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重いと想い

第六章 


なんだか疲れたな、今日は。

新幹線は俺のせいで遅延したまま走ってる。

今からリハとか…正直しんどい。

早く眠ってしまいたいのに、全く眠れないまま。

どんどん目的地へ進んでいく。


止めようとしただけなのに。

なんで…?

ファンの子に間違ったことはさせたくない。

大事に思ってるから守ってあげたかったのに。

誰にも迷惑をかけたくなかっただけ。

ちゃんと伝えたい、そう思っただけなのに。


たったそれだけのことがなんでうまくできないの?

自分にいらだつ。


でも余計に焦燥感を感じている理由は分かってる。

……どうしてミオは返事をくれないの?


ミオを気遣う余裕もなくて、ただ自分のわがままだけが支配する。

いつもならミオのことをちゃんと考えられるのに。

仕事忙しいのかな?って心配してると思う。


でも今はミオの言葉がほしい。

こんなときだからミオの言葉がほしい。

早く返信ちょうだいよ…そう思ってしまう。

ミオの文字を見て安心したい。

少しでも心を救ってほしい。


そんなことを思う自分が余計嫌になる。


誰かと一緒の時間を過ごしてしまうと、一人になったときに余計に苦しい。

それをすごく実感してる。

いつもなら、耐えられるかもしれない。

でも、今はミオに寄り添ってほしい。


こんな弱い自分が嫌いだ。


……もう誰にも感情を預けたくないな。

心が疲れたよ。


焦りも不安も喪失感も、全部捨てたい。

穏やかな気持ちで過ごしたいだけ。

それ以上は望まないから…。



「ジン、お疲れ様。新幹線遅れてた?」

マネージャーが駅まで迎えに来てくれてるのに、すぐにお礼も言えない。

「うん、駅にファンが来ちゃって…」

はぁ…経緯をマネージャーに話さないといけないけど、本当は話すのも嫌だ。

俺が一番大切にしているファンが、俺の大切なものに踏み込んでくる感覚が、とても息苦しい。

本当の俺はそんなに器用じゃないんだ。

アイドルの俺とただの俺。分けて考えられない。

だってどっちも俺なんだ。


「そっか、分かった。ニュースになるかもしれないなぁ」

マネージャーが困ったような声を出してる。

ごめんと言いかけて口を閉じた。

謝るだけで心が擦り減る気がしたから。

「俺はジンのこと分かるから、どうしてそうなったのか理解は出来る。でもな?そんなに甘くないのは分かってるよな?誰とでもちゃんと向き合おうとするな。世間は結果だけがすべてなんだから。」


そう、それが俺が置かれている環境であり、自分で望んで踏ん張っている場所。

でも…ちゃんと人として、相手の中にいられるようでありたいと思ってる。

俺がいることで、頑張れる、正しくいられる、そんな存在でいたい。

だから、俺はちゃんと一人一人と向き合っていたかった。


そう思っていたのに。


あぁ……本当に疲れた。

こんなにも心が重いのは初めてかもしれない。


何も考えたくない。


もう――誰も入れたくない。


「おー!ジンおつかれー!」

コウがいつもの明るさで迎えてくれたのに、正直鬱陶しい。

「あれ?なんか元気ない?最近やけににやついてたのに…」

騒動のことはもう話したくない。

ほっといてほしい。

…ごめん。コウ、ごめん。


「そんなことない」

「いや、明らかにスマホ触る回数増えてたしなぁ?楽しそうだったしなぁ?」


まとわりついてからかってくる。

いつもの絡みなのにうまく返せなくて「そんなことない」としか言えなかった。

心配してくれてるのは伝わってるけど、受け取れるだけの余裕がない。


「ジン!やっぱりニュースになってる」

マネージャーがスマホを片手に走ってくる。

あぁやっぱりね…


「Famousのジン新幹線でファンへ顔見せサービス!喜ぶファンにより新幹線遅延」


ネットニュースのタイトルなんて、クリックさせるための嘘ばっかりだ。

事実を歪めたって面白ければなんでもいいんだろうな。

人は言葉だけで簡単に信じてしまう。

自分の目で見ていないのに。

世間ではこれが真実として語られてしまうけど、釈明することすら出来ない。


サービスね…。


「謝罪文は出すからな。次からは気をつけろよ。…ジンの気持ちは分かってるけど、こんな記事出されたらもうどうしようもないだろ?」


コウが見てることにも気づいたのに。

もう何もかもめんどくさい。

もう、何も期待したくない。

謝らないといけないのかもしれないけど…黙って頷くことしかできなかった。


「スキャンダルは今はダメだってこの前チーフから言われたところだったのに…」

マネージャーが頭を抱えてる。


そんなこと言ったって…。

……そんなに間違ってたのかな。

ちゃんとしたいと思ったことが。

向き合おうと思ったことが。


騒がしいはずの楽屋が、余計に孤独を感じさせた。

たくさんの人がいるのに、俺は一人きりだと言われてるような気がする。

みんなの声が遠くに感じた。



結局、ジンさんに返事ができないまま朝を迎えた。

ジンさん…じゃなくてジンくんか。


今のわたしはずるい気持ちでいっぱい。

もし、口にしてしまったらこの関係が終わってしまうかも…

それが一番怖い。

わたしが気づいたことに、ジンくんが気づいてしまったら…


このまま何もなかったように返事しちゃいたい。

「昨日は忙しかったんだー」

なんて何気ない会話を続けたい。

気づいてないふりしていようかな。

だってこんなに楽しいんだもん。

それもありじゃない?


だって…Famousのジンくんだから好きになったわけじゃないのに…。

ジンさんを好きになった想いまで否定されたくない。


でも、なに食わぬ顔してジンくんに返事をしたら、わたしはわたしを嫌いになるかも。

ちゃんと相手と向き合わなくていいの?

ちゃんと話し合わなくていいの?


ずっと自分で自分に問いかけた。

結局どちらも選べなくて、わたしは逃げてしまったのかも。



身支度を整えながら、ニュースを見る。今日はエンタメコーナーでFamousのことやるかな、なんて期待してる。

なんだかんだで、やっぱりFamousが大好きなんだな。

そこはきっと変えられないし、変わらない。


「昨日、人気アイドルグループ、Famousのジンさんが乗った新幹線にファンが押し寄せ新幹線が遅延するというトラブルが発生いたしました」


え?なに?

突然ニュースからFamous、そしてジンくんの名前が聞こえた。

思っていたのと全然違うニュース。

真面目なトーンのアナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。


「ジンさんが駅に押し寄せたファンに向けて車内からカーテンを開けて姿を見せたことにより、興奮したファンがさらに新幹線に接近してしまう事態となりました。制止する駅員を振り払い騒動は悪化し、所属事務所からは謝罪と、注意喚起のメッセージがファンクラブ公式サイトにアップされました」


謝罪?

ジンくん謝らなきゃいけないようなことしたの?

慌ててスマホを手に取りSNSを確認してみた。


「ジンやばくない?なんでカーテン開けたの?」

「迷惑ファンにファンサwさすがに炎上案件だわ!」

「ジンらしいなぁ!ファンのこと大好きだもんね。可愛いファンでもいたかな?」


心臓を突き刺されたような痛みが走った。

大げさに聞こえるかもしれないけど、それほどジンくんの痛みが伝わって来た気がした。

違うよ。違う!


それからネットニュースを片っ端から読んでみた。

なんでこれでジンくん悪くなるの?

だって注意しようとしたんじゃん。

興奮したファンをなだめようとしたんだよ!

「危ないから離れて」って言おうとしたんだよ。

駅員さんにも新幹線にも迷惑をかけてしまったって、心を痛めてたんでしょ。


ジンくんってそういう人じゃん。

なんでみんな分からないの?

本当にジンくんが好きなの?

わたしは分かるのに。

わたしなら…。


自分の大切なファンが、こんなニュースになるなんて、辛いに決まってる。

ジンくんの本意が伝わらなくて悔しいだろうな。


ジンくん、お願い、気づいて。

きっと厳しい声ばかりが聞こえてるかもしれないけど、それだけじゃないよ。

わたしはジンくんの味方だよ。

ジンくんの味方はここにいるよ。

あなたの想い、ちゃんと受け取ってる。


そのことを、どうしても伝えたくなった。


今のわたしは、あなたに直接言葉を届けることができるんだよね…。


ミオ、勇気を出して。

わたしはジンくんに言いたいことがあるでしょ?

わたしにはジンくんに伝えなきゃいけないことがあるでしょ?


何よりも大切なジンくんに。

何よりも伝えたいこと。


これはきっとわたしにしか出来ない。

このためにわたしはジンくんと繋がったのかもしれない。


意を決してスマホを握りしめる。


一一ジンくん、お願い。わたしの声を聞いて。

どうか受け取って。

これが、わたしの想いだよ。


言葉にしたら、もう迷わなかった。

大丈夫。もう手も震えてない。

ジンさんも、ジンくんも、わたしの好きな人。

ジンくんに、届いて。

ジンくんに少しでも力をあげて。



昨日はよく眠れなかったせいか朝から体が重い。

体だけじゃなくて、気持ちも…。


鳴りっぱなしのスマホの通知にも、心配の言葉にもうんざりしてる。

「大丈夫?」「気にしないほうがいいよ」

気持ちは有り難いけど、ほっといてよ。

「ジン新幹線騒動」ってSNSでもトレンド入りしてるらしい。そんな情報くれなくていいのに。

知りたくもないのに、分からないのかな。

心配してくれる気持ちを素直に聞くほど、今は余裕ない。

誰の言葉も見たくもないし、聞きたくもない。


はぁ…仕事なんてしたくない。

行きたくない。なんにもやりたくない!

でも…ライブリハだし、行かないわけにもいかない。これ以上迷惑かけられないし。


ホテルの小さな冷蔵庫から、マネージャーが買ってきてくれたブラックコーヒーを取り出す。食欲もないけど、ご飯食べないともたないよな。

分かってるけど、何にも食べたくない。

…マネージャーに朝ごはん買ってきてって頼んどくか。これも仕事のうち。

何も考えず働いてるしかないか。


そう思ってスマホを手に取ったとき、また通知が鳴った。

またか。

無視しようかと思ったけど、なんでか確認した。


あれ…ミオだ!

なぜかミオの言葉だけはすぐにでも見たくて。


「間違っていたらごめんなさい。

でも…ジンくんだよね?Famousのジンくんだよね?」


最初のメッセージに心臓がドクンッと大きな音を立てた。

握った手が少し震える。スマホの文字が滲んで見えた。


え……バレた?…なんで?


「昨日の写真で分かっちゃった。ジンくんだって。ごめんなさい。間違いないって思ってる。だから言いました。でもジンくんのくれた言葉、全部、信じていいよね?」


写真…昨日の写真?なんだっけ?

色々あり過ぎて忘れてしまってた。

自分の送信履歴を見直すと、蕎麦の写真か?なんであれでバレた?

信じていいってなに?どういう意味?

怒らせたかな?嫌われたかな……?


なんでこんなに問題ばかり起こるの…


続きを読むのが怖い。

なんで今なの?

今ミオに拒絶されたら…もう頑張れない。


「ジンくんがわたしと向き合ってくれてたことを信じてる。

だから、わたしの気持ちを聞いてほしいの。」


「ジンくん、わたしはあなたがいつどこにいて、何をしていても、あなたの味方だよ。

あなたの言葉だけを信じてる。あなたの想いだけを受け取るよ。

そんな味方がいることをどうか忘れないで。

そして、ジンくんにはそんな味方がたくさんいるよ。

どうか自分らしく、ジンくんの選んだ道を歩んでください。

わたしはいつもジンくんの心を感じてる。わたしの想いは、何もかわらない。

ずっとジンくんの味方だよ。」



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