言っちゃった
第四章
「いつも味方だよ、なんて素敵なことを言ってもらえるジンくんは幸せ者ですね。 ミオちゃんはもう10年もジンくんが好きなの?ちょっと気になっちゃったんだけど、パートナーの人とか嫌がらないのかな?」
ミオちゃん…名前が書いてあるだけなのに、何このドキドキ。 朝起きてすぐ、スマホを確認したら、ジンさんから返信が来てた。 なんかちょっとくだけてくれてる感じ? 好きなの?だって! 思わずにやける。
…え?なんで?わたしなんで今にやけてたの? 顔も知らない誰かの言葉に、なんでこんなに惹かれちゃうんだろう。
「そうです!10年ジンくん一筋で推してます。独身だし今は彼氏もいないし、心配御無用です!思いっきりジンくんを応援してます!ジンさんはパートナーの方がアイドル推してたら嫌だなって思うのかな?」
さり気なくわたしもタメ口で返してみた。 ふふ、そんなことでまた口元が緩む。 返信が待ち遠しい。 それはもう認めよう。 いいじゃん、楽しいんだもん。
「そうだね、自分以外を見つめてるところを見たら、ちょっとヤキモチ妬いちゃうかもね。」
ヤキモチ妬いちゃうって!
可愛すぎるでしょー!
たったひとことでこんなになっちゃうなんてね。
もう認める。わたし舞い上がってる。
自分以外を見つめてるって表現が、ジンさんの人柄を表してるような気がする。
素敵だなぁ。
会ったことも、見たこともないのに、なんでこんなに惹かれるのかな。
ライブの翌日でも仕事はある。
鏡の前に座ってメイクしてもらってるけど、スマホが気になってしょうがない。
返事くるかな。
「ジンさん、なんかそわそわしてます?珍しいですね。なにか良いことありました?」
メイクさんに言われてハッとした。
俺って…そんなに分かりやすい?
「いや、なにもないですよ。すみません、やりにくかったですか?」
「いえ、全然。彼女さん…ですか?ジンさんみたいな人が彼氏だったら、きっと、彼女さんは幸せだろうなぁなんて…思っちゃいました」
冗談っぽく言われたけど、軽く笑ってごまかす。
「ファンのみんなのためにカッコよく仕上げてくださいね?」
俺の“立場”での、最善の答えを探す。
ごめんね、俺の感情はあなたには動かせないんだ。
「なんだよージン、なんかあんの?」
すかさずコウが入ってくる。
「お前はもういいって…おとなしく座っとけよ」
「なんだよー!かまってほしいくせに!」
「はい、うるさい」
「ふふっおふたりは本当に仲良しですね。うらやましいなぁ。」
聞こえないふりをして、このあと歌う曲を口ずさむことにした。
目を閉じて、心も閉じる。
ごめんね。
優しくは、してあげたい。
でも中には入れない。
「ジン、今日は雑誌もあるから、あんまり髪固めないでおいて。」
マネージャーからの言葉に「おっけー」と返す。
あぁ…返事まだかなぁ。
昨日のライブの余韻に浸りたくて、今日は仕事休みにしてるし、メッセージ返しちゃおうかな。
「でもわたしはジンくんのことはしっかり見つめたいから、推しだけは特別に許してあげてほしいかも!笑 ジンさんのパートナーの方は推しがいるの?」
はぁ、パートナーいるのかな。 わたしに聞いてくれたくらいだから、いるのかもしれないな。 ごめんなさい、ときめいちゃって。 いや、でもジンさんはそういう人じゃない気がする…そう思わない? なんてひとりで聞いてて恥ずかしい。
ドキドキするな。 ジンさんの返信が待ち遠しい。
「ミオちゃんはジンくんのこといつも見つめてるんだね。僕も今パートナーはいないよ。でも気になる子には推しがいるみたい。」
いないんだ。やったぁ!…って思っちゃった。 やったぁ!でいいのか?いいよね。 きっとわたし好きなんだ。 どうして?そんなの分からないけど、ジンさんのメッセージひとつでこんなにも心が動くんだもん。いいじゃん! でも待って…気になる子はいるのか。だから、わたしにジンくんのこと聞いてくるのかな…それは切ないなぁ。 さっきからわたしの心の中、大パニック。 あぁわたし恋しちゃったんだな。
恋しちゃった。…ふふ、言っちゃった。
「そうかな。今まではジンくんのことずっと見つめてた!ジンさんの気になる人も、もしかしてジンくん推し?ジンくんに惹かれる人はみんな素敵な人ばっかりだから、ジンさんからも素敵に見えるのかな…」
ちょっと胸がギューッとなったけど、返信した。 ジンさんの気になる人もジンくん推しなら、わたしがジンくんのことをたくさん教えてあげたらいいのかな。
「そんなにジンくんはミオちゃんの中で素敵な人なの?でも、今まではってことは…これからは少しずつ変わっていくのかな。ミオちゃんの目に映る人はどんな人なんだろうね。」
返信に困るメッセージだなぁ。 ジンさんが気になるから、ジンくんだけじゃなくなるかも、なんて言えないし。 うーん。気になる人がいるのにあんまりグイグイいくのもなぁ。
「ジンくんはわたしが出会った人の中で一番指針に出来る人かな。ジンくんならどうするかなって思うだけで、頑張れたことたくさんあるんだ。だから、ずっとジンくんのことは見つめてるけど、もしかしたら他にも見つめたい人が出来るかも…しれないし?笑」
歌番組の収録を終えて、楽屋に戻るとすぐにスマホを手に取ってしまった。
やばいな。またそわそわしてるって言われそう。
平常心を装ってメッセージを読む。
にやけるなよ、俺。
「ジンさん。このあと雑誌でメイクするんですよね?少し落としておきますか?」
さっきのメイクさんがシャツの裾をつかんできた。
はぁ…。何を考えているのか分かる。
分かりたくないけど。
色んな欲が渦巻く世界だから。
こういう感覚が嫌いだ。
「あ、いいっすよ。自分でやりますね。ありがとう」
ニコッと営業スマイル。それでもスタッフさんはね、大事にしないと。
「あ、でも…」
「すいませんね、もう出ないとなんで」
タカユキが後ろから肩を組んできた。
「大事にするのはいいけど、自分を苦しめないようにしろよ?」
こそっと耳元で言われた。
タカユキは優しい。
すぐに俺の空気を読んでくれる。
昔からずっとそうだ。
「大丈夫だよ。サンキュ」
早く落ち着いた場所で返信したくて、急いで荷物をまとめて車に乗り込んだ。
「なに急いでんの?」
先に乗ってたユウキに言われる。
「別に急いでないけど?」
「ふーん…」
「なんだよ。」
「いや?」
なんか探ってるな。
一旦スマホはポケットにしまった。
「へぇージンそうなんだぁ。」
コウがにやついてる。うるさいなぁ。
「何がだよ、みんなして。」
「別にー?」とにやにやするコウになんか腹が立つ。
メンバーとはデビュー前からの付き合い。
…気をつけないと。なにを言われるか。
「あのメイクさん、絶対ジンに気があるよねー」
車に乗り込みながら、タクマが余計なことを言う。
分かってるから、口に出すなよ。
「ジンにだけ近いよね?俺のメイクは落としてくれないのに」
隣に座って寄りかかってきた。重い。
「ちゃんと座れよ」
「えー、だって眠いんだもん」
そんなやり取りをしながらも、ポケットが気になる。
最後にタカユキが来た。
「こら、タクマ。ジンも疲れてるんだからちゃんと自分で座りなさい」
移動車もメンバーといるとなんだかにぎやかだ。
いつになったらミオに返事出来るんだろ…。
「そうなんだね。ジンくんきっとそんなふうに応援してもらえて、嬉しいと思うよ。そんな風に人を応援出来るミオちゃんが見つめてる姿、気になるね。」
わたしの好きを肯定してくれる言葉に、胸が打たれた。優しいなぁ。好き。 あ、好きって思っちゃった。なんて、ひとりで考えてたら、またすぐスマホが鳴った。
「ミオちゃんが見つめたくなる人に出会うかもしれないし…候補の中に俺が入れたりしたら、嬉しいな。もし良かったら…一回会ってみる?」