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4時間目の生物は、顕微鏡を使うため、生物室で行われた。
昼休みにわざわざ教室へ戻らなくていいように、綾斗は、教材や筆記用具の他にお弁当も持参していた。
今日は早朝から厄介なものを見てしまったが、学校に入ってしまえば、割と良い日だ。
教室内で板書を取るだけの授業より、生徒間の発言機会が増える移動教室は、その分いじめっ子たちの発言も増え、綾斗が揶揄われることが多くなる。
しかし、幸運なことに今日はまだ絡まれていなかった。
漏れ聞こえた話から察するに、西脇に彼女ができた話題で盛り上がっているようだ。
人知れず失恋した人物を知っているせいで、少し微妙な気分になったが。
とはいえ、男子校において貴重な『彼女持ち』になった西脇により、綾斗への興味が薄れたのなら何よりだ。
平和な午前中はあっという間に終わり、お昼を知らせるチャイムが鳴る。
クラスメイトががやがやと廊下へ出ていく中、綾斗は全員が退室するのを待って、最後に生物室を出た。
そのまま教室に向かうクラスメイトからは外れて、教室のある棟とは逆方向へ歩みを進める。
ヨの字型に建てられた校舎は、北側から教室棟、研究棟、芸術棟と名付けられ、各棟の東端を縦断する渡り廊下でつながっている。
生物室などの実験室や、各教科の担当教員が使っている準備室は研究棟。
美術室、音楽室、茶室、文化部の部室があるのが芸術棟である。
ほとんどの生徒が昼休みは教室か、第一体育館の下にある食堂で食事をとるため、研究棟に足を踏み入れる者はいない。
さらに、渡り廊下から一番離れた場所にある階段。
1階と2階を繋ぐ踊り場になんて誰も来ないし、来たとしても無害な陰キャくらいだろう。
まさに無害な陰キャである綾斗は、いじめっ子に絡まれて教室を出られないとき以外、昼休みはここで過ごすことにしていた。
利用者が極端に少ない校舎の隅っこの階段は、少し埃っぽいものの、南向きに窓があって日当たりがいい。
綾斗はいつも通り階段に腰を下ろして、お弁当を広げた。
誰も来ないここなら安心してマスクを取ることができるのもいい。
男子高校生としては少し物足りない量のお弁当をすぐに食べ終え、マスクを外したまま日向ぼっこに興じる。
ここで過ごす昼休みが、暗黒の学生生活の中で、唯一癒される時間と言えるだろう。
暇つぶしにスマホを触ってのんびりしていると、階下からこちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。
今までこの場所で人に会ったことはなく、完全に油断していた綾斗は、無防備に顔を晒したまま、弁当や教科書等を階段に置いていた。
そのせいで、すぐに立ち去ることができず、なんとかマスクだけ装着したところで、相手が踊り場から顔を出した。
「探したよ。木佐くん」
にっこりと笑みを向けてきたのは、猪瀬春太だった。




