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間違い

第七章 


涙が溢れたのはいつぶりだろう。

ミオからのメッセージを読みながら、心が溶けていく感覚があった。

張り詰めていた何もかもがほどけていくような。


誤解をされてしまうことも、分かってもらえないことにも、慣れていると思ってた。

みんなに分かってもらえなくても、誰かに届いていればいい。

きっと誰かに届いているはずだ。

目に見えなくても、感じてくれてる人がいると信じてここまできた。

そう思わないとやっていられなかった。


…ミオの顔もわからないのに、今どんな表情をしているのか分かる。

きっと真剣な眼差しで、俺を見つめてるね。あのときのように。あのライブのときのように。


きっとすごく心配していると思う。

それでも俺のことを安心させたくて、強い気持ちを届けようとしてくれている。

まっすぐまっすぐ、俺の心に向かってくる。


「ありがとう」


自然に口から言葉がこぼれた。

あの強い眼差しが、光って見えて…綺麗だと思ったんだ。


写真…なんであれで分かったんだ?

蕎麦の写真はコウが撮ってくれたやつだったけど…あ、もしかして。


思いついてコウのSNSを開くと、そこには俺が送ったのと同じ写真が載っていた。

あぁ…あれ、SNS用のだったんだ。


ミオはこれを見て、気づいたのか。

Famousのファンだし、コウのSNSはチェックしてるはず。前に言ってた気もするし。


本来なら絶対に許されない失態。

かなり緩んでいた証拠だと思う。

…昨日からずっと間違いばかりしているな。

周りに迷惑をかけて、大切な人を困らせてばっかりだ。


ミオは戸惑ったよな。

本当は俺の口から聞きたかったはず。

きちんと伝えてあげられなかった。

なんとかなるでしょって安易に考えていたことで、ミオを傷つけたかもしれない。

ごめん、ごめんね。


それでも…それなのにミオは、俺がFamousのジンだと分かった上で、この返信をくれたんだね。


いつも俺の心を照らしてくれるのはミオの言葉。

なんでこんなにもあたたかくて優しいの?

ミオの言葉だけが真実だと思える。


ねぇミオ、俺が犯したこの「間違い」だけは、「間違いじゃない」って思いたい。

きっと俺とミオを、本当の意味で出会わせるためのものだったんだ。


きっと、出会っていいと──神様が言ってくれたんだ。

そんなふうに…信じたくなった。


ミオが俺を信じてくれたように、俺もこの奇跡を信じよう。

もう自分を我慢することはやめてもいいかな?


電気をつけても暗いビジネスホテルのカーテンを開けると、太陽の光が入ってきた。

朝だ…ちゃんと明るい。暖かさも感じてる。

昨日の夜感じていた孤独はもうないよ。


もう、文字だけじゃ足りない。

ううん、本当はもっと前からそうだった。

ミオの顔が見たい。触れてみたい。どんな声をしてるの?どんな風に話す?


何度もミオのメッセージを読み返しては、ミオの姿を想像する。

心の奥まで明るく照らされている気がする。

こんなに近くにミオを感じてる。


さっきまで重かった体が嘘のように軽い。

ミオが俺のことを分かってくれた。

それだけで救われた気がしたんだ。


ミオのことが好きなんだ。


伝えたい、でも困らせるかもしれない。

でも、もう自分を隠すことはやめよう。

ミオが好きだって思ってもいい。

ミオに好きって言ってもいいんだ。

ミオが困ったら一緒に困ってあげよう。

どうしていくか、一緒に考えよう。


「ピンポーン」

ホテルのチャイムが鳴る。

「ジン、もう出るよ」

ノックの音と共にマネージャーが迎えに来た。

慌ててジャージを羽織ってドアを開ける。

「ごめん、待たせた?」

「いや!…あれ?ジンのことだから昨日のこと引きずってるかと思ったけど…なんか元気じゃん。なんかあったの?」


「まぁね。届くところに届けばいっかって思っただけ。」

「……もうスキャンダルは起こすなよ。」


それ以上は聞いてこなかった。

きっと心配してくれているのと、知りたくないのと、どっちもあるんだろうな。

マネージャーも大変だ。

でもありがとう。


「分かってるよ。ごめんね。」


車に乗り込むとコウがいた。

「おい、SNS用なら言えよな。」

「え?朝からなに!?」

「いや、ありがと。」

「なんだよ、きもちわるっ!にやにやすんなよ。」

「してない。」


「ドキュメンタリー用のカメラ入ってるから」

マネージャーに冷静に注意された。


「コウおはよう、今日も頑張ろうね」

「やり直すなよ!」

「え?なんのこと?」

「いやいや、無理あるだろ!」

ふたりでケラケラ笑って会場へ向かった。



今思えば、ジンさんがジンくんだと知っても、何も不思議はない。

わたしがジンさんに惹かれるのは当たり前で、ジンくんを好きになったことも、必然だったんだろうな。


ジンくんの正体に気づいたことを伝えたから…もう返事は来ないかもしれない。

でも、ジンくんに今のわたしの気持ちを伝えることが出来ただけで、幸せだと思わないと。それって本当に贅沢なことだと思う。


こんなふうに、好きな人に自分の言葉を伝えることが出来るって、本当に奇跡みたいなことだと思うから。


あの「間違い」のメッセージから始まったわたしたちだけど、意味のある「間違い」だったんだって思う。

きっと神様が――

ジンくんのために出会わせてくれたんだ。


「ちょっと!ジンやばくない?ジンに限ってわざとではないと思うけど…ちょっと騒ぎ大きくしちゃった感はあるよね」


リンちゃんからDMが来た。

そうか、リンちゃんもそう思ったのか。


「騒ぎが大きくなり過ぎて心配だよ。でもジンくんは何も悪くないってわたしは思ってるよ。」


「まぁジンは悪くはないけどさ、でもカーテン開けちゃダメじゃん?ジンは優しさでそーゆーときあるよ」


うん、そうだね。

ジンくんは優しいから。

でもね、それは強さでもあるんだよ。


「注意したかったんだよ。ジンくんはちゃんとダメなことダメって伝えたくて。」


「そんなの余計喜ぶに決まってるじゃん。それこそダメなものはダメでしょ。」


それでも、ジンくんは伝えたかったんだよ。

わたしには…分かるんだ。


「リンちゃん、それでもわたしはジンくんの味方でいたいの。」


ジンくん。

あなたにわたしの言葉が届いたって思うだけで、わたしは満たされる。

そんな”好き”に出会わせてくれてありがとう。


あれ?知らなかった。

好きって気持ちが溢れると涙って出るんだね。


「分かってるよ、ミオ。ごめんね。元気だしてねって言おうと思ったのに。わたしはミオの味方だよ。きっと大丈夫になるよ。ユウキもついてるし!ね!笑」


リンちゃん、ありがとう。



会場についてすぐリハーサルの準備。

でも…ミオに返信したいな。

スマホを出そうとしても、すぐ撮られる。

ドキュメンタリー用のカメラが邪魔だなぁ。

はぁ。早く返したいのに。

まぁ、仕事だから仕方ないか。

ドキュメンタリーとかってファンのみんな好きだしな。ミオもめっちゃ見てそう。

可愛いなぁ…笑ってしまいそうになるのを必死にこらえないと。


「今日のケータリングにステーキあった!」

…なんかタクマがはしゃいでる。

「え!まじ?先食べようかな」

優しいタカユキが話に乗ってあげてた。

「ジンも行かない?」

「いや、どうしようかな。あんまりお腹空いてないしな」

よし!このままふたりが食事に行けば、カメラもついて行くかも。

そしたらミオに返信しよ。


「えー!行こーよー!」

「いや…」

「行こーよー!行こーよー!」

こうなるとタクマはしつこい。

もう…せっかくスマホに触れると思ったのに。

「分かったよ…みんな可愛いとか思ってるでしょ?しつこいだけだからね?」

カメラに向かって話しかける。

そうしたら、これを見た時にファンの子が一緒にいるみたいな気持ちになるでしょ?


「みんなは何食べてんの?ライブ前に。え?ドキドキして食べれない?…かわいいね。でもちゃんと食べてからおいで。」


「あージンがまたなんか言ってるー」

タクマがひっついてきた。


ドキドキさせるのは…得意かな。

でもドキドキするのは…苦手。

だから、早く返信させて。頼む。

ミオ、待っててね。

ミオの言葉はちゃんと俺に届いてるよ。




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