の猪瀬春太も綾斗のゲイいじりに加わってくるのかと思うと死ぬほどげんなりした。
綾斗は限界まで体を小さく丸めて、自分の存在感を消しにかかる。
けれど、身構える綾斗とは対照的に、猪瀬春太の返答はあっさりと気の抜けたものだった。
「あ、そうなんだ」
反射的に顔を上げて、猪瀬春太の表情を確認するも、彼はすでに綾斗に背を向けて、自分のクラスへ帰る姿勢に入っていた。
「じゃあ、もう授業始まるから帰るね~。教科書ありがと。また返しに来るわ」
あっさり帰ってしまった猪瀬春太に、綾斗はポカンと拍子抜けした。
間抜け面をマスクの下に隠した綾斗の耳に届いたのは、チャイムの音と重なる「あいつ、ほんと自由人なんだよなぁ」という西脇の声だった。




