誠実
第五章
会ってみる?って聞くなんて。俺が。
自分でも信じられない。
……勇気を出して良かった。
ナイス俺。
「ぜひ!会ってみたいな!いつ頃が都合がいいかな?」
すぐに返事をくれて、今月末にミオと会う約束ができた。
候補に入れて欲しいというところはスルーされちゃったけど。まぁいいか。
会ってくれるってことは、引かれてはないってことだよね?
普段の俺からは考えられないくらいに、積極的だったよな。
よし。
でも…会うってことは、ミオに俺のことバレるってことだよね。
正直、会いたいという想いが先行しちゃって、あんまり深く考えられてなかった。
本当に会える…のかな。
なんだか実感がわかない。
恋愛ドラマも何本か出させてもらったけど、自分にもこんな物語みたいな出会いがあるなんて。
俺の中でミオはもう『ファン』としてだけじゃなくて、一人の人として見てしまってるから。
俺のファンのミオも、メッセージでやり取りしてるミオも、どっちも同じミオ。
別にそれでもいいじゃんって思っちゃう。
…なんか今の言い方ミオみたい。
移っちゃったかな、そんなことさえ嬉しくなる。
ファンとアイドルとか関係ない。
今まではそうは思ってなかったけど、同じ人同士なんだから、関係性なんて後から付いてくるもの。
誰とだってそうだと思う。
でも…ミオは違ったらどうしよう。
喜んでくれるのかな。戸惑うのかな。
…嫌われたりしないかな。
嬉しそうにしてくれたらいいな。
きっとミオなら笑顔を見せてくれるだろ。
なんだかミオのことになると、少し前向きになってる。
先に正体を明かすべきなのか、一応悩んではみるけど、ミオからのメッセージを見て「なんとかなるか」と気楽に考えてる自分。
こんなんでいいのかな。まぁいいか。
きっとミオが俺のこと好きだって分かってるから…安心してるのかも。
ミオに会うまで…マネージャーには絶対気づかれないようにしないと。
俺はずっとファンのみんなを幸せにしてあげたいと思っていた。
俺が幸せにしてあげないといけないって。
「私は“良い人でいたい”と願えるようになったのは、ジンくんを好きになれたからです。」
ミオからもらったあの手紙。
俺に何かを求めるでもなく、自分で自分を変えていく強さ。
俺がいることで良い人になりたいと願ってくれるその純粋さ。
その光があるから、きっと「いつも味方だよ」という言葉が、本当に自分を見てくれているような気がしたんだ。
ミオのそのまっすぐな所に最初から惹かれていたんだと思う。
でも正直、それ以上はうまく言葉にできない。
素敵だな、可愛いなと思うところはたくさんある。
でもミオだけが特別なのは…何かに引き寄せられたような気がしてる。
きっと誰にも分からないだろうけど。
それから他愛もないメッセージをやり取りしてる。
「今日はなんと、目玉焼きの黄身が双子だったんだよ!すごくない?」
「あのね聞いて!今日仕事で良いことがあったの!」
「今日Famousの出てる歌番組見た?」
ミオの文章はすごく感情豊か。 文字だけなのに、ミオがどんな表情で言ってるのか思い浮かぶ。可愛いな。 早く顔が見たい。
最近スマホを見てると顔が緩むし、心も緩む気がする。引き締めないとな。
「聞いた?millionのカナタ、撮られたらしいよ」
ユウキがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「え?何撮られたの?」
「熱愛だってー!なんか相手は一般人らしいよ」
事務所の後輩のスキャンダルか。
可哀想に。
「お前なにおもしろがってんだよ」
「いや、おもしろがってはないよ。可哀想だなって思って。でも…ジンは他人事じゃないんじゃないかなぁと思って!」
「どういう意味だよ」
「さぁな?なにごとも慎重にってことかな?頼むよ最年長!」
意味深に言いやがって。
バレては…ないと思うけど。
というか、俺とミオは”まだ”そんな関係じゃないし。
まだ…ね。
本当にメンバーは鋭くて怖い。
まぁ…メンバーならいいか。
「おい!みんなあつまれ!」
珍しくチーフマネージャーが来ている。
「millionの件聞いたか?お前らは大丈夫って信じてるけど…分かるよな?今はどこの事務所も激戦なんだ。ひとつのミスが大きくなる時代だからな。」
SNSの時代。一瞬の油断が炎上につながる。
気を付けないといけない。
そんなの当たり前。
だって、俺は”プロ”だから。”プロのアイドル”だから。
やっとここまで来たんだ。
事務所にもファンにもがっかりさせるようなことはしない。
「絶対に撮られるなよ。熱愛はもちろん、どんなスキャンダルもな。うちの事務所は今お前らにかかってる。自覚を持てよ。」
分かってるよ。
絶対にミスはしない。
ユウキの視線を感じた気がしたけど、気づかないふりをして。
それでも…俺はミオに会うよ。
絶対に大丈夫。撮られたりなんかしない。
俺なら…うまくやれる。
大きく深呼吸して、両手で頬を叩いた。
早く月末にならないかな。
タカユキは何も言わずに、俺の肩をポンと叩いて楽屋を出た。
メンバーと別れて、このあとは雑誌2本撮って、それから地方に移動か。
スケジュールはパンパン。
今はそれが誇らしく思える。
雑誌…ミオ買ってくれるかな。
いやいや、ミオのためだけじゃない。
ファンのみんなのために。
「お昼ご飯に後輩ちゃん達と贅沢ランチしに来ちゃった!美味しそう!」
ミオからランチの写真が来た。
ちょっと豪華なお蕎麦の御膳。美味しそうだな。
一瞬で心が持っていかれたのが分かる。
撮影が始まるまでは…ミオのこと考えててもいいかな。
俺はあんまり写真は撮らないけど、昨日はコウが撮ってくれたから、俺も送ってみようかな。
あ、写真ついてる!なんて独り言を言いそうで、可愛いな。
「おいしそうだね。俺も昨日の夜お蕎麦食べたよ。奇遇だね。」
ミオがこれも美味しそーって喜んで見てるかな、なんて想像してた。
気持ちを新たにしたところだったのに、やっぱり顔は少し緩んでるかも。
昨日、コウくんがSNSにお蕎麦の写真載せてて、ジンくんと行ったって言うから、ついお昼に後輩を誘っちゃった。
「ミオさん今日はなんでお蕎麦なんですか?またジンくん?」
「え?バレた?ジンくんも昨日お蕎麦食べたんだって!」
推しが食べたものってなんで食べたくなるんだろうね?不思議。
食べ終わってスマホを見たらジンさんからお返事が来てた。
あれ?ジンさんから写真送られてきたの初めてかも!
「昨日の夜食べたよ」ってお蕎麦の写真が。
わぁ!美味しそうだな。
って、ちょっと口角が上がったのが自分でも分かった。
なんか嬉しいなぁ…
そう思いながらジーッと写真を眺めてしまう。
どこのお店かなぁ?
そのときなぜか胸がヒュッとした気がした。
あれ?そういえば、なんか、この写真…見覚えがある気がする。
……なんだっけ?
途端に胸がざわざわと音を立てた。
あっ……昨日の…
そう思いかけて、慌てて考えを遮る。
いやいや、だからなに?って感じ。
もしかして、同じお店かな?
なんて、言い訳みたいなことを考える。
それでも指は急いでコウくんのSNSを開いてた。
「ジンと飯!!終わりの時間が同じだったからなー!」
そこに写る写真は、さっきジンさんから来たものと似てる。
似てるけど…。
いやいやいや!
たまたまだって。
でもなぜか、胸のざわざわがとれない。
同じお店でたまたまごはんを食べただけだよね。
別にそれだけ。そう思うのに…スクショして拡大したりしてみたり…
手が止められない。そんなことしてる自分がなんだか情けないけど…。
でもお皿の角度、お箸の位置、偶然…かもしれないけど、同じように見えてしまう。
こんなにぴったり同じに見えることある?
目の錯覚であってほしい。
だって、それってどういうこと?
ジンさん…。
ジンさんの温かい言葉が、急にぼやけて見えなくなったような気がする。
ジンさん、
わたしが惹かれて、恋をしているあなたは──誰なの?
おかしいな。休憩中のミオはいつもすぐ返信をくれるのに、今日は来ない。
写真送ったから、びっくりしたのかな?
それとも今日は忙しいのかな?
美味しいご飯食べて、午後も頑張れてるかな。
残念ではあったけど、そんなふうに思うだけであったかい気持ちになる。
そこまで気に留めず明後日からのライブのために新幹線に乗り込んだ。
ミオもライブに来るかな。
席に座ってカーテンを閉める。
メンバーは先に行ったから、新幹線には俺一人。
なぜかどの新幹線に乗るかバレてるからグリーン車にも人が溢れてる。
ほとんどがファンだろうな。
…でも、いつものこと。
気にしない、気にしない。
気づいてないふりは得意。
帽子を深く被って眠りにつこうとした。
「きゃー!ジーン!!ジンー!!」
新幹線の外から声がする。
「お客様!お下がりください!お客様!」 いつもよりなんだか激しいな。
「ただいま当列車に人が殺到しており発車が遅れております。ご迷惑をおかけいたします」
……なんて最低なアナウンス。
俺が乗ってることで迷惑をかけてしまっているみたい。
こんなことは初めてだ。
「ジンー!ジンー!愛してるよー!」
どうして”愛してる”のにこんなことをするんだろう。
どんな想いも受け止めてあげられる『ジン』でいたいけど、それは分かってはくれないみたい。
ちゃんとみんなのこと”愛してる”のに。
“好き”も”愛”も、こんなにも周りを見えなくするものなのかな。
悩んだけど、少し落ち着かせるために…
なんとかしないと、何か伝えないと…
そう思って勇気を出してカーテンを開けた。
「きゃあ!ジン!ジンがこっち見た!」
慌ててカーテンを閉める。
え?逆に興奮させちゃった?なんで?
「ねぇ!いまわたしのこと見たよ!」
「違う!わたし!わたしだよね!!」
「ジンー!こっち見てー!もう一回見て!」
……見てないよ。見たんじゃないよ。
気づいてよ、俺の気持ち。見ようとしてよ。
思っていることと違う方向に進んでしまう。
やめてほしいのに。
わかってよ。
なんで嬉しそうにするの?
伝えたいことも伝えられない。
聞こうとしてくれない。
俺ってこんなに何も出来ないの……?
たったこれだけのこともうまく届けられない…そんなに無力なの?
喜ばせたかったわけじゃない。
そんなわけないでしょ。
間違っていると言いたかったのに。
お願いだから…これ以上騒がないで。
みんなのことは、好きでいたいんだよ。大切に思ってるんだ。
「ジンー!ちゃんと顔見せてー!」
顔を見て何を思うの?
困ってる俺の顔が見たい?
……そうじゃないと誰か言って。
発車時刻から10分も経って…ようやく新幹線は出発した。
「ジンです。笑」
ジンくん。ジンくんなの?
あの日、ジンさんから返信が来た日。
ジンさんは自分を「ジン」って言ってたね。
なんでだったのかな?
あのあと何度何度も写真を確認した。もしかしたらスクショかも?とも思ったけど…コウくんのアイコンと重なる部分もジンさんからの写真にはちゃんと背景が写っていた。
違うところを探そうと思ったのに。何度見ても同じとしか言えなかった。
「これ、同じ写真じゃないよね?」
誰かにそう言って確かめたかった。
違うって言って欲しくて。
違うところを見つけて欲しくて。
でも…もし本当にジンくんだったら…わたしの何気ない一言が、ジンくんを傷つけたり、巻き込んだりしてしまうかもしれない。
自分が確かめるためだけに、ジンくんの評判を落とすことになるなんて絶対に嫌だ。
だから、誰にも言えなかった。
ひとりで抱えるしかなかった。
わたしのことをからかっているのか、自分のことを大好きなファンが面白いのか、いろんなことを考えた。
何のために?
あんなに優しかった言葉は何だったの?
わたしは…ジンさんにとってなに?
たった一枚の写真で、人生が変わるかもしれない。
わたしも…ジンさんも。
そう思ったら怖くて。
自分から湧き出る好奇心よりも、戸惑う気持ちのほうが何倍も大きかった。
仕事から帰ったけど何もやりたくないな。
「はぁ…お昼にお蕎麦なんか食べなきゃ良かった…」
ジンさん……もう何も考えたくない。
気づかないふりしていようかな。
自分の心の違和感に蓋をしたくなった。
「Famousのファムファムファーム!」
習慣でFamousの番組をつける。
今日もみんな仲良さそうで楽しそうだな。
「おい!ジン!お前やれよ」
コウくんがジンくんに無茶振りしてる。
「お前まじでふざけんなよ!」
「ジン、頑張れ」
ってタカユキくんまで。
いつものやりとり。ふふっ。つい声を出して笑ってしまった。
「あーもう、本当にやだ。…はぁ…いくよ?………あれ?意外といける」
苦手なもの克服チャレンジとか言って、またジンくんがやらされてる。
しかもおいしいの?もう…面白いなぁ。
絶対嫌だと思うのに、こうやってチャレンジしてみるところ。本当に尊敬する。
とにかくやってみる、その姿勢すごいなぁ。
「なんだ、いけるじゃん。食べ物は大切にしないとね。おい!コウも食べろ!」
「ちょっと、待って!まじで!ムリムリムリ!ほんとに…やめろってぇー…あれ?意外といける」
「でしょ?食わず嫌い良くない。」
「お前も最初嫌がってただろ!」
コウくんとじゃれてる姿を見て、あぁ好きだなぁって…思っちゃった。
今、わたしの目に映ってるジンくんはいつものジンくん。
わたしが好きになったジンくん。
食べ物大切にって、そういえばジンさんも…
何気なく「好き嫌いある?」って聞いたら、「あるけど、食べ物は大切にしないとね」
って言ってたな。
――そういうところを好きになったの。
繊細で優しくて。
もし……ジンさんがジンくんだったら、
わたしの好きなジンくんじゃなくなっちゃう?
「ふたごの目玉焼き美味しそうだね。写真見せて?」
「うん、教えて?仕事頑張ってるミオちゃん、素敵だよ」
「Famousの歌番組は見れないけど、代わりに感想教えてね」
メッセージを遡って一通一通読んでみる。
ジンさんの言葉を噛みしめるように。
優しい言葉選びはジンくんと同じだな。
わたしがジンさんに惹かれたのは、そこだったから。
言葉だけなのに誠実にわたしに向き合ってくれてると思ってた。
どんどん遡って読んでると、これはライブの日のやり取りだ。
ライブどうでした?なんてなに食わぬ感じで聞いてきて…どういうつもりだったんだろう。
でも、何度読んでも、からかったり馬鹿にしたりしてるようには見えないの。
ジンさんのメッセージには優しさだけが溢れてる。
そう思っちゃうよ。
「どんなうちわ持っていたんですか?」
あれ?
持っていたって…わたしに聞いてたの?
出したの?とかじゃなくて「持っていた」って…いつものジンさんぽくない言葉選び。
……ライブのときのこと思い出そうとしてくれてたのかな。
もしかして…このときから気にしてくれてたのかな。
ジンさんってそういう人な気がする。
写真が同じだっただけ。
それでも…もう間違いないって確信してる。
わたしが恋している人は、
わたしの大好きな人は――
ジンくん。
そうなんだよね。
どちらの「ジン」もわたしが好きな人。
ジンくん、わたしに会おうとしてくれるの?
あの優しい文字はわたしに向けてくれたものなの?
そんな風に自分に都合良く考えてしまう。
だってジンくんは、誠実な人だから。
わたしは今でもそう信じてるから。
ジンくん。
わたし、あなたのことを信じます。