守る
第十三章
「ミオ、もう逃げない。ミオと向き合うことも、現実も。全部背負ってミオに会いに行くよ。だから、俺と会ってくれますか?」
「うん。ジンくん。会いたい。」
今度こそ、ミオに会いたい。
やっと、ミオの顔を見て、目を見て、好きだと伝えられる。
待たせてごめんね。
この前までのふわふわとした感覚はなくなった。
ミオにふさわしい人に俺もなりたい。
ミオとの関係を壊さないように、大事に大事に、育てていこう。
何があっても守れる人になる。
ミオのことは俺が絶対に守るから。
今日はバラエティの収録で、メンバー全員と一緒。
Famousのジンとしても、しっかり存在したい。
ミオも含めたファンのみんなが楽しみにしてくれていると思ったら自然にやる気が出た。
柄にもなく張り切ってる。
「あれ?ジン、戻ったの?」
タクマが声をかけてきた。
「戻ったって?なにが?」
後ろからぎゅっと抱きつかれた。
「いつものジンに。良かった。おかえり。」
「なんだよ、離れろよ」
タクマが「冷たいなぁ」と離れると、パンッとタカユキにおしりを叩かれた。
「頼りにしてるよ、みんな」
そんなときだった。
「大変だ!明日週刊誌が出る!」
マネージャーが血相を変えて楽屋に飛び込んてきた。
「あれだけ言ったのに…」
チーフマネージャーまでいる。
……また俺かもしれないと思って、心臓がズキンと音を立てた。
「コウ!お前だぞ!!」
マネージャーが週刊誌を広げて机に放り投げた。
「Famousのコウ、共演女優と熱愛発覚!!!」
大きな見出しに、コウと女優のレナちゃんが写っている。
手を繋いで目を合わせて微笑みあっていた。
…なんだか二人の姿がとても綺麗に見えて、少しだけ羨ましくなった。
こんなふうに目を合わせて笑いあってみたい。
もうすぐ出来るかな、ミオ。
いや、そんなことを考えている場合じゃないか。
「げっ…」
コウが慌てて週刊誌を手に取った。
「ごめん…みんなごめん」
コウがメンバー全員に向けて頭を下げた。
レナちゃんは国民的女優と言われていて、かなり知名度が高い。
今の若手女優の中では好感度ナンバーワンじゃないかな。
清楚な感じで、でも飾らない雰囲気でドラマに引っ張りだこ。
コウとは、1か月くらい前までドラマで一緒だったはず。
この熱愛報道はかなり騒ぎになるだろうね。
「まぁしょうがないっしょ。本気なんでしょ?」
タカユキが口を開く。
まぁそうだよな、好き同士のふたりがこうしているのは自然だ。
撮ったほうが悪い。本当に週刊誌ってめんどう。
「しょうがないで済むわけないだろ…新曲のタイミングで何やってんだよ。スキャンダルは無しだって言ったよな?」
マネージャーが少し声を荒げた。珍しいな。
マネージャーはもちろん事務所の存続が大事だよな。
そりゃ俺たちだって、それが大事。
こんな安定のない仕事をしているんだから、事務所の力は必要だ。
感謝はもちろんしてるけど…
マネージャーは分かってくれてるけど、分からないと思う。
有名税という名の重圧や、自由の中の不自由。
人を好きになるということが俺たちにとってどれだけ難しいことなのか。
「…この日だけなんだ。場所も向こうから指定されてて、もしかしたら…やられたかもしれない。」
え?そうなの?
なんだ…コウも俺と同じように、大事な人が出来たのかと思ったけど。
違うならちょっと話しが変わるな。
この業界ではたまにある。
知名度を上げたり話題にするために、わざと熱愛を作りに来る。
でもレナちゃんはもうそんな必要ないよな。じゃあなんだ?
「はぁ…あれか。最近レナちゃんと同じ事務所から出たアイドルグループあるもんな。ハメられたな」
マネージャーが呆れた声で言った。
マネージャーによると、自分の事務所のアイドルを売り出すために、邪魔だった俺達を下げようと熱愛を出したらしい。コウはいつもふざけてるけど、男気があって人気も高い。
しかも今まで一度も熱愛報道が出たことはない。
「真面目に恋愛をしている」というイメージをつけるのにはうってつけ。
レナちゃんの好感度を下げず、大きな話題にして俺達だけが被害を受ける形だ。
俺たちはどうしたって熱愛が出たら色々とマイナスになる。
もうすぐ新曲のCD発売日だし、タイミング的にもばっちりだな。
なるほどなぁ。感心している場合じゃないけど、戦略的だなと思った。
こういう世界だから仕方ないと思えるけど。
コウがひっかかるとは、ちょっと意外だな。
「おい、みんな自重してくれよ!millionの次はFamousって…millionもやられたんだからな」
そうなの?それは初耳だったな。
「あっちは仕掛けたのは週刊誌だけど…一般人使ってでも、ネタが欲しいんだよ」
……今ミオのことが知られたら、勘違いされるかな。
こんな淀んだ世界にミオを巻き込むことはしたくない。
あんなに透明で綺麗なミオをこんなところに踏み込ませるのは絶対に嫌だ。
戦略とか思惑とかそういう言葉から一番遠いミオだから、俺は好きなんだけど。
そんなことは分かってもらえないだろうね。
きっと反対されて、引き離されるかな。
やっぱりどこまでいっても事務所からしたら俺たちは”商品”だからね。
「この前のジンの件は置いといて、熱愛は自分の責任だぞ。ハメられたなんて…情けない。しばらくおとなしくしててくれ…」
「次誰か熱愛なんか出たら終わりだぞ」
「本当にこれが最後通告と思えよ」
チーフとマネージャーが次々と俺達にプレッシャーを与えてくる。
そんなこと言われなくたって分かってるのに。
「本当にごめん。みんな、ごめん。」
熱愛なんか撮られたら終わり。
そんなこと覚悟の上。そういう仕事だって理解してここまで来た。
それは嘘じゃない。
それでも鼓動は…速くなった気がした。
心配なんじゃなくて。不安なんじゃなくて。
覚悟を決めろと言われたみたいで。
大きく深呼吸した。吐き出す空気は重いけど、耐えられると思った。
深く謝罪するコウの頭に手を置いて「らしくないじゃん」と伝えた。
元気だせよと想いを込めて。
いつもコウの明るさには助けられてるから。
コウが顔をあげたとき、メンバー全員自然に顔を合わせて、コウ以外は笑ってた。
Famousらしいな。
誰も責めない。みんなで乗り越える。そうやってここまで来たもんな。
「俺達5人なら、いけるっしょ。なんとかなるよ。そんな心配すんなよマネージャー!」
ユウキの力強い言葉が胸に響く。
「よし!じゃあ円陣でもする?」
タクマが無邪気に言ったところで
「それはいいや」とユウキ。
そのときなぜかタカユキは俺に向かって
「大丈夫」と笑ってくれた。
ありがとう、タカユキ。
何も言ってないし、何も言ってこないけど、きっとメンバーは知ってる。
もう少しその優しさに甘えさせてもらおう。
Famousもミオも、何があっても俺が絶対守るよ。
絶対に俺が守ってみせる。
大丈夫、大丈夫。
震えてない。怖くない。
約束したんだ。
今度こそ…目を見て伝えるよ。
ミオ、好きだよ。愛してる。
「大変だよ!またFAMが…コウくんの熱愛って、ジンに続いてまたスキャンダルってやばくない?大丈夫かな。ミオはもう大丈夫なの?」
いつも冷静なリンちゃんから、慌ててる様子のDMが来た。
「Famousのコウ!熱愛発覚!」
今度は熱愛か…コウくん熱愛出たの初めてだし、ファンのみんなは辛いだろうな。
「わたしは大丈夫だけど、コウくんの熱愛報道はちょっとやばそうだね」
「そうだよー!このタイミングで熱愛は絶対にダメだよね。コウくん何してんのって感じ。あぁ新曲のCDの売上大丈夫かなぁ。」
――そうだよね。
熱愛は絶対にダメ。
夢と希望と愛を売っているのだから。
悟られてはいけない。
だから誰にも知られなくて良い。
わたしたちだけが知っていれば良い。
そう思っているけど……
きっとわたしとジンくんの関係も誰かを傷つけるんだろうな。
覚悟は決めた。何があっても大丈夫。
だけど…誰かを傷つけたいわけじゃない。
「リンちゃんは何があってもユウキくんのこと好きでいてね?」
「当たり前でしょ?ミオだって何があってもジンのこと好きでしょ?」
……好きだよ。何があっても。
ねぇジンくん、わたしたちが「会う」ということは、こんなにも難しいんだね。
今なにを考えてる?
すぐに話したくても話せない。
辛い?苦しい?
助けてあげたくても、何も出来ない。
あなたを「守る」選択肢は
わたしにはひとつしかないのかな。
ねぇジンくん。
会えなくても大好きだよ。
ねぇジンくん。
大好きだから会いたいよ。
昨日まで、あんなに近くに感じていたのに。
もう届かないのかな。
それでも…大丈夫。
ジンくん。好きだよ。愛してる。
わたしがあなたを守るの。
何を犠牲にしても、あなたを守る。